第117話 集団戦/吉奈の機転

 魔女のリーダー・吉奈は、ノックバック攻撃を食らう角度を、強引に切り替えた。


(もうこの状態だと、ノックバックスキルの直撃は、まぬがれない。だったらせめて、天才の思惑をズラしてやる)


 結論からいえば、大成功だった。


 東源高校のメンバーたちは、天才である桐岡俊介の腕前を信じているからこそ、必ず狙った角度で、吉奈のソルジャーが吹っ飛んでくると思っていた。


 だが実際には、十度ほどズレた角度で吹っ飛んできた。


 この小さなズレは、連携行動の乱れを生んだ。


 時間にすれば、一秒あるかないかの空白だった。


 だが、【MRAF】における一秒は、運命を左右する貴重な時間であった。


 魔女のリーダー・吉奈は、この一秒を使って、チームに貢献することにした。


「マガジンに残っている弾丸を、すべて敵に当ててしまえば!」


 吉奈のソルジャーは、アサルトライフルを構えた。


 装填済みの弾倉に残っている弾は、八発のみ。


 この八発を、ダメージ量に換算すれば、敵を一人か二人、倒せるぐらいだ。


 吉奈は、ゲーミングマウスを丁寧に動かした。クロスヘアの位置は、もっともHPの削れている未柳のファイター。


 あとは、正確に左クリックするだけ。


 それだけで、敵を一体落とせる。


 もし集団戦の序盤で、人数優位を生み出せるなら、とてつもないアドバンテージを得られる。


 吉奈の体内には、はち切れそうなほどの集中力と、適切な緊張感が満ちていた。


 全国大会へ出場したい――そんな気迫が、眼球の裏から、指先まで、突き抜けていく。


 体感時間が間延びしていた。わずか一秒の実時間を、二十秒ぐらいに感じるほどに。


 吉奈の感覚でいえば、すでに左クリックを実行したはずだった。


 ソルジャ―の弾丸が、お笑い生徒会長の未柳を落としているはずだった。


 だが、いつまで経っても、ソルジャーは発砲しない。


 それどころか、使用キャラクターが動かない。


「……なぜ!?」


 ふと気づいた。吉奈のソルジャーは、スタンになっていた。


 スタン。


 使用キャラクターが、一定時間動かせなくなる状態異常。


 東源高校の使用キャラクターで、スタンを伴うスキルを持っているのは、加奈子のウィッチだけだった。


 そう、ヴィジュアル系の加奈子は、いつのまにか、吉奈のすぐ横に飛び込んでいた。


『吉奈ちゃんを信じてた。大事な友達だから、きっと最後まで諦めないで、ノックバックスキルに抵抗するだろうって』


 ウイッチの奥義ソウルバインドが炸裂していた。


 一定範囲の敵キャラクターたちをスタンに追い込み、毒ダメージまで与える、強力な技。


 ウイッチは、他でもない吉奈が、もっとも得意としているキャラクターだった。


 だからこそ、思考の隙間を突かれてしまった。


(《ソウルバインド》は、複数名の敵を巻き込むからこそ、効果があるのよ。たった一名の敵に対して使うなんて、せっかくの奥義がもったいないわ)


 もっとも効果的な方法を多様してきたからこそ、もっとも不効率な方法を選択肢から外してしまった。


 しかし、この集団戦の序盤においては、もっとも不効率な方法が、適切な運用方法だった。


「それでも、まだ戦いは、終わってないわ」


 魔女のリーダー・吉奈は、まだ諦めていなかった。


 スタン状態が解けたなら、なにがなんでも未柳のファイターを落とす。


 うまく立ち回れば、相打ちに持っていけるはずだ。

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