第87話 天才の精神の綻び

 俊介は《コンセントレーションナイン》を発動した。

 

 意識が尖って、脳神経が加速。眼球から指先までパルスが走って、体感時間が間延びしていく。


 あとはコンマ数秒単位の戦いで、彼女を潰してから、次の敵に飛びつけばいい。


 そうすれば、東源高校にもチャンスが巡ってくる。


 吉奈のHPゲージは、すでに残り二発のところまで追い込んであるのだから、この局地戦で負けるはずがない。


 そう思っていたからこそ、俊介の意識は、集団戦の右側にいる、心配性の真希に移っていた。


 だから、目の前にいる吉奈の狙いを見落とした。


『kirishun。あなたが強いのは知ってるわ。だから、こうなるように、誘導したのよ』


 吉奈の言葉の意味を、俊介は理解できなかった。コンセントレーションナインで加速した世界で、彼女の言葉が鼓膜の内側を、ゆったりと駆け抜けていく。


 やがてお互いの使用キャラクター同士の動きから、吉奈の言葉の意味を把握できた。


 俊介のグラディエーターの剣が、なぜか吉奈から遠ざかっていくのだ。


(なんで、俺の攻撃が、遠ざかるんだ? あとは懐に飛び込んで二発当てて終わりのはずなのに)


 加速した意識で、必死に疑問を処理していく。


 俊介は、自分の思い描いたパフェークトな動きで、吉奈を倒したはずだった。


 だが吉奈のハンターは、弓矢に矢をつがえたモーションのまま、すーっと自然な動きで左にそれていく。


 そう、間違いなく回避行動である。だが攻撃モーションを維持したまま、回避したということは、彼女がやったことは、一つしかなかった。


 先行入力である。


『《コンセントレーションナイン》を使ったから、倒したと思ったでしょう。凡人だから、避けられないと思ったでしょう。そういうあなたの思考パターンと、その異常なまでに早すぎる反射神経を前提にして、前もって行動を入力しておいたのよ』


 あらゆる対戦ゲームにおける、刹那の技術である。


【敵はきっと、こういう動きをするから、それに対して自分は先にコマンドを入力しておこう】


 一つ前の試合で、新崎の格闘家もこれに近い動きをやったが、あれよりさらに上位の概念だ。


 というか、一種のギャンブルである。


 新崎の得意だった戦術は、あくまで相手の行動を先読みして、それに合わせて動くことである。だから先行入力まではやっていない。


 しかし吉奈は、先行入力をやった。


 もし先行入力の判断を誤れば、吉奈はよくわからないタイミングで、ごろんっと横に転がっただけで、無防備になっていただろう。


 しかし吉奈は成功させた。よりによって《コンセントレーションナイン》を発動した俊介相手に。


「なんで、俺が、《コンセントレーションナイン》が……?」


 俊介は、意識が真っ白になった。


 吉奈を倒すことで、花崎高校のフォーカスを乱れさせるつもりだった。だが実際には、先行入力を成功されてしまったことで、むしろ俊介のメンタルが乱れてしまった。


 この局面は、残り数秒で勝敗がつく。そんなときに、俊介はコンマ数秒といえど思考回路に空白が生まれてしまった。


 その空白を、すり抜けるようにして、吉奈のハンターは矢を放った。


『やっぱり今回も、花崎の勝ちだったわ』


 吉奈の矢が、スローモーションで飛んでいく。


 俊介は、加速した意識で、その矢を見送ることしかできなかった。


 もう、最終防衛ラインを突破されていた。この状況になってしまうと、たとえ世界最強のプロチームであるF2esportsであろうとも、ひっくり返すことはできない。

 

 東源高校の本拠地に、吉奈の矢が突き刺さると、残っていた耐久値が、空っぽになった。


 がらがらと本拠地が崩れていくアニメーションが拡大表示されて、実況解説コンビが絶叫した。


『まさかのまさかです! 花崎高校の吉奈選手、《コンセントレーションナイン》を打ち破って、本拠地破壊を成功! 花崎高校の勝利ですっっっ!!!』

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