第74話 吉奈に意図された遭遇戦

 東源高校の俊介と薫は、真西にある宝箱に近づいていた。


 花崎高校の誰かしらも、あの宝箱を求めて移動中だろう。


 両校が、宝箱を求める流れに違いはない。


 だが五名のうち何名を、宝箱回収に向かわせたかに、違いがあった。

 

 東源高校側は、俊介と薫の二名だけを宝箱に向かわせていた。


 だが花崎高校は、もっと多くの人数を割いている可能性があった。


 実況解説コンビも、このあたりの駆け引きについて触れていた。


『山崎さん。海賊島の難しいところは、遭遇戦だけではなく、宝箱の回収にどれだけのリソースを割くのかの判断ですよね』


『もし、宝箱の回収に、すべてのリソースを割いてしまうと、金鉱を掘るための時間も、視界を確保するための時間もなくなります。この動きをやってしまうと、試合の中盤あたりで、相手チームと露骨な差がつくことになるので、なにか特殊な考えがないかぎり、やってはいけません』


『つまり、宝箱にすべてのリソースを割いて、短期決戦を狙ってもいいわけですね』


『そういうことです。あとは、宝箱をエサにして、そこに近づいてきたプレイヤーを狩る動きをやってもいいですね』


 そんな駆け引きが、東源高校と花崎高校の間で行われていた。


 俊介は、表面的には落ち着いているが、内面的にはプレッシャーを感じていた。


 魔女のリーダーである、吉奈に対する警戒心が原因だ。


 吉奈は、ただ賢いだけではなく、人間心理に精通していた。空気が読めないのではなく、空気は読めるが、あえて無視する強靭な精神の持ち主だ。


 そんな傑物だからこそ、チームを引っ張るのに適していた。


 彼女の作った戦略は、予選で俊介の個人技を封殺した。


 あのときの屈辱と絶望は、今も俊介の心に焼きついていた。


 いくら俊介が天才であっても、人間であるかぎり、失敗のイメージを追い出すのは難しい。


(もしかしたら、また吉奈先輩の戦略に絡めとられて、個人技を発揮する間もなく、ダウンするんじゃないか?)


 と、心の声が反響する。


 だが、この負のプレッシャーに打ち克てないかぎり、世界最強のeスポーツプレイヤーにつながる道は、閉ざされてしまうだろう。


 だから俊介は、吉奈の戦略を打倒してみせる、と自分自身に暗示をかけた。


 そんな風に、気持ちを再確認しているうちに、ついに宝箱を目視できる距離まで近づいた。


 宝箱のグラフィックは、定番の色合いだった。金色のフレームに、赤い板金。いかにもお宝ザックザクのイメージである。


 そんな箱が、海賊島ステージの端っこに置いてあった。


 俊介と薫は、スクリムで何度も練習した手順で、宝箱の回収を行っていく。


 まずはワニ型歩兵による斥候だ。いきなりプレイヤーキャラクターで回収しようとすると、待ち伏せにあったとき、悲惨なことになるだ。


 東源高校の、ワニ型歩兵たちは、がしょんがしょんと機械的な足音をたてながら、宝箱の近くに敵がいないか調べた。


 だがその瞬間、どばーっと大量の溶解液が飛んできた。花崎高校のカエル型歩兵たちが、一斉攻撃を仕掛けてきたのだ。


 ワニ型歩兵たちは、思わぬ角度から一斉攻撃をくらってしまい、なすすべなく倒れてしまった。


 俊介は、驚異的な動体視力により、どれだけの戦力がワニ型歩兵をせん滅したのか、把握できた。


「薫先輩、あの宝箱はあきらめて、撤退しましょう。花崎は、プレイヤーキャラが四名に、大量の歩兵を連れてきました」


 すでに花崎高校のプレイヤーキャラ四名が、宝箱に群がって、中身のゴールドを回収するところだった。


 薫は、目をぱちくりしながら、メイド服の袖を揺らした。


「宝箱に大量のリソースを割いてきたってことは、花崎は短期決戦型だね。ちょっと意外かもしれない」


「短期決戦を挑めば、苦手な遭遇戦の回数を減らせますからね。うちは、試合中盤で勝つようにリソースを割いているので、ここで無理をする理由がありません。撤退しましょう」


 最近の俊介は、すっかり作戦面にも詳しくなってきたので、自分たちのチームで選択した定石を、綺麗に実行した。


 だが花崎高校は、この俊介の思考パターンを逆手に取った。


 おっとりした七海のグラディエーターが、俊介と薫のところへ、突っ込んできたのだ。


『勝負~、kirishun~』


「なんで、このタイミングで、仕掛けてくるんだ!?」


 俊介は、とまどった。


 定石で考えるならば【ゲーム序盤の歩兵が強い時間帯で、自軍陣地に撤退していく敵キャラクターに戦闘を仕掛けても、返り討ちにあう可能性が高い】はずだった。


 なぜならば、視界の有利も、歩兵の数の有利も、すべて敵側にあるからだ。


 しかし、おっとりした七海が、判断ミスをしたとも思えなかった。周囲の仲間たちが、彼女を諫める動きがないからだ。


 この定石を捨てた動きの理由は、東源高校の指揮官である尾長が読み解いた。


「花崎は、さきほど手に入れた宝箱の500ゴールドと、金鉱から採掘した500ゴールドを注ぎ込んで、七海くんのグラディエーターだけレベル二に上げたんだよ。しかも宝箱回収に同伴させたカエル型歩兵も、すべて七海くんに渡してある」


 プレイヤーキャラクター同士の対決では、レベル差が一つでもついているなら、必ずステータスの差が生まれる。


 なによりゲーム序盤だと、覚えているスキルの差が生まれる。


 俊介のグラディエーターはまだレベル一だから、スキルを一つしか使えない。


 それに対して七海のグラディエーターは、レベル二だから、スキルを二つも使える。


 この差をプレイヤースキルで埋めるのは、かなり難しい。


 これまでの試合でも、レベル差がついた戦闘も、あるにはあった。


 だが今回の試合と違うところは、ただの偶然ではなく、花崎高校側が意図して【宝箱発生のタイミングで、レベル差をつけた戦闘が発生するように】仕組んだことである。


「さすが吉奈先輩だ。遭遇戦の回数を減らしつつ、そこで勝つための工夫をしてきたんだ」


 俊介は、不利な状況に追いこまれたにも関わらず、心のどこかで楽しんでいた。


 どうやら自分のすべてを出しきって、予測不可能な強敵と戦うのは、楽しいらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る