第7話 魔女王三幹部
魔城の廊下。
「獅子若丸さん」
「……なんだ、お前か。我に何用か」
ロージが獅子若丸に声をかけると、振り向いた獅子若丸は不機嫌そうな顔をした。
「それ以上我に近づくなよ」と唸る。
やはりロージが獅子若丸の頭に触れたときのことを根に持っているらしい。
「ノルンさん――魔女王陛下について伺いたいんですが」
「なんだ、陛下のお名前を教えていただいたのか。随分すり寄るのが上手いではないか」
はん、と鼻で笑う。どう見ても協力的な態度ではない。
「そんな事言うなら触っちゃおうかな~」
「や、やめろ! 我に近寄るでない!」
ロージが手をワキワキさせながらにじり寄ると、獅子若丸は慌てた様子で逃げ惑う。
小学生の頃、「ロージ菌が移るぞ」といじめられたときの対処法と同じだ。菌を持っている方が強いのだ。
「あらあら、楽しそうなことしてますね」
「ホント、獅子若は愉快な男ですこと」
廊下の奥から、修羅雪姫と神楽姫が歩み寄ってきた。
「笑い事ではない! おぬしらこそ、この人間に触れられれば操られてしまうのだぞ!」
獅子若丸は吠えるように叫ぶ。
「あら、わたくしにはその子がそんな悪い子には見えませんけれど」
「そうですわ。獅子若が反抗的な態度をとるからそうやって怒らせてるのではなくて?」
神楽姫は扇子をパチ、と閉じると、その扇子でロージの顎を持ち上げる。
「坊やは私達を操ったりしませんものねえ? それとも、お姉さんを操って何かイイコトしたいかしら?」
「い、イイコト、って……」
修羅雪姫も神楽姫も、ノルンさんもそうだけど、魔族の女性というのは美人揃いなのだろうか。色気がすごい。
「そ、そんなことより、魔女王陛下のことについてちょっとお尋ねしたいんですが」
「陛下の? なんでしょう」
ロージの言葉に、修羅雪姫は首をかしげる。
「陛下は、魔女王になる前の記憶がないとおっしゃっていました。気づいたときにはあなた方三幹部が目の前にいたと。では、あなた方はどこから来たんですか?」
「ふふ、坊やはなかなか鋭いですわねえ」
神楽姫は開いた扇子で口元を隠し、面白そうに笑う。狐のしっぽがゆらゆら揺れている。
「この世界――ネイバーランドは、何度か滅びと再生を繰り返しておりますの」
「滅びと……再生?」
「ネイバーランドは、魔女王が生まれたと同時に創生される世界。そして魔女王が『災禍の魔女王』となったとき、この世界は滅びますの」
「つまり、魔女王陛下はこの世界をお創りになられた神も同然なのだ」
何故か誇らしげにフフンと獅子若丸が鼻を鳴らした。
「今代の陛下が何代目の魔女王かは我々も知らんがな。魔女王が生まれると同時に、我らも自我を得て、幹部として陛下に忠誠を誓うのだ」
「なるほど……」
よくわからない話だが、多分遺伝子レベルで魔女王への忠誠を刷り込まれているようなものなのだろう。
とりあえずは納得したような態度を取る。
「ところで、『災禍の魔女王』というのは何なんですか?」
「わたくしたちもまだ研究中ですの」
修羅雪姫は困ったような顔をする。
「どうやら、『災禍の魔女王』が現れたときに世界が滅びるらしいのですが、どういったタイミングで『災禍の魔女王』になってしまうのか……」
「そもそも、災禍の魔女王になって世界が滅びるのか、世界が滅びるときに災禍の魔女王になるのか、すらも解っていませんものねえ」
鶏と卵、どちらが先か、みたいな話だな。
ロージはそう思った。
「人間どもは陛下が『災禍の魔女王』になる前に殺して、世界の滅亡を食い止めようとしておるようだがな。陛下自身、『災禍の魔女王』になることをお望みではない」
「それで、ご自身が『災禍の魔女王』になるのを防ぐために研究をしている、と」
獅子若丸の言葉に、ロージは相槌を打った。
それで、勇者としてヒイロたちが立ち上がった――というか、王様に命令されているわけか。
しかし、まだわからないことが多いな。ロージは顎に手を当てて考える。
そもそも、魔女王はどこから生まれてきたのだろう? 無から生まれるものなのだろうか?
ノルンさんとロージ、どちらもお互い何かを思い出しそうになるのも気になる。
――もしかして、ノルンさんも元々チキューの人間で、何らかの要因で魔女王としてこの世界に召喚されてきたのでは?
ロージはそういった推論に至った。
問題は、自分がこれからどういった行動を起こすべきか。
ノルンさんが『災禍の魔女王』になってこの世界が滅びてしまったら、自分も無事では済まないだろうし原因を突き止めて食い止めたい。
かといってノルンさんがヒイロたちに殺されてしまうのも阻止したい。ノルンさんは自分をチキューに送り返してくれる逆召喚の術式を組んでくれている最中だしノルンさんが死ぬのは個人的に嫌だ。
というか、ノルンさんがこの世界を創ったのならノルンさんが死んだらネイバーランドも滅びるのでは?
ヒイロたちにこの事実を伝えたいが、今は捕虜の身。城の中を自由に歩き回れるとはいえ、城の外には出られない。
どうしたものか、と考えていた、その時。
突然、遠くの方で爆発音が聞こえた。
「なんだ!?」
「た、大変です!」
魔城の門番を勤めている魔族が駆け寄ってくる。
「敵襲です! 人間の王国軍がサイカの街に火を放って……!」
「なにィ!?」
獅子若丸が目を剥かんばかりに驚愕の表情を浮かべる。
「とうとうこの日が来てしまいましたか……」
修羅雪姫の言葉に、神楽姫もうなずく。
「本格的に魔女王陛下の首を狙いに来ましたわね」
「すぐに兵をかき集めろ! 王国軍と全面戦争だ!」
三幹部はロージを残して廊下を走っていってしまった。
――俺も行かなければ。
ロージは深呼吸をして、三幹部を追って駆け出した。
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