二十一話
やけに左側だけボロボロな、いうなれば半身創痍な状態のオークを見て、メアリスが苛立たしげに顔を歪める。
既に情勢は完全に逆転した。メアリスが片腕を負傷している今、魔族二人ではかつての力を取り戻したリリアに対抗するのは難しい。そのために手間をかけてオークを隷従させたのだが、それを宗司が抑えている。
でも、とメアリスは内心ほくそ笑んだ。
(あの子さえ連れ帰れば任務は達成できる……!)
召喚者の簒奪。それが、魔族達の計画には必要不可欠であった。何としてでも拉致しなくてはならない。
この状況下においても、なおメアリスは任務を諦めてはいなかった。
「ソージ!!」
メアリスの姿が霞のように消え、すぐにリリアが宗司へと警戒を促す。しかし、宗司の姿もまた何処へと消え去っていた。
ロギの転移魔法である。
「これで隷属魔法はメアリスが完成させる。もうアイツのことは諦めな、お姫様」
「貴様……!!」
激情に任せて詰めよろうとするリリアだが、寸でのところで我に返る。まだ宗司の気配、正確に言うと彼の中のリリアの魔力が感じられていた。ロギを討つよりそれを辿る方が先決だと考え、リリアはすぐさま魔力を感じる方へと飛んで行った。
* * * *
「どこだ、ここ……?」
いきなり転移魔法によって森のどこかへと飛ばされた宗司。戸惑いながらも、リリアのところに戻ろうとあたりを見渡していた。
その足に深々とナイフが突き立てられ、地面へと縫い留める。
「—―っ、あ゛ッ」
うめき声をあげ倒れる宗司の頭部を、メアリスが押さえつけた。すでにその手には魔法陣が浮かび上がっている。
「これでおしまいよ」
魔法によって宗司の抵抗は封じられ、メアリスの魔力があっというまに侵入していく。
あとは宗司の魂に刻まれた隷属魔法を完成させてしまえば、魔族側の目的は達成されるのだ。
メアリスは残る魔力を全て注ぎ込み、あっという間に魂へと到達した。
その直後、メアリスの魔力は宗司から弾き飛ばされた。
「今のはッ…!!」
今日さんざん対峙したのだ。間違えるはずもない。メアリスを弾いたのはリリアの魔力だ。
そこで初めてメアリスは魔族たちが細工した隷属魔法が、吸血鬼による血の契約とともにリリアのものとなっていることに気づいた。
彼女が愕然としている間に、宗司は自力で魔法を解くと、ナイフを抜いてメアリスから距離をとった。
「何をした!」
だが、宗司の怒鳴り声に反応せずに、メアリスは静かに不気味に笑っていた。
「ふふふふ、ふふふふふふふ」
無機質な笑い声に気圧され、じりじりとさらに宗司が距離をとる。
それが幸いだった。
「ふふふふふふふ……、そう」
途端に魔力が膨れ上がり、魔法が宗司に向かって放たれた。宗司は咄嗟に地面を転がりそれを回避する。通過していったその魔法は、樹にあたってなお止まることなく、更にその後方の樹々すらなぎ倒していった。
「……やっば」
とんでもない威力に唖然とする宗司。当たれば消し炭すら残らないだろう。
そしてメアリスに視線を戻すと、彼女は宗司の頭にナイフを振り下ろすところだった。
躱そうと身を捩るが間に合わない。だが、何とか防ごうと掲げた右腕が間に入った。刃先は宗司の腕を貫通し、それでも勢いは止まらない。肉が裂かれるのを覚悟で、宗司が腕を振るい軌道をそらした。
「っあぁぁあああぁ!!」
追撃を避けるため左手で体を起こし、体勢を整える。大きく切り開かれ、骨を露呈して右腕は垂れ下がっている。
痛みで気絶しないのは、初日と魔法による拷問のおかげだろう。
唇をかみしめ、涙をこぼし、苦痛に顔をゆがませながら宗司は渾身の一撃を放つ。蹴り飛ばされたメアリスが宙を舞った。
「ぐ、っつ……」
その隙に宗司は距離をとる。ナイフでの攻撃はもちろん、あの魔法を避けるためだ。だが、後ろを見ればいつのまにか距離を詰めたメアリスが、今にも振り下ろさんとばかりに逆手に握ったナイフを掲げていた。
一か八かの跳躍を宗司が行おうとしたその瞬間。
メアリスは防御姿勢を取って吹っ飛ばされた。
「リリア!」
「ソージ! 意識はあるか!?」
「大丈夫です。今のところは」
「ならよい。それで、なぜ奴は貴様を殺そうとしている? 生かしたまま連れていくのではなかったのか?」
「さあ、なんででしょうかね」
リリアの問いに、わからないと宗司は首をすくめる。
嘘はついていないと判断して、リリアは今度はメアリスに問いかけた。
「なぜ急に殺そうとした!? 答えろ、メアリス!」
「なぜ? 計画をおじゃんにしたのよ、貴女達二人は。殺すしかないじゃない」
「その計画とやらを知らんのじゃが……まあよい。後でたっぷりと吐かせてやろう」
目をギラギラと光らせるメアリスに対し、至って冷静に槍を構えるリリア。
実力差も鑑みれば、既に勝敗は決したようなものだ。
そして、突っ込んでくるメアリスにリリアが石突を向けて、
またもメアリスの姿が消えた。
彼女の魔法によるものではない。つまり、
「……ったく困るよ、マジで。突っ込んでいく場面じゃないだろうに」
ロギの転移魔法によるものだ。完全に逃がすつもりで転移させたのか、リリアの探れる範囲にメアリスの気配はない。その中にロギの気配もなかった。
リリアは宗司に視線を送ると、声を張り上げて誘いをかけた。
「貴様はかかってこんのか? 殺さねば気が済まないのは貴様も同じであろう」
「俺は生憎とそういう挑発には引っかからねえんだ。このままとんずらこかせてもらうよ」
転移魔法の使い手だ。言葉通り逃げ去ったのだろう。もう、ロギの声はしなかった。
ため息をついて、リリアは宗司に声をかける。
「すまんなソージ。もう探さんでよいぞ」
「ていうことは逃げられましたか」
「ああ。槍の一つでも見舞ってやろうかと思ったがの」
やれやれと首を振る。日常生活では拝めないような好戦的なリリアを見て、宗司は疲れたように笑っていた。
突然の魔族の襲撃。いろいろと危うい場面があったが、結果的に彼らは追い返すことに成功した。主従関係はより強固になった。
まだまだ問題はあるが、ひとまず困難を乗り切ったことを確信し二人は笑いあっていた。
二人が少し休憩している途中、宗司が茂みを進み始めた。
「どこへ行く、ソージ」
「ちょっと、ロギとかいう奴がどこに隠れてたか探しに行くだけですよ」
「そうか。ならばもう少し先の方じゃぞ」
「ありがとうございます」
何か痕跡があるだろうと思い、宗司はさらに奥へと向かっていく。
リリアの言ったとおり、少し進んだところの茂みが不自然に荒らされていた。
軽い気持ちで枝を掻き分ける。
「何かない……か……」
ひっそりと隠されていたものを見つけ、宗司は言葉を失った。
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