第52話 フレーム単位の戦い

 俊介は、アーケードスティックの感覚に、懐かしさを感じていた。まだ小学生のころ、美桜と格闘ゲームでも張り合ったことがある。


 最終的には、格闘ゲームのアマチュア大会に出場して、決勝戦で戦うことになった。


 結果から伝えると、美桜が勝利して、優勝となった。


 なぜ俊介が負けたかといえば、データ分析の概念を持っていなかったことが原因だ。


 特に発生フレームの知識を持っていなかったことが大きく響いた。


 発生フレームとは、操作キャラクターが実際に動くときの描画単位のことである。


 ただのパンチとキックにもフレームの概念があるし、当然コマンド入力によって発生する技にもフレームが設定されていた。


 なお念のために触れておくが、格闘ゲームにかぎらず、すべてのゲームのキャラクターモーションは、フレーム単位で演算が行われている。


 だからこそ、今自分が熱中しているゲームの発生フレームについて把握することは死活問題となるわけだ。


 格闘ゲームに限定して注目するならば、技のモーションが発動するタイミングと、実際にダメージが発生するタイミングが、ズレていることがある。


 だから自分のほうが先にコマンドを入力したはずなのに、対戦相手の後出しの技に敗北することが、ありうるわけだ。


 さらに細かいことをいえば、特定の技には、無敵時間が組み込まれていることがある。


 某有名格闘ゲームを例題にするならば、昇竜拳が典型例だろう。


『昇竜拳には、数フレームの無敵時間があるから、それを利用して、敵のジャンプ攻撃を撃墜できる。もっと使い慣れてくれば、敵の飛び道具をすり抜けることだってできる』


 こういうゲームプログラム上のお約束を利用して、対戦ゲームを攻略するのは、インテリの美桜にしてみれば朝飯前だった。


 彼女とは正反対に、小学生の俊介は、難しいことが苦手中の苦手だったため、格闘ゲームの大会で優勝を逃すことになった。


 さて話は現代に戻って、ド〇えもんの新崎と戦うには、どういう戦略が必要になるか考えていこう。


 残念ながら、現在の俊介は、某格闘ゲームの最新シリーズについて、細かなデータを持っていない。技ごとのフレームも把握していないし、キャラクターごとの細かなパラメータも知らなかった。


 逆にド〇えもんの新崎は、すべてのフレームを暗記しているし、先読み能力まで高いため、格闘ゲームという土台では圧倒的な強者である。


 では、そんな強者に、どうやって俊介が勝つのか。


 持ち前の反応速度と、東源高校に入ってから鍛えた戦略を練る力を合わせることによって、新崎の行動パターンを見抜くことができれば、勝利できるだろう。


 ● ● ● ● ● ●


 新崎は、ド〇えもんのコスプレに身を包みながら、乱入者との戦いに興じることになった。


 当初は、筐体の対面に座った相手に、さほどの関心を持っていなかった。というか、ゲームセンターでの対戦に慣れたゲーマーが、対戦相手の素性に興味を持つはずがない。


 だが、ほんの数回、けん制の攻撃を加えたとき、新崎は首の裏筋が痺れるほどの警戒心を持った。


 この対戦相手は、まるでチートツールを使ったかのように、反応速度が早い。


 無論、ゲームセンターでチートツールを使えるはずもない。


 つまり、対面に座ったプレイヤーは、けた外れの反射神経の持ち主である。


「……こんな人、東京にいたっけか?」


 新崎は、思わずひとり言を漏らした。少なくとも、格闘ゲームマニアである彼の記憶には、これほど反応速度の速い格闘ゲーマーはいなかった。


 プロ選手にだっていないはずだ。


 もしかしたら、地方から遠征してきた凄腕のゲーマーだろうかと考えていたら、

観戦中のおじさんが、有益な情報を教えてくれた。


「新崎くん。対面に座ってるの、kirishunだよ。おれみたいな流行に疎いおじさんでも知ってるぐらい有名な選手だな」


「kirishunが、僕の偵察にきたんですね」


 新崎は、心臓がはねるほどに驚きつつも、頬が赤くなるぐらい嬉しくなっていた。


 なぜなら新崎にとって、俊介は変化のきっかけだったからだ。

 

 では変化する前の新崎は、どんな少年だったかといえば、ひたすら地味であった。生活態度も、口調も、洋服も、すべてが地味だった。もっと細かく語るならば、みんなと同じであろうとした。


 だが、すべてが平均的な若者だったわけではない。


 とある特殊な趣味を持っていた。

 

 格闘ゲームだ。


 ここ数十年、格闘ゲームの流行が発生していないため、若者たちは【ストリートファイターシリーズ】という金字塔の名前を知らない。


 新崎の同級生たちだって、格闘ゲームの存在を知らないことすらあった。


 だがそれでも、新崎は小学生のころから格闘ゲームにのめりこんでいた。


 別居中の父親と一緒に楽しめる娯楽だったからだ。


 新崎の両親は離婚していて、一人息子の親権は、母親の方にあった。


 だが新崎自身は、父親とも母親とも親しかった。あくまで両親が夫婦として険悪になっただけであり、親子関係は良好だったからである。


 だが母親は、ヒステリックなところがあるため、新崎が父親と会うと、凶暴なゴリラみたいに怒り狂った。ほんの数分の立ち話ですら許さなかった。


 だから新崎は、父親とこっそり会うために、ゲームセンターを利用していた。


 がちゃがちゃと電子音が鳴り響く、薄暗い空間は、親権を持っていない父親と会うために最適な場所だったのである。


 そんな生活習慣を続けていたとき、新崎は格闘ゲームと出会った。


 父親が若いころに流行していた人気シリーズの最新作であり、今現在、筐体に群がるのは中高年ばかりだった。


 いくら中高年御用達のコンテンツであろうとも、新崎にとっては、父親との絆である。だから夢中になって格闘ゲームを練習した。ただし代償はあった。同級生と会話が噛み合わなくなったのである。


 そんな事情と、元々の気質が組み合わさって、新崎はおとなしい学生になった。


 いつも地味な服を着て、いつも口数少なく、教室にいるみんなと同じことをする生活。たとえ格闘ゲームという同年代の若者と相反する趣味を持っていようとも、それ以外の私生活では平凡中の平凡だった。


 そんな風景と同化するような学校生活に、新崎はまったく疑問を持っていなかった。自分みたいな地味な人間が、漫画やアニメに出てくるような濃い人間になれるはずがないと思っていたからだ。


 だがある日、それが思い込みだと気づいた。


 三年前のラスベガスで、LMが強豪チームをばったばったとなぎ倒す姿を見てしまったからだ。


 いや違う。とある選手の活躍が、印象的だったからだ。


 kirishunである。彼はタヌキみたいな顔をした平凡な少年なのに、あの瞬間だけ世界中の誰よりも目立っていた。


 あの姿は、新崎の持っている固定観念に一石を投じることになった。


 それまでの新崎が信じていた固定観念ならば、amamiこと天坂美桜と、kingitkこと金元樹みたいな、美女と美男が、この世界の注目を一身に集めるはずだった。


 だが三年前のラスベガスで、もっとも注目を集めた選手は、間違いなくkirishunだった。


『僕と同じく、黒っぽい上着と、普通のジーパンをはいて街中を歩いてそうな少年が、常識外れに目立っている。じゃあ、なんで僕は、地味なままなんだ?』


 この疑問の答えを探すために、新崎はeスポーツの世界に飛び込んだ。最初のうちは、いつもの自分と変化がなかった。外見だけではなく、プレイスタイルだって地味なままだった。


 そこそこうまいが、ただそれだけ。なんの長所もないし、あくまでランクマッチプレイヤーよりうまいだけ。ガチガチにやりこんだ競技選手と比べたら弱小のまま。


 だが去年の全国大会で一回戦負けしたとき、まるで神の啓示のように気づきをもたらした。


『別に僕だって、派手な格好をしてもいいじゃないか。なんでわざわざ地味な洋服を選んでるんだ……?』


 そう、ついに新崎は気づいた。平凡であろうとすることは、ただの思い込みであって、好きな服を着ればいいのだと。


 だからコスプレに目覚めた。これは、新崎の考える、もっとも派手な服だったからだ。


 装いをあらたにしたら、プレイスタイルに変化が生まれて、以前とは違う積極的なプレイスタイルを使えるようになった。


 一度、地味の殻を破ってしまえば、以前の自分の判断を全否定することになった。


『なんで以前の僕は、あんなに地味であろうとしたんだろうか。まったくもってバカらしい。ファッション雑誌に載っていそうな服を着たって、よかったはずなのにさ』


 やがて新崎は、新しい自分を制御できなくなって、ド〇えもんのコスプレを日常的に着るようになった。


 ただの買い物にいくにも、自室で勉強しているときにも、今こうしてゲームセンターで遊んでいるときでも、ド〇えもんのコスプレをしていた。


 さすがに学校でやったら停学になるから控えているが、放課後になったらド〇えもんになっていた。


 こんな生活を続けていれば、以前からの知り合いに会うたびに、「新崎、お前、変わったな……」と言われるようになった。


 しかし新崎は、まったく気にしていなかった。新しい自分に生まれ変わったことで【MRAF】が強くなったからだ。


 eスポーツにはまったことも、新しい自分を発見したことも、すべてのきっかけは、kirishunだ。


『偉大な先駆者が、僕を偵察するために、わざわざゲームセンターまで足を運んでくれたんだ。こんなにうれしいことはない』


 新崎は、ぼきりぼきりと指を鳴らしてから、改めてアーケードスティックを握りなおした。

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