第116話 集団戦/ノックバック攻撃開始

 kirishunこと桐岡俊介は、アーケードコントローラーの表面を確認した。


 かつての対戦相手である、ノイナール学園の新崎から借りたものである。


 小さな擦り傷から、ちょっとしたへこみまで、新崎の努力の跡が残っていた。


 そんな偉大な先駆者とスクリムをすることで、ノックバックを当てるコツは掴んでいた。


 相対距離の把握だ。


 MRAFは、主観視点のゲームだから、自キャラと敵キャラの距離感を掴みにくい。


 しかし、基準になるものは、いくらでもある。


 地面の模様だったり、周囲の木々との距離だったり、敵キャラの輪郭の見え方などだ。


 それらを総合的に重ね合わせて、適切な距離でコマンドを入力すれば、ノックバックスキルが的中する。


 ただし、思い描いたとおりに成功するわけでもない。


 ちょっとした試合展開の違いであったり、プレイヤーのメンタルの激変によって、コツがうまく使えないことだってある。


 たとえそうだったとしても、成功させなければならない。


 この一手を外したら、ほぼ東源高校の敗北は決定する。


 俊介は、まだまだ先を見ている。


 将来的にはプロチームに入って、世界大会にリベンジするつもりだ。


 だからといって、いま目の前にある、大事な試合を落とすようでは、精神面での成長が遅れてしまうだろう。


「勝負、吉奈先輩」


 俊介は、アーケードコントローラーにコマンドを入力しながら、目標との相対距離を測っていく。


 これまでの人生で、ちゃんと格闘ゲームもやってきた。


 一番プレイした時期は小学生のときだが、高校生になった今でも、気が向いたときに練習している。


 どんなゲームだって、真剣勝負で向き合うことで、eスポーツプレイヤーとして成長していく。


 強い選手になるためのヒントは、どこにだって転がっているものだ。


 そんな気持ちを込めながら、コマンド入力を完了した。


 俊介の格闘家は、〈竜の息吹〉を発動。


 まるでブレスを吐くような仕草で、両手を前に突き出した。


 俊介の格闘家と、吉奈のソルジャーは、まさに理想的な角度と距離で、相対していた。


 常識で考えれば、逃げ場を失った吉奈が、ノックバックスキルによって、東源高校の陣地に向かって飛んでいくはずだった。


 だがしかし、吉奈だって、準決勝まで残った競技選手なのだ。


 タダで転ぶはずもなかった。


『kirishun、あなたの思い通りにはさせないわよ』


 なんと吉奈は、絶妙なキャラクターコントロールによって、吹っ飛ばされる角度を強引に切り替えた。


 東源高校のメンバーたちが集結したポイントから、ほんの少し離れた茂みに転がった。


 この《ほんの少し》の距離が、東源高校の作戦を微妙に狂わせていた。


 その意味を、俊介は叫んだ。


「くそっ、時間を稼がれた!」


 そう、時間稼ぎだ。


 もし俊介のノックバック攻撃が綺麗に成功していれば、部長である尾長たちの同時攻撃によって、吉奈は瞬殺のはずであった。


 だが、ほんの少しだけ離れたところへ吹っ飛んだことにより、生存時間が伸びたのだ。


 この生存時間を利用すれば、アサルトライフルによるポーク攻撃を、さらに叩き込める。


 どうせダウンするなら、より多くの継続ダメージを敵に与えること。


 それが吉奈の狙いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る