第56話 サーチ&デストロイ

 東源高校と、ノイナール学院の試合が、始まった。


 両校の試合席の雰囲気は、弓につがえた火矢のように熱かった。これまでの試合と違って、両校ともに争点を深く理解しているから、競争の熱が高まっているのだ。


 ド〇えもんのコスプレをした新崎が操る格闘家。彼を活躍させたいのがノイナール学院で、彼を活躍させないように立ち回りたいのが東源高校だ。


 この争点はもちろん、両校が一切ミスをしないことを前提に、成り立っている。もしもミスをするようなら、格闘家が活躍しようが、しまいが、ミスをした学校が負けるわけだ。


 だからといって、ミスをした時点で百パーセント負けるかといえば、そんなことはない。ミスを綺麗にカバーできれば、まだチャンスは残っていた。


 東源高校におけるカバーの役割は、俊介のファイターが担っていた。


 誰をどうカバーするかといえば、もちろん薫のハンターを真っ先に倒されないようにだ。


 薫のハンターは、まるでベトナム戦争のサーチ&デストロイみたいに、視界を確保できていない森林を歩き回って、標的である新崎の格闘家を探し続ける。


 だが敵であるノイナール学院も、東源高校が、ハンターの〈スカウティング〉を活用して、格闘家を探すことは理解している。


 だから最悪の場合は、視界を確保できていない場所に罠を張られて、真っ先に薫のハンターを落とされる可能性があった。


 そういうときに備えて、俊介は器用に立ち回らないといけない。レベル一から覚えている〈ジャンピングアタック〉のスキルを使えば、事実上のブリンクスキルとなるため、これを活用して薫を守る。


「薫先輩。俺は近くにいます。怪しい気配があったら、すぐに下がってください」


 俊介は、薫に向かって一声かけておいた。当たり前だが、俊介が〈ジャンピングアタック〉でカバーをすることは、部室の作戦会議で確認済みだし、なんならスクリムで練習してあった。


 だが、本番で特殊な作戦を使うときは、試合中に手順の確認をするぐらいが、ちょうどいい。


 人間の意識は、ばらけた糸みたいに、あやふやなところがあるから、声をかけることで、糸をきゅっと引き締めることが目的だ。


『いつもは、俊介くんが、大事な役割を担当してるから、僕が最前線に立ってるのは、ちょっと不思議な感じ』


 薫の声は、若干だが震えていた。だがキャラクターコントロールに関しては問題ないため、決してメンタルがミスを誘うような心理状態ではないのだろう。


 それでも、念には念を、ということもあるから、俊介は懸念事項を薫に伝えた。


「俺は、基本的に薫先輩の近くで金鉱を掘り続けています。ですが、ノイナール学院の瞬間的な侵攻を見落とす可能性があります。だから油断しないでください」


 格闘家は、敵の懐に飛び込むことに特化した職業だ。いくら俊介のファイターが〈ジャンピングアタック〉でカバーしようと思っても、薫のハンターの反応が遅れてしまえば、手遅れになる。


『大丈夫。僕だってたくさん練習したんだから、ちゃんと自分の目でも敵を警戒できるんだ』


 薫の声は、さきほどよりは、はっきりと通るようになってきた。


 おそらく練習で培ったものを、本番の雰囲気にチューニングしている最中なんだろう。


 だから俊介は、薫の感性を信じることにした。メイド服を着ることによって、力を得ている仕組みに。


 ● ● ● ● ● ●


 薫は、湿気のようにまとわりつく緊張を緩和するために、メイド服の袖を握りしめた。


 この服を作ってくれたのは、ファッション部の仲間だ。彼らはオフライン会場まで足を運んで、薫を応援している。


 だが薫は、彼らの姿を探さないことにしていた。

 

 あくまで、この試合は、eスポーツ部の一員として乗り切りたいからだ。


 ファッション部の繋がりも大事だが、目の前の困難を乗り越えるための便利な道具みたいには使いたくなかった。


 だがそれでは、まるでファッション部の仲間たちと、eスポーツ部の仲間たちを比較するような不公平感もあったから、薫はメイド服を握りしめたのだ。


「僕は、負けない」


 薫は、メイド服の繊細な縫い目から、気高さを感じた。


 決して便利な道具としての連帯感ではなく、自分自身を奮い立たせるための目標として、メイド服を意識する。


 すると、あれだけまとわりついていた緊張が弱まって、会場の気温に気が向いた。


 ちょっと寒いのである。eスポーツのオフライン会場は、選手のゲーミングPCや、試合を管理するサーバーマシンを熱暴走させないように、冷房をガンガン利かせているから、冷え性の人間には厳しい環境だった。


 だが今の薫にとっては、熱くなりすぎた脳を冷却してくれるため、ちょうどよかった。

 

 薫は、やや落ち着いた心の中で、本日の自分の役割を復唱した。


『ハンターの〈スカウティング〉を使って、新崎くんの格闘家を探し当てること。金鉱は最低限掘ること。背後は俊介くんに任せる』


 金鉱を最低限掘りながら、敵の探索を行う。


 言葉にすると簡単だが、実行するのは難しい。


 意識の切り替えという意味でも難しいし、護衛用のワニ型歩兵たちの運用を細かく変えないといけないからだ。金鉱を掘らせていることもあるし、自分自身の護衛に回すこともあるし、索敵に割くこともある。


 まるで意識が複数に分かれたのではないかと思うような、思考回路を継続しなければならないのだ。


 しかも集中が解けてしまえば、その瞬間に新崎の格闘家が懐に飛び込んできて、連続攻撃を加えてくるだろう。


 だからといって、薫が自分自身を守ることに意識のリソースを割いてしまえば、新崎が東源高校の陣地に侵入する瞬間を見逃すことになる。


 そうなったら、尾長のマジシャンは、吹っ飛ばし攻撃によって敵チームの目前に引きずり出されてしまい、ダウンが確定だろう。


 これらの悲劇を防げるかどうかは、薫の活躍次第だった。


 責任重大である。


 薫は、公式の大会で、大事な役割を担うのは、生まれて初めてであった。


 いや、部活動だけではなく、あらゆる催し事で責任を負ったことなんてなかった。


 だが怖気づいている暇はない。今日のために、たっぷりと練習しているし、油断だってしていない。仲間たちとの連携だって、確かなものになっている。


 あとは、どのタイミングで、〈スカウティング〉を使うかだ。


 このスキルは、スキルの対象範囲内を明るく照らす効果がある。なお明るくとは、視界の確保できていない暗闇を、すべて暴くことを意味する。


 さらにいえば、スキルの対象範囲内に敵キャラがいれば真っ赤に点滅するし、ミニマップにだって強調表示される。


 だから、ノイナール学院が、森林にどうやって展開したのかを、ある程度まで読んで、必要なタイミングで〈スカウティング〉を使いたい。


 もし不必要な場面で〈スカウティング〉を使ってしまえば、スキルはクールダウンに入るため、いざ必要な場面になったとき、悔しい思いをすることになる。


 いうなれば、格闘家と〈スカウティング〉の駆け引きだ。


 しかし、この駆け引きも、そう長くは続かないだろう。


 なんだかんだと長い間、【MRAF】というゲームをやってきた経験から、薫はこう予感していた。


 短期決戦で終わるだろう、この試合は。

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