第61話 信頼と意地
kirishunこと桐岡俊介は、薫のハンターの奮闘を目撃していた。
薫は、撤退せずに、一発だけ矢を当てていた。
この行動の意図は、俊介にも伝わっていた。
新崎の格闘家のHPを大幅に削っておくことで、俊介の追撃を成功させやすくするためだ。
だが大幅に削るとなれば、二発連続で矢を当てなければ意味がない。
だからこそ俊介には、安全策も存在していた。
薫が二発目を外すと想定して、今すぐ後方まで撤退することだった。
しかし安全策を選ぶことは、ノイナール学院の二段構えの作戦を受け入れることを意味していた。
それは是か非か、俊介は短い時間で考える。リスク計算も大事だが、それ以上に仲間を信じたい気持ちがあった。
薫は、ファッション部で過ごす時間をすべて削って、eスポーツ部の練習に打ち込んでいた。
魂が燃え盛るほどに一生懸命だったし、練習の習熟度も高かった。
だから俊介は、薫を信じることにした。このメイド服の似合う上級生が、絶対に二発目を当てるだろうと。
そうと決まれば、俊介の決断は早かった。
疑似的なブリンクスキルである〈ジャンピングアタック〉を使って、新崎の格闘家との距離を詰めたのである。
もし薫が二発目を当ててくれれば、このブリンクスキルで距離を詰めた判断は大正解となる。
だが二発目を外した場合、この判断は大失敗となる。ノイナール学院の五名の選手たちが前に詰めてきて、集中砲火で俊介をせん滅してしまうからだ。
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メイド服を着こなす薫は、俊介が〈ジャンピングアタック〉で距離を詰めたことに気づいた。
どうやら反応速度の天才は、薫の腕前を信頼したらしい。
その事実に、薫は少しだけ震えた。俊介みたいな世界に通用する人材に、チームメイトとして信頼されるなんて、恐れ多いと思ってしまったからだ。
だが同時に、飛びあがるほど嬉しいな、とも思っていた。
たとえ相手が世界レベルの天才であろうとも、部活動の練習を共にした仲間である。
そんな大切な仲間に、技術を信頼してもらえるなら『自分のやってきた練習は間違ってなかったんだ』という自信に繋がったわけだ。
だからこそ薫は、二発目の矢を当てるために、すべての神経を注いだ。
まるで現実の狙撃みたいに、一時的に呼吸を止めることで、肺の収縮がマウスを握った手に波及しないように気を使った。
マウスと、手のひらと、画面に表示されたカーソルが、一体化したような感覚。
弓矢を構えたハンターと融合したような錯覚。
ハンター専用のマウスカーソルは、新崎の格闘家を枠の内側に捉えていた。
あとは簡単だ。俊介を信じて、マウスをクリックするだけ。かちりっと小気味よい音が鳴ると、東源高校の運命を決める二発目の矢が解き放たれた。
一発目のときよりも、薫と新崎の相対距離は縮まっているから、矢が飛ぶ距離は短くなっていた。
だが薫の体感時間は、一発目のときよりも長くなっていた。二発目の矢が当たるかどうかで、東源高校の勝敗が大きく左右されるからだ。
当たれば全国大会に繋がるし、外れれば二回戦敗退だ。
そう思ったら、なぜか矢のことをリレーのバトンみたいに感じた。
「当たって、次につなげるために」
薫が短く叫んだとき、ぐしゅり、っという刺突音が発生。二発目の矢は、新崎の格闘家の胸部に突き刺さっていた。
HPゲージは、半分以下まで減っていた。
新崎は、ド〇えもんの衣装が張り裂けそうなほど、驚愕した。
『まさか、こんなランダム性の高い動きに当ててくるなんて……!』
薫は、メイド服のリボンを、指でつまんだ。
「僕だって、たくさん練習したからね」
『なるほど……では、この試合に勝利するのはどちらの学校か? それを決めるためにも、まずはあなたを倒します』
新崎の格闘家は、薫のハンターに肉薄した。
薫の近くには、護衛用の歩兵がいるわけだが、彼らの遠距離攻撃ですら、華麗な前ステップと横ステップの組み合わせで、紙一重の回避。まるで戦闘機が対空砲火をかいくぐりながら、敵の防衛網を突破するような清々しい風景。
ついには格闘ゲームの技が届く間合いまで近づくと、アーケードコントローラーでコマンドを入力。
『空気砲!』
某格闘ゲームの、某波動拳みたいなポーズで、両手を後ろに引いてから、すぐさま前に突き出した。
ノックバックスキル〈竜の息吹〉が発動。両手から衝撃破のエフェクトが発生。薫のハンターに直撃。軽快な打撃音が鳴り響くと、ノックバック効果が成立した。
薫のハンターは、真後ろに吹き飛ばされて、ノイナール学院の陣地まで転がった。
転がった先には、ノイナール学院の残り四人と、彼らを護衛する歩兵たちが待ち構えていた。
薫には、もはや逃げ場がなかった。ノックバック効果により、護衛用の歩兵からも引き剥がされてしまったので、抵抗する術もない。
どんな手段を使おうとも、歩兵たちの飽和攻撃を浴びることになり、即座にダウンするだろう。
だが悲観する必要はなかった。今度は薫が俊介を信じる番だからだ。新崎の格闘家の追撃を成功させて、この試合に勝利するだろうと。
そう考えたとき、ついにノイナール学院の飽和攻撃が始まった。
〈東源高校、ハンター、ダウン〉
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薫のハンターは倒されて、人数優位はノイナール学院に生まれた。
【MRAF】において、序盤でプレイヤーキャラを一名失うことは、かなり強烈な不利を背負うことになる。
だがまだ東源高校は敗北していない。むしろ俊介が、新崎の追撃を成功させれば、東源高校は逆転勝利できる。
「逃がすものかよ」
俊介は、ロングソードとラウンドシールドを構えると、新崎の格闘家に急接近した。
出し惜しみをする理由がないので、すぐさま〈コンセントレーション・ナイン〉を使用した。
脳が活性化して、眼球から指先まで神経が熱くなっていく。あらゆる風景がコマ送りとなり、ヘッドフォンの音までも遅く感じるようになっていた。
本来は器用貧乏なはずのファイターが、まるでワンオフの専用機みたいに躍動した。
一般的な選手が相対したならば、今すぐ降参したくなるぐらい鋭敏な動きをしていた。
だが新崎は、まるで待っていましたといわんばかりに、肺の奥から息を吐き出した。
『kirishunさん。あなたもブリンクスキルで、護衛用の歩兵を置き去りにしてきたんですから、これでゲームセンターの続きができますね』
俊介と新崎による完全なる一対一。
ゲームセンターの戦いの引継ぎ。
だがあくまで【MRAF】としての戦いだ。
俊介は新崎を追撃することが目的であり、新崎は自軍陣地まで逃げきることが目的だった。
この言葉をスキルに置き換えれば、新崎は〈竜の息吹〉を俊介に当てて、遠くに吹っ飛ばすだけで勝利できる。
となれば俊介の目的は、〈竜の息吹〉をラウンドシールドでガードして、ノックバックを防ぎつつ、格闘家のHPをゼロにすることだ。
「新崎さんの先読み能力が優れているのは知っています。しかし、その先へ行かせてもらいます」
東源高校のエースと、ノイナール学院のエースは、一騎打ちを始めた。準決勝行きの切符を賭けて。
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