第39話 バトルアーティスト・レベル最大到達

 ついにバトルアーティストは、レベル最大に到達した。破損していたパワードスーツは新品同様に再生して、朽ち果てていたロングソードも元通り。


 さらには左手に六十四口径の超大型拳銃を握っていた。リロードなしで無限に弾の出る拳銃だ。


 この滑稽なほど巨大な拳銃が武装に追加されたことは、とてつもなく重要な意味を持つ。

 

【MRAF】の単発武器に、ヘッドショット判定が発生することは、凪のハンターのときに解説済みだ。


 では、もし俊介みたいなFPSを得意とするプレイヤーが、無限に発砲できる拳銃を手にしたらどうなるのか?


 しかもその操作キャラクターが、ブリンクスキルを四つも持っていたら?


 そればかりか、すべてのブリンクスキルのクールダウンが、九十五パーセント早くなるとしたら?


 それらを合わせた答え。防御力無視の三倍ダメージを量産できるキャラクターが、異次元の動きをしながら、敵プレイヤーをせん滅することになる。


 拳銃の追加と、クールダウンの短縮。これこそがパッシブスキル〈偉大なる幻獣の亜空間制御〉の顕現であった。


 ついに出現した【MRAF】最凶の壊れキャラに、実況の佐高はツバを飛ばしながら叫んだ。


『ついに来てしまったぁあああああああああ! kirishunのバトルアーティスト・レベル最大! このモンスターを止められる人間は、日本にはいません!』


 解説の山崎も、興奮気味に解説した。


『バトルアーティストがレベル最大になると、ゲームのBGMが強制変化します。演出ではなく、バトルアーティストがレベル最大になったことを対戦チームに知らせる救済措置です。しかもレベル最大のバトルアーティストの現在地情報は、ミニマップに強制表示です。たとえ茂みや廃墟に隠れようとも関係ありません』


『三年前のラスベガスでkirishunが大暴れしすぎたせいで、バトルアーティストはナーフを受けたんですよね。BGMの変化とミニマップに強制表示になるのは』


『ええ。レベル最大になったバトルアーティストが、突然近くの茂みから飛び出してくるなんて、まさに悪夢ですから』


『しかし、この男がレベル最大のバトルアーティストを使えば、ナーフの影響なんてまるでないでしょう』


『まったく関係ないでしょうね。東源高校は一名生存。小此木学園は五名生存。1 VS 5。普段の試合なら、ほぼ逆転(クラッチ)は不可能な状況です。しかしkirishunのバトルアーティストなら可能でしょう。さぁ画面の前のみなさんに忠告です。乗り物酔いしやすい人は画面から離れて観戦しましょう。これから一般人の常識を超えた動きが始まりますよ』


 俊介のバトルアーティストは、すでに動き出していた。


 レベル最大に到達したことで、通常の移動スピードが全キャラ中最大に到達していた。


 ただしHPと防御力は低いままだ。無論、魔法防御力もゼロで固定である。ある程度育った敵の攻撃を被弾すれば、ほんの一瞬でダウンすることになるだろう。


 逆に考えれば、一発も当たらなければ、なんの問題もない。


 豊富なブリンクスキルで敵の攻撃を全部回避して、左手の銃でヘッドショットを連発する。


 これがバトルアーティストの神髄だ。


 俊介は、目の裏が熱くなるのを感じていた。三年ぶりの感覚だった。すべての視覚情報にスローモーションが掛かって、音ですら遅く感じる。まるで電気の妖精が体内を駆け巡るようなイメージ。


 脳が、目玉が、指先が、バトルアーティストの一部となって躍動する。もはや自分の肉体とゲームキャラの境界線が曖昧になっていた。


 俊介は、ゲーム画面に残像を残しながら、疾走した。等速直線運動ではなく、長年のゲーム経験を交えた乱数軌道である。


 そこに究極までクールダウンの速くなった四種のブリンクスキルを混ぜているため、もはや常人の視力ではバトルアーティストの動きを把握できないだろう。


 まるで二進数の世界を掌握したような煌めきが、都市の廃墟ステージで舞い踊っていた。


 この俊介のバトルアーティストの奇怪な動きに関して、見落としてはならないポイントがある。【MRAF】は一人称視点のゲームだ。操作キャラクターの移動速度が上昇すれば、目の前にあるゲーム画面だってめちゃくちゃな速度で動くことになる。


 しかし俊介は平然と適応していた。なんの違和感も感じていなかった。穏やかな日常と同じように生活の一部だった。


 だが他人からすると、異常な適応であった。そのことに実況解説コンビの二人が触れた。


『みなさん、今からkirishunの選手視点の映像を配信に流します。気をつけてくださいね、もし画面に酔ったら、すぐに目をそらしてください。でないと三半規管がおかしくなって、吐いてしまいますよ』


 会場では大型スクリーンに、ネット配信ではメインの映像に、俊介のゲーム画面が映し出された。


 ぱぱぱぱっとピクセルが乱雑に変化するだけである。


 地球上のあらゆる視聴者たちは、このピクセルの変化をゲーム画面だと認識できなかった。あまりにもキャラクターの視点移動が速すぎるせいで、描画を描画として認識できないのである。


 会場のお客さんのなかに、めまいを起こして倒れそうになった人がいた。


 ネット配信を見ている人たちのなかでも、気持ち悪くなって離席した人がいた。


 だから運営のカメラ担当は、すぐに配信画面を元に戻した。三人称視点の上から見る映像なら、普通のお客さんでもゲーム画面だと認識可能だった。


 それでもバトルアーティストの移動速度がケタ外れに速すぎるせいで、残像が動いているようにしか見えない。


 だからこそ俊介の異常性が際立つ。一人称視点でゲームをプレイしているはずなのに、ゲーム画面のすべてを意味のある描画だと認識できているのだ。


 自分がどこを走っているのか、敵がどこにいるのか、敵チームがどんな陣形を保っているのか。


 すべてを掌握していた。


 その証拠に、俊介はあえて無駄な動きを混ぜて、敵チームに軌道を読まれないようにした。


 あとは敵チームの視界から外れる角度で切り込めば、盛大なパーティーの始まりだ。


「まずは一人目、対象指定スキルを潰させてもらう」


 小此木学園のウィッチの背後に素早く回り込むと、左手の拳銃を後頭部に密着。即座に発砲。すぐさまブリンクスキルを発動。瞬間的にその場を離れて次の標的へ。まるで死神が音速で動いて、哀れな犠牲者の魂を刈り取るような動きだった。


〈ヘッドショットクリティカル 防御力無視で三倍ダメージです〉


〈小此木学園 ウィッチ・ダウン〉


 システムメッセージですら、俊介のバトルアーティストのスピードに追いつけなかった。


 だからウィッチをやっていた希子も、一瞬なにが起こったのか理解できなかった。だがシステムメッセージを読んだことで、ようやく背後からヘッドショットで撃ち抜かれたことに気づいた。


「なにも見えなかった。本当になにも見えなかった……」


 希子は、マウスとキーボードから手を離して、ガクガク震えた。


 チームプレイの定石からすると、ダウンした直後に嘆いたり怒ったりするのは悪いことだ。ではなにが正解かというと、生存しているチームメイトのために、自分がどこで誰にやられたのか報告することである。


 しかし希子の場合は、誰にやられたのかはわかっていても、どうしてダウンしたのか皆目見当がつかないため、報告のしようがなかった。


 小此木学園、残り四名。


 俊介は、次の標的の頭上を飛んでいた。ブリンクスキルによる空中滑空である。バトルアーティストの外套が悪夢の旗みたいに揺れていた。


 普通のプレイヤーなら、ブリンクスキルが終了するまで、拳銃を発砲できないだろう。たとえ発砲したところで当たるはずがない。ブリンクスキルによる高速移動中なのだから、敵の輪郭にマウスでエイムすることすら困難である。


 しかし俊介は天才だ。普通のプレイヤーではない。


「これで二人目」


 ブリンクスキル中に、なんの苦労もなく、二人目の頭頂部を撃ち抜いた。


〈ヘッドショットクリティカル 防御力無視で三倍ダメージです〉


〈小此木学園 ファイター・ダウン〉


 小此木学園のファイターを操っていた生徒は、呆然としていた。


「な、なにが起きたんだ。おれは、ダメージを受けたのか……?」


 彼は、ダメージを受けたことすら認識できていなかった。自分の操作キャラクターの頭上を、バトルアーティストが通過していったことすら気づいていないのである。まさしく悪夢であった。


 実況解説コンビが、なにか気の利いたことを言おうとした矢先に、俊介は次の標的に襲いかかった。


「三人目も見えた」


 高速移動しながらの中距離狙撃。本来なら中倍率スコープ付きライフルで狙う距離。だが俊介は、スコープなしの大型拳銃で、三人目の頭を撃ち抜いた。しかも高速移動を継続しながら。


〈ヘッドショットクリティカル 防御力無視で三倍ダメージです〉


〈小此木学園 プリースト・ダウン〉


「こ、こんなのチートだろうがあああああ!」


 プリーストをやっていた男子は、机を力任せに何度も叩いた。どうやら人間は、理不尽な敗北を喫すると、現実を否定したくなるらしい。


 だが俊介の化け物じみた動きは、まぎれもない現実だった。


 小此木学園、あっという間に、残り二名。


 だが小此木学園にも、まだチャンスは残っていた。数少ない生存者のうち、ハンターをプレイしている男子は、そこそこFPSが得意だった。だから同じチームの他の選手よりかは、俊介の動きが見えていた。


 だが残像が見えるだけで、位置は特定できない。


 もしかしたら、彼らの信条的には、さっさと降参してもよかったのかもしれない。だがなぜか諦めずに俊介のバトルアーティストを倒そうとしていた。


 一種の混乱なのかもしれない。たとえゲーム内といえど、人間離れした動きで襲われると、種としての生存本能が脅かされて、抵抗せざるを得なくなるんだろう。


 そんな野性的な感覚に従って、彼はマウスを動かして、ハンターの視野を左右に動かした。


 だがバトルアーティストは煙のように消えていた。残像ですら見当たらない。


「下だよ」


 俊介のバトルアーティストが、ブリンクスキルを使って地中から出現。土煙をまき散らしながら、大型拳銃を持った手が真上に伸びる。バトルアーティストの真っ赤な瞳が、地獄から追いかけてきた幽鬼のように暗く輝いていた。


 小此木学園のハンターは、チームメイトよりも動体視力が優れていたからこそ、この真っ赤な瞳を直視してしまった。恐怖で引きつった声が出た。だが抵抗する暇はなかった。彼の顎の下には、すでに六十四口径の拳銃が突きつけられていたからだ。


〈ヘッドショットクリティカル 防御力無視で三倍ダメージです〉


〈小此木学園 ハンター・ダウン〉


 ハンターをやっていた男子は、いつもの歪んだ性格が嘘のように、素直な感想をもらした。


「F2イースポーツのtiltmeltは、こんな化け物を一騎打ちで倒したのか……」


 小此木学園、残り一名。暴言人物の塩沢のみだ。


 もうすぐ決着がつくだろう。百パーセント俊介が勝つ。


 だが最後の瞬間を見届ける前に、元チームメイトである樹がマイクに向かって語りだした。


『ゲスト解説のkingitkこと金元樹です。俊介の化け物じみた動きの秘密を語ります。あれは人間の限界を超えた遺伝子が要因です。俊介の反応値は、従来の人間の限界値である0.11を突破しているんです』


***************作者からのメッセージ

一話から通読してくれた新規の読者さんがたくさんいたので改めて告知するんですが、拙作『MRAF』の更新は毎週木曜日になります。次の更新をお待ちください。


もしこの作品を最新話まで読んでいて、★による評価を行っていない方がいらっしゃいましたら、ぜひともアカウント作成の上『★で称える』のところを押しましょう。作者のやる気が通常の三倍になって、よりよい話が誕生します。

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