第13話 ほんの一つの読み間違い

 東源高校のメンバーは、すでに森林ステージに展開していた。ワニ型歩兵も本拠地を防御陣形で固めている。これらゲーム開始と同時に行う初期行動に関しては、すっかり阿吽の呼吸で動けるようになっていた。


「あとは視界管理を丁寧に行うことか」


 俊介は、視界用のワニ型歩兵を配置しながら、獣道を前進していた。まだゲーム序盤だからプレイヤーキャラ同士の交戦は発生しない。だからといって油断していると、自軍陣地の視界管理が疎かとなり、敵チームに背後を突かれることになる。


 繰り返しの指摘になるが【MRAF】は一人称視点のゲームだ。プレイヤー画面にはキャラの正面しか映っていないので、もし敵に背後を突かれた場合、一撃目を避けることなんてまず不可能である。


 いくら俊介が世界レベルの個人技を持っていても、背後の茂みに潜んだウィッチに行動阻害スキルを撃たれたら、回避運動すら行えずに被弾するだろう。


 たった一発、行動阻害スキルが当たるだけで、あとは敵の集中砲火を受けて一瞬でダウンだ。


 もしダメージディーラーである俊介のハンターが真っ先にダウンした場合、東源は勝ち筋を失うことになる。


 まさに責任重大である。俊介は今まで以上の集中力でミニマップの状況を小まめに確認した。ついマウスをクリックする指先に余計な力が入ってしまう。だが力みすぎてしまえばロングゲームに耐えられないので、深呼吸と肩の運動で筋肉から力みを追い出す。


 万全とはいえないが、悪くない状態だ。


 そんな俊介を守るように、尾長と加奈子は森林ステージを索敵していた。


「我々で俊介くんを守ってやらないとな」


 尾長は、驚くほどにセーフティーな手順で視界用の歩兵を配置していた。


「俊介くんを守るのも、悪くない気分」


 加奈子も、まるで石橋を叩いて渡るような慎重さで、敵のカエル型歩兵を警戒していた。


 東源高校三名の動きは、良く言えばリスクを背負う動きを排除したものだ。悪く言えばリスクを背負うことで得られたはずのリターンを放棄していた。


 視界管理に限定して語るならば、慎重さの加減を間違えると、防衛的に戦うことになり、視界の奪い合いで負けてしまう。


 もしそうなったら、自軍陣地のちょっとした暗がりですら近づけなくなる。もしそこにウィッチが潜んでいたら、すぐさま行動阻害スキルが飛んでくるからだ。


 だが忘れてはならないことがあって、東源高校にもウィッチがいる。つまり花崎高校の視点から見ても、視界管理を疎かにしたら背後から行動阻害スキルが飛んでくるわけだ。


 だから花崎高校の陣地側でも、吉奈がチームメイトに注意喚起していた。


 ● ● ● ● ● ●


「たった一発の行動阻害ですべてがひっくり返るのは、わたしたちも一緒よ。絶対に油断しないように」


 吉奈は、ミニマップの状況と音を頼りに、今期の東源高校を品定めしていた。


 結論からいえば、序盤の視界管理の段階からすでに進化していた。


 去年までの東源は、尾長だけが優れていて、他のメンバーはいまいちだった。努力はしているが、それが戦績に繋がっていなかったのだ。


 だが今年は違った。尾長だけではなく、他のチームメンバーも仕上がっている。


 要因は、誰の目にも明らかだ。大型新人ならぬ、受験勉強によって競技シーンから離脱していたkirishunが入学したことである。


 そのkirishunも、以前までなら個人技のみで作戦面は論外だったのだが、尾長の指導を受けるようになってから見違えるように改善されていた。


 どうやら尾長にはコーチングの才能があるらしい。


 ならば舐めてかかったら、負けるのは花崎だ。吉奈は、脳が焼け落ちるぐらい知恵を働かせて東源を倒すことを誓った。


 そんな吉奈を支えるように、チームメイトたちも作戦面を気にかけていた。


「私、心配性だから、危ないところはいつもチェックしてるよ」


 真希は、心配性の気質を利用して、ミニマップを小まめに確認していた。日常的に心配性をやっていれば、どこを心配すれば効率よく安心できるのかわかっているため、視界管理に費やす時間は最小限であった。


 七海は、こういうとき無駄口を叩かない。自分のゆっくりした声がボイスチャットに乗っても逆効果だと知っているからだ。ゆえに必要最低限の情報を的確なタイミングで報告しつつ、吉奈に与えられた仕事を淡々とこなしてきた。


 監視用のカエル型歩兵を、とある茂みにセットしたのだ。


 ただの茂みではない。この試合の行方を左右する大事な茂みであった。


 吉奈は、自分自身の思考回路を揉み解すために、この茂みについて心の中で反復した。


 花崎高校の本拠地を固める防御陣形は、最小限の数しか分配していない。


 もし東源高校に本拠地ラッシュをされたら、ひとたまりもないだろう。


 だからあの茂みが重要になってくる。たった一体でいいので、ラッシュで通過するルートに歩兵を設置しておくことで、東源高校のラッシュを早期に発見できるわけだ。


 ただし、この動きにはデメリットもあった。七海をかなり早い段階でステージ中央に送り込むことになるため、自軍陣地の視界管理が疎かになるのだ。


 もし視界管理が甘くなったところに、東源高校のウィッチが忍び込んできたら、悲惨なことになるだろう。


 それでも、この作戦を実行する価値があると吉奈は確信していた。


 どんな作戦かといえば、さきほども触れた防御陣形から削った歩兵が関係していた。


 吉奈は、本拠地の守りを手薄にすることで確保した歩兵たちを、ステージ西側に寄せてあった。


 ゲームが中盤に達したあたりで、この作戦が成功するか失敗するか決まるだろう。


 吉奈は、心の中で運命の輪のタロットカードを思い浮かべた。kirishunは、この試合を通してなにをつかむのだろうか。その答えは、数分後にわかるはずだ。


 ● ● ● ● ● ●


 両校による視界管理は、まるで喉元にナイフを突きつけられたような切迫感で継続していた。


 この丁寧かつ慎重な視界確保と、新しいパッチでファイターがナーフされた影響が重なり、一度も小競り合いが起きないまま、ゲームは中盤に差し掛かろうとしていた。


 かなりのスローペースなゲーム展開である。東源側も花崎側も、すべてのプレイヤーキャラはレベル三まで上がっていた。ステータスは軒並み上昇しているし、スキルも三つに増えていた。


 あともう一つレベル上がれば、プレイヤーはレベル四になり、奥義を覚えることになる。


 奥義とは、絶大な効果を持つスキルのことであり、他のゲームではウルトやスペシャルアーツなんて名前がついていることも多い。


 ただし一度でも使用すれば長時間のクールダウンが必要になるため、使いどころが難しい。もし不用意なタイミングで使ってしまえば、どうしても必要になる場面でクールダウン中なため、チームは追い込まれることになる。

 

 この奥義を覚えてからが、いわゆる中盤以降である。


 俊介は、中盤以降の集団戦に焦点を合わせて、ステージ中央の中心点に到達した。


 以前、黄泉比良坂との練習試合でも争点になった茂みをチェックした。


 監視用のカエル型歩兵を発見した。


 あくまで監視用だから、東源側から攻撃を加えないかぎりリアクションはない。ただし俊介の位置情報は花崎高校のミニマップに映った。当たり前だが、位置情報を敵に与え続ける理由はない。


 俊介は、護衛のワニ型歩兵と一緒に、カエル型歩兵を倒した。


 なおカエル型歩兵の倒されたときのモーションだが、ぷぎゅっという滑稽な音でひっくり返るというコミカルなものだった。いくらおもちゃの貯金箱を壊したようなエフェクトに寄せてあっても、可愛いキャラクターの散り際はちょっぴり悲しい。


 そんなカエル型歩兵の残骸の位置に、俊介は花崎高校の意図を読み取った。


「ここに監視用を一体だけ置くってことは、俺たちが本拠地にラッシュすることを警戒してたのか」


 初めてのゲーム配信のときにも実感したが、俊介は作戦面で着実に進歩していた。だが完璧ではないため、花崎高校の次の動きが読み取れなかった。なぜ魔女たちがラッシュを警戒したのか、わからないのである。


 尾長も、ステージ中央の東側を探索しながら、花崎高校の動きを読んだ。


「ラッシュを警戒してた。つまり過去形なわけだ。もうすでにラッシュされても困らないほど防御陣形を固めてあるかもしれないし、あえて防御陣形を捨てて別の作戦を行っているかもしれない。どちらの作戦を選択したのかを読みきるためには、もっと情報が必要だ」


 加奈子は、ステージ中央の西側から報告した。


「花崎のカエル型歩兵たちがステージの西側に集まって、こちらの視界管理用の歩兵を壊し始めてる」


 どうやら花崎高校は、ステージの西側に戦力を寄せて、突破口を切り開くつもりらしい。この行動を加奈子だけで阻止しようとすると、圧倒的な数の差で押しつぶされてしまうため、チームとして対応する必要があった。


 ただし対応の選択肢は一つではなかった。


 俊介と尾長も護衛の歩兵を引き連れて、西側の防衛に加勢するか。


 加奈子に単身で西側の防衛を行ってもらって、その間に俊介と尾長で東側から花崎陣地に進軍するか。


 俊介と尾長だけで敵陣地に進軍するにしても、敵プレイヤーを狙うのか、視界確保用のカエル型歩兵を壊しまくるのか、本拠地を破壊するのか。


 東源高校の未来は枝分かれしていた。


 なお【MRAF】には歩兵という概念があるため、中世の戦場みたいな兵法による逆転も可能だ。ワニ型歩兵をグループ単位に分割してから、それぞれのグループを素早く適切に動かすことで、敵グループと衝突する瞬間だけ数的有利を作り出すのだ。


 ただし、敵は作戦の得意な花崎高校だ。東源高校の望んだようには動いてくれないだろう。やはり花崎高校の作戦を読みきらないことには、東源高校は次の行動を決められなかった。


 だから俊介は、ずっと耳をすませていた。音の定位によって敵の動きを見分けるのが得意だからだ。もしなにか一つでも情報を拾えれば、花崎高校の作戦を絞りこめるだろう。


 だが、新規の情報はなにも拾えなかった。ぴょこぴょこというカエルの跳ねる音ばかりが聞こえて、敵プレイヤーの足音はまったく聞こえないのである。


「花崎のプレイヤー、まったく足音がないです。カエル型歩兵の足音ばかり聞こえます」


 俊介は、尾長と加奈子に報告した。


 加奈子も首を左右に振っていた。


「わたしのところにも敵プレイヤーがいない。でもこれはとてもヘン。歩兵に命令を入力するにはプレイヤーが近くにいないといけないし、歩兵は視界を確保してある場所にしか動かせないはずなのに」


 それら仲間たちの情報から、尾長は推理した。


「おそらく花崎高校の西側にいたプレイヤーは、カエル型歩兵に加奈子くんに対する攻撃命令を入力してから、どこか別のところに移動したんだ。つまり今のカエル型歩兵は加奈子くんをひたすら追撃するだけだから、彼らの視界の外に逃げきれば攻撃がストップする」


 尾長の推理は的中だった。加奈子が自軍の本拠地まで全力で撤退すると、標的を見失ったカエル型歩兵の集団は、ぴたっとその場で停止した。


 となると次の問題は、カエル型歩兵の集団に命令を入力した花崎高校のプレイヤーがどこに逃げたかだ。


 しかし肝心の足音が消えていた。もしかしたら俊介の位置から足音が聞こえないほどの距離、つまり花崎高校側の陣地の奥深くに帰ったかもしれない。だがさきほどの混乱に乗じて東源高校側の茂みに潜んだ可能性も捨てきれなかった。


 俊介は、ハンターのスキル〈スカウティング〉を使って、自分の周囲に敵がいないか確認した。


 だが誰も発見できなかった。


〈スカウティング〉で得られた情報を整理すると、自軍陣地が安全であるとわかっただけである。今もっとも欲しい情報である〈花崎高校のプレイヤーキャラたちがどこに潜んでいるのか?〉はわからなかった。


 東源高校の三名は判断に困っていた。さきほどまでのスローペースな展開は鳴りを潜めて、急激にハイテンポなゲームに切り替わっていた。もしこのまま決断を先延ばしにしていると、花崎高校はさらなる作戦で東源高校を翻弄するだろう。


 だが、こんなどこから敵のウィッチが飛び込んでくるかわからない状況で、視界を確保できていない花崎高校の陣地に突撃するなんて、無謀すぎた。


 俊介は、現時点におけるもっとも安全な作戦を提案した。


「むやみに動くより、まずは一度合流して、東源陣地の西側に放置されたカエル型歩兵の集団を一気に始末したほうがいいと思うんですよ。あれだけの数を削れれば、かなりの優位に立てるでしょうし」


 尾長は、確かな角度でうなずいた。


「もっとも安全な作戦だな。よし、加奈子くんと合流して、カエル型歩兵を削り切ってしまうか」


 決断すれば行動は早い。俊介と尾長は、加奈子と合流するために、ステージの西側へ移動を開始した。


 この決断がすべての間違いだった。


 東源高校三名のポジションを空から見下ろすと、俊介のハンターがもっとも安全なルートを歩いていた。チームの要であるダメージディーラーなんだから安全なルートを意識して当然である。


 自軍陣地の内側だし、視界を確保してある道路だし、さきほど〈スカウティング〉で自軍陣地は安全だと確認したし、護衛の歩兵も引き連れている。


 おまけに花崎高校の陣地から遠ざかるように、ぐるっと遠回りをして、ステージの西側を目指していた。


 だがこの動きは、予期せぬ場所で待ち伏せされていた場合、最悪のルートを選択したことになる。


 なぜなら安全ゆえに側面と後方の警戒が疎かになっていたからだ。


 がさごそと敵プレイヤーの足音が一斉に鳴った。


 音の出所は、さきほどカエル型歩兵が隠れていた茂みのすぐ近く。花崎高校側の陣地において、もっともステージ中央に近い場所。東源高校が視界を確保していない暗闇から、もっとも俊介に近い場所。〈スカウティング〉のスキルが届かない限界ギリギリの外側。


 そこから吉奈のウィッチが〈魔女の空旅〉という移動スキルで飛び出してきた。魔女らしく魔法の箒にまたがって低空を快調に滑空していた。これはブリンクスキルと呼ばれるもので、本来なら移動できない障害物や侵入不可の森を乗り越えられる。


 つまり行動阻害をぶち込みたい標的に最短距離で近づけるわけだ。


 吉奈が〈魔女の空旅〉を発動した位置、ブリンクするコース選択、使用した時間、すべてが完璧だった。


 なぜ使用した時間まで完璧と評するのか? ちょうどウィッチのレベルを上げられるだけのゴールドが貯まったタイミングだったからだ。


 吉奈は、狙いすました操作でウィッチにゴールドを注ぎ込む。レベルが四に到達、奥義〈ソウルバインド〉を習得した。


 この奥義は、一定範囲内に存在するすべての敵キャラにスタンと毒ダメージを与える恐ろしい技だ。


 スタンとは、このステータス異常を起こしたキャラクターは、一定時間なんの入力も受け付けなくなって、完全な無防備になることだった。


『どれだけあなたの個人技が優れていても、スタンになってしまえば動けないわ』


 吉奈は〈魔女の空旅〉の効果で俊介の懐に飛び込むと、奥義〈ソウルバインド〉を発動した。魔力の鳴動が地中に伝わると森林の土壌が怪しく蠢く。本来なら生命の象徴であるはずの大自然が邪悪な規律に則って生物を害するような呼吸を始めた。


 突如、紫色の茨が地面から生えてきて、球体を描くように繁茂した。


 まるで紫色の果樹園が突然生まれたかのように俊介の視界は茨で埋めつくされた。すると茨から毒々しい華が咲き誇って真っ赤な花粉をばらまく。


 俊介のハンターと、護衛のワニ型歩兵は、スタン状態および毒状態となった。


「くそっ、まだ一発だって敵プレイヤーに攻撃してないんだぞ……!」


 スタン状態になってしまえば、どんな入力だって受け付けない。いくら俊介の個人技が優れていようとも、発揮できなければ意味がない。どんな素人のプレイヤーだって、スタン状態になった俊介なら狩り放題であった。


 そんな標的を撃破してやろうと、花崎高校のマジシャンとファイターが間合いに飛び込んでいた。


 こんなジャストタイミングで飛びこむには、マジシャンをやっている真希と、ファイターをやっている七海が、吉奈は〈ソウルバインド〉を絶対に当てる、と信じていないと無理であった。


『kirishun、討ち取ったり』『勝ったね〰』


 真希のマジシャンと、七海のファイターは、すべてのスキルを投入した。惜しむことなくすべてのスキルをだ。


 まるで特殊効果のお祭り状態みたいに、俊介のハンターは焼かれて切り刻まれて殴られた。しかも最初に打ち込まれた〈ソウルバインド〉の毒ダメージも入り続けるため、もはや俊介のダウンは免れようがなかった。


〈東源高校 ハンター・ダウン〉


「うそだろ……」


 俊介は目の前が真っ暗になった。MOBAにおけるプロテクトADCを模倣しているんだから、ハンターが一番最初にダウンするのだけは避けなければならなかった。


 だが現実は厳しく、ハンターが一番最初にダウンしてしまった。


 ハンターの〈スカウティング〉で周囲の安全を確認したはずなのに、それが裏目に出て斜め後ろから飛びこまれてしまった。


 もはや後のことは語る必要もあるまい。ダメージディーラーを失った東源高校に勝ち筋は残っていなかった。


〈東源高校 プレイヤーオールダウン 花崎高校の勝利です〉

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