第89話 ロッカールームで作戦構築・東源編
俊介たちは、ロッカールームに戻った。
eスポーツ専用の建物におけるロッカールームだから、一種独特の雰囲気がある。汗臭さはないのに、電気臭さがあるのだ。
なぜなら試合の録画を再生する機器や、次の作戦を構築するための各種設備が充実しているからだった。
もしBO3の一本目を勝利していたなら、この電気臭さも心地よいものだったんだろう。
だが東源高校は敗北した。
どうしても雰囲気が重い。
だが、部長の尾長が、すでに立ち直っているため、ややピリっとした声で、ホワイトボートを叩いた。
「みんな注目だ。落ち込んでる場合じゃないぞ」
ずっと暗い顔だった、加奈子と、未柳と、薫が、スっとホワイトボードを見た。
ようやく目に光が戻ってきたらしい。しかし未柳だけは、まだ絶望が瞳に染みついていた。
おそらく五対五の集団戦が始まる前に、ひとりだけダウンしていたからだろう。
もしロッカールームにおける俊介の仕事があるとしたら、未柳を励ますことだ。
だが、まずは尾長の話が先だった。彼が部活動の部長だし、まずは弱点の総括が必要だからだ。
「小生の考えた作戦には、一つ穴があった。それは、作戦構築の傾向だ」
尾長は、ホワイトボードに、二つの〇を書いた。この〇は左右に並んでいて、それぞれが独立している。
「もし小生が左の〇に入ったら、そのとき俊介くんが右の〇に入る。逆に俊介くんが左の〇に入れば、小生が右の〇だ。
うちのチームはね、なにか行動を起こすとき、小生と俊介くんを基準に、分隊を二つに分ける傾向が強かったんだよ
なぜなら小生が指揮官で、俊介くんがエースだから、それぞれの良さを最大限に活かそうとしたんだ
それが裏目に出た」
尾長の説明に、俊介は合点した。
「たしかにそうですね。予選のころは、三人編成だったので、こうなりようがなかった。ですが、五人編成になってから、この傾向がかなり強くなりましたね」
「小生も、なまじ三人編成のときの作戦構築がうまくいっていたから、この傾向を見落としたんだ。だが吉奈くんみたいなキレものに、あっさり見破られて、最後の中央突破に繋がったんだ。つまり花崎高校は、未柳くんが中央を一人で守っていることを、完全に読み切っていた」
つまり未柳がダウンしたのは、彼女の個人技の問題ではなく、尾長の作戦構築の問題だった。
チームとしての弱点は、白日の下にさらされた。
だからこそ、次の疑問も浮かんでくる。
そのことは、加奈子が質問した。
「作戦の弱点は理解したよ。そうだとして、次の試合はどうやって戦うの?」
尾長は、勝負師の顔で、ホワイトボードをにらんだ。
「次の試合に関しては、当初の予定どおり、バトルアーティストを投入する。これはおそらく勝てるだろう。だから今考えておきたいのは、三本目の試合なんだ」
「なんで勝てるの? バトルアーティストを投入すると」
「花崎の裏をつけるからさ。ここに関しては、自信をもっていい。自分たちの練習してきたことに」
たしかに、バトルアーティストを活用した、ちょっと特殊な運用方法を練習してきた。
これを使うことで、吉奈みたいな指揮能力の高い人間の裏をかけるだろう。
だが、そのためには、東源高校のチームプレイが絶対に必要になる。
加奈子と薫は、大丈夫そうだった。作戦による敗北だと理解したので、自分自身の個人技に自信を取り戻したのだ。
だが未柳の様子がおかしかった。
未柳は、なぜかホワイトボードを見つめながら、ぽろりと涙を一滴垂らしたのだ。
「あ、あたし……ごめん、泣くつもりなかったんだけど、ちょっと頭冷やしてくる!」
未柳は、まるで彗星みたいな勢いで、ロッカールームを飛び出してしまった。
「ちょ、ちょっと生徒会長! どこいくんです、未柳生徒会長!」
俊介は、未柳を追おうとした。
だが、加奈子が止めた。
「待って。これが少女漫画なら、王子様がヒロインを追う場面。でも、いまの未柳は少年漫画の復活シーン。むしろチームメイトに声をかけられたほうが、逆効果になる。だから、頭を冷やす時間を与えてあげて。加熱したフライパンをクールダウンするみたいに」
どうやら尾長も同じ考えらしく、厳かにうなずいた。
「未柳くんなら、バレーボール部時代に、敗北することも慣れている。だから時間さえかければ大丈夫だ。だから小生たちは、この時間を使って、三本目の試合の作戦を構築しようではないか」
こうして東源高校は、二本目は必ず勝つと想定して、三本目の作戦構築を開始した。
俊介は、未柳を信じることにした。きっと彼女だって、自分自身の心の脆い部分を乗り越えてくるだろうと。
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