第53話 先読み能力は〈コンセントレーションナイン〉を上回るのか?

 俊介は、攻めあぐねていた。


 対戦開始直後こそ、反応速度を活かした駆け引きによって、先手を取れていた。だが、いかんせん新崎の格闘ゲーム経験値が上回りだしたのだ。


 新崎は、まるで俊介の思考回路を読んだかのように、立ち回っていた。


 だから俊介が、ジャンプ攻撃をしようものなら、コマンド入力による飛び道具が着地点に飛んでくることもあるし、また対空迎撃によって撃ち落されることも増えてきた。


「さすがに、心理戦がうまいな、新崎さんは……」


 俊介は、ド〇えもんの新崎の長所に舌を巻いた。


 心理戦がうまいということは、対戦ゲーム全般がうまいことになる。


 こんな逸材が今まで埋もれていたのだから、日本のeスポーツ業界は、まだまだ発展の余地があるんだろう。


 だが俊介は、その先をいかなければならない。メジャーリージョンのプロチームに入って、F2イースポーツを打倒するためには、今よりもっと大きな壁を突破する必要があるからだ。


 そのためには、力の出し惜しみをせずに、新崎を倒す必要があった。


「本選二回戦に向けた、試金石だ。新崎さんの底力を引き出さないと」


 俊介は、ついに〈コンセントレーション・ナイン〉を発動した。


 脳のパルスが加速して、体温が一時的に上昇。視界に映るすべての風景が、まるでスローモーションのように遅くなっていく。格闘ゲームの液晶画面にかぎらず、あらゆるモノの動きがフレーム単位の細切れになった。


 眼球と神経と指先が精密機械のように連動。画面上の操作キャラクターの動きが急激に加速。


 俊介は、新崎の懐に飛び込んで、連続攻撃を浴びせた。ただの連続攻撃ではない。もし新崎が、なにかのコマンドを入力しようとしたら、その瞬間に昇竜拳をカウンターで当てて、行動そのものを封殺する動きだった。


 普通の人間には真似できない電光石火の攻め方に、野次馬をやっているお客さんたちが、大波のようにどよめいた。


「なぁ今のカウンター、小足見てから昇竜余裕でした、の実現じゃねぇの」「ヤベー、マジでチートツール使ったみたいな反応だ」「やっぱあいつさ、kirishunだよな。【MRAF】で有名な」


 そんなお客さんたちの感想は、目の前の戦いに集中した俊介の耳には入っていなかった。


 ただひたすら、怒涛の攻めを敢行して、新崎を倒そうとしていた。


 しかし新崎の動きが、少しずつ変化してきた。本来なら凡人には手が出せないはずの領域に、ほんのわずかだが適応したのだ。


「kirishunさん、僕はあなたに勝ってみたい」


 新崎は、俊介の〈コンセントレーション・ナイン〉による異常な反応速度を先読み。たとえ人間の規格を越えた速度であろうとも、どんな軌道で動くのか読めていれば、終着点がわかるわけだ。


 その終わりの地点に向けて、新崎はコマンド入力の必殺技を置いた。


 あくまで置いた、だ。


 だから俊介は、まるで新崎の必殺技に自ら飛び込むような形で、HPゲージを削られてしまった。


 俊介は、驚き半分、楽しさ半分で、弦楽器みたいな声を漏らした。


「やっぱり、この人、先読み能力だけなら、本当にすごいものがあるぞ……!」


 このすべての行動が見抜かれてしまうようなプレッシャー。まさしく先読み能力の発達したプレイヤーと対峙したときの感覚であった。


 しかし俊介とて、東源高校に入学してから、頭を使った戦い方を学んだのである。ただ無軌道に素早く動くだけではなく、新崎に行動を読まれたことを見越して、戦略を立て直した。


 その結果、至極単純な方法で攻略できることに気づいた。


 連続攻撃を加えるフリをして、ただ無造作に近づいて、投げコマンドを入力したのである。


 俊介は、今までずっと投げ技を使っていなかったからこそ、新崎は読み間違えた。残り少ない体力は、無造作な投げ技によって削り切られて、新崎はついにダウンした。


 K.O 俊介WIN


 ● ● ● ● ● ●


 俊介は、額の汗をぬぐいつつ、店内の異様な盛り上がりに配慮して、さっさとこの場を離れたほうがいいと決断した。


 格闘ゲーム界隈において、俊介は異物なのだ。ホームとアウェーがはっきりしている場所に長居しても、彼らの領域を邪魔するだけだろう。


 それに新崎の腕前は、十分すぎるほどに調べられたので、部活動的にも今すぐ立ち去っても問題なかった。


 しかし、それを引き止めたのは、ド〇えもんの新崎だった。


「kirishunさん。まさか僕のことを偵察にきてくれるなんて、すごく嬉しいです」


 新崎は、胸に手を当てて、優雅に会釈をした。けっして気取っているわけではなく、心の底から感謝しているんだろう。


 とはいえ、俊介にしてみれば、あくまで【MRAF】で勝利するための偵察だし、なによりも彼のホームグラウンドに土足で踏み込んだ自覚があるため、ちょっとだけ気まずさを感じながら、ぺこりとお辞儀を返した。


「新崎さんの練習の邪魔するつもりはなかったんです。ちょっとこれは盛り上がりすぎましたね」


 野次馬となったお客さんたちは、いまだに興奮が冷めあがらないらしく、近くの人たちと対戦の批評をしていた。


 ド〇えもんの新崎も、周囲のお客さんたちと同じく、興奮が継続しているので、ちょっと浮ついた調子で答えた。


「そんなに遠慮しないでください。ゲームセンターの筐体のいいところは、対面に座れば、誰でも戦えることじゃないですか」


「それはそうですが、今の時代、ゲームセンターに足を運ぶ人は、特別な思いがある人ですから」


「格闘ゲーム界隈にいる人間としては、もっとユーザーが増えて盛り上がってくれたほうがいいですが、この心地よい雰囲気が壊れてしまうのが怖いのも、また本音ですね」


 この意見は新崎だけではなく、他のお客さんである中高年の人々も同一であった。


 だから俊介は、こう返した。


「やはり俺は、この場においては異物ですね。だからこそわかるんですよ。きっと、もう一ゲームやったら、俺は負けていました。〈コンセントレーション・ナイン〉を完璧に先読みされることで」


 念のために触れておけば、これは弱気な発言でもなく、また敗北宣言ではない。あくまで格闘ゲームという土台で〈コンセントレーション・ナイン〉を使えば、あの驚異的な反応速度を百パーセント活用できないわけだ。


 しかし【MRAF】という土台で使うならば、話は違ってくる。


 たとえ新崎に行動を先読みされようとも、勝つ自信があった。


 そんな俊介の密かな自信を読み取ったらしく、新崎は受付嬢みたいに手を振った。


「こちらも手の内を少しだけさらせば、あなたのファンだから、先読みできたんです。もしなんの下調べもしていなかったら、きっと読めなかったでしょうね」


 つまり新崎は、東源高校のデータを、くまなくチェックしてあるわけだ。きっと俊介だけではなく、尾長をはじめとしたチームメンバーの動きだって、咀嚼してあるはずだ。


 俊介は、新崎の純朴な表情から、脅威を感じ取った。


 結局のところ、競技シーンで伸びる選手は、今自分がやっていることを努力だと感じず、自然体のまま楽しめてしまう人材なのである。


 少なくとも新崎に関しては、この条件を満たしていた。


「新崎さん。本選では、俺たちが勝ちますよ」


 俊介は、あらためてお辞儀をしてから、アナリストの馬場と合流して、ゲームセンターを出た。


 アナリストの馬場は、録画しておいた俊介と新崎の対戦動画を再生しながら、東源高校に向かって歩き出した。


「新崎さんは、どうやって〈コンセントレーション・ナイン〉の動きを先読みしたんだろうね」


 俊介も、対戦動画をチェックしてから、馬場に返事した。


「さっぱりわからない。ときどきFPSゲームでも、こういう先読み能力が異常に発達した選手がいて、そういうタイプはだいたい三十代になっても現役のままなんだ」


「eスポーツのプロって、基本的に選手としての寿命が短いんだけど、なぜかたまにいるよね。おじさんになっても、若い選手に撃ち負けない人」


「おそらく美桜や樹も、このタイプだ。俺だけ違う」


「ってことは、思考力の差が、現役でいられる年齢を決めるんだろうね」


「そういうことか……」


 俊介は、あらためて自分の特性を見つめなおした。どれだけ〈コンセントレーション・ナイン〉が優れていようとも、思考力が育たないかぎりは、いつか限界がくる。


 自分の目標は、あくまで世界で一番強い選手になることだ。


 ならば、油断せずに、作戦や戦略を育て続けたほうがいいだろう。そうすれば、きっと本選二回戦でも、新崎率いるノイナール学院に勝利できるはずだ。

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