漫才『もういいわありがとうございました』

漫才『もういいわありがとうございました』

A:ちょっと確認したいんだけど。

B:うん。

A:もういいわありがとうございましたって、無限の可能性があるよね。

B:うん？

A:もういいわありがとうございました(漫才風)。まずこれ。どう思う？

B:どうって漫才によくあるやつじゃん。勢いがあっていいよね。

A:なるほどね。分かる分かる。でも不十分。

B:不十分？

A:このもういいわありがとうございましたは、先を感じさせるんだよ。この場は一旦切り上げるけど、漫才してる二人の会話はその後も続く感じがするじゃん。仲良し感がある。

B:うーん、まあ分からないこともない。

A:じゃあ、もういいわありがとうございました！(キレ気味)

B:あっ、急に怖い。

A:そう！「もういいわ」と「ありがとうございました」の関係性が一変したよね。お客さんにたいしての「ありがとうございました」が、相手への捨て台詞になったよね。

B:確かに。

A:どう？可能性、感じてきた？

B:正直感じてきた。

A:じゃあ次はね。もう、いいわ。ありがとうございました。(それとは口にしないけれど完全に関係が終わった日、見送った駅で女が言う)

B:あれ？悲しい…

A:いいぞ！素晴らしい感受性だ！どんな情景が浮かんだ？

B:1年と少し付き合ってた年上の女性と、明言はしてないけど完全に関係が終わったと悟った食事の後、駅まで見送った所で彼女が僕にこう告げた。もういいわ、ありがとうございました。

A:おいおい天才が現れたぞ！

B:自分でも自分が怖いよ。今まで漫才の締めとしか認識してなかった言葉が、こんなに切なく思えるなんて。

A:じゃあ、最後。もういいわ、ありがとうございました(末期の病の患者。自らの死期を悟り、お見舞いにもらった大好きなカステラをほんの少しだけ味わい手を止める。)

B:ああ〜(泣き出す)

A:(驚きつつ)いいぞ！さあ、何が見えた！

B:おばあちゃん！死なないで、死んじゃいやだよ！おばあちゃんが好きなカステラ(指差して)、まだいっぱい残ってるよ！カステラじゃなくてもいい何でも買ってくるから、だから！(感極まる)

A:すごい…ここまでの才能に出会えるなんて。

B:もういいわありがとうございました何て知らなければ、こんな気持ちにはならなかったのに。

A:実は私こういうもので。(厳粛に名刺を差し出す。)

B:東日本もういいわありがとうございました協会…？

A:ええ、君のような金の卵を探してたんです。

B:そうだったんですか…

A:ええ、見たところあなたは類い稀な才能の持ち主だ。その才能を、お金にしませんか？

B:お金になるんですか…？

A:はい。(確固)

B:申し訳ないですが、こんな痛み私にはとても耐えられない。お受けできません。

A:そうですか。残念です。気が変わったらいつでも連絡をください。

B:はい。

A:最後に一つお願いが。

B:はい？

A:スタンダードスタイル、ご一緒していただけますか。

B:ええ。そんなことでいいなら。(柔らかな笑顔)

A:感謝します。

AB:(お互い目配せして一つ頷く)

もういいわありがとうございました！(漫才風)

(了)