第57話 warauコーチ、複雑な気持ちで観戦モニタを見つめる
ノイナール学院のwarauコーチは、観戦モニターで試合を見守っていた。
彼の巨体は、今日も某ハチミツ大好きクマさんのコスプレ衣装に包まれていた。衣装のサイズは、ちょっと大きめにも関わらず、彼は窮屈そうにしていた。
なぜなら、この試合はワンプレイで決まるから、ほんの一瞬であろうとも、画面から目を離すわけにはいかないからだ。
実況解説コンビも、ワンプレイについて触れていた。
まずは実況の佐高から。
『試合を観戦中の皆さん。この試合は、ゲームの序盤から中盤にかけて、集中して見ましょう。格闘家のワンプレイで、すべてが決まりますから』
続いて、解説の山崎へ。
『格闘家が、ノックバック効果を生み出す〈竜の息吹〉を成功させられるかどうかに、かかっています』
『そこに関して山崎さんに質問なんですけど、格闘家って、コマンド入力で技が出るんですよね。じゃあ、レベル一からでも、全部のスキルが使えるってことで、あってますか?』
『あってます。ですが、そこから勘違いされがちなんですが、あくまでステータスはレベル一のままなんですよ。しかも格闘家の初期HPと初期防御力は、とても低いので、歩兵の攻撃を一発食らうだけで、瀕死になります』
『たしかに忘れがちですね。格闘家って、格闘ゲームのキャラを引っ張ってきてるから、HPゲージが画面の上にあって、ゲージ満タンでスタートするイメージがありますから』
『それを逆手にとってイメージしましょう。レベル一の格闘家は、格闘ゲームでたとえれば、HPゲージが一ミリしか残ってない状態で接近戦を挑むのだと』
実況解説コンビが触れていることは、ある程度【MRAF】の競技シーンに興味がある人間なら、誰でも知っていることだ。
プロリーグだろうと、世界大会だろうと、格闘家をキャラクター構成に組み込めば、同じ条件で戦うことになる。
だからwarauコーチも、新崎の操る格闘家に注視していた。
今のところは予定通り動けている。だがこの先、なにが起きるかわからない。
いくら新崎の成長率が驚異的だろうと、百パーセントの成功なんて保障されていない。
新崎自身のミスでもワンプレイは失敗するし、敵チームの迎撃が成功してもワンプレイは成立しないのだ。
しかも敵チームには、kirishunこと桐岡俊介がいた。
ただでさえ、薫のハンターの〈スカウティング〉を警戒しなければならないのに、あのkirishunが驚異的な反応速度でカバーしている。
となれば、新崎のワンプレイが成功する確率は、どうしても低くならざるを得ない。
なお俊介がファイターを使って、新崎の格闘家の迎撃を行うときのイメージは、ノイナール学院側で共有できていた。
ラウンドシールドで、格闘家の〈竜の息吹〉を防御する。
たったこれだけで、新崎のワンプレイは潰れることになる。
なぜなら、ラウンドシールドで防御されてしまうと、〈竜の息吹〉によるノックバック効果が発生しないからだ。
ノックバック効果が発生しないなら、敵の懐に飛び込んだ新崎は、ただの的になる。東源高校のワニ型歩兵の集中砲火を受けて、即座にダウンするだろう。
この条件を見ればわかるように、格闘家を操る新崎の負担は大きい。
薫のハンターによる〈スカウティング〉を潜り抜けて、ようやく敵のダメージ源にたどり着いたと思ったら、俊介が待ち構えているわけだ。
はっきりいって、リスクだらけの作戦だろう。
だが失敗を恐れて、なにもアクションを起こさないなら、ノイナール学院が一年かけて取り組んできた積極性への挑戦が嘘になってしまう。
warauコーチは信じていた。選手たちが諦めずに挑戦することを。
だからこそ、因果を感じていた。よりによって挑戦者の立場で戦う相手が、kirishunこと桐岡俊介なのだ。
俊介は、プロ選手時代のwarauコーチを、挫折させた原因である。
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選手時代のwarauコーチは、模範的なプロゲーマーであった。
けっして弱音を吐かず、努力を惜しまず、常に全力で物事に取り組んできた。
チームのスポンサー企業からも、応援してくれるファンたちからも、リスペクトされていた。
国内プロゲーマーの人気ランキングでも上位に入っていたし、配信の同時接続数や動画の再生数も、そう悪くないものだった。
だが、LMというアマチュアチームとの対戦で、すべてを失った。
kirishun、amami、kingitk、三人の天才中学生。彼らは日中、中学校に通っていて、放課後だけ練習している。しかもそれぞれ違う学校に通っているから、一か所に集まって、オフライン大会用の練習をする時間を中々確保できない。
それに対して、プロゲーミングチームは、日中から職業として、何十時間も練習している。ゲーミングハウスで共同生活しているから、オフライン大会用の練習もばっちりだ。おまけに夜になれば、他国のプロゲーミングチームとスクリムを組める。
練習環境の差は歴然だった。
だが、天才中学生によって結成されたアマチュアチームは、職業として活動しているはずのプロゲーミングチームを、いとも簡単に倒してしまった。
それも日本代表決定戦で。
国内のeスポーツ市場に、衝撃が走った瞬間であった。
プロゲーミングチームにしてみれば、あってはならないことだった。なぜならスポンサーをやっている企業が失望するからだ。
『わざわざ赤字覚悟で出資しているのに、よりよにって中学生のアマチュアチームに負ける?』
そんな状況に追い打ちをかけるように、LMは世界大会で伝説を残して、若いゲーマーたちの憧れの存在になった。
ネットでは、連日のようにLMの話題が流れるようになり、warauコーチの所属しているチームのことなんて検索すらされなくなった。
企業もファンも、warauコーチと、その所属チームを見捨てたのである。
スポンサー企業のいくつかは出資をやめてしまったし、残ってくれた企業も出資額が渋くなってしまった。
ファンは露骨なまでに正直だから、warauコーチの配信は一桁のお客さんしかやってこなくなったし、動画は百回再生が関の山となった。
こうなってくると所属チームも冷たい。実力も人気も衰えた選手を、いつまでも手元に置いておく理由がなくなる。
warauコーチは、所属チームとの契約更新の際に、大幅な減俸を提示された。
実質の解雇である。
他に拾ってくれそうなチームを探したが、どのチームからも『給料なしのサブ扱いなら契約する』と言われてしまった。
【プロゲーマーとは、ゲームをしながらお金をもらえる職業のことだ】
なんて華やかなキャッチコピーが躍る世界だが、まともな生活を営めるだけの報酬を受け取れる選手は一握りだ。
その他の選手は給料なしのパターンが多く、仕事をしながらプロゲーマーを続けていた。
だがwarauコーチは実力が足りないのだから、仕事をしながらプロゲーマーを続けても、LMに追いつけるはずがない。
こうしてwarauコーチは引退となった。
その後の人生は、苦痛だらけだった。なんの成果も出せなかった専業プロゲーマーのセカンドキャリアなんて、職歴なしのフリーターと一緒だった。
一筋の希望も見いだせない労働の日々。少ない給料と不安定な雇用に悩み続ける。結婚なんて夢のまた夢だ。当時付き合っていた彼女には見捨てられてしまうし、家族からも冷たい目で見られていた。
SNSを通して、学生時代の友人から『サラリーマンの仕事で昇進して、そのお祝いついでに結婚した』という話を聞いたとき、warauコーチは不覚にも涙してしまった。
『俺は、こんな劣等感まみれの屈辱を味わうために、プロゲーマーになったのか?』
涙が枯れるほど泣いたとき、彼の闘志に火が付いた。
warauコーチは、プロゲーマー時代の経験を活かした仕事で働きたくなって、eスポーツ業界のあらゆる案件にアタックした。
ようやく発見できたのが、ノイナール学院での講師兼コーチ業務だった。
そんな経歴を持ったwarauコーチが、挫折の原因であるLMのkirishunと戦うことになった。
もちろん戦うのは、warauコーチ本人ではなく、彼が育てた選手たちだ。
だが己のすべてを注ぎ込んだ選手たちが、kirishunを倒せるならば、過去のハードルを乗り越えられたといっても過言ではないだろう。
warauコーチは、観戦モニタを両手で握って、ノイナール学院の選手たちを鼓舞した。
「みんな、試合に勝って、笑って試合終了を迎えようぜ」
試合に勝って、笑って試合終了を迎える。
これが彼のプレイヤーネームである、warau(笑う)の由来だ。
三年前の日本代表決定戦では、笑えないどころか、泣き顔で試合終了を迎えてしまった。
だが今日は、コーチの立場で勝つことで、生徒たちと一緒に、笑って試合終了を迎えたかった。
そう願ったとき、試合に緊張が走った。
ついに新崎の格闘家が、東源高校の陣地に踏み込んだのである。
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