第49話 格闘家のノックバックに注意せよ

 俊介と馬場は、ノイナール学院と野田商業の試合を、二階の観客席から見ていた。


 ちなみに、尾長、加奈子、未柳、薫、の上級生組は、ステージの舞台袖から観察している。


 なぜ一年生コンビと、上級生組で、観察場所を分けたかというと、多角的に試合を分析するためだった。


 対戦中の選手たちの表情、号令のかけかた、操作方法……あらゆる情報を取得することで、チームとしての実態が浮き彫りになる。


 東源高校にしてみれば、この試合の勝利者が、次の対戦相手になるのだから、念入りに敵情視察する必要があった。


 だからこそ俊介は、格闘家が登場したことに驚いた。


「馬場くん、見てくれ。ノイナール学院が、格闘家を選んだぞ。前評判から想像できない作戦をやるつもりだ」


 過去のデータによれば、ノイナール学院は堅実すぎるため、ハイリスクな作戦を徹底して避ける傾向にあった。


 だが本日の試合では、リスクだらけの作戦を選んだ。


 まさしく想定外の事態であった。


 アナリストの馬場も、指先でつまんでいたポップコーンを落とすほど、驚いていた。


「一発勝負の本選で、格闘家なんてリスキーなキャラを使うってことは、よっぽど自信があるんだよ。俊介くんのバトルアーティストと同じように」


 俊介は、格闘家を使用する選手に、注目した。


「あの猫型ロボットのコスプレをした人物が、格闘家を使うわけか。どんな人物なんだろうか」


 もちろん馬場はアナリストなので、新崎がどういう選手なのかも、データを持っていた。


「あの人の名前は新崎さんだよ。プレイヤーネームは〈nekotama0814〉。おそらく飼い猫の名前に、自分の誕生日を組み合わせたプレイヤーネームだろうね」


「そんなありふれたプレイヤーネームなのに、派手な見た目か。なんかチグハグな人だ」


「それがさ、去年の新崎さんは、このありふれたプレイヤーネームに、ふさわしい地味な見た目と、地味なプレイスタイルだったんだよ。それがなぜか、今年になって突然派手になった」


 馬場は、タブレットで、去年の大会の動画を再生した。去年の新崎の入場シーンが流れるわけだが、通信制の制服をただ普通に着ているだけだった。顔こそ今と同じくリスみたいだが、表情も姿勢もプレイスタイルも、すべて地味だった。


 俊介は、動画の新崎と、目の前にいる新崎を、見比べた。


「見た目だけが変化したのか。それともプレイスタイルまで変化したのか。この目で、しっかり見届けるとしよう」


 ついにノイナール学院と野田商業の試合が始まった。


 下馬評のとおりなら、定石と定番の組み合わせで、試合が進んでいくはずだった。


 だが実際の試合展開は、序盤から激しいものだった。


 ノイナール学院は、自分たちのリソースを最大限に活用して、野田商業の弱点を的確に攻撃した。


 その激流のような攻勢の起点となっているのは、猫型ロボットのコスプレをした新崎の格闘家だった。


 新崎は、野田商業の一瞬の隙をついて、敵マジシャンの背後に忍び寄った。だが連続攻撃をするわけではない。格闘家の仕事をこなすためだ。


 彼は、〈竜の息吹〉というスキルを、発動した。拳法における掌底打ちを、敵マジシャンの背中に叩き込んだのだ。


「空気砲!」 


 スキルの正式名称は〈竜の息吹〉なのに、なぜか新崎は、ドラ●モンの秘密道具の名前を叫んだ。


 だが決して無関係ではなかった。むしろ空気砲の名称に、ふさわしい効果が発動していた。


 ノックバックである。


 これは敵キャラクターの位置を、強制的に動かす効果のことだった。なお格闘ゲーム界隈では、吹っ飛ばし攻撃と呼ばれることもある。


 一般的なゲームをやってきた人が、ノックバックの重要性を理解するためには、実際の運用方法を見たほうがいいだろう。


 新崎は〈竜の息吹〉で、野田商業のマジシャンを、特定の方向に吹っ飛ばした。


 そこには茂みがあって、なんとノイナール学院のプレイヤーキャラクターたちが、歩兵と一緒に隠れていたのだ。


「よくやった新崎」「これで敵のダメージ源を削れる」「試合が一気に有利になるぞ」


 彼らは、自分たちの手前に吹っ飛んできたマジシャンに、一斉攻撃を加えた。


 ほんの一瞬で、野田商業のマジシャンはHPゲージを失って、ダウンとなった。

まるで飛んで火にいる夏の虫である。


 野田商業の選手たちは、新崎の格闘家に恐れおののいていた。


「なんてこった、ゲーム序盤からマジシャンが……」「まずい、いきなり人数優位を持っていかれたぞ」「あの格闘家、マジでうまい」「あの動きを予測してたはずなのに、防げなかったなんて」


 野田商業は、無警戒だったわけではない。むしろ、格闘家による〈竜の息吹〉を警戒していた。


 だからマジシャンを後衛に下げて、金鉱の採掘などの安全な作業に専念させていた。他の選手たちだって、マジシャンやハンターなどのダメージ源を削られないように、視界の確保と索敵を着実に行っていた。


 だが新崎は、単身で敵陣に忍び込んで、ダメージ源であるマジシャンを味方の手前に吹き飛ばした。


 これら一連の流れを、俊介はその目に焼き付けた。


「……これはもう、去年とは違うチームだと思ったほうがよさそうだな」


 俊介は、ノイナール学院の進化に、舌を巻いていた。彼らは、一年間の練習によって、過去の弱点を克服してきたのである。


 練習をして弱点を克服する、という文面を見ると、そんなの当たり前じゃないかと思いがちだ。


 だが弱点は、鍛えるのが難しいから弱点なのである。手癖であったり、メンタル面であったり、頭の回転が足りなかったり。どれもこれも一朝一夕で、どうにかなる問題ではない。


 俊介だって、尾長という優れた指導者と出会わなかったら、戦略や作戦面が進化することはなかった。


 そういう意味で考えれば、きっとノイナール学院のメンバーたちも、warauコーチという優れた指導者と出会うことで、成長のきっかけを掴んだに違いない。


 馬場も、ノイナール学院の進化に驚愕しながらも、アナリストらしくデータの採取を怠らなかった。


「ノイナール学院は、まるで別のチームみたいに進化してるからね。僕の持ってる去年のデータ、半分ぐらいしか役に立たないよ。だから今日の試合で得られたデータを、どれだけ分析できるかで、僕のアナリストとしての腕前が試されそうだ」


 そう、いまだ試合は進行中なのに、馬場は、この試合の勝利者をノイナール学院だと断定していた。


 いや、馬場だけではない。この会場にいる事情通たちは、誰もがノイナール学院の勝利を確信していた。


 実際、ノイナール学院は、序盤で手にした優位をひたすら広げて、中盤に入ったあたりで野田商業のプレイヤーをせん滅してしまった。


 いわゆる圧倒的な勝利である。


 だが野田商業が弱かったわけではない。むしろ東京大会に限定すれば、上位に属する巧みな学校だ。


 しかしノイナール学院は、そんな巧みな学校を、まるで赤子の手をひねるように倒してしまった。


 俊介は、新たな強敵の登場に、胸の高鳴りを感じていた。


「新崎さんの格闘家か。さて、どうやって倒したもんかな」

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