第16話 冴えない生徒会長の育て方 1

 

 東京大会予選で主に出場していたのは、俊介、尾長、加奈子の三名である。


 だが練習中は、きっちり五名で練習していた。お笑い生徒会長の未柳や、五人目の選手を放置していたわけではない。


 スクリムをやるにしても、未柳や五人目の選手とメンバーチェンジして練習することもあった。


 だから未柳を含んだチームプレイも一通り練習してある。ただし連携プレイに問題を抱えていた。


 もし未柳に長所があるとすれば、運動部出身の反射神経を活かした個人技だ。使用キャラやシチュエーションによっては、尾長や加奈子を上回る場面だってある。


 活用方法次第では、ロースター入りしてもおかしくないポテンシャルだろう。


 東源高校eスポーツ部の育成方針としては、本選出場までに未柳が仕上がるように長期計画を考えていた。だが加奈子のインフルエンザにより計画は前倒しになった。


 たったの一週間。それが東源高校に残された時間だった。


「というわけで、一週間で生徒会長をロースターメンバーと同じレベルまで引き上げます」


 俊介は、きびきびとした口調で宣言した。


『な、なに、なんか雰囲気変わってない? バレー部の監督みたい』


 未柳は、どうやら運動部時代の厳しい練習を思いだしたらしく、ぷるぷると戦慄した。


「いいですか生徒会長。あと一週間しかないんですよ。次の試合で負けたら、夏の大会敗退。三年生のみなさんは引退なんです。覚悟を決めましょう」


 俊介は、スマートフォンの予定表に『生徒会長強化週間』と追記した。


『うん、それはわかってるけど……もうちょい優しくしてよー。うちの書記とか、あたしがどんなミスしても必ず助けてくれるから、そんな感じで』


「別に無茶なシゴキなんてしませんよ。部活動の練習が終わってから、マンツーマンで指導するだけです。夜間の予定を開けておいてください」


『一周回ってデートじゃん』


「わけのわからないことをいってないで、すぐにランクマッチに行きますよ。生徒会長の長所と短所を、この目で確かめないと」


 俊介はウィッチ、馬場はマジシャン、未柳はファイターでランクマッチに旅立った。


 俊介の個人的な目標は、NKfantasmのVGAのサポートプレイを模倣することだ。しかし未柳の育成が最優先なため、東源高校eスポーツ部としてチームプレイを研究することになる。


「尾長部長みたいなことをいうんですが、まずは視界管理の分担を行います」


 俊介は、ディスコードのメッセージ欄に画像データを貼りつけた。視界管理の担当区域を三色のカラーリングで色分けしたものである。


 ただし敵との交戦が発生しない序盤限定で活用するものだと考えたほうがいい。敵との遭遇戦が発生する時間帯になれば、柔軟に動いたほうがいいからだ。


『よーし、準備は整った。れっつごー』


 未柳は、視界管理用のワニ型歩兵を獣道に設置した。だがそこは三色のカラーリングでいうと馬場の担当区域だった。


 俊介と馬場は目が点になった。なんでこの生徒会長は、いったそばからテキトーに動くんだろうかと。


 俊介は、未柳に優しくたずねた。


「生徒会長。なぜ馬場くんの担当場所へ設置したんです?」


『ん? あ、ほんとだ! ごめんごめん、ディスコードの画像データ、テキトーに見てたわ』


 未柳のザ・テキトーな信条を目の当たりにして、俊介の胃はズシンっと重くなった。こんな人を一週間で実戦レベルまで引き上げるなんて至難の業である。


 かといって未柳を見放せば、来週の重里高校戦は敗北必至だ。尾長と加奈子は不完全燃焼のまま引退することになるだろう。


 だから俊介は、馬場に個別メッセージを送った。


『馬場くん、最後まで諦めないで生徒会長を育てよう』


『うん、一緒にがんばろう』


 こうして俊介と馬場の生徒会長育成計画が始まった。


 ● ● ● ● ● ●


 俊介と馬場は、懇切丁寧に指導した。俊介は選手の視点で、馬場はアナリストの視点で。定石、理論、視点。チームプレイに必要な基礎を事細かに伝授した。


 美柳もやる気まんまんだから、教わった内容をきちんとメモした。


『よーし、あたしってば、うまくなっちゃうぞ』


 だが実際に動き始めると、なぜか乱雑な判断を連発した。視界管理を行うにも直感を頼るし、せっかく敵の警戒を行っても報告を忘れることがあった。


 この手の行動はチームとしての不利益になる。視界管理を間違えれば後ほど修正が必要になるし、報告を忘れれば味方がピンチになるのだ。


 だが未柳の一番まずい行動は、上記二つとは別にあった。


 ミニマップの状況から、馬場は未柳に警告を出した。


『未柳生徒会長、ちょっと前に出すぎですね。味方と連携しながら前進しないと、突出したところを敵に包囲されてダウンしますよ』


『だいじょーぶそうじゃない? 敵の足音ぜんぜん聞こえないし』


 だが未柳の近くの茂みに、敵の歩兵がこっそり隠れていた。


 美柳は、なんの警戒もせずに進んでいたせいで、敵の歩兵の攻撃をモロにくらってしまった。あれよあれよという間にHPゲージが減っていく。


 しかも歩兵の攻撃を目印にして敵プレイヤーたちが一斉に集結したため、未柳は完全に包囲された。


『やばいやばいやばい、へるぷみー! ぷみーぷみー、なんかヘルプミーってさ、ポケモンの鳴き声みたいじゃない?』


 わけのわからない妄言を残して未柳はダウンした。


 俊介は、つーっと冷や汗を垂らした。


「……こ、この人を育てるのは骨だぞ」


 だがまだ俊介の心は折れていなかった。おそらく元チームメイトの美桜や樹からすると、三年前の俊介もこんな感じに見えていたはずなのだ。だから俊介は、かつて自分も通った道だと考えて、次のランクマッチに臨んだ。


 なお本格的なスクリムではなく、あくまでランクマッチなので、対戦相手もそこまで強くない。視界管理は雑だし、連携プレイも甘いため、いくらでも狙う隙があった。


 だが東源高校側は、その狙えるはずの隙を見逃すことになった。たとえ俊介と馬場が丁寧に動いて優位を築き上げても、未柳が台無しにするからだ。まるで農家が一生懸命育てた作物を害獣が食い荒らすような行動パターンなのである。


 そんな状況になってしまうと、俊介はウィッチのスキルで敵集団に飛び込めなくなった。たとえ千載一遇のチャンスで行動阻害を決めても、敵のカウンターで全滅する可能性が高いからだ。


 この恐怖にもよく似た躊躇が、怪我の功名みたいに一つの答えを導き出した。


 VGAはチームメイトの視界管理や音声報告を参考にして、飛び込む距離やタイミングを微調整していたのだ。


 しかし、いくら世界のトッププレイヤーの秘訣を掘り起こせても、実際に役立つのはもっと先の話である。現在の俊介の課題は未柳を育てることだった。


 もっとも、それが難しいのだが。


『うっしゃこのやろー、あたしのファイターで敵をバンバン倒して…………げっ、また敵に囲まれた!』


 未柳は、また一人で突出して、敵に囲まれてダウンした。


 俊介と馬場には理解不能な動きであった。二人がちょっと目を離すと、まるでハイハイを覚えた赤ん坊みたいに無謀な勢いで突撃していくのだ。


 俊介は、自分自身の反省点や気づきをテキストメモに残しつつ、未柳にたずねた。


「なんで生徒会長って、なにがなんでも前に出ようとするんです?」


『なんかね、敵陣の近くに行くと、やってやるぞおらーって気持ちになるの』


 未柳は、うおーっと叫びながらゴリラみたいにドラミングした。


「もはやバーサーカーじゃないですか……」


 俊介と馬場は、がっくりと肩を落とした。せっかく二人で細かい指導を施しても、「やってやるぞおらーっ」と激しい気持ちに上書きされてしまうわけだ。


 だが大事なポイントも見つかった。少なくとも彼女は細かい指導の内容を理解しているのだ。だがなぜか実際にプレイすると、定石や理論をかなぐり捨てて闘争心を優先してしまう。


 そこから導き出された答えを、俊介は未柳本人に投げかけた。


「バレーボール部時代のことをお聞きするのですが……練習中はうまくいってたセットプレイが、いざ試合になると気合が入りすぎてミスしてましたか?」


『えっ、なんでわかったの!? あたしが二軍落ちした理由!?』


 どうやら彼女の問題点が発覚したようだ。だがこの問題点だけでは、自軍陣地にいるときに視界管理を雑にやる理由がわからない。


 俊介は、もう少しだけ事情聴取することにした。


「ではもう少しだけヒアリングを進めていきましょう。なぜ生徒会長は、視界管理を雑にやるんですか?」


 未柳は、ちっちっちっと指を振った。


『あたしに賢さとか細かさを期待しちゃダメよ。生徒会長なんていいながら、難しい仕事は全部生徒会メンバーにやらせてるんだから』


「怠惰であることを自慢してどうするんですか……」


『人望といいなさい、人望と。ちなみに古本で有名なのは神保町。うひひひひ、あたしってばギャグの天才ね』


 またもやディスコードの空気が寒冷期に突入した。俊介と馬場は、あまりもの寒さに凍えてしまって上着を一枚追加した。


 真夜中なのに勘弁してくれ、もはやこの人のギャグセンスは救いようがない、と俊介は思った。


「生徒会長。ギャグはどうでもいいので、視界管理をちゃんとこなしていきましょう」


『いやそれがさ、あたしもドムくんが作った森林ステージの模型を使って練習してるわけよ。でもミニマップを見ながらキャラも動かすと頭がこんがらがってくるの。なんで桐岡くんは、ミニマップ見ながらあんな精密な動作ができるの?』


「単純にいろんなゲームをやってきた積み重ねでしょうね。【MRAF】にかぎらず、多人数で対戦するゲームはみんなミニマップがありますから」


『それだ。あたし、ずっとバレー部一筋でゲームやってこなかったから、ゲーム経験値が蓄積してないんだ』


「それもあるんでしょうけど、かといって重里高校の西岡さんだって、ずっと野球部でしたけど綺麗に適応してるわけですし。やっぱり生徒会長になにかしらの問題があると思いますよ」


『っていうかさ、西岡くんってかっこいいよね。爽やかで友達思いでリーダーシップまであって。はあ、あの筋肉質の胸元ときゅっと引き締まったお尻、卑怯なぐらいおいしそう……』


 未柳は、頬に手を当てて、せつないため息をついた。


「さらっと恋話を始めないでくださいよ。練習中なのに」


 俊介は、ジト目になった。真面目に練習しているのに本題からそれないでほしいと思った。


『ごめんごめん、話題がそれそうになったね。そんでさ、どうやったらあたしがミニマップ見ながらキャラを動かせるようになるかってことよ』


「ふーむ、いっそのこと、一番苦手なジャンルのゲームをやって、なんでミニマップが苦手なのか徹底追及したほうがいいと思いますよ」


『まさかFPSやらせるつもりじゃないでしょうね』


 未柳は、ぶーぶーと文句をいった。


「そのまさかですよ。なんのFPSゲームならインストールしてあるんですか?」


『某バトロワならある。レベル3ヘルメットの画像と、ドン勝取ろうぜで有名なやつ。あれなら気楽にやれるからね』


 俊介も馬場も同ゲームをインストールしてあったので、三人でチームプレイすることになった。


 ● ● ● ● ● ●


 俊介たちは、某バトロワゲームをFPSモードで始めていた。一つの試合に参戦できる人数は、おおむね90名前後である。この大人数のプレイヤーたちが一つの島に降り立って、あちこちに落ちている銃火器を拾い、最後の一人ないし最後の一チームになるまで戦う。


 この島にはパラシュートで降下するわけだが、着陸直後は乱戦や事故死が発生しやすいゲームなので、まずは俊介が周辺をお掃除することにした。


 アサルトライフルとショットガンを拾うと、流れるような動きで敵を連続キルしていく。ほんの十秒で二つのチームを潰した。合計八キル獲得である。


 未柳は、きえーっと奇声をあげながら驚いた。


『はぁぁぁあ? なにその強さ。ずるいずるいずるくなーい!?』

 

 ある意味で慣れた反応だったので、俊介はさらりと流した。


「俺のことはどうでもいいんで、生徒会長はちゃんと装備を拾いましょう。馬場くんは、バトロワ系も結構やりこんでるでしょ」


『大丈夫。ソロは難しいけど、スクワッドならぼちぼちドン勝取ってるよ』


「じゃあ、生徒会長の動きを見極めるのに、ちょうどよさそうだ。俺や馬場くんが活躍しても意味がないからね」


 バトロワ系の良いところは雑談ができるぐらい時間に余裕があることだ。広大な島で交戦するため、長時間敵と遭遇しないこともザラである。だからこそ未柳のミニマップに対する苦手意識を読み解けるはずだ。


 実際、敵と交戦する気配がないうちは、未柳の作戦面に関する動きも順調だった。


『敵と遭遇しないなら、ミニマップを見る余裕もあるのよね』


 ちゃんとミニマップを見ながら銃声とキルログを比較して、どこに敵がポジショニングしているか考えられていた。


 つまり時間に余裕さえあれば、いくらザ・テキトーであろうと、ミニマップを使いこなせることになる。


 だが事件は発生した。とある建物で回復アイテムを漁っているときに。


 俊介は、敵チームの足音を拾った。足音の重なり方からして四人パーティーだ。どうやら建物の西側から接近して、俊介たちを包囲殲滅するつもりらしい。


 一般的には屋内から迎撃する俊介たちが有利だ。しかしグレネードや火炎瓶みたいな爆発物を屋内に投げ込まれたら状況が一変することもある。だから敵の接近を早期に発見して、ダウンまで持ち込めなくてもいいからダメージを与えておきたかった。


 なお建物西側の防衛は、未柳の担当であった。


 俊介は、未柳に注意喚起した。


「生徒会長、さっきから建物の西側から敵の足音聞こえてますけど、ちゃんと守れそうですか?」


『西側ヨシっ、なんちゃって……あっ!』


 敵チームは一斉にグレネードを投げた。ぱりんぱりんっと窓ガラスが割れて、四つのグレネードが屋内を転がる。もう逃げ場はどこにもなかった。どかんっと爆発して、俊介たちは全滅である。


「ぜんぜんヨシっじゃなかったですね生徒会長!?」


 俊介は、マイクの音声が音割れするほどの激しいツッコミを入れた。


『桐岡くん、意外とツッコミキャラなんだね。おねえさん、驚き桃の木山椒の木だよー』


 しょうもないダジャレをFPSゲームの敗北画面で聞いたことで俊介は確信した。この生徒会長は、若手芸人みたいなお笑い反射神経で喋っているせいで判断を間違えるのだ。


 別の言い方をすれば、本来の未柳はミニマップを見ながらでも作戦通りの動きをこなせる。しかし隙あらばおもしろいことを言ってやろうと身構えているせいで、肝心なところで脳がバッファオーバーフローを起こすのである。


 ならば対処は簡単だ。そう判断した俊介は、未柳に禁止事項を伝えた。


「試合中は、隙あらば面白いことを言おうとするのを禁止します」


『はぁ!? あたしの生きがいを奪おうってわけ!? この極悪人がぁあああ!』


 このリアクションからして、やっぱり俊介の推理は的中していた。あとは実際にランクマッチを繰り返しながら、未柳のお笑い反射神経を封じることが目標となる。


 俊介は、スマートフォンのメモ機能に目標を追加すると、ふたたび【MRAF】を起動した。


「とにかく生徒会長の弱点はすべて発覚したので、もういちど【MRAF】に戻って練習します。今度は馬場くんのデータを参考にして、重里高校戦に特化した練習をやりましょう」

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