東京大会本選

第24話 五人目の選手

 本選出場が決定した翌日。いつもは影の薄いeスポーツ部が、東源高校全体で話題になっていた。


 東源高校は、たいていの運動部が全国大会常連だからこそ、他の部活動の活躍に興味津々なのである。まさに旬のネタというわけだ。


 俊介と馬場も、一年生の教室で話題の中心になっていた。


 クラスメイトたちは、俊介と馬場を囲んで、質問攻めを始めた。


「たしかeスポーツ部って、これまで本選に出たことなかったんだろ?」


 俊介は、スマートフォンで東京大会の公式SNSを表示してから、質問に答えた。


「ああ、今年が初だな。そんで、来週から本選開始だ。試合はネット配信もあるから、リアルタイムで応援してくれよ。録画も残るから動画視聴でも大丈夫だぞ」


 馬場は、タブレットで東京大会の公式ホームページを表示すると、試合当日の配信URLを宣伝していく。


「試合の中継は、パソコンだけじゃなくてスマートフォンでも見られるから、移動中でも食事中でも楽しめるよ」


 eスポーツ部の一年生コンビによる営業の連携プレイだった。


 結局のところeスポーツを支えるのは大会の視聴率だ。スポンサーがいなければゲーミングPCも会場の設備費も賄えないのである。世知辛い話かもしれないが、プロ野球やJリーグだって根っこは一緒だ。


 俊介と馬場の宣伝熱にあおられたことで、クラスメイトたちも前のめりになった。


「ちゃんと時間作って中継見るよ。このままの勢いで全国行けたらいいよな。今年の東源は野球もバスケもサッカーも強いから、eスポーツ部まで全国となれば、めでたい感じがする」


 俊介と馬場を囲んでいない同級生も、試合の配信に興味を持っていた。


「噂のツンデレ女王様、倒してくれよ。おれは将棋部なんだけどさ、黄泉比良坂の将棋部にボコボコに負けたから、その仇討ちってことで」


 以前も触れたことだが、黄泉比良坂は運動部こそ最弱だが、将棋や囲碁みたいな頭脳スポーツは異常なまでに強い。


 eスポーツみたいな〈反射神経と頭脳労働の合わせ味噌〉は、東源高校と黄泉比良坂のライバル性を折半しているといえた。


 そんな理由もあって、東源高校全体で東京大会本選の話題は広がり続けた。来週の配信日は全生徒が盛り上がることだろう。


 ● ● ● ● ● ●


 放課後になった。いつものようにeスポーツ部の部室で練習を始めようとしたら、未柳のバレーボール部時代の友人たちが来訪した。


「ねぇ未柳。弱点を直すの手伝ってあげるよ。わたしたちも三年目は二軍落ちして暇になったし」


 一般入試組は、二軍落ちしたら即引退。彼女たちも三年目には残れなかったわけだ。


 未柳は、かつての仲間たちの気遣いが嬉しかったらしく、彼女たちの手を掴んでブンブン上下に振った。


「ありがとう、ありがとう。あたし、本選で大活躍して、視聴率を稼げるスーパースターになるからね」


「未柳、そういう目立ちたがり屋なところ、ぜんぜん変わってないよね……」


 感動的でありながら微妙な空気を併せ持った元バレーボール部の再会シーンに、尾長が介入した。


「君たちはスパイクやサーブはお手の物だな。未柳くんの弱点克服に備えて、ちょっと準備してほしいものがあるのだが」


 尾長は彼女たちにメモを渡した。


「いいわよ。ちょっと時間かかるから、またあとで」


 元バレーボール部の女子たちは、メモに記されたアイテムを集めるために、校内へ散った。


 ちなみにまだ練習は始まらない。なぜなら五人目の選手が遅刻しているからだ。


 以前までの三人編成の練習なら、多少遅れても問題なかった。だが、今日から五人編成の練習が始まるから、遅刻は厳禁だ。しかし五人目の選手が遅刻している理由は、本人の問題というより、周囲の問題だった。


 このあたりの事情は、eスポーツ部の部員たちも熟知しているため、尾長は指示を出した。


「俊介くん、馬場くん。薫くんを例の部から引っ張ってきてくれ。毎度毎度、彼らはうちの部員を借りすぎなのさ」


 ● ● ● ● ● ●


 俊介と馬場は、とある部室にやってきた。


 ファッション部である。部の名称だけなら、お洒落に敏感なギャル系の女子たちが雑誌を片手に談笑する部活動だと思うだろう。


 だが違った。


 古今東西のデザインを学んで、将来的にはアパレル業界に就職したい若者たちの集まりである。だから部室には専門的な資料と、被服に必要な道具が揃っていた。香水や化粧品の香りも目立つが、それ以上に工芸品の匂いが目立っていた。


 そんなファッション部の部長は、こだわりの強い人だった。


「薫くんは、うちの専属モデルなんだから、eスポーツ部は帰ってちょうだい」


 黒ギャルの部長だった。だが一般的な黒ギャルとは毛並みが違った。男遊びですらデザインを学ぶための修行だと思っている芸術家タイプであった。


 だから髪型のセットは分度器や定規で測っているし、衣服の着こなし方も色彩や体型を基準にして理論的に考えていた。


 この美しさに命をかけた女子の名前は三笠千秋といった。現在高校三年生。卒業後は本場フランスでデザインを学ぶために現地の大学に留学する。そのためにフランス語も覚えていた。


 なにか一つの道にすべてをぶつけた人間というのは、一種独特の迫力が備わっている。


 だが俊介とて、将来はメジャーリージョンに留学したい学生である。千秋に物怖じせず一歩前に踏み出した。


「薫先輩を返してもらいますよ。今週からは五人いないと練習できないんですから」


 俊介は、薫の左腕を引っ張って、eスポーツ部の部室に連れ帰ろうとした。


 薫のフルネームは石巻薫だ。小動物みたいな愛らしい童顔。ムースのようにふわふわした髪。小学生みたいに背は低くて、肩はなよっとしている。首も手足も折れそうなほど細い。


 いわゆる守ってあげたくなる子である。


 だが男だ。


 そんな女子より可愛い男子である薫は、ファッション部の要請によってメイド服を着ていた。しかもコスプレ用の安物ではなく、西洋の資料を基にして作った本格的なやつである。西洋の伝統的な女中文化を身にまとった薫は、慎ましやかでありながら可憐であった。


 だが男だ。

 

 都内を歩いているとアイドル事務所にスカウトされるし、観光地を歩けばナンパされる。


 だが男だ。


 なお女子に勘違いされやすい外見にはストロングポイントがあって、女子の服が普通に似合うことだ。薫自身も女子の服を着こなすのが好きなため、ファッションモデルに適していた。


 ファッション部にしてみれば、喉から手が出るほど欲しい人材であった。黒ギャル部長の千秋は、負けじと薫の右腕を引っ張った。


「こっちだって、女子の格好も男子の格好も似あうモデル、他にいないの。薫くんはファッション部にとって貴重な人材だから、置いていってもらうわ」


 左から俊介、右から千秋、ちょっとした人間の綱引きになる。


 薫は左右からグイグイ引っ張られて、かなり困っていた。


「痛い、痛いってば。はなしてよぉ〰もう〰」


 薫の声は、華奢な女の子みたいにコロコロしていた。


 だが男だ。そしてなによりもeスポーツ部の貴重な戦力だ。


 俊介の見立てからして、薫は単純なゲームの腕前だけなら尾長や加奈子より上であった。だがゲームスタイルに問題があるため、三人編成のロースターに選ばれなかったのである。


 しかし本日からは五人編成のロースターで活動していくことになる。薫にはゲームスタイルの修正という課題は残っているものの、彼がいなければチーム練習が始められなかった。


 だから俊介は、黒ギャル部長の千秋に抵抗した。


「薫先輩痛がってるじゃないですか。その手を離してくださいよ、ファッション部の千秋部長」


 黒ギャル部長の千秋は、ベーっと舌を出した。


「お断りね、あなたが手を離せばいいのよ、kirishun」


「あれ、俺のことをそっちの名前で呼ぶってことは、千秋部長も【MRAF】の大会見てるんですか?」


「留学先で流行してるものは、ちゃんと調べておいたほうがいいと思って」


「EUは強いですからね。俺、EU代表のF2イースポーツってチームと戦って、ボコボコに負けたんですよ」


「でもいつかリベンジするんでしょ?」


「もちろん」


 俊介は、よどみなく答えた。躊躇も迷いもない。ただ目標に向かって突き進むだけであった。


「ふーむ、あなた見込みがあるみたい。いいでしょう、しばらく特別に薫くんを貸してあげる」


 黒ギャル部長の千秋は、ようやく薫から手を離した。


 俊介は、薫を背中の後ろに隠すと、ふーっと息をついた。


「なんでファッション部がeスポーツ部に貸したことになるんですが。薫先輩はうちの部員でしょうに」


「だって薫くんって、激しくバトルするタイプのゲームが苦手でしょ。だから今年はeスポーツ部からファッション部に移籍すると思ってるんだけど?」


 部外者に指摘されてしまうほど、薫の弱点は明確であった。


 闘争心の欠如である。


 どれだけゲームが上手であっても、競技シーン向けの性格ではないため、緊迫した接戦で気後れしてしまうのだ。


 俊介たちも、薫の弱点克服を手伝ってきた。だが生まれ持った気質は、そう簡単には変わらなかった。


 しかしファッション部への移籍はありえないだろう。なぜなら薫本人が、こういったからだ。


「ぼくはまだ諦めたくないんだ。だって【MRAF】が好きだから」


 薫は、まるで夢に向かって突き進むアイドルみたいな顔をしていた。


 どうやら黒ギャル部長の千秋は感動したらしく、薫の手をギュっと握った。


「そこまでいうなら、薫くんを応援する。大会当日は、ファッション部の部員たちと一緒に会場まで応援にいくから、絶対に弱点を克服すること。約束ね」


「ありがとう、千秋部長。ぼく、最後までがんばるよ」


 薫も、黒ギャル部長の千秋の手を握り返した。


 俊介は、ファッション部の絆に感動していた。部活動の種類は違えど、彼らにも友情があるわけだ。


 これだけ温かい応援があるなら、きっと薫は弱点を克服して、五人目の選手として活躍することだろう。


 ● ● ● ● ● ●


 俊介と馬場は、薫の回収に成功した。ファッション部の部室を出ると、eスポーツ部の部室に戻ることになった。


 薫はメイド服を気に入っているらしく、そのままの恰好で廊下を歩いていた。東源高校の三年生は、ファッション部とeスポーツ部の事情を知っているから、もはやリアクションしない。


 だが二年生と一年生は薫のことを知らないため「こんなにメイド服の似合う子がうちの学校にいたのか!?」と驚いていた。


 俊介は、感慨深い顔でうなずいた。この流れで薫に惚れてしまう悲しい男子が出てくるのだなと。


「薫先輩、いつも女子と間違えられてますけど、トラブル抱えてそうですね」


「結構な頻度で、男子に告白されるんだ。だからぼくは男の子だから無理だよって教えるのに、それでもいいから付き合ってくれっていわれるパターンが増えてきたかなぁ」


「……なるほど、罪深いですね」


 なんて会話しながら、eスポーツ部の部室に戻った。


 廊下では騒ぎになった薫のメイド服姿だが、eスポーツ部の部員たちは慣れているため、ごく自然なものとして受け止めた。


 薫も特別な衣装で練習するのが常態化しているため、ナチュラルな仕草でデバイスのセットを始めた。

 

 ようやく五人の選手が集結したので、これから五人編成の練習がはじまる。


 だがその前に、一つの難関が待ち構えていた。


 尾長は、部室の窓を開けて、グラウンドを指さした。


「これから薫くんと未柳くんの弱点を克服するために、ちょっとした訓練を行う。砂で汚れるだろうから、体操服ないしジャージに着替えたほうがいいだろう」


 グラウンドには、元バレーボールの女子たちが集まっていた。ラインマーカーで長方形のコートを作り、複数のボールを用意している。どうやら尾長のメモに従って準備を整えたらしい。


 俊介は挙手した。


「尾長部長、あれは、なんの準備なんでしょうか?」


「ドッジボールの亜種だ。これから彼女たちにバレーボール部仕込みのパワーで、小生にボールを打ち込んでもらう」


「まさか尾長部長は防戦オンリーですか? その膝で?」


 俊介は、ぎょっとした。尾長は膝に爆弾を抱えている。もしコートを素早く動いたら、膝を痛めて地面をのたうち回る可能性だってあった。


「だから薫くんと未柳くんは協力して、小生を守るわけだ。薫くんは積極性を発揮して、未柳くんは仲間を信じることで力の空回りを防いで」


 どうやら尾長は体を張って、薫と未柳の精神面を改善するつもりらしい。


 だが俊介は心配だった。たとえチームメイト全員で守ったとしても、あの膝で無理をするのは危険だろう。


 他の部員たちも同様に、尾長の膝を心配していた。


 とくに加奈子は心配を通り越して猛反対した。


「そんなのダメ。また膝が痛くなったらどうするの?」


 彼女は尾長の肘をつかんで、一歩も動かない姿勢になった。彼女の尾長を心配する尊い気持ちが、眉間のシワにこもっていた。


「大丈夫さ。そのために、みんなに守ってもらうんだから」


 尾長は、悟りを開いた仏僧みたいな口調で加奈子を説得していく。


「そういう問題じゃない」


「信じてくれ加奈子くん。我々には時間が残っていない。来週には五人編成で試合をしなければならないんだ」


 加奈子は、しばらく逡巡した。だが尾長の青いフレームの眼鏡を見て、ため息をつきながら受け入れた。

 

「なら、時間を限定させて。それに膝が痛くなってきたら、すぐに中止すること」


「わかってる。さぁ始めようか」

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