十九話

 蠱惑の魔女メアリス。その二つ名が示している通り、彼女の得意分野は魔法と誘惑である。とはいえ、その類稀な魔力で身体を強化した彼女にとって、肉弾戦は決して弱点ではない。魔力と得物さえあれば、彼女は剣豪の斬撃すら無傷で捌くだろう。

 しかし、そのメアリスをもってしても力を取り戻したリリアの槍は防ぎきれない。

 必死でメアリスはナイフを振るいながら、忌々しげに舌打ちした。



「チッ……完全に元に戻ったみたいね、リリア」

「そうじゃな。こんなに体が動くのは妾にとっても久しぶりじゃ」



 そういって突き出された槍は、確かに恐ろしいほど速い。それでいて正確無比。穂先は一直線にメアリスの心臓を狙っている。

 弾いてもどこかが貫かれる。受ければナイフがダメになる。

 メアリスは身を翻し、刃は彼女の肩を僅かに切り裂くだけに留まった。

 先ほどからずっとこの繰り返しだ。リリアに対してメアリスは防戦一方で、時折繰り出される強烈な一撃には必ず傷を負ってしまっていた。致命傷になっていないのは奇跡に近い。

 そのことはメアリスもよくわかっていた。

 退かないのには理由がある。ロギ、それとオークの存在だ。最悪、オークが囮になればメアリスが魔法を使う隙が生まれる。一度でも魔法が使えればあとは互角の勝負に持ち込めるはずであった。

 だが。


(早く来なさい! 豚!! ロギ!!)


 それなのに一向にロギもオークも姿を見せない。ロギは転移魔法の準備などが考えられるが、オークが来ないのは明らかにおかしい。

 焦燥に駆られ、メアリスがオークを隷属している魔法に魔力を込める。何が起きているのかは知らないが強引にでも来てもらわねばメアリスに勝ち目はない。

 しかし、リリアがその一瞬の隙を見逃すはずがなかった。

 白銀の槍が光のごとく高速で突き出される。メアリスが咄嗟に体勢を変えたのは流石というべきだろう。

 メアリスはなんとか心臓への一突きを避けることができた。が、左肩を深々と貫かれている。



「ぐっ……」

「良く避けたが、これで終いじゃな」



 刺さっている槍は抜かずに手放し、新たに銀槍を手にリリアが近づいてくる。

 セレイネ・ヴェロス。リリアが魔力で形成した黒槍に月女神の祝福を与える付与魔法である。つまり、武具でない以上回収する必要が無いのだ。

 リリアはメアリスの喉元に穂先を突きつける。



「貴様を殺す前に、一つ聞きたいことがある」



 油断なく槍を構えたまま、リリアが問いかけた。目はしっかりとメアリスを捉え、その挙動を観察している。

 メアリスは苛立ちながら答えた。



「……何よ」

「ソージに何をしていた・・・・・・



 それはまさに核心を突く質問であった。

 リリアは既に宗司の正体とその理由、魔族の目的について限りなく正解に近い推論を得ている。その最後の一ピースを埋めるための問いかけなのだ。

 任務の失敗を察し、大人しくメアリスは知っていることを話し始めた。



「あの子はユーリ皇国の召喚者よ。本当なら護国の英雄になっていたかもしれないけど、私達が奪ったの。召喚する魔法を邪魔したり魔族への隷属魔法を付け加えたりね。あとは本土に連れていって、色々と細工して完成するはずだったんだけど」

「残念ながらもう妾の物じゃ。手出しなんぞさせん」

「そうね。本当に残念」



 それきりメアリスは口を閉ざした。もう話すことはないのだろう。

 そして、リリアが槍を突き込んだ。



 手応えはない。

 リリアの目の前からメアリスの姿が消えていた。



「転移魔法か……そのまま逃げたほうが良かったろうに」

「残念だけど、手ぶらで帰るわけにはいかないのよ」



 ロギと共にメアリスが現れる。

 左肩こそ負傷しているものの、右手にはすでに魔法を浮かび上がらせていた。

 先ほどまでのメアリス同様、ロギの肉体が強化される。

 だが、それでもリリアは全く焦りの色を見せない。理由は明白だ。



「その男では役不足じゃぞ」

「わかってるわ。けど、三対一ならどうかしらね?」



 メアリスがそう言うと同時に、木々を倒しながらオークが転がってきた。



「え?」

「なんで倒れて……」



 メアリスとロギはすぐにオークが転んだわけではない事に気づいた。明らかに倒れ方が躓いた時のそれではない。見れば、左膝が青黒く変色している。

 メアリスは思い出した。近くにいたにもかかわらず、なぜオークが一向に救援に来なかったのか。リリアに棍棒を破壊したとき何と言っていたか。

 答えはすぐにわかった。



「妾の力じゃ。勘違いするでないぞ」

「わかってます」



 天城宗司が目を赤々とさせながらオークを睨みつける。

 その身体からは、リリアに酷似した魔力が漂っていた。

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