第69話 準決勝からBO3

 ついに試合開始時刻となった。


 全国大会を賭けた試合。これまでの試合とは違う緊張感が、会場に満ちていた。


 会場の様子を撮影するカメラマンが、ツバをごくりと飲みこむほど、両校の選手たちは真剣な顔をしていた。


 このカメラマンは、eスポーツの大会だけではなく、野球やサッカーなどの試合も中継してきた。


 だから、次のステージにつながる試合が、選手たちの精神を圧迫することを知っていた。


 高度な技術と、たしかな実績を持った選手が、どうしようもない凡ミスを連発する瞬間を、何度もカメラにおさめてきた。


 そういう選手は、試合後のインタビューで、頭が真っ白になった、と語ることが多い。激しい後悔により、試合当日の記憶が吹っ飛ぶことすらある。


 そういう散っていく選手の後ろ姿を撮影することも、競技シーンの役割だ。


 勝者がいれば、敗者がいるのだから。


 そんな撮影スタッフの心構えを胸に秘めながら、カメラマンは撮影対象を実況解説コンビに切り替えた。

 

 実況の佐高が、準決勝から試合回数がBO3に増えることを説明していた。


『両チームが、ステージとキャラクターを選ぶ流れは、これまでの試合と変わりません。しかし試合回数が増えます。BO3です。正式名称は【Best Of 3】。すなわち三本勝負ですね。先に二本先取したほうが、この試合の勝者となります』


 続いて解説の山崎が、試合回数が増えることの意味を説明した。


『となれば、ステージ選びと、キャラクター選びに、戦略性が出てきます。試合回数を増やすと、実力が反映されやすいので、より運要素を削ることができます』


『山崎さん。私はね、BO3が一番だと思うんですよ。どうもBO1は、選手たちがミスを恐れるあまり、思いきった戦略を取れない傾向にある気がして』


『三本先取ですからね。たとえ一本落としたとしても、そのときに相手の実力を正確に分析できれば、次の二本を取って勝てるわけですから、思いきった戦略も選択できます』


『今回の対戦カードである、東源高校と花崎高校にも、ちゃんと戦略の得意な選手が在籍していますから、BO3における、ステージ選択とキャラクター選択に注目ですね』


 BO3では、一本目の試合が終わると、二本目の試合に備えて、選手たちは控え室に戻ることになる。


 いわゆるミーティング時間だ。


 カメラマンは、このBO3の合間にある、ミーティング時間を撮影することも仕事のうちだった。


 いくつものドラマが生まれる舞台裏だ。


 監督やコーチが選手を説教することもあるし、選手同士の口論が発生することもあるし、チーム全体の心が折れてしまって会話が途切れることだってある。


 誰もが真剣だからこそ、魂を切削するような衝突が生まれる。


 三年前のラスベガスで、LM(ライトニングマーフォーク)が空中分解したのも、同じ理由だ。


 カメラマンは、kirishunという稀有な若者の将来性を、よく知っている。


 野球やサッカーでも、ああいう百年に一人の天才が生まれて、世界に旅立っていった。


 だがすべての天才たちが、成功したわけではない。


 才能があるゆえに、思わぬ落とし穴にハマって、そのまま競技シーンを去ることだってある。


 というか、kirishunは去っていたのだ。だが今年になって戻ってきた。


 もし彼を競技シーンに引っ張り戻した人物がいたとしたら、その人物こそが、この天才にとっての最大の幸運だろう。


 カメラマンは、誰にも聞こえないような声でつぶやいた。


「運も実力のうちというが、もしかしたら大事な人と出会えるかどうかを意味するのかもな」


 なにかの偶然のように、彼のカメラは二人の人物を映していた。


 東源高校の部長である尾長駆と、黄泉比良坂の部長である天坂美桜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る