十一話
基本的に宗司がつく頃にはリリアはもう起きていることが多い。それでも律義に起こしに行くのは、ひとえにそれが彼女の命令だからである。いわくそういうのが下僕らしいとか何とか。なんじゃそりゃ、と宗司は思ったが、そういう役割ならばしょうがないと割り切って付き合うことにしている。
部屋の前についた。ドアをノックすると、中から返事がした。
「入って良いぞ」
「失礼します」
今日も既に起きていたようだ。一礼して入室すると、ちょうどリリアが本をしまっていた。『影』に。そしてリリアの元へ戻るそれを目だけで追い、宗司は朝食の用意が出来た事を伝える。
「うむ。ここからでもパンの焼けるいい匂いがするからの。もうそろそろ来るじゃろうな、と思っておった」
「そうですか。それじゃあ俺は仕上げに戻りますんで、いつもどおり頃合いを見て来てください」
用件を伝えた宗司はすぐに厨房へ戻ろうとする。特に今日はベイクドポテトがあるため、ジャガイモが冷めないうちに仕上げを行わなければならないのだ。
だが、退室しようとする宗司をリリアは引き留めた。
「待て。今日は妾も貴様に言うことがある」
「はいなんでしょう?」
「なに、そろそろ貴様に魔法を使う訓練でもしてもらおうと思ってな」
「魔法……ですか。俺に使えるとは思えませんけども」
魔法の訓練と聞いても、いまいちテンションの低い宗司。魔法を使えると聞けば人によっては狂喜乱舞しそうなものだが、一応この態度には理由がある。
それは、この屋敷の設備をうまく使えないということだ。以前も紹介したように、ここの設備は魔法によって現代日本がかすみかねないほど快適に暮らせるようになっている。だが、それらは何も消費していないわけではない。ハイテクな家電が電力を消費するように、魔法の道具、魔法具は使用者の魔力を消費しているのだ。これが不十分では、魔法具も動いてはくれない。
かつて宗司が水道を使おうとしても水が出なかったのはそれが原因である。生粋の日本人、つまりこの世界から見た異世界人である宗司には魔力が無いらしいのだ。
宗司が近づいても水は流れず、火は着かず、衣服は綺麗にならない。最初こそ目を輝かせていたが、そのうち自分が魔法を使うことはないと期待しなくなっていた。
本来であればその設備などは宗司には使えない。だが魔力を持たない者でも使えるよう、救済措置になるものはしっかり用意されていた。
「そうは言っても、その魔石も貯蔵魔力が無くなってくるころじゃろ」
「本当ですか。意外と寿命短いんですね、これ」
リリアに言われて、宗司はポケットから赤いルビーのような光沢のある石を取り出す。
彼が取り出したこの親指大の石こそが『魔石』と呼ばれるものだ。簡単に言えば魔力版電池のようなものである。
魔力が無いにもかかわらず、今まで宗司が魔法具を使用できたのはこれのおかげだった。この魔石にはリリアの魔力が込められていて、宗司が使おうとするたびその魔力を消費して稼働させていたのだ。
もちろん電池と同様に寿命もあるようで、どうやらそれが一週間ほどらしい。
リリアは宗司の持っている魔石を、新しく取り出したものと交換する。
「まだ予備はあるが、それとは別に貴様自身の魔法の訓練もしてもらうぞ」
ちなみに魔石は採掘されるものと、それなりの鉱物に魔力を込めてつくられる人工の物がある。だが製造するのは相当面倒な代物だ。鉱物を揃えるのは問題ないが、大量の魔力を乱れないよう一定量を保ちながら込めなければ作れないのだ。普通の人間では一人では込められるほどの魔力量にはならず、かといって複数人では一定量を保つのは難しい。高位の魔法使い達が毎日作ろうとしても、ひと月に一個できるかどうかである。これが人工物があるにもかかわらず、天然の魔石が必要とされる理由だ。
いくら替わりがあると言っても、そんなものがいくつも常備されてはいないのだ。
だからこそ、リリアとしては宗司に魔法の訓練をしてもらう必要があった。宗司としても魔法が使えるのなら文句はない。問題は魔力が無いかもしれない事だが、それは後で考えることにした。
「とりあえず詳しい事は朝食の後にしてもいいですかね」
「そうじゃな」
予定を決めたところで、宗司は平静を保ってリリアの部屋から退室する。
食堂へと向かう。徐々にその足取りは早くなっていく。十分にリリアの部屋から離れ、宗司は大きくガッツポーズした。
まだ不確定とはいえ、魔法が使えるかもしれないという期待と高揚感は抑えきれなかったのだ。
そのまま足取り軽く階段を下りていく。
そのころ、リリアは自室で楽しそうにほくそ笑んでいた。
彼女の鋭敏な聴覚は、軽快なリズムを刻んでいる宗司の足音をしっかり捉えている。いくら取り繕っていても、これでは浮かれているのは丸わかりだ。
「ふふ、全くわかりやすい奴じゃ」
宗司は隠していたようだが、魔法に興味津々であるということはとっくにリリアにばれていた。
それもそのはずで、文字を学ぶ際に魔法がどう表記されるか知りたがったり、ことあるごとに魔石を取り出して眺めているのをリリアは知っている。
いつ教えを乞うか待っていたがなぜか本人は諦めてしまったようだったので、わざわざリリアが理由まで用意して教えてあげることにしたのだ。
それに、とリリアは胸中で付け加える。
(魔力が強いほど美味いからの)
ちらり唇を舐める彼女は、その幼さからはあまりにもかけ離れて妖艶であった。
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