第62話 俊介と新崎の一騎打ち(前編)
俊介のファイターが使える手札は、三つあった。
一.ロングソードを使った通常攻撃。
二.ラウンドシールドを投げつける。
三.レベル二で覚えるスキル〈シールドバッシュ〉を使うこと。
なお〈シールドバッシュ〉は、打ち上げスキルだ。
ファイターが装備しているラウンドシールドを、ハンマーのようにぶつけることで、敵を空中に打ち上げられる。
打ち上げられた敵は、一定時間だけ移動が制限される。ただし一部の攻撃や、盾を使った防御は可能だ。
この〈シールドバッシュ〉を含んだ三つの手札を組み合わせることで、俊介は新崎と戦うことになる。
もちろん新崎側にも複数の手札があるのだから、なんの考えもなしに手札をぶつけるだけでは、スキルの無駄打ちになってしまうだろう。
つまり一騎打ちの戦いとは、お互いの手札をぶつけあう戦いなのである。
そこに反応速度や先読み能力といった選手の個人技を加算することで、勝負の行方が決まる。
この新崎との一騎打ちを、世界に羽ばたくための大いなる助走だ、と俊介は考えていた。
たしかに新崎は強敵だが、どれだけ好意的に解釈しても、高校eスポーツ界の選手である。
tiltmeltやVGAみたいな世界レベルの選手ではない。
だからもし俊介が新崎との一騎打ちに敗北するようなら、メジャーリージョンで活躍する夢なんて絵空事になってしまう。
もちろん新崎を侮っているわけではないし、油断しているわけでもない。
客観的な事実を並べているだけだ。
となれば俊介は、先読み能力も活用して、新崎を倒す必要があった。
もし新崎の先読み能力に勝てないなら、天坂美桜という世界レベルの先読み能力の持ち主に勝てないことになるからだ。
俊介は心の中で『三年前のラスベガスでは、反応速度に頼りきった戦いをして、F2のtiltmeltにぼろ負けした。だが今の俺なら、先読み能力も育っているはずだ』と、つぶやいた。
● ● ● ● ● ●
新崎は、俊介のファイターと対峙しながら、とある感情を読み取っていた。
「kirishunさん。僕の先読み能力と競うことを、amamiさんと戦うための練習台だと思っているでしょう」
新崎は、ド〇えもんのコスプレ衣装の奥から、煮えたぎった油みたいなプレッシャーを発した。
なぜならば、俊介だけではなく、元LMの天才たちは、新崎みたいな凡人プレイヤーを通過点だと認識しているからだ。
倒せて当然であり、負けたら恥。
たとえ口に出さなくても、または本心として思っていなくとも、プレイングから伝わってしまう気概があった。
別の言葉で言い換えれば、天才たちが世界大会に挑むための覚悟だろう。
だがしかし、新崎みたいな努力によって伸し上がってきた選手にとっては、看破できない視点であった。
そんな新崎の反発に対して、俊介はこう返した。
『新崎さん。あなたは強敵だ。だからこそ、この一騎打ちがありがたい』
俊介は、新崎を練習台だと思っていることを否定しなかった。
もちろん新崎としても、俊介の態度が見下しや侮りの類ではないことは理解している。
だがそれでも、練習台として踏みつけられる侮辱を、無抵抗で受け入れるつもりはなかった。
桐岡俊介という天才に、一矢報いるのみ。
ここまで考えて、新崎は己の弱気に気づいた。
一矢報いるという言葉は、すでに敗北している人間が、格上の相手にぶつけるものだ。
つまり新崎の無意識は、俊介を勝てるはずのない格上の相手だと認識しているらしい。
こんな弱気なことでは〈コンセントレーションナイン〉という高い壁を突破できないだろう。
だが弱気になったからこそ見えるものがあった。warauコーチは、この高すぎる壁に挫折して、現役を引退することになった。
一見すると無様な敗北だが、しかし彼はコーチになることで新しい勝負を始めた。
自分の育てた選手が、高い壁に挑戦する。
今まさにこの瞬間、新崎はwarauコーチの意志を受け継いで、この壁を突破してやろうと奮闘していた。
「warauコーチと一緒に全国に行くためにも、絶対にあなたを倒しますよ、kirishunさん」
● ● ● ● ● ●
俊介のファイターと、新崎の格闘家の間合いは、すでに手足が届く範囲になっていた。
お互いの譲れない信念をかけて、ついに両校のエースが接触した。
先制攻撃は俊介だった。左から大きく回り込むように見せかけて、急激に軌道を切り替えた。真正面から肉薄。ファイターの鎧が日光で淡く煌めく。ロングソードの切っ先が地面スレスレを滑った。
まるでアクセルとブレーキを同時に踏み込みながら、ハンドル操作を華麗にこなすような動き。
普通の選手ならば、この俊介の奇怪な動きに翻弄されて、なんの反応もできないまま連続攻撃を叩き込まれてダウンだろう。
だが新崎は、先読み能力を活用することで、真正面に対応できていた。
『次の手まで読んでいますからね、kirishunさん』
「次の手が読まれるところまでは、俺も想定済みですよ」
俊介のファイターは、無造作にロングソードを振った。だが本気で当てるつもりの一撃ではなく、けん制であった。だから新崎がノーガードであったとしても、ヒットしない距離でロングソードを振っていた。
もし新先が先読み能力を持っていない選手ならば、このけん制の一撃に合わせて、カウンターを合わせようとするだろう。
だがカウンターを合わせようとしても、ロングソードがヒットしないだけの距離が開いているため、わざわざ一歩前に踏み込まないとファイターまで手が届かない。
この一歩前に踏み込んだ瞬間に、ファイターの〈シールドバッシュ〉が発動して、カウンターのカウンターが成立する手はずだ。
だが新崎は、先読み能力が卓越しているため、けん制の一撃を綺麗にやり過ごした。
それだけでは終わらなかった。まるで〈竜の息吹〉のコマンド入力をミスしたような動きをした。
もし俊介の先読み能力が発達していなければ、このコマンド入力をミスしたような動きに合わせて飛び込んでしまったんだろう。
しかし俊介も、尾長の指導で作戦面を鍛えてきただけあって、新崎のブラフを読んでいた。
だからラウンドシールドを正面に構えたまま、ぴたっと動きを止めた。
一秒にも満たない硬直が両者に発生。だが俊介と新崎の脳はフル回転していた。お互いの動きを先読みして、次の一手でどうやって打撃を叩き込むか考える。
やがて時は動き出した。
新崎の格闘家は、まるで一息つくかのように、なにも攻撃動作を行わないでバックステップした。
この動きを、俊介は分析した。おそらくファイターに踏み込ませて、その移動モーションにあわせてカウンターを当てる狙いだろう。
もちろんカウンターには〈竜の息吹〉を使う。
この新崎のカウンターが成立すれば、俊介は東源高校の陣地側に吹っ飛ばされることになる。
そうなればノイナール学院の二段構えの作戦は継続することになる。東源高校は絶体絶命のピンチになり、実質の敗北が確定することになるだろう。
だが俊介のファイターは、あえて前へ踏み込んだ。
無策ではないし、無謀でもない。先読み能力が育ったからこそ、自分の反応速度を信じたのだ。
そんな俊介の思いきった動きに、新崎の精神が昂った。
『先読み能力を活かして、反応速度勝負に持ち込むつもりですか、kirishunさん。しかし、この流れも読んでいましたよ』
新崎は〈竜の息吹〉のコマンドを入力した。
彼の操作キャラである格闘家は、両手を後ろにひっこめてから、ぐいっと前に突き出した。
ノックバック効果を伴ったエフェクトが、まるで音響効果を視覚化したかのように広がった。
この新崎が〈竜の息吹〉を発動した瞬間について、実況解説が語りだした。
『新崎選手が〈竜の息吹〉を発動したタイミング、あまりにも綺麗ですね』
『そこを説明するためには、ラウンドシールドによる防御の細かい仕様に触れないといけません。
この手の盾による防御を成功させるためには、敵の攻撃が届くヒットボックス付近に、きっちり盾の防御可能面積を置いておかなければなりません。
ではファイターのラウンドシールドはどうなのかといえば、小型かつ左手で保持しています。
つまり右足付近へ攻撃されたとき、左手の盾を右下へ動かさないと、防御が成功しないわけです。
そう考えたときに、新崎選手が〈竜の息吹〉を打った場所は、ファイターの右足付近でした』
『しかしファイターは、あえて前進するという動きをしているせいで、ラウンドシールドを動かすためのタイミングをズラされたことになります。これ、どう考えても防御間に合わないと思うんですよ』
『私もそう思いますね。いくらkirishunでも、これだけ動きを読まれてしまえば、ディスエンゲージを決められてしまうんじゃないでしょうか』
しかし舞台袖から試合を見守っていた、黄泉比良坂の天坂美桜は、ぼそっとつぶやいた。
「実況解説の目は節穴か? 俊介の〈コンセントレーションナイン〉が、そんな生易しいもののはずがないだろう」
そう、最強のライバルである美桜が予言したように、すでに俊介は対処を始めていた。
常人では思いつかない方法で。
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