第38話 未柳の〈見切り〉は成功するのか?
お笑い生徒会長の未柳はサムライの感覚を研ぎ澄ませていた。
他の役割を放棄して、ひたすら廃車の列に身を潜めることで、すべての神経を〈見切り〉に集中できた。
だがチームの状況的に、雑念も浮かびやすかった。
加奈子と薫は倒れた。すでに尾長も倒れている。
残っているのは俊介と未柳の二名だけ。
だが敵である小此木学園はまだ五人も残っている。
2 VS 5
圧倒的な人数不利だった。しかしバトルアーティストがレベル最大になれば、余裕でひっくり返せる状況でもある。
そんなことは小此木学園もわかっているため、なにがなんでもバトルアーティストを潰そうとしていた。ウィッチの対象指定スキルを活用することで。
実をいうと、バトルアーティストは奥義を覚えたら、対象指定スキルを回避できる。ただしレベル最大になる前に奥義を使って対象指定スキルを回避しても、次の動きにつなげる前に包囲殲滅される可能性が高い。
だからサムライの〈見切り〉に頼ることになるわけだ。
未柳は、勝負の瞬間がやってきたことを実感した。しかもチームを勝利に導けるかどうかの瀬戸際である。
もし失敗すれば、東源高校は本選一回戦で敗北。三年生は部活動を引退することになる。
未柳は体育教師志望だし、推薦入学で体育大学に進学するから、人生設計という意味では順調なんだろう。
だが部活動は順風満帆ではなかった。バレーボール部時代に挫折を経験して、eスポーツ部に入ってからは予選落ちと初戦敗退ばかりであった。
しかし今年は違った。夏の全国大会につながる東京大会本選に進出できた。あとは決勝まで勝ち進めば、全国大会への切符が手に入る。
バレーボール部時代から夢見てきた全国大会で活躍する自分の姿を思い浮かべて、未柳は恍惚に浸った。
だがこの試合に負けてしまえば、その瞬間に高校生活における部活動は終わってしまう。
そんなの絶対にイヤだ、と未柳は思った。
しかも小此木学園みたいなスポーツマンシップのかけらもない連中に負けるなんて、未柳の気質的にも許しがたいことであった。
全国大会で活躍する妄想と、小此木学園に対する憤りと、サムライの〈見切り〉の難しさが混ざりあって、未柳の思考回路に極彩色のモヤが生まれてしまった。
いつもの悪い癖が暴発しかけていた。今すぐ暴発しないのは、ドッジボールの特訓のおかげで弱点が緩和されていたからだ。しかし緊張状態が長引けば暴発する可能性も高まっていくだろう。
そんな未柳の不穏な様子に気づいたのは、ライバルの加奈子だった。
「未柳、目を覚まして」
加奈子はデスクの下で未柳のスネを蹴った。
スネに走った激痛に未柳は『痛いってばなにすんのよ!』と叫びたかった。だが叫んだらボイスチャットの内容が敵に漏れて廃車に潜んでいることがバレてしまうため必死に我慢した。
加奈子は満足げに伝えた。
「よかった。痛みで緊張が解けたみたい」
そう、チームメイトのスネ蹴りのおかげで、未柳は本来の調子を取り戻した。
未柳は加奈子に感謝した。きっと荒業によって弱点を補うのも、ライバルの仕事なんだろう。
そんなことを考えていたら、小此木学園のウィッチは廃車のすぐそばまで迫ってきた。
十中八九、他の誰よりも先に間合いを詰めて、対象指定スキルをバトルアーティストに当てるつもりなんだろう。
こんな露骨な動きをしてしまえば、どんな愚鈍な選手だって、小此木学園の狙いに気づく。だが彼らにも同情の余地はあった。俊介の人間離れした回避行動を目撃してしまえば、誰だって同じ戦略を採用するからだ。
戦略といえば、東源高校の指揮官である尾長だ。彼はすでにダウンしているから、今までずっと黙っていた。だが、試合の流れに思うところがあったのか、未柳に一言そえた。
「スクリムを思い出すんだ」
そう、重里高校とのスクリムで散々練習したシチュエーションと同じなのである。
未柳は、大好きだった西岡に結婚予定のカノジョがいたことを思い出して、ほんのりビターな気持ちになった。だがそれはそれで未柳の持ち味をピリっと引き締めることになった。
未柳の持ち味とは、ドッジボールの特訓でも見せたレシーブである。あの動きはサムライの〈見切り〉に応用できた。
(あの厳しい練習の日々を思い出せ)
未柳は心の中でつぶやいた。すると強烈なスパイクにあわせてレシーブするときの感触が手のひらに浮かんだ。手でボールを弾く感覚と、脇差でスキルを弾く感覚がリンクする。
黄泉比良坂の天坂美桜みたいな古流剣術を基にした超絶技巧の〈見切り〉は真似できないが、バレーボール部のレシーブみたいな単発の〈見切り〉なら未柳でも実行可能だ。
どんな凡人であっても、敵がスキルを撃ってくるタイミングと角度さえ読めていれば、天才の領域に触れられる。
未柳は、もう一人の天才である俊介を助けるつもりだった。かつての重里高校戦では、未柳の失敗を俊介が個人技でカバーした。あのときのお返しをする番だろう。
やがて小此木学園のウィッチである希子が、俊介のバトルアーティストを発見した。
『見つけた! ミニマップにピンを刺した地点! みんなで囲んで!』
希子は仲間たちに報告した。
小此木学園のメンバーたちは、俊介の退路を断つように包囲を開始した。序盤の失敗を踏まえているらしく、歩兵を織り交ぜた広範囲の包囲網である。
当然、先制攻撃を仕掛けるのは、希子のウィッチである。もうすぐ対象指定スキル〈魔女のおしおき〉の発動モーションが始まるだろう。
未柳の出番だ。〈見切り〉で〈魔女のおしおき〉を弾かなければならない。
未柳の喉はカラカラに乾いていた。心臓も興奮した牛のように暴れていた。キーボードに当てた指先と、マウスを握る手のひらに、じっとりと汗が伝わる。
だが成功する自信はあった。たくさん練習したからだ。
小此木学園の希子は、ウィッチの対象指定スキル〈魔女のおしおき〉の発動モーションを開始した。
『バトルアーティスト、今すぐ死んで夢ごと壊れてしまえ!』
魔法の杖をバトルアーティストの方向に向けて、杖の先端に魔法の力を収束。あとはスキルの力を解き放てば〈魔女のおしおき〉は炸裂するだろう。
未柳にしてみれば、ウィッチが杖の先端からスキルの力を解き放つ瞬間に〈見切り〉を発動しなければならない。
この見極めは、本来天才たちが競う刹那の領域にあった。
だが凡人である未柳がスクリムで散々練習した絵面でもあった。どのタイミングで〈見切り〉を発動すれば成功するのかも理屈としてわかっていた。
未柳は自分の練習を信じると、マウスで方向を合わせてから、キーボードの該当キーを押し込んだ。
カキンっ。陶器が割れたような音がした。サムライは脇差を引き抜いて前方を切り払う姿勢で硬直していた。
俊介のバトルアーティストには、なんの変化も起きていない。
希子のウィッチは〈魔女のおしおき〉のスキルがクールダウンに入っていた。
そう、廃車の内側に隠れていた未柳のサムライが、〈魔女のおしおき〉を〈見切り〉で弾いたのである。
会場のお客さんも配信の視聴者たちも、揚げたフライドポテトみたいにブワーっと盛り上がった。
実況解説コンビも、思わず拍手した。
『やりましたね未柳選手、難しい局面で〈見切り〉を成功させました!』
こん身の一撃であったはずの〈魔女のおしおき〉を弾かれてしまったことで、小此木学園の希子は唖然としていた。
『そ、そんなばかなことが……だって、あれでバトルアーティストを倒せたはずなのに』
小此木学園の暴言人物こと塩沢は、仲間たちに檄を飛ばした。
『足を止めるな! 今すぐ包囲網を狭めてバトルアーティストを押しつぶすんだ!』
だが時すでに遅しであった。ちょうど俊介は三つのブリンクスキルを駆使して、自軍陣地の本拠地まで逃げたのである。
しかしなぜ俊介は命綱でもあるブリンクスキルを温存せずにすべて使ったのだろうか?
答えは決まっていた。ゴールドが貯まったからだ。バトルアーティストがレベル最大になるための目標金額まで。
小此木学園は、すぐさま作戦を切り替えた。
『今すぐサムライを落とせ! いくらバトルアーティストがレベル最大になっても、一人だけならまだ勝負できるんだ』
小此木学園の圧倒的な火力が未柳に集中した。普通に考えれば、絶望的な戦力差があるため、抗うのは無意味だろう。
だが未柳は最後まで諦めないで抵抗しようと思った。失恋した西岡から習ったことは『最後の瞬間まであきらめないこと』だからである。
未柳はサムライの〈見切り〉を駆使して、小此木学園の総攻撃に逆らった。正面の攻撃は何発か弾けた。だが側面からの攻撃はすべて直撃してしまった。
〈東源高校 サムライ・ダウン〉
未柳は、ふーっと息をついた。最後は泥臭い結末だったが、おおむね満足な試合内容だった。eスポーツ部の部員として、初めて自分の役割をちゃんとこなせたからである。
だからこそ未柳は、ふと考えた。もし今からバレーボール部に戻ったら、一軍で活躍できるんだろうか、と。だが野暮な話である。現在の未柳は【MRAF】が好きなのだから。
「ステージには、桐岡くんのバトルアーティストが残ってるだけ。でもレベル最大になったバトルアーティストだからね。もう勝ったも同然よ」
全世界は、もう一度目撃することになるだろう。かつて一人の天才がバトルアーティストで大暴れしたせいで、【MRAF】のアップデートスケジュールを塗り替えてしまった歴史を。
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