二十二話

 茂みから出てきた宗司に、リリアが成果は上がったかと問いかけた。



「どうじゃった?」

「痕跡はありましたが、追いかけられるようなものは何も」

「それが転移魔法の鬱陶しいところじゃ。次あったときは確実に仕留めてくれよう」

「あはは……」



 宗司は苦笑しながら拾ったものをポケットにしまった。

 これに関しては、宗司自身でもよくわからないうちにリリアに伝えたくはなかった。それに、もっと大事なことはたくさんある。



「あの、」



 意を決して話始めようとする宗司を、リリアが止めた。



「貴様の言いたいことはわかる。じゃが、まずは帰るのが先じゃ」

「そうですね」



 確かに野外の、それも先ほどまで戦っていた場所で話すことではない。

 宗司は頷いて、帰路に就くことにした。と同時に、リリアが黒い靄を出現させて宙に浮く。

 腕をこちらに差し伸べているということはそういうことなのだろうか。冷や汗を流しながら、宗司は確認を取った。



「……えっと、飛んで帰るんですか?」

「こっちのほうが早いからの。魔力は後で貴様からもらうが」

「……速度制限とかは」

「何を恥ずかしがっておる。いいから行くぞ」

「ひっ」



 そう言ってリリアは強引に宗司の腕を掴みむと、靄を羽ばたかせて一気に加速した。

 生身の宗司でも耐えられる程度の速度ではあるが、それと恐怖は別である。落ちないよう宗司は縋るようにリリアの腕にしがみつき、情けない悲鳴を上げた。



「どうでもいいところで臆病じゃな……」



 魔族たちに立ち向かったあととは思えない怯えっぷりに、リリアはため息をついて屋敷のほうへと速度を上げるのであった。




     *    *    *    *



 リリアの黒翼は闇夜を滑るように高速で宙を駆けた。加えてリリアはこの広大な黒の森を熟知している。

 あっという間に二人は屋敷へと戻ってこれた。

 しかし。



「…………」

「……ふん」



 屋敷には争いの爪痕が色濃く残っており、加えてオークの手によって居住棟が崩壊していた。

 思わず足を止める宗司に対し、リリアは瓦礫の山に歩み寄っていく。



「吹き飛ばせ」



 リリアの魔力が増大し、瓦礫に向かって大砲のように撃ちだされる。そして、言葉通り積み重なっていた瓦礫を吹き飛ばした。

 突拍子もない行動に宗司が唖然としていると、その目の前にいくつも衣類が投げ込まれた。

 すべてリリアの物である。



「これは?」

「いくつか見繕っておけ。残りは置いていく」

「置いていくって……いいんですか?」

「いつかは出ていくと決めていた屋敷じゃ。オークごときにやられたのは業腹じゃがの」

「そうですか」

「何か聞きたいことがあれば今のうちにまとめておくがよい。旅路で話題が尽きたら貴様のせいにするからの」



 そう言って、彼女は再び瓦礫をどかす作業に戻っていく。



「かしこまりました」



 宗司は一礼して指示通りに数着ほど選び、それらを畳んでいく。

 整えたものを地面に置かないよう余った服の上において、今度は何も言わずに食堂のあたりを漁り始めた。

 倒れた棚をひっくり返して目的のものを探して袋に入れていく。



「……これ、大事だよな」



 干し肉を見つけてしまい、思わず宗司は手を止めた。

 そのまま手を伸ばして袋に入れる。



「少ないな……」



 崩れてしまったことで卵や果物が散乱し、保存食や小麦などは水分を含んでしまっている。そのせいか、本来よりもかなり減っていた。

 宗司は眉を顰め、頭の中で消費量を計算する。

 森を出るまでは持つだろうが、その先のことを考えるととてもではないが足りるとは思えなかった。



「所詮二人旅じゃ。道中鳥でも仕留めて焼けばよい」

「どうなんですか、それ。ていうかせめて魚にしましょうよ」



 食糧事情をリリアに伝えると、なんとも頼もしい返事がした。

 若干あきれつつも、宗司はそのまま準備を続けていく。



「……なあ、ソージよ」



 作業の手を休めず、リリアが宗司の名前を呼んだ。



「なんです?」

「……貴様は違う世界から来た召喚者じゃろ」

「らしいですね」

「それがなぜ召喚主を差し置いて、命を奉げてまで妾に仕える気になったのじゃ?」



 音が止まる。振り返ると、リリアは宗司を見つめていた。不安そうに。

 少し逡巡して宗司は答えた。



「そうですね……リリアと同じ理由ですよ」

「同じ理由?」

「はい」



 宗司が返事を聞いて、リリアは拍子抜けしたように驚いた表情を見せた。

 そして、顔を綻ばせて小さく呟く。



「同じか……」



 もう安心したのか、リリアはいつもの調子に戻って朗らかに告げた。



「うむ。おぬし・・・がそう言うのならよい。これからも頼むぞ」

「いえいえ、こちらこそ」



 それから手早く荷造りを終えると、二人は屋敷を後にした。

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