二十話
少し時を遡る。
リリアに噛まれ、宗司は意識を失った。
それは大量の血液を失ったことによるものではない。血を吸うことで能力を扱うヴァンパイアと主が漠然とした隷属魔法が掛けられた異世界からの召喚者。加えて宗司はリリアのために死んでもいいという覚悟を示した。諦念交じりの献身とはいえ、それは魂を奉げることに他ならない。全くの偶然ではあるが、忠誠の意志と契約を結ぶ魔法とそれらをより深く堅くするための儀式が執り行われたのだ。
結果、リリアは宗司を殺すことなく全快することができ、そして宗司は彼女の力の一端を得ることができた。宗司が気を失ったのは魂に情報が刻まれたためである。
ぐったりとした宗司の首からリリアは口を離した。枯渇寸前だった自身の魔力がいつになく満ちていることに気づき唖然とする。
(……まだ息がある。つまり、この妾の魔力を少量の血で全快させたと?)
宗司の魔力は世界を超えただけあって良質ではあるものの、その総量はリリアとは比べるまでもない。それはいつかの検査でリリア自身が調べたことだ。どう考えても魔力の回復量がおかしい。だが、彼女のその驚きはすぐに訪れた安堵によって上書きされた。
結果として宗司を失うことなく力を取り戻したのだ。間違いなく最良の結果であると言える。
そしてリリアは意識のない宗司の頬に、平手を叩きつけた。
「起きろソージ!! 奴らが来るぞ!」
「んあ? あれ、生きてる」
「それは後で良い。とりあえず身を隠すぞ」
そう言って、リリアは素早く宗司を抱え上げ木々を跳躍していく。
枝葉が一際厚く重なっているところに二人が身を隠した直後、メアリスとオークが現れた。
どこからともなく現れたことに、宗司が疑問を覚える。
「今、どこから来ました?」
「対象を任意のところに転移させる魔法じゃ。恐らくメアリスが待っていた者の仕業じゃろう」
「なるほど。便利な魔法ですね」
「ああ。味方ならばな。……?」
宗司の質問に答えた直後、リリアは今の会話がおかしかったことに気づく。
受け答えに問題はない。質問の内容も魔法を知らなかった宗司ならば当たり前のことだ。
違和感のもとを探るように、リリアは眼下に目を凝らす宗司を見ていた。
そして、すぐにおかしな点を見つけた。
「おい、貴様なぜ見えている?」
時刻はまだ夕方だ。日が沈んだ直後、まだ夜の帳は降り切っていない。
だがここは黒の森だ。樹々が四方に枝を伸ばし、葉は幾重にも重なって日の光を遮っている。日中ですら周りを視認するのは困難だ。日が沈んだとなれば、光はもうほとんどない。リリアはヴァンパイアの特性ゆえに暗闇でも遠くまで見えるが、宗司は違う。本来であれば彼にはメアリス達が見えていないはずなのだ。
リリアの問いに宗司が反応する。
「? あ、ホントだ。なんで見えてるんですか?」
首をかしげて辺りを見回す。確かに普段は見えない距離でも見えていた。が、その理由を聞かれても、宗司には答えようがない。本人ですら、自分がどうなっているのか分かっていないからだ。
しかし、ここには宗司の体と魔力を当人よりも詳しく知る人物がいる。
宗司の体に手を当てて、リリアが探るように慎重に魔力を通していく。
(ん? 魔力が活性化している割に抵抗がないの)
魔法を使わず、魔力を通すだけの調査は実は難しいことである。魔法とは魔力を正しく効率よく物質に干渉させるための道具の様なものだ。魔法を使わず人体を探るのは、地図もコンパスも持たずに迷宮を進んでいくのと同じだ。加えて、魔力を持つ人体を探ると、本人の魔力が逐一進行を妨害してくる。だからこそ、魔力だけで人体を探るのは高難度であり、その魔法を知らないリリアは慎重に探りに行ったのだが、その抵抗がやけに弱いのだ。
ほんの僅かな内にリリアの魔力が宗司を巡り、その体に起きている異変を見つけ出した。
リリアは触れていた手を強く握りしめる。当然、宗司は痛がった。
「痛いですって。何するんですかいきなり」
「……もぎってやろうと思っての」
物騒な発言に宗司が抗議する。
「なんで!?」
「気にすることは無い。ただ、今の貴様の体は妾ですら容易には破壊できんということじゃ」
「……なんでですか?」
「知らん。が、今の貴様ならばあのオークに後れを取ることは無い。行くぞ」
「だから、その理由を……早いな」
宗司が理由を問う間もなく、既にリリアはメアリス達に襲撃をかけていた。宗司の要る樹の上にまで、獲物を打ち合う音が聞こえてくる。
だが戦闘音を聞いても、宗司は飛び降りなかった。
呆然と下を眺め、途方に暮れている。
「戦えってこと? ……俺に?」
無理だろ、と宗司は呟いた。
自分にそんな力が無いことはよく知っている。そして一度死にかけた。一命をとりとめたのはリリアのおかげだと知った。だからこそ、宗司は彼女にその命を返すつもりで覚悟を決めたのだ。
その覚悟は今でも変わってはいない。
「っ、ええい、ままよ!!」
戦うなんて無理だ、あのオークに立ち向かうのは怖い。飛び降りたはいいものの、自分が戦っているイメージが全く湧いてこない。
それでも、と宗司は叫んだ。
「死ぬ気でやったらああああああああああああ!!!!」
叫び声に反応し、真下のオークが宗司を見上げる。その左目に宗司はエルボーを叩き込んだ。
肘という人体でも鋭い部位が、オークの眼球に突き刺さる。グチャリ、と嫌な音がして弾けるも落下の勢いは止まらない。収めるべきものをなくした眼窩を宗司の肘が打ち付けた。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!」
左目を抑え、オークが苦悶の叫びをあげる。
「お前には恨みしかないからな。遠慮なんてないぞ」
そう言って、まだ悶えているオークの左ひざを容赦なく蹴る。
これが、一般的な十代少年の脚力ならばオークにダメージはなかったであろう。
だが、今の宗司は違う。有り余る魔力で身体が軒並み強化され、さらにリリアの力が上乗せされている。
そんな状態の宗司が、全力で蹴りを入れたのだ。支えをなくした巨体が崩れていく。
体勢を立て直す暇を与えず、宗司は左側から執拗に攻撃を加え続けた。
そして、立ち上がることすらままならず、オークは一方的に殴られ続け、もう何度目になるかわからないほど地面を転がった時、
「え?」
「なんで、倒れて……」
ついに、魔族たちとの戦いに決着が付こうとしていた。
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