花崎高校と全国をかけて準決勝 BO3の二本目

第88話 メンタルを立てなおせ

 東源高校は、一本目を落とした。


 致命的な敗北といっていい。


 BO3は、一本目の勝敗が、その後に響く。勝った方は、二本目以降に余裕が出てくるし、負けたほうは余裕がなくなる。


 たとえプロ選手であっても、一本目の負け方が最悪だと、二本目に引きずることなる。


 ならば、アマチュア選手である東源高校の生徒たちは、どうなっているのか?


 まるで魂が抜けてしまったかのように、言葉を失っていた。


 ただし、選手の勘を取り戻しつつある俊介だけは、平常心を保てていた。


(どうする。俺は大丈夫だ。でも他のみんなは……)


 と、俊介は、心の中でつぶやいた。


 俊介のメンタルが乱れていない理由は、自分の敗因分析が終わっているからだ。


 いくら〈コンセントレーション・ナイン〉の超反応といえど、先行入力で対応されてしまえば、負けるときは負ける。


 なぜなら使用キャラクターは、システムの上限値以上に、素早く動けないからだ。


 いわゆる肉体を使ったスポーツの場合、そもそも選手間の身体能力に差がある。


 野球でたとえるなら、ピッチャーの球速、変化球の数、などなど人間の身体能力によって上限が変化する。


 だがコンピューターゲームの場合、上限が一定だ。誰がピッチャーキャラを使おうとも、ピッチャーの球速と変化球の数に差はない。


 となれば、俊介の敗因は、魔女のリーダーである吉奈の博打に負けたことにある。


 だからといって、本来の意味での運要素ではない。吉奈は、博打の勝率を上げるために、理論で外堀を徹底に埋めてきたわけだ。


 きっと花崎高校の練習環境が、eスポーツカフェから、部室にアップグレードされたことが、吉奈の勝負勘を上昇させたんだろう。


 そしてアップグレードの資金を提供したのは、amamiこと天坂美桜である。


(美桜の策略どおり、まんまと俺たちは追い詰められたってわけだ)


 となれば俊介の改善点は、すでに見つかっていた。


 自分の行動の最適化を、あえて崩すルートを意識することだ。


 このように、敗因の分析が終わっているため、メンタル状態は悪くなかった。


 だが東源高校の仲間たちは、本拠地破壊という、意識の隙間を突かれた敗北を喫したため、メンタルが地盤から崩れていた。


(試合中に追い詰められたときは、声をかけるだけでよかった。でも試合後は、そんな単純に解決できないんだろうな)


 俊介は、リーダーではない。


 将来プロ選手になっても、リーダーにはなれない。


 誰かを導くには、器が必要だ。


 器をある程度まで広げることはできるだろうが、チームメイトになる一流の選手たちを引っ張るだけの言霊を持っていない。


 リーダーという単語で、美桜の姿がよぎった。


 ぶんぶんと頭を振ることで、美桜の姿をかき消す。


 だが困ったことに、本物の美桜が、すぐそこにいた。ロッカールームにつながる関係者通路から、俊介のことをじっと見ているのだ。


 プライドを捨てて、彼女に頼ったほうがいいんだろうか。


 きっと美桜の頭の回転なら、東源高校のチームとしての敗因も分析できているんだろう。それを説明するための言霊も持っている。


 だが彼女は敵だ。


 高校生大会だからではなく、将来プロ選手になってからも、倒すべき目標なのだ。


 だが、全国につながるこの試合で負けてしまうのは、もったいないだろう。


 俊介が迷っていると、ようやく尾長が立ち上がった。


「俊介くん。つい今しがた、チームとしての敗因を突き止めたよ。だから、天坂美桜部長に頼る必要はない」


 どうやら尾長は、どうにかメンタルを持ち直したようだ。おそらくバスケ部時代の経験を使ったんだろう。


 ならば俊介は、尾長と協力して、他のメンバーを励ませばいい。


「よかったですよ、尾長部長が持ち直してくれて」


 尾長は、青いフレームの眼鏡を、くいくいっと動かした。


「なぁに。一本目の試合で、花崎高校のデータを取得できた。それを活かせば、二本目の試合で有利に運べるだろう。もちろん我々の弱点だって、修正可能だ」


 この言葉で、ようやく残りのメンバーも重い腰を持ち上げた。


 すなわち尾長には、リーダーの器があるということだ。


 それを俊介は、うらやましいと思った。


 なお、お笑い生徒会長の未柳だけは、立ち上がりはしたものの、落ち込み方が尋常じゃなかった。


 彼女に関しては、ロッカールームに戻ってから、個別に声をかけたほうがいいのかもしれない。


 こうして東源高校のメンバーたちが、ロッカールームにつながる関係者用通路に向かえば、美桜と対面することになる。


 俊介は、片方の眉毛を持ち上げた。


「俺たちは、お前のアドバイスなんていらない。自分たちの頭で、ちゃんと答えにたどりついてみせる」


 美桜は、ふんっと鼻を鳴らした。


「口先だけならなんとでもいえる。ちゃんと次は勝つんだぞ」


 と言い残して、美桜は舞台袖に戻っていった。

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