第70話 ステージ選択も戦略のうち
BO3の一本目は、ブルーサイドが東源高校で、レッドサイドが花崎高校だ。
次の二本目になれば、花崎高校がブルーサイドにチェンジする。
もし三本目があった場合、ふたたび東源高校にブルーサイドが戻ってくる。
そんな形式の試合は、すでに始まっていた。
東源高校の試合席では、ステージのban/pickを行っていた。
部長の尾長は、青いフレームの眼鏡を光らせながら、ゲーミングマウスを動かしていた。
「我々のチームには、バトルアーティストという強みがある。それを何本目の試合で導入するかが、ステージ選択における駆け引きになるわけだ」
もし花崎高校側が、バトルアーティスト対策を苦手としているならば、バトルアーティストが活躍しやすいステージを早々にbanするだろう。
以前の小此木学園戦で使用した、都市の廃墟ステージ、なんて即座に消すはずだ。
その場合、尾長の手札が増えることになる。
「もし花崎が、都市の廃墟をbanしてくれるなら、我々はバトルアーティストを使わずに、通常構成で有利に運びやすいステージを選択すればいい。しかも花崎の魔女たちは、個人技が苦手ということもわかっているから、そこを突くようなキャラクター構成にすればいいのさ」
バトルアーティストの使い手である俊介は、こきこきと肩を鳴らした。
「予定だと、二本目の試合で、バトルアーティストを使うつもりなんですよね?」
「あくまで予定さ。状況次第では、使わないことだってありうる」
「もしくは、一本目から使ったっていいわけですか」
「もちろん」
「となると、花崎高校側は、どんな対策考えてきたんでしょうね、バトルアーティストっていう問題に対して」
吉奈ほどの賢い人物なら、なにかしらの考えはあるはずだ、と尾長は心の中でつぶやいた。
● ● ● ● ● ●
花崎高校は、予選で東源高校に勝利しているにも関わらず、なぜか挑戦者の雰囲気になっていた。
その理由に、部長の吉奈は気づいていた。
バトルアーティストという、目の上のタンコブの処理に困っているからだ。
それは去年のトラウマとも重なる。
黄泉比良坂の天坂美桜が、サムライという尖ったキャラを使って、花崎高校を完膚なきまで叩きのめした悪夢である。
あの日の屈辱は、いまでも忘れていない。
だが花崎の魔女たちは、去年より強くなっている。
いくら今年も元LMのメンバーが相手だろうと、去年みたいな一方的な敗北はないはずだ。
吉奈は、仲間たちに情報を伝えていく。
「事前のブリーフィングで結論が出たように、バトルアーティストを完璧に封じ込める作戦は、うちにはないわ。いくら対処方法がわかっていても、個人技が追いつかないからね」
もし花崎高校の選手全員が、黄泉比良坂の選手と同等の個人技を持っていれば、バトルアーティストに対抗する手段がいくつかあった。
だが花崎高校は、戦略だけで勝負してきた学校なので、バトルアーティストみたいな個人技に特化した作戦に対処するのが難しかった。
心配性の真希が、消え入りそうな声で、ボソっといった。
「バトルアーティスト、二回連続で使うことってあるかな」
大事な試合に関わる質問のはずなのに、彼女の声音は控え気味だった。
なぜなら心配性の真希は、自分自身の存在意義ですら心配しているからだ。
真希は、これまでの人生において、友達もいなかったし、家族との会話も少なかった。
その理由は、顔だ。
いつもは魔女のフードで隠されているから、どんな顔なのかわかりにくいが、まるで平安貴族みたいな、おたふく顔なのである。
のっぺりした輪郭、タラコみたいな唇、膨張した頬骨と鼻、不審者みたいな目元。顔のパーツのどれもが、現代の価値観におけるブスの条件を満たしていた。
古今東西、不細工であることは強烈なマイナス要素になる。とくに女子のグループ争いにおいては、序列の基準になりやすかった。
真希にしてみれば、グループ争いなんてものに興味はないから、放っておいてほしいのだが、攻撃の対象になってしまうわけだ。
だから彼女は、ただ普通の発言をするにも、びくびくと怯えながら相手の顔色をうかがうようになった。
星占い部に入ってから、かなり緩和された態度が、それでも子供のころから染みついた動きが早々に消えるはずがない。
だから吉奈は、優しく、かつ真希の自尊心を守るように発言した。
「いくらバトルアーティストといえど、さすがに同じ試合で二回目となれば、細かいクセがわかるようになるから、そこをついて勝てるわ」
むしろ二回連続でバトルアーティストを使ってくれるなら、たとえ一本落としても、次の二本目で取り返せるため、花崎としてはありがたかった。
逆に考えれば、バトルアーティストを二本目だけで使うなんて運用をされると、花崎としては困ってしまうわけだ。
となれば、東源高校の部長である尾長は、二本目で使用することを想定しているだろう。あの名軍師は、驚くほどに作戦を組むのがうまいから。
そんな前提条件にたいして、おっとりした七海は、亀みたいな速度で首をかしげた。
「つまり~、うちは~、一本だけは確実に負けるってことぉ~?」
これだけ緊迫した空気にも関わらず、七海はおっとりしていた。
だが緊張していないわけではないのだ。ただおっとりしているあまり、うまく感情を表に出せないだけで。
そんなとっつきにくい気質の人物が、たぐいまれな美人となれば、女子のひんしゅくを買いやすい。
本来なら、女子グループの上位に属するはずの美人が、わけのわからない行動パターンを選択するうえに、ただその場に座っているだけで男子にモテるからである。
女子の集団は、抜け駆けを許さない風潮があった。とくにその抜け駆けを行った女子が、他人との交流を苦手としているタイプだと『あいつは女子の建前を守らなかった卑怯者である』と関係性攻撃がはじまる。
そういう経緯もあって、七海はあまり他人と接したがらないし、たとえ会話がはじまっても相槌を打つだけで、会話の内容を深めようとはしなかった。
星占い部に入ってからは、同じ部活の仲間たちと会話するときだけ、ゆっくりと会話の内容を深めるようになったので、どんな人間も自分のペースを理解してくれる相手とは交流するんだろう。
だから吉奈は、七海のペースとあわせるように、ややゆっくりと返事を返した。
「確実とまでは言わないけど、かなりの確率で負けるでしょうね。でもデータを集められる負けだから、時間を引き延ばすことを考えましょう」
ban/pickの順番は、どちらもブルーサイドが先に行う。
だからまずは東源高校が森林ステージをbanした。
このbanから、吉奈は尾長の狙いを読み取っていた。
「わたしたちのゲーム経験が少ないからこそ、もっともスタンダードなステージを削ったわけね」
スタンダードなステージは、初心者でも動きやすいステージである。となれば、ゲーム経験の少ない花崎高校の部員たちにとって、もっとも動きやすい場所である。
だからといって、他のステージを練習していないわけではない。
星占い部として活動しながら、eスポーツに三年間取り組んできた。その経験値の蓄積は、伊達ではないのだ。
「うちは、都市の廃墟をbanよ。たとえ逆手に取られるとわかっていても、バトルアーティストの活躍しやすい場所を残しておいたら、時間稼ぎができなくなるわ」
花崎高校は、なんの迷いもなく、都市の廃墟をbanした。
すると東源高校は、使用ステージをpickするわけだが、意外なステージを選択した。
海賊島である。
準決勝になって、この大会における初のステージ選択であった。
なぜ、準決勝になるまで、このステージが出てこなかったのか?
すさまじくリスクが高いからである。まるでギャンブルのように。
つまり海賊島を選択した東源高校ですら、ギャンブルに負けて大敗する可能性のあるステージだった。
そんなステージを、堂々と選択してくるあたり、どうやら今年の東源高校は肝が据わっているらしい。
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