第23話 撮影会&本選抽選会

 東源高校は、重里高校に勝利することで、本選出場を決めた。


 俊介は、ふーっと息を吐きだして安堵した。予選落ちを避けられた安心と、本選出場決定の歓喜が入り交ざっていた。


 だが慢心してはいけない試合内容でもあった。たった一つ、なにかの判断を間違えていたら、逆の結果になっているからだ。


 そんな反省モードに入った俊介の隣では、尾長と未柳が飛びあがるように喜んでいた。


「ついに本選出場だ。創部から三年目で初だ」


 尾長は、青いフレームの眼鏡に指先で触れると、まるで御利益のある御神体みたいに撫でた。


「あたしは肝心なところでミスプレイしてチームをピンチに追い込んだから、本当に勝ってくれてよかったよ。もし負けてたら、一生後悔してたと思う」


 未柳は、伊達眼鏡を外すと、椅子の背もたれに寄りかかって脱力した。


 尾長と未柳の上級生コンビは、すっかり気が緩んでいた。本選出場は三年越しの偉大な成果だから無理もないだろう。だがまだ試合後の握手が終わっていなかった。


 いつもなら加奈子のやる役割を、今日は俊介が担うことになる。


「尾長部長、生徒会長、握手にいきましょう。俺たちが勝ったんですから」


 俊介は、加奈子がこの場にいないことを惜しんだ。初戦と二戦目は彼女が戦ったのだから、せめて現場にいてほしかったからだ。


 だがインフルエンザには潜伏期間があるため、たとえ熱が引いても人の集まる場所に顔を出してはいけなかった。


「そうだ、そうだったね。小生たちが勝ったんだから、対戦相手の席へ向かわないと」

 

 尾長は青いフレームの眼鏡をかけ直すと、向かい側の席へ歩き出した。


 重里高校の座席では、三年生の選手たちが抱き合って号泣していた。彼らの夏は今日で終わり、部活動を引退することになる。敗北の無念を胸に抱きながら、新しい一日が始まるのである。


 重里高校の部長である西岡は、手の甲で涙を拭うと、尾長を出迎えた。


「負けた相手が、尾長でよかったよ。これで満足して、田舎のじーちゃんのところにいける」


 中学時代からずっと親友である二人は、固い握手を交わした。


「本当にいい試合だった、西岡くん」


 尾長は西岡と熱い抱擁を交わした。


「いいチームになったな、東源は。まさか加奈子さんが病欠なのに勝つとは」


「未柳くんだって、五人構成になれば立派なロースターさ。ただ今までちょっと活躍できなかっただけで」


「ああそうだな。わかるよ、うちの四人目と五人目の選手に活躍の機会を与えてやれなかったことが、唯一の後悔だ」


 西岡は、四人目と五人目の選手に頭を下げた。


 しかし四人目と五人目の選手は、なにも文句をいわなかった。きっと試合に出場することなく夏が終わることも覚悟の上だったんだろう。


 そんな潔い重里の部員たちを見て、俊介は感服した。これだけ覚悟が決まったチームなら、連携プレイの練習も緻密にやっているはずだから、三人構成よりも五人構成のほうが強いのかもしれない。


 だが高校生eスポーツ大会に参加した学校は、誰もが地方大会方式に準拠して戦い抜いた。


 対等な条件で結果が出たのだから、もしもの話は思い出の彼方にそっと追いやるべきだろう。


 俊介が重里高校について思いをはせているとき、尾長と西岡の交流はピリオドを迎えた。


「重里の想いも背負って、必ず勝利するよ、西岡くん」


 尾長を先頭にして、東源高校eスポーツ部の部員たちは、重里高校eスポーツ部の部員たちと握手を交わしていく。


 爽やかな結末であった。誰もが試合内容に不満を持っていなかったし、お互いの健闘をたたえていた。


 そんな最高の締め方に、水を差す愚か者がいた。


 小此木学園の暴言人物である。彼は不健康な顔で敗北者たちを睨むと、息を吐くように暴言を口にした。


「負けたやつらが見苦しいんだよ。あんな低レベルな戦いでなにを満足してるんだ。大会に出るならもっと真面目にやれ」


 暴言人物は自分が参加していない試合にすら暴言を吐いた。しかも大会スタッフの目の前である。


 俊介は彼のことを理解不能な人物だと判断した。自らが不利になるとわかりながら、それでも暴言を吐き続けるなんて完全に異常者であった。


 大会スタッフも、彼のことを見放しているらしく、実に事務的な口調で懲罰を伝えた。


「小此木学園は次の試合、ban枠没収です。ステージの選択権も当然ありません。反省するように」


 ● ● ● ● ● ●


 大会スタッフが協議をせずに懲罰を伝えたということは、小此木学園はマークされていたことになる。もしもこの人物が暴言を吐いたら、指定の懲罰を与えるようにとマニュアル化されていたわけだ。


 それぐらい立場が悪いのに、小此木学園の暴言人物は大会スタッフに歯向かった。


「黙ってろ、学歴もなければ専門書を原文で読めない社会のゴミ。どいつもこいつも頭が悪いくせに、態度だけは一人前だ」


 あまりもの態度の悪さに、俊介はさすがに反論した。


「あんた、なんでそんなひどい言葉を連発できるんだ。重里の人たちは一生懸命戦った人たちで、大会スタッフの人たちは仕事中なんだぞ」


 俊介は、他人の努力をあざ笑うやつが嫌いだった。


 たとえ敗北しようとも、一生懸命戦った人には敬意を表するべきである。


 大会スタッフは、選手の試合環境を整えるために働いているんだから、おつかれさまですとお礼を言うべきだろう。


 だが小此木学園の暴言人物は、脊髄反射のごとく暴言を吐くだけだった。残念ながら人格と社交性に問題を抱えていると言わざるをえないだろう。


 俊介は、きっと暴言人物は反論してくるだろうと身構えていた。


 だが彼は恨みがましい顔つきで俊介を睨むばかりで、一言も言い返さなかった。


 これまでの彼の態度から考えると、不可解な反応であった。


 俊介が臨戦態勢を解除したほうがいいのか、それとも暴言人物からの反論を待ったほうがいいのか迷っていると、とある人物が小ホールに顔を出した。


「小此木学園のお前は、なぜそんなに場外乱闘を好むのか」


 黄泉比良坂の部長である美桜だった。どうやら大会動画の個別撮影が終わったので、小ホールの様子を見にきたらしい。黒檀のような黒髪をふわりとかきあげると、氷柱のように冷えきった瞳を暴言人物に向けた。


「うぅ、天坂美桜……」


 小此木学園の暴言人物は、美桜の姿を見るなり後退りした。まるで天敵に遭遇した草食動物のような反応である。


 どうやら美桜は、暴言人物の反応から、なにかを察したらしい。


「うちの学校にも、お前みたいなタイプがたまに発生する。だが現実世界で声に出すやつはお前が初めてだ。たいていのやつはSNSに書き散らすばかりで現実世界では一言も喋らないからな」


「ぁぁ……」


 まるで呪いの源を暴かれた地縛霊のように、小此木学園の暴言人物は逃げ出した。全力疾走の逃走である。何度も転びそうになりながら、一度も後ろを振り返ることなく建物から脱出した。


 俊介は、キツネにつままれた顔になった。


「な、なんで大会スタッフの懲罰すら効果がないやつが、美桜に介入されただけで逃げるんだ……?」


 その答えを美桜は知っているらしい。


「能力の比較だよ。自分より高学歴な人間に強烈な劣等感を持っているんだ」


「あぁそうか、小此木学園って、黄泉比良坂の一つ下の偏差値だっけ」


「偏差値だけの問題でもない。あいつは単語や知識の丸暗記は得意だが、それ以上の何者にもなれない人文系コースの落第生だ。だから同じ学校の理数系コースの生徒も恨んでいる」


「わけがわからん……それがどうして懲罰処分ですらバカにする暴言野郎になるんだよ」


「実に異様だ。落第生がSNSで大暴れするパターンはありふれているんだが、現実世界で表に出すやつは珍しい」


 ちなみに尾長も彼の行動パターンに気になる点があるようだ。


「彼は美桜くんだけではなく、俊介くんからも逃げた。もしかしたら平均的な話を才能でひっくり返す人物が苦手なのかもしれない」


 俊介は、やはりあの暴言人物については真面目に考えるほうがバカらしいのではないかと思った。どうやら小ホールにいるすべての人間も同じようなことを考えているらしく、彼について積極的に触れようとしなかった。


 大会スタッフも、淡々とした口調で選手たちに告げた。


「場外乱闘はやめましょう。すでに彼には懲罰を与えました。もしまた暴言があるようなら、そのときはすぐにスタッフに報告してください」


 小ホールの雰囲気は、正常な状態に戻った。あくまで現在は大会期間中であり、かつ予選が終了したばかりだ。


 本来は、選手たちの健闘をたたえる時間だろう。


 重里高校の部長である西岡は、黄泉比良坂の部長である美桜にも挨拶した。


「今年こそ、うちが黄泉比良坂を倒したかったんだがな」


 美桜は、西岡と握手した。


「東源と重里の試合は、個別撮影の待機中に見ていた。実に良い試合だったな。とくに最後まで諦めない姿勢は大事だ。三年前の俊介に、西岡の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだな。あのバカは、tiltmeltに一騎打ちで負けたら完全に心が折れて、F2に勝つことを諦めたからな」


 俊介は、痛いところを突かれてしまい、うぐっと息を詰まらせた。いくら美桜に対抗意識を持っていても、正論で殴られたらなにも言い返せなかった。まさしく三年前の俊介に必要だったものは、西岡の重装歩兵みたいな最後まで諦めない姿勢であった。


 俊介の困り果てた姿を見て、西岡は苦笑いした。


「天坂美桜さん、あなたは当時十三歳の少年に理想を追い求めすぎだと思うぞ。オレだって、もし十三歳だったら、最後まで戦わないで諦めたさ」


 西岡の優しい言葉に、俊介はコクコクとうなずいた。十六歳になった現在なら、たとえ三年前と同じ状況になっても、最後まで戦う自信があった。だから過去の話を正論で殴るのは控えてほしかった。


 しかし美桜本人に白旗を出すのは絶対にイヤなので、俊介は無言を貫いた。


 だが美桜は俊介の無言を貫く姿勢が不満らしい。


「もし私が同じ立場だったら最後まで諦めないで戦ったぞ。たとえ十三歳であろうと、十二歳であろうとな」


 美桜の突っ張った答えに、西岡はフフっと小さく笑った。


「あなたは他の誰よりもkirishunに期待しているわけだ。彼ならもっと高みに上がれるだろうと。だからついつい厳しくなる。だがほどほどにしないと大切な仲間を失うぞ。親しき仲にも礼儀ありだ」


 これから農家になる西岡だけあって、深い言葉であった。


 どうやら美桜も痛いところを突かれたらしく、まるで意地を張る俊介みたいに無言を貫くようになってしまった。


 なんだかんだと、似た者同士の俊介と美桜であった。


 さて小ホールには他の部員もいるわけで、こちらにも動きがあった。西岡の聡明かつ優しい姿を目の当たりにしたことで、東源のお調子者が舞い上がったのだ。

 

 お笑い生徒会長の未柳である。彼女はいつも西岡に対する想いを隠しているのだが、本選出場を決めたことで口が滑ったらしい。


「あぁ、本当にいい男……」


 ぽろっと声に出た。当たり前だが、これだけ静かな空間で本音が漏れれば全員に聞こえてしまう。


 西岡とチームメイトである重里高校の部員たちは、まるで赤点の答案を返す直前の先生みたいな顔をしていた。


 俊介は、重里高校の部員たちに、こっそりたずねた。


「なんかヤバイ情報でもあるんですか?」


「実はさ、西岡、彼女いるんだよ。しかも卒業して農家になったら、すぐに結婚する予定」


 あまりもの激ヤバ情報に、俊介はハチに刺されたような顔になった。


 未柳がショックを受けるのは誰の目にも明らかであった。だが事実を隠したところで未柳もいつかは知る情報である。


 ならばこの話題の争点は、誰が未柳に事実を伝えるかだ。


 全員の注目は俊介に集まっていた。火中の栗を拾うのは言い出しっぺの法則である。


「…………しょうがない、俺がやるか」


 俊介は、天国の神様みたいな優しい言いまわしで、未柳に真実を伝えた。


 未柳は、西岡の結婚話を知った瞬間、アイスバーンみたいに表情が凍りついた。それから全身の力を失って、がくりと地面に突っ伏した。


「だよねぇ……こんないい男に彼女いないはずないんだよねぇ……うんうん知ってた知ってた。っていうか結婚か、マジやべー失恋になったなぁ……」


 かわいそうを通り越して、もはやコメディである。告白する前に玉砕だし、しかも結婚というオチがついてしまった。


 そんな微妙な雰囲気を良い意味で壊してくれたのは、開会式の動画を撮影するスタッフであった。


「あのー、東源高校も動画に出演する代表者を選んでほしいんですが」


 まるでしおれた植物に水を与えたように、未柳は一発で復活した。


「はいはいはーい! あたしが出るー! だって生徒会長だもん、目立ってナンボでしょう!」


 しかし大会スタッフの偉い人がやってきて、俊介を指さした。


「kirishunのほうが再生回数稼げるから、彼が出演ね」


 未柳は、一瞬で枯れた。


「へいへい、結局世の中、数字持ってるやつが強いってわけね。どーせあたしは、汗臭い学校の生徒会長でしかないですよーだ……」


 ● ● ● ● ● ●


 全体撮影は、本選の抽選会も兼ねていた。


 本選は、予選免除である昨年の全国大会出場校二校と、予選を勝ち上がった十四校で行われる。なおこの十四校という数字は形式上のものであって、実際はもう少しだけ数が多い。


 地方大会方式である三人編成で予選を突破したものの、公式大会方式である五人編成を満たせなかった場合、失格処分が下される。この事態に備えて数を多めに確保してあるわけだ。


 今年度の本選に関しては、予選終了までに五人編成を満たせなかった学校もあったし、病気やケガにより辞退を申し出た学校もあるため、ちょうど十六校残っていた。


 なので今回の抽選会は、逆シードが存在せず、シンプルに対戦相手を決めるものになっていた。


 本選の対戦形式はトーナメント方式だ。一回戦と二回戦がBO1。準決勝からBO3。決勝戦のみBO5である。ご存じの通り、一位と二位だけが全国大会に出場できる。

 

 全国大会出場をわかりやすくするために、トーナメント表はAブロックとBブロックに分かれていた。つまり自分の所属するブロックを勝ち抜いた時点で全国行きが確定して、最後に東京大会の優勝を決める決勝戦が始まるわけだ。


 AとB、どちらのブロックに所属するのかは、これから始まるクジ引きで決まる。


 各校の代表者たちは、緊張した面持ちで、クジを引いていく。


 ただし小此木学園の代表者である暴言人物は、さきほどの騒動で会場から去ってしまったので、一名足りないままの撮影と抽選になっていた。


 撮影と抽選のスタッフたちは「むしろあんな暴言だらけのトラブルメーカーいないほうが楽に撮影できるでしょ」と突き放していた。


 俊介はクジを引きながら思った。あの暴言人物は他山の石としたほうがいいと。


 将来プロになったら、所属チームの方針およびスポンサーの意向によって発言に制約が加えられる。だから今のうちから発言に気をつけておかなければ、思わぬ拍子に失言するだろう。


 そんなこんなで代表者全員のクジ引きが終わり、トーナメント表もできあがった。


 俊介の通う東源高校はAブロックであり、一回戦の対戦相手は小此木学園だった。


「もはや運命だな、ここまでくると」


 俊介は、ひとり言をつぶやきながら、例の暴言人物のことを思い浮かべていた。


 彼は尾長や重里高校のメンバーを公然と侮辱した。そんな輩には、圧倒的な力の差を見せつけて勝利したい、と思うのが人情ではないだろうか。


 ずっと封印していたバトルアーティストを解禁すれば、暴言人物の心をへし折ることだって可能だろう。


 もちろんチームメイトに反対されたら使わないが、パッチと作戦の傾向から使用可能と判断されたら、躊躇なく投入するつもりだった。


 小此木学園に関する感想はここらで切り上げて、俊介は二回戦以降に注目した。


 準決勝で吉奈の率いる花崎高校と当たる可能性があった。魔女たちの学校は昨年三位に入賞しているだけあって実力者揃いだ。そんな学校と全国大会の権利をかけて激突すれば、きっと白熱した戦いになるだろう。


 俊介は、魔女たちとの再戦を心待ちにしていた。


 再戦といえば、入学式直後の練習試合で対戦した黄泉比良坂も気になった。


 美桜が部長を務める黄泉比良坂はBブロックだから、もし東源高校と対戦することがあるとしたら、決勝戦であった。


 俊介は、三年前の直感の正しさを証明するために、決勝戦まで勝ち進んで美桜と対戦したかった。


 こんな風に俊介はトーナメント表から因果を感じていたわけだが、あくまで現在は開会式用の動画撮影の時間であり、個人的な感傷よりも撮影スケジュールが優先だった。


 大会スタッフはメガホンを口元に当てて、各校の代表者たちに指示を出した。


「抽選のシーンはこれで終わりなので、次は集合写真の撮影です。みなさん指定の位置に並んでくださーい。前列の人は踏み台の前に並んで、後列の人は踏み台に乗ってください」


 大会スタッフの誘導で、各校の代表者たちは二列に並んだ。


 俊介は前列であり、左隣には黄泉比良坂の美桜がいて、右隣には花崎高校の吉奈がいた。この三名はセンターだった。俊介と美桜は知名度があるからであり、吉奈は魔女の格好が撮影映えするからだ。


 代表者たちの並び方に商業と広報の意図を含んでいるからこそ、撮影スタッフは細かい注文を出した。


「みなさん、もっと表情を柔らかくしてください。今のままじゃ集合写真じゃなくて、証明写真ですよ。近くの選手と会話していいですから、とにかくリラックスしてください」


 俊介の場合、近くの選手と会話してリラックスするといっても、左隣は美桜である。彼女と会話しても、三年前の因果が邪魔をして、表情が険しくなるだけだろう。


 だから必然的に右隣の吉奈に話しかけることになった。


「吉奈先輩。あなたのおかげで予選を突破できました」


「別にわたしのおかげというわけでもないでしょう」


 吉奈は、そんな大げさなといわんばかりに魔女のローブを揺らした。


「いえ、あなたとの対戦がなかったら、重里高校戦で作戦負けしていたでしょうね」


「そこまでいうなら、準決勝を楽しみにしているわ」


 俊介と吉奈が親しげに話していたら、なぜか美桜が俊介の脇腹を肘で押した。


「なんだ東源と花崎で貴重なデータの交換会か? 私も混ぜろ不公平だ」


 美桜のツーンっとした表情を見て、吉奈はクスクス笑った。


「ご安心なさい。あなたの獲物は奪わないわよ」


「ふん。なんのことかさっぱりわからんな」


 美桜のツーンっとした顔は、さらにツーンっと辛くなった。もはや山盛りにしたワサビぐらいツーンっとしていた。


 どうやら撮影スタッフは美桜のツーンっとした表情が気に入ったらしく、彼女にカメラのフォーカスを合わせて集合写真の撮影を完了した。


 集合写真は広報用の素材として使われるため、公式アカウントがSNSの海に放流した。リツイート、いいね、どちらも伸びまくった。コアなネットユーザーたちは引用リツイートや直接のリプで集合写真について批評した。


『ツンデレ女王様で集客率アップ』



 後日、未柳はこの風潮をスマートフォンで見て、生徒会室が壊れそうなほどの音量で絶叫した。


「なによ天坂美桜、ツンデレヒロイン気取りってわけ! クソうらやましい! あたしもこんなに注目されてみたい! ちやほやされてみたい! みんなに、かわいい、かっこいいって言われたい! ああもう、なんであたしはもっと美女に生まれなかったの!?」


 生徒会の役員たちは、疲れた顔でこう返した。


「そんなことどうでもいいから、仕事してくださいよ生徒会長……書類たまってるじゃないですか……」

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