第63話 俊介と新崎の一騎打ち(後編)

 俊介は、新崎の先読み能力にひれ伏したわけではない。


《コンセントレーションナイン》を活かした、先読み能力勝負を仕掛けていた。


「新崎さん。俺の《コンセントレーションナイン》に先読み能力で対抗しようとするなら、このタイミングで仕掛けてくるんじゃないかと思ってましたよ」


 敵が仕掛けてくるタイミングを読みきったなら、その動きに合わせてカウンターを行えばよい。


 俊介は、先行入力気味に、レベル二で覚えるスキル〈シールドバッシュ〉を発動していた。


 ファイターは、左手のラウンドシールドを真上にカチ上げた。


 ラウンドシールドは、小ぶりな体格で風を切り裂き、新崎の格闘家のヒットボックスに迫っていく。


 新崎は、俊介のカウンターに対応できなかった。しかも彼は言葉を失っていた。まったく予測していない動きだったからだ。


 それもそのはず、普通なら、こんなタイミングで〈シールドバッシュ〉を使ったところで、カウンターなんて決まるはずがない。


 すでに格闘家による〈竜の息吹〉は発動しているのだから、〈シールドバッシュ〉のモーションごと、ノックバック効果で後ろに吹っ飛ばされるだけだ。


 だが俊介は《コンセントレーションナイン》を使っているので、〈竜の息吹〉の発動モーションが、フレーム単位で見えていた。


〈竜の息吹〉は、格闘家が両手を後ろにひっこめてから、前に突き出すモーションを持っている。


 ならば、格闘家の両手が突き出された瞬間に、ファイターの〈シールドバッシュ〉を真下から当てれば、ノックバック効果が発生する前に、〈竜の息吹〉を潰せることになる。


 言うは易く、行うは難し。


 両手のヒットボックスなんて、ほんのわずかな面積しかない。


 ちょっとでもスキルを打ちこむ角度やタイミングがズレてしまえば、ノックバック効果のほうが先に発動して、俊介のファイターは吹っ飛ばされてしまうだろう。


 だが俊介は、かつてゲームセンターで新崎と戦っていたおかげで、彼のリズムを把握していた。


 彼のリズムに合わせて、カウンターを実行することで、〈シールドバッシュ〉が格闘家の両手の先端に直撃。


 新崎の格闘家は、両手を基点にして、空高く打ち上げられた。


 ● ● ● ● ● ●


 新崎は、操作キャラである格闘家が空高く打ちあがっていく光景を、死刑宣告のように見届けていた。


 打ち上げ状態になってしまえば、なにかしらのブリンクスキルを使って脱出しないかぎり、一方的に攻撃されることになる。


 そして格闘家にブリンクスキルはない。


 だから新崎の格闘家は、俊介のファイターの猛攻を一方的に受けることになる。


 十中八九、HPゲージは空っぽになってしまうだろう。


 だがもし、薫のハンターが、矢を一発でも外していれば、この絶望的な未来は訪れなかった。


 なぜなら打ち上げ状態になって、一方的に攻撃を受けようとも、ほんのわずかでもHPが残るならば、いくらでも反撃のチャンスはあるからだ。


 たとえば地面に着地した瞬間、再度〈竜の息吹〉によるディスエンゲージを狙ってもいいだろう。


 しかし悲しいことに、薫のハンターは、二発連続で矢を当てていた。


 そのせいで格闘家のHPゲージは、大幅に削れていた。


 だから俊介の〈シールドバッシュ〉による打ち上げが、この試合における王手になってしまった。


 もはや格闘家に逃げ場はない。新崎は、薫の個人技と、それを信じた俊介を称賛した。


 だが、砂粒一つ分ぐらいの言い訳も考えていた。


「〈竜の息吹〉の発動した両手に、〈シールドバッシュ〉を真下から当てるなんて、この発想が生まれること自体が、凡人と天才の差なんだろうか……」


 負けた原因を、才能のせいにしたとき、新崎は自分に対する怒りで頭が爆発した。


 他のキャラを使ったときならともかく、格闘家を使ったときなら、才能の差なんて誤差の範疇のはずだ。


 ならば負けた原因は、己の油断に他ならない。


 もっと【MRAF】がうまければ、もっと効率よく練習していれば、もっと柔軟に思考できれば、元LMの桐岡俊介に勝てたかもしれない。


 いくらでも、if(もしも)の話は思い描ける。だが、現実は儚かった。


 どれだけ自分を責めようとも、どれだけありえたかもしれない反撃手段を思い浮かべても、新崎の格闘家は無防備に打ち上がっていて、なんの抵抗もできない。


 仲間たちと積み上げた練習時間が、warauコーチを全国大会に連れていきたかった想いが、雲散霧消していく。


 高校三年生。最後の大会。大学受験に備えて部活動引退。


 もうチャンスは残っていなかった。


 ほんの一瞬だけ涙が出そうになったが、ここで泣いたら、最後まで諦めずに戦っている仲間たちに申し訳ないため、ぐっと涙を飲み込んだ。


 そう、ノイナール学院の仲間たちは、ぜんぜん諦めていなかった。


「まだまだ戦えるぜ新崎」「warauコーチを全国に連れて行かなくちゃ」「いつまでも新崎ひとりに任せっぱなしじゃないよ」「俺たちだって、ここまで勝ち抜いてきたんだから、自分たちの練習を信じないと」


 仲間たちのおかげで、新崎は一人のeスポーツプレイヤーとして救われた。


 ド〇えもんのコスプレという異装によって自分の殻を破った新崎だが、もし次の難関があるとしたら、そのときは仲間とのチームプレイによって破るのかもしれない。


「ありがとう、みんな。eスポーツ部に入って本当によかったよ。高校を卒業してからも、またチームを組もう」


 新崎が仲間たちに感謝したとき、俊介の猛攻は始まった。


 ラウンドシールドを投げつけてから、ロングソードによる華麗なる連続攻撃。嵐のような荒々しさと、機械のように精密な動きが同居。ファイターの攻撃がクリーンヒットした効果音が、ロックンロールのドラムみたいに鳴り続けた。


 こうして打ち上げ状態の格闘家は、地面に着地することなく、HPゲージが空っぽになった。


〈ノイナール学院 格闘家 ダウン〉


 エースプレイヤーであり、かつキャラクター構成の要である新崎の格闘家を失ったことで、ノイナール学院の作戦は地盤から崩れた。


 だがノイナール学院のメンバーたちは、最後まで諦めなかった。ほんのわずかな勝ち筋を追い求めて、全力でぶつかっていく。


 だが東源高校には、尾長という優れた指揮官がいた。尾長の爬虫類みたいな顔の上で、青いフレームの眼鏡が知的に光っていた。


 歩兵で視界を確保しながら、金鉱を掘っていく正攻法の戦い。まるで渓流が、上から下へ流れるような必然により、東源高校の有利が積み重なっていく。


 warauコーチは、観戦用モニターにしなだれかかると、涙ぐみながら言った。


「俺はさ、かつて日本代表決定戦でkirishunと戦ったとき、絶望的なまでの才能の差に心を折られて、試合の最後あたりで抵抗するのをやめてしまった……でもお前らは、諦めないんだな。あの天才を前にして。ちくしょう、かっこいいじゃないか」


 いつしか会場のお客さんから、配信を視聴中のお客さんまで、ノイナール学院を応援していた。誰もが彼らの敗北を確信していたが、それでも最後まで諦めない姿に共感していた。


 だが、どんな勝負も、必ず決着の瞬間がやってくる。


〈ノイナール学院の本拠地が破壊されました。東源高校の勝利です〉

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