第51話 新崎は本当にゲームセンターでもド〇エモンのコスプレをしていた

 俊介と馬場は、ド〇えもんコスプレの新崎が入り浸るゲームセンターを、探していた。


 なお、すぐに発見できた。池袋の老舗ゲームセンターだ。発見の手順だが、SNSの噂を追跡調査することだった。

 

 新崎は、プライベートでも、ド〇えもんのコスプレをしている。それほど目立つ人物が、天下の往来を歩き回れば、SNS上で都市伝説の一つとして語られていることは、容易に想像がついたわけである。


「馬場くん。やっぱ最近のゲームセンター、規模が縮小したよな」


 俊介は、老舗のゲームセンターを見上げた。


 店舗は三階建て。赤塗りのペンキは煤けていて、自転車置き場もどことなく散乱としている。


 どうやら外観の整備が間に合っていないらしい。売り上げが落ち込んでいるのが、一目でわかった。


 だが時代性を考慮すると、売り上げが落ち込む理由は、経営者の問題ではなく、環境の問題だとわかるだろう。


 家庭用ゲーム機、およびゲーミングPCの普及によって、わざわざゲームセンターで遊ぶ必要性が薄れてしまえば、お客さんは店舗まで足を運ばないからである。


 だがそれでも、リアルな現地の手触りが好きなお客さんがいて、そういう人たちのおかげでギリギリ経営が成り立っていた。


 そのせいなのか、店内の雰囲気は、スチームサウナのように暑くなっていた。


 きっと新崎の強さの秘訣は、この灼熱の環境で、日々己を鍛えているからだろう。


 それを自分の目で確かめるためにも、俊介と馬場は、池袋のゲームセンターに入場した。


 タバコの匂いと、電気臭い埃の匂いが漂っていた。


 いくら毎日がんばって清掃しても、天井や床の細かな傷に染み込んだ匂いは、そう簡単には消せない。それだけ長い間、この店が長続きしていた証拠でもあった。


 長続きしているだけあって、レトロゲームの筐体も、ボチボチ置いてあった。平成初期からずっと稼働している壊れかけの筐体なんて、まるで歴戦の猛者みたいだ。


 馬場は、レトロゲームの筐体に、そっと触れた。


「長持ちするんだね。僕たちが生まれる前から、ずっと稼働してるんだから」


 俊介は、レトロゲームの説明文を読んだ。


「シンプルな操作方法と、誰にでもわかるゲームシステムだ。一人用のゲームって、こんな感じか」


「俊介くんって、一人用のゲームって全然やらないの?」


「対戦ばっかりだな。子供のころから、美桜と張り合っててさ。アナログなボードゲームだってやったんだ」


 アナログなボードゲームで、もっともポピュラーなタイトルは『人生ゲーム』だろう。かの有名なルーレットを回して、自分の駒を進めて、ゴールを目指すやつだ。


 ああいう運要素が強烈に作用するゲームでも、美桜は強かった。本人いわく、運要素は確率論で補えるらしい。


 インテリは運ですら味方につけるのか、そんなの卑怯だ、と当時の俊介は思った。


 じゃあ高校生になった俊介が、どう思っているのかといえば、『確率論なんて大それた領域で勝負することはできないが、そこに近づくための努力は惜しまないでいたい』である。


 俊介が過去の思い出に浸っていると、馬場も過去を振り返った。


「僕は、自分でプレイするときは、一人用のゲームをやることが多いんだ。eスポーツ関連の観戦と分析は得意だけど、だからって強いわけじゃないし」


 馬場の表情には、羨望と諦観が混ざっていた。


 もしかしたら、馬場は、もし個人技が優れていたら、選手をやりたかったのかもしれない。


 だが彼の長所は、個人技よりも、分析能力に特化していた。だからアナリストなんてテクニカルな担当をこなせる。


 選手とアナリスト。どちらが貴重かといえば、アナリストである。


 選手志望なんて吐いて捨てるほどいるが、アナリスト志望で、しかも適切な能力を持った人間は、ごく少数しかいないからだ。


 そう思った俊介は、馬場にエールを送った。


「馬場くんの分析能力がなければ、俺たちはきっと予選で終わってたよ」


 馬場は、やや大げさな素振りで、俊介の気遣いを受け止めた。


「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないんだよ。僕個人の気質っていうか、向き不向きの話っていうか」


「そうなのかい?」


「実際にプレイするよりも、分析する立場に惹かれることってあるでしょ? 他の分野でいえば、同じ音楽好きでも、ミュージシャンになるよりも、ライブハウスの裏方業務に惹かれる人たち」


「でも、優れた個人技は欲しいんじゃないのか」


「もちろん、あったほうがいいだろうね。俊介くんみたいな大暴れは一度やってみたい。でも大きな舞台で、大勢の人たちに注目されるのは、僕の仕事じゃないよ。僕の仕事は、裏方だ。それは最近強く感じる」


 馬場は、アナリストとして活用しているタブレットを、武器のように掲げた。


「職人のプロ意識みたいなもんか」


「そうさ。それに、僕みたいな裏方志望だけじゃなくて、観戦オンリーのお客さんが増えるのはいいことさ。サッカーや野球だって、自分でプレイすることはなくても、スタジアムに足を運ぶ人が大勢いるから、経営が成り立つんだし」


 なんて会話をしながら、二人は格闘ゲームの筐体を集めたコーナーにやってきた。


 メインの客層は、中高年であった。白髪のお客さんも珍しくない。だからなのか、高校生が入り込むと、やけに目立った。


 もちろん一番目立っているのは、ド〇えもんのコスプレをした新崎である。


 ただし、周囲のお客さんたちは、新崎の奇異な見た目に驚いた様子はない。つまりゲームセンターの常連たちにとって、ド〇えもんコスプレイヤーがいる風景は、ありふれた日常なんだろう。


 逆に考えれば、ゲームセンターの常連以外には、非日常になるわけだ。


 このあまりにも特殊な練習環境で、新崎は個人技を磨いている。


 もしかしたら、特殊な環境ゆえに、新崎の格闘家は洗練された動きができるのかもしれない。


 そう思った俊介と馬場は、新崎に見つからないように、遠くから様子を見ることにした。


 馬場は、タブレットを起動すると、新崎のゲーム画面を撮影した。


「新崎さんがプレイしているやつ、世界でもっとも有名な格闘ゲームの最新作だね」


 ストリートなんちゃらである。波動拳や昇竜拳という名称およびコマンド入力は、もはや標語と同じぐらいには流通しているだろう。


 俊介は、この有名シリーズの筐体にこっそり近づくと、新崎に気づかれないように対面に座った。


「馬場くんは、新崎さんに見つからないように、撮影を続けてくれ」


 馬場は、隣にある音楽ゲームの筐体に隠れつつ、こう言った。


「ねぇ俊介くん。ちょっと思ったんだけど、これ、スパイ行為じゃないよねぇ?」


 俊介は、ちょっとだけ考えた。スパイ行為は、たしかにマナー違反だ。スクリム内容は他人に口外してはいけないのと一緒だ。


 だがしかし、目の前にいる新崎は、公の場にあるゲームセンターで対戦ゲームを楽しんでいる。


 つまり隠すつもりがないわけだ。


「大丈夫だよ、馬場くん。新崎さんは、ゲームセンターなんて目立つ場所で遊んでいるんだから」


「うん、たしかにそうだ。それじゃあ、僕はここからデータの採取を続けるから」


「まかせた。あとは俺が良い勝負をして、新崎さんの情報を引き出すだけだな」


 俊介は、筐体に、百円硬貨を投入した。


 乱入を示す恒例のメッセージが画面に流れて、キャラクター選択画面に移行した。


 俊介の眼前には、世界各国を代表する豊富なキャラクターたちが並んでいた。


 俊介は、昇竜拳で有名なリ〇ウを選んだ。白い道着のストリートな格闘家である。なぜこのキャラを選んだかといえば、〈コンセントレーション・ナイン〉を活かすために最適なキャラだからだ。


 しかし俊介は、このキャラを使ったからといって、一方的にイニシアティブを取れるわけではない。


「……新崎さんが強い理由は、おそらく先読み能力が高いからだ」


 先読み能力。つまり、対戦相手の行動パターンを読み解くことで、先手を打って動ける能力のことだ。


 別の言葉に言い換えれば『もし敵が次にどんな一手を打つのかわかっていれば、たとえ敵の反射神経が優れていようとも、対処が間に合いやすくなる』というわけだ。


 わかりやすい具体例は、自動車事故である。


 車の運転手は、事前に予測を立てているか、否かで、歩行者をはねる確率が大きく変動する。


 もし『この細道に、突然子供が飛び出してきたら、危ないな』と予測を立てていれば、本当に子供が飛び出してきても、ブレーキが間に合うわけだ。


 逆に、まったく予測を立てていなければ、ブレーキを踏むタイミングが遅れるため、子供をはねることになる。


 これはeスポーツにかぎらず、あらゆる競技で共通の知識だ。


 なお日本のeスポーツ業界で、もっとも先読み能力が高い選手は、美桜である。だから彼女がサムライを使うと、おかしな動きを始めるのだ。


 あれは俊介の〈コンセントレーション・ナイン〉と対をなす、頭脳の早撃ちによる驚異的な反応速度といっていいだろう。


 この美桜の能力と、筐体の対面にいる新崎の能力を比較することで、とある事実が浮かんでくる。


 俊介は、新崎の先読み能力を上回ることができなければ、一生美桜には勝てないことになる。


『そんなこと、絶対に認めるものか。俺だって、尾長部長のおかげで、頭を使って戦うことが少しずつ、うまくなってきたんだ。なら新崎さんの先読み能力を上回ることだって、可能なはずだ』


 と、心の中でつぶやいたとき、対戦が始まった。

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