第68話 試合開始直前。俊介と吉奈
試合会場は、いつもと同じeスポーツアリーナだ。
しかし、まとっている雰囲気が違っていた。
この試合に勝てば、全国大会への切符が手に入る。
おのずと選手だけではなく、大会スタッフや、お客さんにも熱が入ってしまう。まるでこの試合が決勝戦ではないかと勘違いしそうになるほどに。
現在の時刻は、午前九時。試合開始時刻は、午前十時の予定だ。
kirishunこと桐岡俊介は、マウスとキーボードをセッティングすると、控え室に戻ることになった。
あとは試合開始時間を待つばかりだ。
ふと飲み物がほしくなったので、自動販売機の前でたちどまって、炭酸飲料水を購入した。
そのとき、花崎高校のメンバーと、ばったり遭遇した。
ゲーミング魔女軍団は、いつもと同じように魔女のフードをかぶって、なにやら儀式を行っていた。
液体を煮詰めたり、謎の呪文を唱えたり。
俊介は、あの儀式を、てっきり雰囲気づくりだとか、魔女としての連帯感を強めるための儀式だと思っていた。
だが彼女たちの真剣な表情を考察することで、ようやく実態をつかめた。
緊張を緩和するための占いだ。
あくまで彼女たちは、eスポーツ部ではなく、星占い部である。だから占いによって、緊張をほぐしているんだろう。
だが、占いによる緊張緩和が効果的かどうかは、また別の話だ。
部長の吉奈はともかく、他の部員たちの緊張状態は、重めだった。おそらくオフライン大会が苦手なんだろう。
いや正確には、他人が苦手なのだ。
その理由は、ヴィジュアル系の加奈子から、また聞きしていた。
校内で立場の弱い女子たち。いじめの対象になったこともある。だからオフライン大会みたいな表舞台は、けっして得意ではない。
それでも全国大会に挑戦したいから、このステージに立っている。
行動動機は、ひとそれぞれだ。
俊介にとって、高校eスポーツは通過点にすぎないが、彼女たちにとっては、人生最大の挑戦なんだろう。
だから占いによる緊張緩和の儀式は、いつもより入念に行われていた。
それほど大事なイベントを邪魔しては悪いかと思い、俊介は彼女たちの横を通り抜けようとした。
だが部長の吉奈が、引きとめた。
「kirishun。あなたも倒すわ。amamiと一緒に」
俊介は、その場で立ち止まると、握り拳を己の胸に当てた。
「受けて立ちましょう。そして美桜を倒すのは、この俺です」
吉奈は、表情を和らげると、こういった。
「あなた、まぶしいわね。どうしてそんなに真っすぐなのかしら」
「いや、そういわれましても」
俊介は、後ろ頭をかいた。どんな返事をすればいいのか、わからなくなっていた。おそらく吉奈から青春の終わりを感じ取ったからだろう。
彼女は、もしこの試合に勝利して、そのまま全国大会で優勝したとしても、そこで青春が終わる。
将来の夢は、弁護士だと聞いている。
なら、大学生になってからは、ひたすら司法試験の勉強をするんだろう。
それは大人の階段を昇る行為にほかならない。
俊介と吉奈の年齢差は、たったの二歳だ。
だが人生のステージという意味では、大きく違っていた。
そう思ったら、なぜか俊介は、今のうちにいっておいたほうがいい言葉があると思った。
「あの、吉奈先輩。俺、もしかしたら、今年の冬には、海外にeスポーツ留学しているかもしれないので、今のうちにいっておきます。ご卒業おめでとうございます」
あまりにも早すぎる祝辞に、吉奈は苦笑いした。
「まだ試合すらしてないのに、どうして別れの挨拶なのよ」
「いや、なんていうか、eスポーツプレイヤーとしての祝辞じゃなくて、ひとりの学生としての祝辞のつもりで言いまして」
「そうね。この試合の結果に関わらず、もう学校の制服を着たまま会うことはないものね」
「そういうことなんで、eスポーツプレイヤーとしては、ずっとライバルですよ。今日の試合も、お互いがんばりましょう」
俊介は、まるでトロフィーのように、炭酸飲料水を掲げた。
すると吉奈の表情は、強気な反逆者に戻った。
「勝つのは、花崎高校よ」
だから俊介も、準決勝を戦うライバルの表情で、お辞儀をした。
「勝つのは東源高校ですよ」
試合開始時刻まで、あと三十分。それぞれの選手たちは、運命の瞬間を迎えるために、心の調整をはじめた。
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