十話

 次の日の朝。

 早起きし時間に余裕を持たせたにもかかわらず、宗司は厨房で頭を悩ませていた。

 それは朝食のメニューについてである。

 昨日、いろいろとリリアから家事などについて教えてもらったが、ここでの生活において最も鬼門になるのは間違いなく食事だろう。なぜなら生活の質に直結するにもかかわらず、二人とも料理が下手だからだ。そしてこういう場合、立場の低い方が面倒ごとを任される。

 つまり、リリアは食事関連のことをすべて宗司に丸投げしたのだ。

 よくまあ会ったばかりの奴に食事を任せられるよな、と宗司は思ったが、そのおかげでここでの生活が許されていることを思い出し、素直に承諾したのだ。

 だが、任せられたからと言ってそれで腕が上達するわけではない。所詮は自炊すらままならない男子高生だ。更に言えば、宗司はこの世界の食事情はおろか、字が読めないせいで保管されているものが何の食材かもわからないのだ。このまま何も考えずに料理を作れば、完全に昨日の二の舞になることは想像に難くない。

 だからこそ、無い頭を絞っているのだ。



「昨日と同じもの出すのもなぁ……。かと言って料理を選べるような腕じゃないし」



 干し肉を咥えながら、何か作れそうなものはないかと思案する宗司。

 しかし、これはレシピを検討しているわけではない。この少年にそんな知識はない。

 では何をしているのかと言えば、それは使えそうなアイディアを記憶の中のグルメ漫画から引っ張り出そうとしているのである。



「……刻む。なるほど、そういう手もあるのか」



 記憶の隅にあった保存加工された肉塊を調理する方法を思い出した宗司は、それを試してみることにした。





「干し肉を刻むのか。なるほど、そういう手もあるわけじゃな」

「リリア、それ俺がもうやりました」



 厨房での独り言をどこで聞いていたのか、スープを飲んで同じような冗談を言うリリア。その表情から察するに昨日よりはいいものが提供できているようだ。実際、宗司が味見をした段階では大いに満足できるようになっていた。

 主食の味のない乾パンのようなものを一緒にかじりつつ、リリアは早くもスープのお代わりを求める。

 それを見て、ようやく宗司の緊張が解けた。

 宗司に器を渡しながら、リリアが美味しくなった理由を尋ねる。



「それにしても細かくするだけで調理しやすくなるものなのか?」

「えっと、ある人の見よう見まねなので、教えてもらったどころか受け売りですらないんですけど、なんか細かくすると熱が回りやすいし味も均一にしやすいそうです。でも食感が変化しやすいリスクもあるとかなんとか。干し肉なら元が硬いんで行けるかなって思って使ってみました」

「なるほどの。しかし貴様がそいつにしっかり料理を教わっておれば、今頃はもっと良いものでは食べられてのではないのか」

「教われたらよかったんですけどね……」

「……死んだのか」

「いえ、純粋に会話できないんですよ」


 宗司が言っているのは、もちろん漫画の知識であり漫画の人物である。教えてもらえるわけが無い。

 それはともかく、干し肉を刻んでからスープにするのは本当にうまくいったようだ。硬いまま切るのはかなり時間がをかけていたが、それだけの価値はあった……かもしれない。昨日の物と比べれば少なくとも、切った分だけ宗司の腹は満たされている。

 スープに乾パンと質素な食事ではあったが、宗司は無事に下僕生活二日目をスタートさせた。








 そしてあっという間に一週間がたった。

 今日も宗司は早起きして厨房へと向かう。この生活リズムに慣れたのか、一週間前のように眠気でふらついた足取りではなく、きびきびとした動きだ。

 厨房につくと、調理台の上には既に仕込みが終わっているパン種が置いてある。それを手際よくかまどへと放り込むと、今度は食糧庫へと赴いた。

 もう何を作るか、何を使うのか迷っている様子はない。既に作る料理は決まっているのだ。さっさと必要分だけ見繕って回収し、すぐに食糧庫を出る。

 今日のメニューは目玉焼きとベイクドポテトだ。物足りなくならないようドライフルーツを練りこんだパンも用意している。先ほどかまどに放り込んだものだ。

 作れるメニューが増えているが、目玉焼き以外はこの一週間で宗司が習得した料理である。とはいっても彼の腕が上達したわけでない。リリアがレシピ本を所持していたというだけだ。かなり初心者用らしいそれを訳してもらってこっそりメモを取っていたのだ。

 間違えないように、それを逐一ちくいち確認して料理を進めていく。もともと簡単な料理を選んであるということもあって、あっという間に出来上がっていく。最後の工程、焼きあがったベイクドポテトにベーコンを挟む前に、宗司は全ての火を止めてリリアを起こしに向った。

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