第48話 新崎、お前、すっかり変わっちまったな……
ノイナール学院のメンバーたちは、アニメキャラのコスプレをしていた。もしプライベートの時間で、コスプレをするだけなら、ただの趣味でしかなかったろう。
だが彼らは、公式大会の入場シーンで、コスプレをユニフォームに選択していた。
ただし、ノイナール学院のメンバー全員が、コスプレに賛同していたわけではない。
むしろ五人中、四人が、羞恥心で死にそうになりながら、試合席に入場していた。
顔は真っ赤だったし、心臓はバクバクしていたし、みんなうつむき加減だった。おまけに体温が急上昇しているため、もし水滴を頭にかけたら、じゅーっと蒸発するのではだろうか。
では、この恥ずかしがる四人を取り除いた、残りの一人は、どんな顔をしていたんだろうか?
答え。まるで軍事パレードを行進する兵隊のごとく、誇らしげに胸を張っていた。
「コスプレは最高だよね……!」
コスプレに誇りを感じている彼の名前は、新崎圭吾。三年生の男子だ。ハムスターにそっくりな顔であり、もし口の中に食べ物を詰め込めば『ひまわりの種を頬袋に詰めたのかな?』と思うことだろう。
そんな彼だが、本来は自己主張の苦手な生徒であった。人前でスピーチなんてできないし、友人に強い主張をすることすらできない。
だから守備的な戦い方になってしまうし、自らアクションを起こして有利を広げる作戦と縁がなかった。
しかし去年の全国大会で一回戦負けしてから、新崎は一念発起した。なにか劇的な変化をすることで、守備的な戦い方から卒業してやろうと。
だからコスプレに手を出した。
守備的な戦いばかりで、リスクを取る選択ができない自分たちを変えるために、思いきった変化が必要だったのだ。
その結果、新崎は、新しい自分を発見した。
「みんな、なんでそんなに恥ずかしがってるの。コスプレは、こんなにも輝かしい自分を演出してくれるのに」
新崎は、某国民的アニメ【秘密の道具で、ダメな主人公を助ける、猫型ロボット】のコスプレしていた。
見た目だけではなく、内面までコスプレしていた。
となれば、秘密の道具でチームメイトを助けることになる。
だから新崎は「はい、タケ●プター」と声真似しながら、懐のポケットから竹とんぼを取り出した。
そんな新崎を見て、チームメイトの一人が、ぼそっといった。
「新崎、お前、すっかり変わっちまったな……」
だが新崎は『変わっちまったな』発言を、肯定的に受け止めた。
「変わったからこそ、今年の僕たちは、リスクを背負ってでも、有利を取りにいけるようになったんじゃないか」
新崎にかぎらず、他のメンバーたちも、ノイナール学院の弱点を自覚していた。
安定志向すぎて、しかるべきタイミングで、勝負ができないことだった。
だからコーチと連携して、がっつり練習してきた。
そう、連携である。なんとコーチもコスプレしていた。
「……なんでコーチであるオレまで、コスプレしなきゃいけないんだよ……」
warauコーチは、クマみたいに巨大な男だ。髭もたくましいし、でっぷりと腹が出ている。だから【某ハチミツ大好きクマ】のコスプレをしていた。
新崎は、warauコーチの、太鼓腹を撫でた。
「コーチの場合、元々の体型が、コスプレみたいなところありますから」
「どうせオレは、クマみたいに太ってるよ」
「なんでスネてるんですか。コーチのコスプレ向きの体型、とってもいいことじゃないですか」
「新崎、お前、変わったな……」
「よくいわれます」
「まぁいい。とにかくお前たち、ちゃんと本番で実力を発揮するんだぞ。今年のお前たちは、去年よりも確実に強くなってるんだから。はっきりいって、俺の現役時代より強い」
このwarauコーチの言葉は、半分ぐらい本当で、残りの半分は選手を励ますための誇張だ。
ではなにが本当かといえば、現役時代のwarauコーチは、リスクを取った戦略が苦手だった。
彼個人が苦手だったのではなく、日本のプロリーグ全体の傾向だった。なぜ苦手かといえば、戦略を構築する力が不足していたからである。
【MRAF】にかぎらず、他のゲームタイトルでも、リスクを取れない傾向は一緒だった。
どのチームも、メジャーリージョンの作戦やメタを模倣するばかりで、自分たちに適した作戦を自力で構築できなかった。
だから国内で最強と言われるチームが、いざ国際戦になると、ボコボコに負けて帰ってくることになる。
メジャーリージョンの視点から見ると、日本のチームが実行している作戦は、過去の自分たちが研究しつくした作戦だから、倒すのは容易だった。
そんな経緯もあって、コーチに就任した直後のwarauコーチは、使い古した作戦しか理解していなかった。
だからといって、彼は理解することを諦めたわけではなかった。自力で作戦を構築できるように、生徒と一緒に鍛錬を積み重ねてきた。
いうなれば、コーチと部員が一緒に成長してきたのである。
だから新崎は、warauコーチを信頼していた。
「僕たちが強くなったってことは、warauコーチも強くなったってことですよ。僕たちが勝つことで、コーチのがんばりを証明できるはずです」
他のチームメイトたちも、warauコーチを信頼しているからこそ、彼の太鼓腹を叩いて、信頼を示した。
warauコーチは、感動に打ち震えて、ちょっとだけ瞳に涙をためた。
「おっと、試合前に泣くなんて不吉すぎるな。いかんいかん。よし、涙は引っ込んだぞ。とにかく、オレは、お前たちを信じてるからな。それじゃあ、コーチは試合席の外に出ないといけない時間だから、がんばれよ」
warauコーチは、試合席の外に出ると、観戦用モニタで試合経過を見守ることになる。彼の表情は強張っていた。まるで子供の手術結果を待つ父親みたいに。
そんなコーチの期待に応えるためにも、新崎たちは、新しい作戦を使うことにした。
新しい作戦となれば、チームで運用するキャラクター構成が、定石からやや外れることになる。
本選では初登場となるキャラクター、格闘家の運用だ。
格闘家は、筋骨隆々の男性キャラだ。武器は持っていないし、衣服も道着である。腕や太ももなんて丸太みたいに太いし、髪も逆立っていた。常にファイティングポーズを維持していて、レバー入力に合わせて前後に動く。
あまりにも珍しいキャラクターの選択に、実況解説コンビが驚いた。
『なんと格闘家が出てきましたよ、山崎さん!』
実況の佐高は、声がひっくり返るほど驚いていた。
『まさか、安定志向のノイナール学院が使うんですか、この尖ったキャラクターを』
山崎も、珍しく取り乱していた。
『尖ってますよねぇ、格闘家。これ、ぶっちゃけスト●ートファイターシリーズの格闘家キャラをパクってきて、それを【MRAF】に組み込んだものですから。まぁFighting(格闘ゲーム)はゲームタイトルにも含まれているので、格闘家を導入することはゲーム開発の意図通りなんでしょうけど』
『ですから、アーケードコントローラー、通称アケコンを使用しても構いません。レバー入力を行ってから、適切な攻撃ボタンを押せば、必殺技だって出ます。だから格闘家にはスキルの概念がありません。もちろんクールダウンだってありません。実質、無限に技を打てるんです』
『いま、スタッフの人から情報入りましたけど、ノイナール学院の新崎選手、アケコン、用意してあるみたいですね』
新崎は、格闘ゲーム用のアーケードコントローラーを、カバンから取り出して、ゲーミングPCに接続していた。もちろん事前に設定を行ってあるため、なんのトラブルも発生せずに、試合は進行していく。
その間にも、実況解説コンビは、格闘家のデメリットについて触れていた。
『でも、大丈夫なんですか、山崎さん。この【MRAF】ってゲーム、歩兵を動かして視界を取らなきゃいけないし、なんならスタンをふくめて状態異常を引き起こすキャラがゴロゴロいるんですよ。そんな環境で、格闘ゲームのキャラが出てきても、ただの的だと思うんですけど』
『プロなら、問題なく運用できます。専用の作戦を構築して、実行すればいいだけですから。ですが、高校eスポーツレベルでは、あまり見ませんね』
『ひょっとしたら、今年ぐらいから、全体のレベルが上がって、格闘家を運用できる学校、増えてるかもしれませんよ。だって二つ前の試合で、kirishunがバトルアーティスト、運用しちゃったじゃないですか』
『それはありまえすねぇ。もしかしら、ノイナール学院は、この一年間をかけて、格闘家を運用できるぐらいまで、上達したかもしれません』
はたしてノイナール学院は、格闘家を実戦レベルで運用できるんだろうか。その答えを知るためには【ノイナール学院 VS 野田商業】の試合を刮目せねばならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます