第79話 未柳の単独ポジション

 二つ目の宝箱が出現する、三十秒前。


 お笑い生徒会長の未柳は、自軍陣地の中央南側で、ひたすら金鉱を採掘していた。


 このポイントは、一番安全だった。海賊島は楕円型なので、西側と東側が突出する反面、南側が後ろに下がる形なのだ。


 だから敵軍にとっては、もっとも侵入するのが難しいポイントになる。


 しかし、条件さえ整えば、このポイントに敵が侵入してくることもある。


 そう、宝箱が出現したときだ。


 東源高校は、すでに宝箱を二つ奪われてしまった。


 1000ゴールドの機会損失、かつ花崎高校に1000ゴールド分の戦力差をつけられてしまった状況だった。


(いま思ったんだけどさぁ、この状況で、次の宝箱があたしの近くに出現したら……責任重大だよねぇ……?)


 と、未柳が心の中でつぶやいた瞬間、東源高校陣地の中央南に、宝箱が出現した。


 未柳の心臓は、どくんっと跳ねた。


 責任重大である。


 これまでの試合でも、サムライのスキル《見切り》に、願いを託されることがあった。


 今回の試合でも、未柳に求められているのは、《見切り》の逃げ性能を駆使して、宝箱を回収することだった。


 だが、どうやって回収するのがベストなのか、判断がつかなかった。

 

 そんな迷いを断ち切るように、部長の尾長から指令が飛んできた。


「小細工はいらない。最短距離だ」


 まるで、密室に高音が通り抜けるような響き。


 こういう脊髄反射で動ける言葉は、バレーボール部出身の未柳にとって、もっとも理解しやすかった。


 未柳のサムライは、宝箱に向けて走り出した。迷いもなければ、躊躇もない。一心不乱である。


 たとえ、どんな敵が待ち構えていようとも、《見切り》を信頼して、最短時間で宝箱を回収するのだ。


 この判断が、功を奏した。


 未柳のサムライが、一番乗りで宝箱にたどりついた。


 だが、まだ気を抜いてはいけない。宝箱を回収した帰り道、花崎高校に追撃される可能性があった。


 いや可能性ではない。すでに花崎高校の歩兵軍団が、東源高校の陣地に侵入していた。


 魔女のリーダー、吉奈。彼女が、大量の歩兵を引き連れて、進軍中であった。


『あなたは、サムライがそこそこ使えたわよね。なら、決勝で天坂美桜を倒すために編み出した秘策を、あなたにぶつけてあげる』


 この秘策について、実況解説コンビが触れた。


『いやぁ~、考えましたね、井生吉奈選手は。サムライの《見切り》を失敗させるために、歩兵の波状攻撃をぶつけるつもりですよ。しかもゲーム序盤で、あの数を一か所に用意するのって、相当のマクロコントロールが必要なはずです』


『ですね。いくら宝箱を二つ入手したからといって、生産できる歩兵の数は、自分たちのチームが稼いだゴールドの範囲内に限定されます。そうなってくると、他の選手の護衛に割り振るための歩兵を、いまこの瞬間だけ、自分のところに集める判断が必要なんですよ』


『この判断を間違えたら、大惨事ですね。他の選手は、護衛の歩兵なしになっているので、もしそちらを襲撃されたら、ひとたまりもないですから』


『ところで、この魔女軍団のリーダーである井生吉奈という選手は、優れた指揮官ですから、まずマクロコントロールを間違えません』


『東源高校の尾長選手にとっては、試練でしょうね。マクロ勝負を仕掛けてくる対戦相手は、本選に入ってから初なんですから』


 実況解説コンビが触れた内容は、試合中の未柳も把握できていた。事前に尾長からレクチャーされていたからだ。試合を有利に運ぶための手段に、こんなものがあるよ、と。


 だからこそ未柳は、心の中で思った。


(花崎高校の人たち、あたしに期待しすぎでしょ!? 美桜さんみたいなスーパースターのサムライなら、そういう秘策が必要だろうけど、あたしのサムライ、せいぜい一騎打ちで一回だけ《見切り》が成功できるかどうかの腕前だからね……?)


 あまりにも正直すぎる感想は、未柳のキャラクターコントロールに出ていた。


 未柳のサムライは、全力で逃げていた。《見切り》を使って迎撃する選択肢なんて、最初からなかった。


 吉奈の歩兵の大部隊から、いかにして無傷で逃げ切れるか。それが、未柳の作戦目標だった。


 すなわち、ちょっとした鬼ごっこの始まりである。


 もし未柳のサムライが、逃走ルートを間違えたら、吉奈の大部隊に追いつかれて、宝箱二つ分の優位差で、押し潰されるだろう。


 だが未柳は、諦めていなかった。絶望もしていないし、悲壮感もなかった。


 なぜなら未柳には、ヘタなりにがんばってきた自負があるからだ。


 俊介のような天才性はないし、尾長のような賢さもない。加奈子みたいな察しの良さもないし、薫みたいな秘められた将来性もない。


 そう、未柳には、なにもなかった。


 あるのは、お笑いを追い求めるマインドと、伊達メガネだけ。


 そんな三流選手であっても、やれることはあった。丸暗記で解決できそうなところを、ひたすら反復練習したのだ。


 そのもっとも顕著たる例が、競技シーンで使われるステージの構図を、ちゃんと暗記することだった。


 ちゃんと、である。ただ形を覚えるのではなく、戦略的価値があるところや、駆け引きの要所になる場所を、覚えたのだ。


(あたしは、美桜さんみたいなスーパースターにはなれそうもないねー。でもせめて、こういう小さなところで、目立ちたいなーって。そうなんだよね、メザシを食べて、お立ち台で演説、略して目立ち、なんちゃってー。うふふ、あたしおもしろいじゃん! 最高じゃん!)


 そう、未柳は目立ちたいのだ。だから生徒会長になった。オヤジギャグだって、なんだって、すべて目立つためにやっていた。


 しかしバレーボール部では、ぜんぜん目立てなかったし、なんなら戦力外通告も受けてしまった。


 だから次の目標として、eスポーツ部に熱中しているわけだが、こちらでもあまり目立てていなかった。


 だが、最近の未柳は、ちょいちょい目立つ機会が増えていた。


 今日にいたっては、光り輝いていた。


 なんと未柳の逃走ルートは、完璧だったのだ。


 実況解説コンビも、かなり驚いていた。


『意外な特技ですね。生徒会長の未柳選手、逃走ルートが完璧ですよ』


『本当の意味で、最短距離で逃げていますね。ちょっとしたコーナリングとか、平坦な道であっても、少しでも走る距離が短くなるようにルートを選んでいます』


『これだと、追撃する吉奈選手も、少しずつ、少しずつ、引き離されていくことになります』


 そう、未柳は、戦わずして、勝ったのだ。


 ついに東源高校は、損害を出さずに、宝箱を一つ入手した。

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