十八話

 メアリスは迎えに来た魔族に愚痴っていた。



「私は完璧に仕事をこなしたのよ。むしろそれ以上と言ってもいいぐらい。それなのにあなたが遅れたせいで……」

「へーへー。さーせんでしたー」

「……ロギ、私は別に任務を放棄してあなたを殺してもいいと思ってるんだけど」



 オークの腕に乗り、軽薄な態度をとる男をギラリと眼光鋭く睨みつける。僅かにではあるものの、冗談ではない本気の殺気が漏れている。

 ロギ、と呼ばれた男はふてくされて言った。



「俺だって必死こいて結界抜けたってのに、いきなり半殺しにされりゃ機嫌も悪くならぁ。そもそも俺を殺して帰れるのかね、え?」

「その時はその時よ。いいからリリアの魔力を探しなさい」

「ずっとやってんよ、ったく……」



 メアリスに急かされ、ロギはぶつくさ言いながら探知魔法の範囲を広げていく。

 彼らは姿を眩ましたリリアと宗司を追っていた。二人を捉えて本拠地に連れて帰る事が任務だからである。一度は捕まえた以上、ここで逃がすわけにはいかない。特にロギは文句こそ言っているものの、遅れた負い目がある。何とかしてもう一度捕まえなければならなかった。

 探知内にいない事を確認してもう一段階魔法の範囲を広げる。



「いたぜ、メアリ……」



 ロギがリリアを見つけたことを伝えようとしたその瞬間、リリアの魔力が膨れ上がった。その差に思わず言葉を切ってしまう。

 例えるなら、消えかけの蝋燭の火がいきなり身の丈を超す業火になったようなものなのだ。

 その気配は、探知魔法を使っていないメアリスにも容易に感じ取れた。

 すぐにリリアが力を取り戻したことを察し、メアリスが転移を使うよう怒鳴る。


「早くしなさい! 逃がすのだけは絶対にダメなのよ!」

「今やってる!!」



 ロギは怒鳴り返し、すぐに座標をリリアに合わせると、オークとメアリスに手を向ける。



「先行ってろ!」



 すぐにメアリスとオークの姿が消える。ロギが飛ばしたのだ。

 そして、そのすぐ後にロギの姿も見えなくなった。



     *    *    *    *




 それからすぐにリリア達がいた樹の陰からオークが現れた。腕にはメアリスを乗せている。ロギは文句を言いながらも正確に飛ばしたようだ。

 だが、魔力の残滓こそあるものの、肝心のリリアの姿が見つからない。メアリスは苛立ちながらオークから飛び降りた。

 目を閉じると、全意識を周囲の魔力に向ける。



「……全快……いや全盛期並に魔力が増えた!?」



 色濃く残るリリアの魔力から、弱っていた彼女がどこまで回復したのか計算し、その結果にメアリスは驚いた。

 吸血鬼たるリリアが血を吸えばもちろん魔力は回復する。しかしその回復にはそれ相応の血が必要だ。更に言えば、並々ならぬ力を持つリリアを全快させるには人一人分の血液を吸う程度では賄えない。質次第ではあるものの、幾人も犠牲にして時間をかけなければ元の力には戻れないだろう。

 それなのにリリアの魔力はメアリスの知る全盛期のそれに戻っている。

 にわかには信じがたい話だ。だからこそ可能性として考えられ得るのは一つだけ。



「……あの子を吸い殺したのね」



 優秀な魔力を持つ人間一人分の血を丸々吸えば、回復と一時的な強化を得られる可能性はある。むしろそれ以外には方法はなく、召喚された少年はそれが可能であるからこそ魔族が欲したのだ。

 その結論に至り、メアリスは悔しそうに歯ぎしりした。

 これで任務のうち一つは達成不可になった、と。

 しかし、まだ命じられた任務は残っている。それを全うするために、改めてメアリスはリリアの行方を探る。


(ッ! まだ近くにッ)


 僅かに気配を察知した瞬間、木片が彼女に降り注いだ。

 木材が砕け散った音がする。



「グオオッ!?」



 戸惑うようなオークの声が遅れて聞こえる。



「すまんのう。これも主人の優しさのためじゃ」



 メアリスが振り返ると、そこには棍棒を砕かれたオークがあたりを見回していた。

 すぐにナイフを構えて、急速に近づいた気配の方へ振り下ろす。



「くっ」



 うまく刃に当てられたものの、突きの威力があまりにも重すぎた。咄嗟に後方へ飛ぶも、衝撃を受け流しきれず、メアリスは吹っ飛んでいった。

 樹の幹にぶつかり、ようやく動きを止める。



「今の一撃を防ぐか。やはり一筋縄ではいかんの」



 白銀の槍をくるくると回しながら襲撃者がニヤリと笑う。

 憎々し気に、メアリスはその名を呟いた。



「リリア……!!」



 そして闇の戦いの第三幕が切って落とされた。

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