九話
結局、体裁を保ちつつ状況を打開する方法は浮かばず、リリアは素直に料理ができない事を打ち明けた。
「知ったようなことを言ってすまんかったの……」
「いっ、いえいえ、俺の方こそ料理が出来なくて申し訳ないと言いますか、なんというか……」
しょんぼりとしたリリアに謝られて、どうにもいたたまれない宗司。あたふたと下手くそなフォローを試みる。
もちろん、効果はない。
「……実はな、妾も全く同じものを作ったことがあっての。それからは極力厨房は使っておらんのじゃ」
「へ、へぇー。そうなんですね……」
これ以上この話題を続けないで欲しい。宗司は切に願った。
そもそも別に宗司は責めるつもりはないし、むしろ同じレベルで安心したぐらいである。実際経験の分だけ宗司よりはマシなのだから、いつものように堂々としてくれた方がいいのだ。
どう慰めようか宗司が頭を悩ませていると、不意にある事を思い出す。
「そう言えば俺、字が読めないんですよ。だから袋の中身が全く分からなくてですね。料理もいいですけど、そういうのを教えていただけたらなーと」
「……字? 貴様、文字が読めぬのか?」
宗司の言葉に反応して、リリアの顔が少し上がる。
どうやら、この方法でのフォローが効くらしい。畳みかけるように宗司は話をつづけた。
「本当に読めません。勉強してないって言われたらそれまでなんですけど、本当に言語系が壊滅的でですね。おかげで|書類(テスト)はできないわ、追加で勉強させられたり大変でしたよ」
後半はこの世界の言語とは一切関係が無い。英語ができなかったことをそれっぽく言っているだけである。苦し紛れのフォローだ。
だが、それでもリリアの機嫌を直すのには十分な効果があったようだ。
いつもの調子が戻り、意気揚々と彼女は宣言した。
「ならば妾が教えようではないか。幸いここには本も紙も、それに勉強するための時間もたくさんあるからの。いくらでも付き合ってやろう」
「ありがとうございます!」
どうやら、もう慣れないフォローは必要ないようだ。
宗司が一息つく。そして、ある事に気づいた。
(……言語が違うのに、なんで言っていることが分かるんだ?)
この世界の言語は、明らかに日本のそれとは異なっている。それは、さっきの食糧袋の記載が読めなかった時点でわかっていた。少なくとも、日本語との共通点は一切なく、宗司が理解するのは現時点で不可能だ。
それだというのに、リリアと宗司の間で会話が成り立っている。今まで気づいていなかったが、明らかにおかしい状況だ。いや、むしろこの状況のせいで異世界だということに気づけなかったのかもしれない。
どうやって意思疎通ができているのかは分からないが、少なくともリリアが日本語を知っているかどうか知るすべはある。宗司はそれを試してみることにした。
いつの間にかリリアが用意していた紙とペンをとる。日本語を書いてそれをリリアに読ませるためだ。それで日本語が使われていない事は簡単に証明できる。
そう。簡単な証明なのだ。
つけペンの使い方さえ知っていれば。
「これってどうやって使うんです?」
もちろん宗司が知っているわけが無く、早くも目論見とは違う形でリリアを呼ぶはめになった。
何をするのかと見守っていたリリアは、初歩的な質問が来たことに拍子抜けしつつも、ペンの使い方を丁寧に教えた。
「ペンの使い方も知らんのか。しょうがない、それも教えてやろう」
出ばなをくじかれた形になったが、宗司はある単語を書いてリリアへと見せる。簡単な単語であったが、リリアは首をかしげるだけであった。
「これ、読めますか?」
「読めん。そもそも文字にすらなっておらんではないか」
やはりリリアの使用している言語は日本語ではない。つまり、宗司とリリアでコミュニケーションが取れている状況はおかしいのだ。間違いなく、何か翻訳するようなものが働いている。
そこまで推測したが、それ以上考えることを宗司はやめた。
(どうせ、魔法だろうな……)
やたら生活が便利になるような魔法がかけられている屋敷である。自動でクリーニングするクローゼットがあるのなら、自動で言語が翻訳される空間があってもおかしくはないだろう。というか、宗司はそういう原理がわからないような不思議な現象は全て魔法だと思うようにした。
もう一つ分かったものがある。それは書いた文字には翻訳が聞かないということだ。それは同時に、読み書きを学ぶ必然性を訴えているわけで―――
「では、まず構成文字からじゃ。基本的に使われている文字は30個ある。それを妾が一つ一つ解説してやるから、貴様はそれを書き写せ」
「はい……」
そうなってくれば当然勉強しなければいけないわけで。外国語は宗司が最も苦手としている分野である。
意気揚々と本を手に取り解説を始めるリリアに対し、げんなりした様子で机に向かう宗司の姿があった。
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