第78話 尾長の試練

 尾長は、生まれて初めて、ピンポイントで対策を施された。


 かつてのバスケ部エース時代なら、いくらでもあったことだ。


 だがeスポーツ部を始めてから、こんな露骨にマークされたことはなかった。


 ひとえに、以前の東源高校が、あまりにも弱かったからである。弱ければ、指揮官の癖を読む必要なんてなくて、ただ正攻法で押しつぶせばいいだけだ。


 だが、東源高校は強くなった。それもkirishunこと桐岡俊介の活躍だけではなく、チーム全体として強くなった。


 だから、そのチームの指揮官である尾長にも、対策が施されるようになった。


 指揮官さえ封じてしまえば、チームとしての強さは半減するからである。


 尾長は、これまでにない圧力を感じていた。


 花崎高校は、強さの次元が違う。正真正銘の作戦チーム。勝ちと負けに必然性があり、偶然性と縁がない。吉奈という魔女のリーダーを中心に、精密な集団行動を実行できる。


 だからこそ、尾長は海賊島を当てた。花崎高校に偶然性を押し付けられるからだ。


 この戦略そのものは、正解だった。魔女のリーダーである吉奈は、あきらかに海賊島を嫌がっていた。

 

 だが吉奈は、すぐに動揺を捨て去ると、別の発想で勝負してきた。


 そう、指揮官である尾長を完封することである。


 どれだけ偶然性を押し付けたところで、その偶然性を前提としたカウンターを当てられてしまえば、だんだんと必然性に収束していく。


(さすがに吉奈くんは、小生の一歩先をいくか……?)


 尾長は、心の中でぼやいた。


 黄泉比良坂との練習試合を除けば、これまでの公式大会で尾長よりも優れた指揮官はいなかった。


 たとえ俊介に対策を施されようとも、尾長という大黒柱を中心に作戦で巻き返せた。


 だが、花崎高校の吉奈は、尾長と互角。状況によっては、一歩先を行っていた。


 それがどんな状況かといえば、さきほどみたいな俊介の絡まない少数戦だ。


 そもそも、海賊島の基本的な作戦の組み立て方は、二人一組だ。五人編成を二人、二人、一人に区分けして、それぞれを西側、東側、南側を守らせる。


 あとはランダムで出現する宝箱を、どれだけ回収できるか、の戦いになる。


 取得したゴールドの分配は、二人一組の行動に合わせるため、いつもの定石にアレンジを加える必要があった。


 ランダムで発生する宝箱を確実に回収したいなら、歩兵の数を増やせばいい。ただし、この作戦を選べば、プレイヤーキャラクターが育たなくなるので、中盤以降の戦いで不利になるだろう。


 プレイヤーキャラクターを軸にした戦いに自信があるなら、いくつかの宝箱を取りこぼしてもいい。あえて宝箱争奪戦のリソースを減らして、金鉱を採掘しながら視界を確保するほうにリソースを優先して振り分ければいい。


 このあたりのバランス感覚に、指揮官の癖が出てくる。


 尾長の場合、歩兵を量産することよりも、俊介の個人技に重きを置いている。だから、この試合においては、中盤以降で勝負したいため、歩兵の生産を控えめにしていた。


 裏を返せば、俊介のいない場面では、真っ向勝負を避けて、迂回路を選択したり、奇襲を選択しがちだった。


 この尾長の思考方法を、吉奈は綺麗に分析して、見事対策を確立させた。


 だから心配性の真希は、ラウンドシールドによる弓矢の防御が間に合った。どんな凡俗な選手であっても、相手がどんな行動を選択するのか先読みできていれば、まるで疾風のごとく反応できるからだ。


 尾長は、海賊島という奇策によって、花崎高校の間隙を突いたつもりだった。


 だが吉奈は、それすら対応力で跳ねのけてみせた。


(対応力。そうだ、これは指揮官の対応力勝負でもあるわけだ)


 尾長は、自分自身の油断を認識した。


 てっきり花崎高校も、これまで対戦してきた学校と同じように、俊介にすべての分析力を割り振ると思い込んでいた。


 だが吉奈は、ちゃんと尾長もマークしていた。おそらく予選から続く、あらゆる試合から、尾長の癖を細かく読み取っているはずだ。


 だが尾長とて、花崎高校の分析を、サボっていたわけではない。


「このBO3の一戦目、指揮官の力量で決着がつくわけだな」


 尾長は、自分の癖が読まれたことを前提に、仲間たちに指示を出さなければならなかった。


 いくら中盤以降にリソースを割く作戦だからといって、すべての宝箱を放棄したら、中盤に入る前に負けてしまう。


 だが現状では、花崎高校が二つの宝箱を入手して、合計1000ゴールドの利益を得ていた。


 それに対して東源高校は、先読み勝負に敗北したことで、合計1000ゴールドの機会損失である。


 となれば、次の宝箱を入手しておかないと、さすがにタイムリミットが迫ってくるわけだ。


 そんなとき、またもや宝箱出現のメッセージが表示された。


 東源高校陣地の、ど真ん中であった。どうやら尾長は、運を引きよせたらしい。


 この地点は、お笑い生徒会長の未柳が、ひとりで守っているところでもあった。


 ひとり、である。


 もし吉奈が、多大なリスクを背負ってでも、この宝箱も回収すると判断するなら、大量の歩兵を引き連れて中央に進軍してくるはずだ。


 この大量の敵軍団に、未柳という個人技に不安を抱えた選手が、対処できるかどうか?


 尾長は、指揮官として求められていた。未柳を宝箱争奪戦に参加させるかどうかを。


 なお尾長の決断は、素早かった。


「未柳くん。宝箱を入手してくれ。小細工はいらない。最短距離だ」


 癖を読まれたなら、癖なんて関係ないほど、ストレートな戦い方をする。参考になるのは、予選第一試合で戦った、春永学院である。


 彼らのような、カジュアル勢の指向性こそが、いまの尾長にとって、最適な道しるべとなっていた。

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