第15話 重里戦に備えてメジャーリージョンのプロと練習する
日付は、花崎高校に負けた予選二日目のままだ。
東源高校の部員たちは、一度部室に帰った。これから本日の反省会である。
まだ昼飯を食べていなかったので、尾長がマックカードで購入したハンバーガーをお供に分析を始めた。
分析となれば、アナリストの馬場が主役だ。
「反省点は二つです。石橋を叩きすぎたこと、および自分たちから仕掛けなかったことですね。【MRAF】に限らず、戦略性の高いゲームほど、積極性を発揮したほうが勝ちやすいわけです。RTSでいうところのハラス(妨害行為)が重要になってきますから」
RTSの話題が出てくれば、尾長が発言した。
「ハラスなどの能動的なアクションで試合のペースをつかめば、対戦相手の対応が後手に回っていく。かといって受動的に戦うことが必ずしも不利になるわけではなく、敵に追い詰められたフリをして相手を罠にはめることだって可能だ」
馬場は、ちょっと太めの首でこくりとうなずいた。
「要約すれば、チームとしての動きに意図を持たせることが大事だった、ということになります」
反省点の抽出と理解が終わったので、本日の部活動は解散となった。なおハンバーガーの匂いに導かれて、お隣の家庭科室から料理部の部員たちが顔を出した。
「ファストフードだけだと体に悪いから、うちで作ったサラダとヨーグルトを食べてくれ」
さすがに料理部だけあって、栄養バランスにうるさかった。
● ● ● ● ● ●
俊介は自宅に帰って個人練習を始めた。対戦相手のリスペクトを身に着けるためだった。
せっかくだからゲーム配信を有効活用することにした。大勢の視聴者と一緒に楽しむ形だったら、ランクマッチの猛者や現役のプロを師匠役として呼べるのではないかと思ったわけだ。
さっそく俊介はSNSで募集をかけた。
『【MRAF】のランクマッチ配信に同伴してくれる人を募集します。オールドスクールモードで募集人数は二人のみ。募集ランク帯はグランドマスターor現役プロ限定です』
ぽちっとツイートを投稿してから、もし誰も募集に入ってこなかったら嫌だなぁと不安になった。グランドマスターと現役プロなんて、それぞれのリージョンに数えるほどしか存在しないからだ。
だが蓋を開けてみれば、とんでもない数の志願者がリプを飛ばしてきた。しかもリツイートといいねを含めたら、反響が大きすぎて通知欄が爆発してしまった。
俊介は言葉を失うほどに驚いた。だが志願者のほとんどが募集ランク帯に満たないプレイヤーだと気づいて拍子抜けした。どうやらダメで元々の精神で『こちらはブロンズ帯ですが、もしよろしければ一緒にプレイしてください!』と頼み込んでいるようだ。
彼らの気持ちは大変ありがたいのだが、あくまで今回の募集では師匠役が欲しいため、丁重にスルーした。
それからすべてのリプに心のフィルタをかけて、まずは現役のプロだけを抽出した。
すると韓国の強豪チームNKfantasm・通称NKFのVGA選手が英語でリプを飛ばしていることに気づいた。
彼は韓国出身のプロで、世界で最も優れたサポートプレイヤーである。ウィッチやプリーストを使わせたらこの選手の右に出るものはいないだろう。
プレイヤーネームの由来はウィキペディアに載るほど有名であり、PCグラフィックスのアナログ規格であるVGAからだ。
彼は熱心な自作PCマニアで、とくにレトロPCのレストアが趣味だった。SNSの最新情報によれば、初代ペンティアムをペンダントに加工してお守りのように使っているという。
そんなVGAが所属するNKFは、三年前の世界大会でも大活躍だった。なにを隠そう決勝戦でF2イースポーツと戦ったチームである。
その結果は誰もが知っているようにF2の優勝だったが、けっして完勝ではなかった。NKFの堅実な作戦と優れた個人技の合わせ技により、BO5のフルラウンドまでもつれこむ激闘であった。
「こんなに凄い選手なのに、三年前のラスベガスで、俺と一緒にポップコーンを食べてるんだよな」
俊介は、スマートフォンから昔の写真を引っ張り出した。
まだ幼さの残る俊介と、丸眼鏡が特徴のVGAが、一緒にポップコーンを食べていた。
あの日、VGAは俊介を助けてくれた。当時の俊介は拙い英語しか使えなかったので、ただポップコーンを買うにも手間取ってしまったのだ。
そんなとき、VGAが手を貸してくれた。彼は当時から有名な選手だったので、俊介は大変心強かったのを覚えている。
ならば彼を師匠役として招いて一緒にランクマッチをやるのも、また一つの運命の輪なのかもしれない。
俊介は、VGAにディスコードのリンクを送った。ちなみにどんな文章が添付してあったかというと『俺はもうポップコーンを一人で買えるんだ』という英文だった。
あともう一人誰かいないかリプ欄を探せば、元チームメイトである樹がいた。
『たまには一緒にやろう』
まさかのNKfantasmとEarth9の現役選手と一緒に学ぶランクマッチの開始であった。
● ● ● ● ● ●
俊介が配信をつけてからしばらくすると、VGAはディスコードのサーバーに入ってきた。
VGAは、精密機械みたいにかしこまった英語で喋りだした。
『ポップコーンを一人で買えるようになったなら、お祝いにステーキセットを注文するか』
まるで習い事の先生に褒められたような気分になって、俊介は気恥ずかしくなった。
「三年前は本当に助かったよ。異国の地で言葉が通じないのが、あんなに心細いとは思ってなかったから」
俊介は、例のポップコーンの写真を、SNSにアップロードした。
『国際大会に何度も出場すれば、そのうち慣れる。そのためには、まずプロにならないとな』
どうやらVGAも配信をつけたらしく、俊介の配信に韓国語と英語のコメントが増えてきた。
「来年あたりに、メジャーリージョンのトライアウトを受けるつもりだよ。三年前まではプロリーグの年齢制限が緩かったんだけど、最近のルール改定で十七歳にならないと出場できなくなったから」
俊介は現在十六歳だ。つまりトライアウトを受けて合格しても、十七歳にならないとプロリーグに出場できないのである。
『どこか希望のリージョンはあるのか?』
「俺、南米のBRリーグにいってみたいんだよ。できればTeamRecatがいい。たぶん、俺のバトルアーティストを一番うまく使いこなせるチームじゃないかなって」
BRリーグの特徴は、激しい攻撃型のスタイルだ。デメリットを背負ってでも攻めることを選ぶ。定石をあえて無視して突撃する。試合の実況解説役が『なんでそのタイミングで飛び出そうと思ったんだ?』と驚くような奇襲が得意であった。
しかもエイムに関する個人技が卓越しているため、ハンターなどの遠距離攻撃型のキャラクターを使わせたら、南米出身の選手が世界で一番うまくなるパターンが多かった。
ちなみに俊介を一騎打ちで討ち果たしたF2のtiltmeltも、元々は南米のBRリーグ出身だ。
そんなエイム能力の求められるリージョンを俊介が志望したことについて、VGAは満足そうに笑った。
『なるほどな、南米のガンガン攻めていくスタイルを身に着けて、tiltmeltを倒したいのか』
「三年前は、一騎打ちでも綺麗に負けちゃったからね。チームとしてだけじゃなくて、個人技でも勝ちたいんだよ」
『よくわかる。tiltmeltの個人技は本当にすごかった。あれに追いつきたいなら、源流を知るのが大切だろう』
「とはいえ、俺はまだ育ちきってないから、あと一年かけてメジャーリージョンにふさわしい実力にならなきゃいけない。たとえば今日なんてさ、花崎高校っていう高校生のチームに負けてきたんだ」
俊介が負けたときの細かい状況を説明したら、VGAは的確に理由を指摘した。
『それは作戦の読みを外したこともあるが、kirishunの想定が足りていないからだ。たとえ安全なルートだと確信を持っていても、もしあの茂みに敵が隠れていたらどうしようと最悪のケースを考えながら動けばいい。そうすれば、kirishunの反応速度なら間に合うだろう』
試しに頭の中で花崎高校戦をエミュレーションしてみたのだが、考えることが複雑すぎて、俊介はめまいを起こした。
「視界管理、作戦の読み、個人技、敵の動きを最悪で想定する……頭がこんがらがってくる……」
俊介が新たな壁にぶつかったとき、樹もディスコードのサーバーにやってきた。
『以前の俊介と比べたら、かなり進歩してるじゃないか。個人技以外にはなにもなかったのに、ちゃんと物事を考えながら動けるなんて』
樹にまでボロクソに否定されるのだから、尾長に作戦面を習う以前の俊介は、よっぽど醜悪な動き方をしていたんだろう。
俊介は、過去の自分の未熟さに驚きながらも、あともう少しがんばればさらなる高みが見えてくるだろうと希望を抱いていた。
「とにかく現役プロ二人の力で、俺はもっと強くなるから、今日はよろしくお願いします」
せっかくなので、本日の東源高校が敗北した構成でランクマッチに出陣した。
俊介はハンター、樹はプリースト、VGAはウィッチだ。
俊介は、VGAのウィッチに注目していた。彼は世界一のサポートである。集団戦で行動阻害スキルを決めるなら世界中の誰よりもうまいわけだ。ならば彼の動きを細かく観察することで、なにか新しい気づきを得られるはずだった。
さっそくランクマッチが始まれば、世界一のサポートによる恐ろしいまでの技巧を目の当たりにすることになる。
一般的な思考回路で判断すると「どう考えてもこの距離から敵集団に飛び込んでも届かないし、そもそも当てるの難しくない?」みたいな距離から平然とブリンクスキルで飛びこんで行動阻害を決めるのだ。
さらに樹もVGAとまったく同じタイミングで茂みから飛び出して、俊介のために壁役を果たした。しかも適切な場面で回復スキルや防御力上昇スキルを味方に使った。
VGAも樹も、背中に目でもついているのではないかと思うぐらい状況把握が精確だった。
これぐらいお膳立てが完璧だと、俊介はVGAと樹の後ろに続いて、カチカチとマウスをクリックするだけで敵を倒せてしまった。もはや個人技もクソもない。VGAと樹があまりにも優秀なため、ちょっとした接待プレイになっているのだ。
以降のランクマッチは、すべて同じ展開で連戦連勝だった。途中で日本のプロチームと戦うこともあったが、難なく撃破してしまった。
俊介は、敵に勝利したことを楽しみながらも、内心劣等感を覚えていた。
メジャーリージョンのトッププレイヤーたちは、異次元の猛者だった。せめてあともう少しがんばれば彼らに追いつけるんじゃないかと密かな期待を持っていたのだが、そんな甘い考えを打ち砕かれてしまった。
PCパーツショップで美桜に言われた言葉が蘇る。天と地、もしくは月とすっぽん。あの言葉は美桜にしては優しかったのかもしれない。それぐらいVGAと樹は強かった。
俊介は、温かいお茶を飲んで劣等感を癒しながら、しみじみと本日の感想を語った。
「メジャーリージョンの飛び込む距離、俺の考えてたやつより圧倒的に遠くからだった。しかもたとえ飛び込むのに失敗しても、セカンドプランに切り替わるのが尋常じゃなく速いんだ。いったいどんな練習をやったら、あんな判断力が身につくんだ?」
VGAは、なにげない感じで極意を答えた。
『普段の練習から頭を使い続けることが大切だ。kirishunは、まだ思考しながら戦うことに体が慣れていないんだろう。だから最初のうちは感覚に頼ってもいい。たとえば、おれがスキルで飛びこんだ距離を記憶に焼きつけるんだ。あれが本来の危険な距離だと体で覚えてしまえば、暗闇や茂みに近づくのが正しく怖くなるはずだ。ただしアップデートパッチが配布されて、スキルの仕様がナーフされたら、ちゃんと感覚を修正すること』
樹は、他にいうこともなかったのか、俊介の良い面を褒めた。
『思考しながら戦うのが苦手なはずなのに、あのハイテンポな切り替えについていける俊介は、やっぱり反射神経の化け物だな』
この樹の意見には、どうやらVGAも賛成らしい。
『あとは思考力さえ身につけば、三年前のF2だったら倒せるぐらい強くなるだろう。ただし現在のF2は倒せない。彼らはずっと進化を続けているからな』
現在のF2だって倒したいから、俊介はVGAにたずねた。
「なんかいい練習方法ないかな。VGAが若手選手だったころにやってた練習方法とかさ」
『自分でウィッチを使ってチームプレイを練習するのはどうだろうか。MOBAでいうところの、ジャングラーやサポートを練習することで戦略がうまくなるのと一緒だ』
VGAは、プロキャリアのスタートはMOBAの選手なため、戦略を鍛えるのが得意であった。
「よし、じゃあ配信終わらせてから、学校の人たちとウィッチを練習してみるよ。今日は本当にありがとう、二人とも」
もうすっかり深夜になっていたので配信を終わらせると、今度は東源高校eスポーツ部のディスコードでランクマッチをプレイする人を募集した。
だが深夜なので誰も応じない可能性もある。なお尾長と加奈子は就寝したらしく、ずっとオフラインのままだった。しかし、とある人物はずっとオンラインのままだった。
この人物は、まだ公式大会に出場していない四人目の選手だった。何度か触れているように、東源高校eスポーツ部の部員はアナリストの馬場を合わせて六名いる。
つまりまだ名前が出ていない選手が二名もいた。
そのうち一名が、このオンライン状態を維持する人物だ。
もし東源高校が本選に出場したら、参加ルールが公式大会方式に切り替わるため、五名の選手が必要になる。
そう、四人目も試合に出ることになるわけだ。
では、この四人目がどんな人物なのかといえば、ディスコードに入ってきたときの第一声でわかるだろう。
『こんな夜遅くにゲームをやるなんて、よーやるな。夜だけに。ぷーくくくく』
オヤジギャグの大好きな女子高生であった。しかも本人はかなり面白いと思っているらしく、ずっと笑い転げていた。
せっかく現役のプロ選手と一緒に練習して温まった空気が、あっという間に冷え切って氷河期到来であった。
● ● ● ● ● ●
俊介は、四人目の選手に向かって、あらためて抗議した。
「……生徒会長、なんでオヤジギャグを毎回いうんです?」
『おもしろいから!』
そう、彼女はオヤジギャグばっかり披露する生徒会長であった。名前は坂本未柳(みやぎ)。現在高校三年生の女子であり、体育の先生になりたいため体育大学に進学を希望している。元バレーボール部だけあって、身長175センチと長身だ。
ならば顔も大人っぽいのかというとそんなことはなく、田舎から上京してきた中学生みたいに髪型も目も耳も鼻も頬も唇もすべてが丸っこかった。ただし眼鏡だけは真四角である。どうやら丸顔であることを気にしているらしく、目元に追加できるアクセサリーとして四角い眼鏡を選んだらしい。
つまり伊達眼鏡だ。
そんなお洒落を気にしているようであんまり気にしていない未柳だが、一年生の冬までバレーボール部で活動していた。だが二年生になる直前で二軍落ちして引退になった。
東源高校の運動部は熾烈なレギュラー争いがあるため、一般入試で入学した生徒は一度でも二軍落ちしたら強制的に退部となる。来年になればスポーツ特待生の一年生が入ってくるので、代わりはいくらでもいるわけだ。
二年生になってすっかり暇を持て余した未柳は、生徒会長をこなしつつ、スポーツで鍛えた反射神経をなにか別のものに活用できないかと考えた。
これがeスポーツとの出会いである。
なおスポーツで鍛えた反射神経は役に立っているのだが、バレーボールほど肉体を動かすわけではないため、ちょっとだけ太ってしまった。
未柳本人いわく「どうせなら胸にも肉がつけばいいのに、なんでお腹と太ももばっかり太くなるわけ!?」と絶叫していた。
「もうオヤジギャグはいいですから、とにかく練習しますよ、練習」
俊介は、未柳の【MRAF】アカウントをパーティに呼び込んだ。彼女のプレイヤーネームは〈seitokai queen〉である。
東源高校の生徒なら、だれでも納得する命名方法だった。
なぜなら彼女の生徒会室での評判は『生徒会長としてあまりにも無能なのだが、人柄が良いためなんだかんだ助けてもらえる』なのである。
未柳は、まるで生徒会室での評判を裏切らないように、身勝手な暴走を始めた。
『これから練習するってことは、もしかしてあたしも桐岡くんの配信に載るわけ!? あの常時一万人越えの大人気配信に! ちょっ、やめろよー、風呂上りで化粧してないよー、それとも十八歳の湯上り女子高生を使って視聴者を稼ぎたいわけ?』
「配信切ってるに決まってるじゃないですか。なんでわざわざ大事なチーム練習を公衆の面前にさらさなきゃいけないんです?」
俊介が冷静に返したら、未柳はブーブーとブーイングした。
『なによー、せっかく目立てると思ったのに』
「生徒会関係のお仕事で十分目立ってるじゃないですか。まさか生徒総会の壇上でオヤジギャグぶちかますなんて思ってませんでしたよ……」
つい先日、体育館で生徒総会が行われたわけだが、未柳は事あるごとにオヤジギャグをねじ込んだ。あの日の体育館の空気を思い出すだけで、俊介は寒冷期のごとくブルっと震えた。
『生徒総会なんて内輪向けの話でしょ。あたしもっと目立ってみたいのよ』
「そんなんで体育の先生になるって、なんか怖いですね……」
『別にいいじゃん、目立ちたがりの体育教師がいたって』
「いいんですけど、もし本当に学校の先生になれたら、真面目に仕事してくださいよ」
『だいじょーぶだって。桐岡くんも生徒会の書記みたいに心配性なんだよ。ほら今から練習するんでしょ。地方大会方式でも三人は必要なんだから、もう一人いたほうがいいじゃないの?』
「あ、ちょうど馬場くんがオンラインになったから、誘ってみますよ」
俊介は馬場もディスコードに誘った。
馬場はすぐに合流して、ざらざらの音質のマイクでしゃべりだした。
『さっきの配信見てたよ。メジャーリージョンの選手たちって、なんか人間の限界を超えた技術を持ってたね』
「あのスムーズな集団戦を俺たちで再現してみたいんだよ。だから俺がウィッチで、馬場くんがプリーストで、生徒会長がハンター」
だが未柳は、ぎえーっと奇声をあげながら拒絶した。
『ハンターみたいな細かいエイムが必要なキャラ、あたしにできるはずないじゃん』
「細かいエイムが苦手なんですね、生徒会長」
『だって、敵キャラだって結構な速さで動いてるのよ。なのに弓矢みたいな連射できない武器でカーソルを合わせてクリックしろなんて無理難題よ』
未柳の本音は、部員の育成として考えると大事な視点だった。
俊介は子供のころからFPSゲームに親しんできたから、単発式の武器で動く敵を狙うことに難しさを感じない。
だが未柳みたいな運動部一直線でやってきた人にとっては、初めて自転車に乗ったときみたいに難しいはずだ。
もう何度も触れてきたことだが、【MRAF】は一人称視点のゲームである。ハンターの通常攻撃を当てるには、マウスを動かして敵キャラを狙う必要がある。もしカーソルがほんの少しでも相手のヒットボックスから外れていればノーダメージだ。
おまけに、たとえFPSゲームをやりこんだ上級者であっても、【MRAF】はキャラのレベルが上がると移動スピードも上昇するため、ゲーム終盤になればなるほど当てにくくなる。
それぐらい技量の求められるキャラクターをFPS初心者に練習させても、努力した時間に見合うだけの成果が出ないこともある。
もしプロ志望の部員ならば、ハンターが苦手なことは問題になるだろう。だが未柳は体育教師になりたい生徒会長である。彼女の得意分野と苦手分野を熟慮して、使用キャラクターを厳選したほうがいいだろう。
俊介は、未柳にハンターをやらせないことにした。
「わかりました。なら花崎の構成を真似してみますか。俺がウィッチなのはそのままで、馬場くんはマジシャンで、生徒会長はファイター」
未柳は、ぐいっと腕まくりした。
『それなら任せてよ、スキルで懐に飛びこんで、剣でぼこぼこに殴ればいいんでしょ』
未柳の楽しそうな声をきっかけに、馬場はアナリストとしての発見をしたらしい。
『生徒会長のおかげで、花崎高校の弱点にいまさら気づいたよ。ハンターみたいなFPS技術が求められるキャラクターに苦手意識があるんだね。過去のデータを見直しても、FPS技術を求められるキャラクターを極力構成に組み込んでないんだ』
俊介は、馬場の見事な発見に、ぱしんっと膝を打った。
「そうか。マジシャンとファイター、どちらも大雑把な狙いで当たるキャラだもんな。吉奈先輩はFPSも得意みたいだけど、他の部員まで得意とはかぎらないんだ。もしかして去年の本選に参加した五人も、FPS技術を求められるキャラを使ってないのかい?」
『うん、部長の吉奈さん以外は使ってないんだ。近接武器で戦闘するキャラとか、範囲指定スキルを持ったキャラばっかりだ』
俊介は、今すぐ花崎高校と再戦したいと思った。だが公式大会的には、来週の重里高校戦に勝利して、本選に出場しないことには、かなわぬ望みである。
ならば東源高校としてやることは、来週の予選三日目に向けて、さらなる高みを目指すことであった。
だが思わぬ事態によって熱意が頓挫するのも、また人生だろう。俊介が、さぁこれから部活動としての練習をしながら、プロ選手との配信で身に着けた思考方法を実践しようとした矢先に、加奈子から連絡が入った。
いや正確には東源高校eスポーツ部のメンバー全員の連絡先に、まったく同じメッセージが届いた。
『インフルエンザにかかった。ごめん。一週間は練習に出られないし、本番も出場禁止になった。来週は代わりに未柳が出て』
俊介は、あまりもの衝撃に、ぽろっとスマートフォンを落とした。
「…………え、生徒会長が代理で、来週の大事な試合を戦う?」
がちゃんっとスマートフォンが床に落ちた音が聞こえないほど、俊介は思考の迷路に迷い込んでいた。
未柳は一生懸命だし、ちゃんと練習もするが、残念ながら仕上がっていない。とくにチームとしての連携プレイに問題を抱えていた。おそらく思考する力はあるんだろうが、ノリと勢いを優先するため、乱雑な判断を連発するのだ。
まるで生徒総会で披露したオヤジギャグの連発みたいに。
ちなみに未柳は、公式試合に出られるのが嬉しいらしく、どんちゃん騒ぎしていた。
『どーんと任せてよ! 加奈子の代わりをばっちり務めちゃうから。ふぐの切り身みたいにさ。え、それはてっちりだって? うひゃひゃひゃひゃ、イットイズジョォォーーークぅぅぅ!』
東源高校は、新たな試練を迎えていた。eスポーツ部で、もっともゲームの苦手な生徒会長を、たった一週間で仕上げることであった。
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