第50話 俊介と新崎、初顔合わせ

 俊介と馬場が、上級生組と合流しようとしたら、その途中で、ノイナール学院の選手たちと鉢合わせになった。


 某国民的猫型ロボットのコスプレをした新崎が、慇懃無礼にお辞儀した。


「kirishunさんじゃないですか。こんにちは、初めまして、ぼくド〇えもーんです」


 俊介は、リアクションに困った。初対面の挨拶で、いきなりコスプレしたキャラになりきられても、対処しようがないからだ。


 しかし新崎の瞳は、ダイヤモンドのごとく純真な輝きを放っていた。もし俊介が不愛想な対応をしたら、彼は傷つくことだろう。


 だからしょうがなく、俊介も、深々とお辞儀を返した。


「どうも、ド〇えもんさん。さっきの格闘家、見事でしたね」


 どうやら新崎は、コスプレしたキャラの名前で呼んでもらえたことが嬉しかったらしく、上気した顔で返した。


「まさか元LMのkirishunさんにコスプレを褒めてもらえるなんて、とっても嬉しいです!」


「あ、コスプレに反応するんですね。格闘家じゃなくて」


「当たり前じゃないですか! このコスプレですら、プレイスタイルの一部ですからね! ちなみに四次元ポケットにも、ちゃんと未来の道具が入っていますからね。はい、どこでもドアー」


 新崎は、お腹の四次元ポケットから、折り畳み式のパイプを取り出した。それを組み立ててドアみたいな長方形にしてから、ピンク色のフィルムを張った。


 かなりの遠距離から観察すれば、どこでもドアっぽいナニかに見えるかもしれない。だが近距離から見たら、出来の悪い学園祭の展示物であった。


「な、なるほどぉ……?」


 俊介は、新崎の顔と、出来損ないのどこでもドアを、交互に見ながら、とても困っていた。


 新崎の動機の源泉がわからないため、どう受け答えしたら失礼にならないか、まったくわからないからだ。


 なお新崎は、自分語りが好きらしく、続けてド〇えもん芸で俊介に絡もうとした。


 しかしそれを止めたのは、ノイナール学院のコーチをやっているwarauコーチであった。

 

「こら新崎、これ以上kirishunを引き止めるなよ。彼はこれから部活の仲間たちと合流して、作戦会議をやるはずだから」


 warauコーチは、某ハチミツ大好きクマのコスプレをしているわけだが、そんな滑稽な見た目と違って、物事を考察するのが得意らしい。だから俊介が、新崎のコスプレ自分語りに正直困っていることにも、気づいたんだろう。


 俊介としても、大変ありがたかった。新崎に失礼のないように、不思議な会話を切り上げたかったが、そのきっかけが中々つかめなかったからだ。


 だから俊介は、warauコーチに、感謝の意を込めてお辞儀した。


「ありがとうございました、warauコーチ。ところで、あなたとは、以前会ったことがありますね。たしか……三年前の日本代表決定戦の決勝でしたか」


 俊介が探るような目つきでたずねたら、warauコーチは太鼓腹を軽快に叩きながら答えた。


「そうさ。当時の俺は、プロゲーミングチームRattle Masterの選手として、ラスベガスの出場権をかけて、君たちLM(Lightning Merfolk)と戦った。結果はボロ負け。あれは大恥だったさ。世間からはコテンパンに叩かれたよ、毎日十時間練習してるプロゲーマーのくせに、放課後しか練習してないアマチュア中学生のチームに負けて悔しくないのかって」


 warauコーチの丸い顔に、暗い影が差した。暗くなるだけの、バッシングがあった。三年前のeスポーツ業界は、今よりマナーが悪かったので、敗者に対する態度が苛烈だったのだ。


 とはいえ、彼の所属していたRattle Masterが弱かったことは、ゆるぎない事実だ。


 だからといって、俊介がwarauコーチを見下していいわけではない。むしろeスポーツ業界の黎明期を盛り上げてくれた、偉大な先輩として尊敬してもいいぐらいだ。


 だから俊介は、彼に言葉を贈った。


「warauさんが気に病むことないと思いますよ。どんな業界だって、黎明期の混乱ってありますから。だからあと一年、あのころのメンバーでみっちり練習したら、俺たちを倒していたかもしれません」


 どうやらwarauコーチには、思うところがあったらしく、俊介の肘を好意的に叩いた。


「そうか。君もそう思ったんだな。実は俺も密かに思ってたんだよ。だからその目標を実現するために、今年のノイナールは、去年とメンバーを変えてないんだ。本当に強くなったよ、今年のこいつらは」


 warauコーチの表情は、たいまつのように明るくなっていた。きっと彼は、後進を育てることで、過去の失態を克服したんだろう。


 俊介は、warauコーチの情熱に、感服した。


「warauコーチ。ノイナール学院との試合、楽しみに待っています」


「ああ、こちらこそ、東源高校との試合、楽しみに待ってるよ」


 こうして俊介たちと、ノイナール学院のファーストコンタクトは、終了した。


 なお某猫型ロボットのコスプレをした新崎は、マジックテープ方式で頭に竹とんぼを張り付けると「タケコプター」と例の声を発しながら、遠ざかっていった。


 その際に、俊介は、とある匂いを嗅ぎ取った。それは新崎の格闘家を攻略するうえでの、大事な情報源だった。


「馬場くん。俺、いいことを思いついたんだ」


 俊介は、まるで悪事を計画する盗賊のような声で、馬場に話しかけた。


「なんだい、いいことって」


 馬場も、まるで小悪党みたいな小声で返した。


「おそらく新崎さん、ゲームセンターを併用することで、格闘家の個人技を磨いてるんだよ。だからその練習風景をこっそり観察すれば、あの格闘家を攻略するためのヒントが見つかるかもしれない」


「わーお。ところで、なんで新崎さんが、ゲームセンターで練習してるってわかったんだい?」


「タバコの匂いだよ。あのコスプレ衣装からタバコの匂いがしたんだ。そして新崎さんは真面目で、歯にヤニだってついてなかった。つまり彼は、あのコスプレ衣装のまま、ゲームセンターに入り浸ってるんだ」


「…………ド〇えもんの衣装を着たまま街中を歩くって、相当ヤバい人なんじゃ?」


 馬場の表情は、ブラックコーヒーみたいな苦い味わいに変化していた。


「あー、それはほら……うちの薫先輩だって、都内を歩くときもメイド服じゃないか」


 俊介は、自分自身の先入観の変化に気づいた。いつも薫がメイド服を着たままなので、あれが当然ものだと思い込んでいた。


 しかし世間一般の常識から考えると、少なくとも公の場で着こなす私服には該当しないだろう。


 どうやら馬場も、東源高校eスポーツ部の価値観に毒されていたことに気づいたらしく、ちょっと困った顔で返した。


「メイド服と、ド〇えもんのコスプレ、どっちが社会の風景から浮くんだろうか」


「…………都内限定なら、ド〇えもんのコスプレかな。ほら秋葉原いけば、メイドさん、いっぱいいるし」


「う、うん。そうだね。でも、薫先輩、男子なのに、女子より可愛いんだけど、どうしたらいいんだろうか」


「…………もう、この問題を考えるのはよそう。きっと人類の永遠の課題だ」

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