東京大会予選

第8話 予選開始

 あれよあれよと二週間経過して、高校生eスポーツ大会の予選開始日がやってきた。東源高校eスポーツ部の練習は、時間内でやれるところまでやりきった。


 俊介の作戦に適応する力はまだまだ未発達だが、以前と比べたら育っていた。


 尾長と加奈子の技量に関しても、以前より磨きがかかっていた。


 あとは本番でチームとして成果を発揮するだけだ。


「予選に関しては、実質のダブルイリミネーション方式。つまり二回敗北しなければチャンスは本選につながるわけか。しかしなんで公式大会なのに、ルールは地方大会方式を採用したんだろうな」


 俊介は、馬場と一緒に試合会場へ移動していた。最寄り駅で下車して、パンフレットを参考にしながら歩道を歩く。都内の道だけあって、いくら土日であろうと人混みが途切れなかった。繁華街に近ければむしろ増えるぐらいである。


「このご時世だと、部員を五名集めるのって大変だからね。あとは選手として参加するハードルの高さを緩和するためでもあるよ。歩兵の生産とゴールドの獲得を手作業でやるのって、思ったより大変なんだから」


 馬場は、タブレットのデータを参考に、すらすらと解説した。


「五名は、大変だよな。それも競技シーン向けの五名は」


 俊介は、またもやLM時代を思い返していた。あの時代なら三名で公式大会に参加できた。だが現在では五名必要だった。もし俊介、美桜、樹と肩を並べられる選手を探すとなったら、一年かけて日本全国を行脚しなければならないだろう。


 そこまで考えて、俊介は意識を東源高校に戻した。あくまで現在の自分はeスポーツ部の部員であり、高校生eスポーツ大会に参加している。余計なことを考えている暇はないはずだ。


 まるで俊介の時間感覚を現代に引っ張り戻すように、馬場はペットボトルのコーラを差し出した。


「試合前だからね、炭酸飲料で脳をクリアにしておこう」


 俊介はコーラを受け取ると、ぷしゅっと蓋を外して、ぐびぐびと一気飲みした。


「ぷはーっ、目が覚めたよ馬場くん。本当にありがとう」


「というか俊介くん、炭酸飲料一気飲みって、意外な特技を持ってるね」


 馬場の目線は、まるで勢い重視の若手お笑い芸人を見たときみたいだった。


「え、ああ、そういわれてみれば、たしかに特技と言えるかもしれないな」


 コーラのおかげで俊介はフラットな気持ちのまま試合会場にたどり着いた。


 eスポーツでよく使われる大型アリーナであった。建物の外観は戦隊モノの秘密基地風味だ。なぜこんな見た目になったかといえば出資者がキャラクター産業の某大手だからである。


 そんな大型アリーナの収容人数は最大で二千人である。音響設備や配信設備がしっかり整っていて、日本国内のプロリーグでも使われている。高校生eスポーツ大会の本選も、このメインステージで開催予定だ。


 なお本日は予選なので、収容人数百人の小ホールを利用する。小ホールはAからDまで四部屋あって、どの部屋もエントリークラスのグレードだ。会議や小規模なイベント向きのサイズであり、音響設備は最小限、配信設備はネット回線のみである。


 俊介は、小ホールに入ってから、ぼそりと言った。


「小ホールを利用するぐらいなら、オンラインで予選をやってもよかったんじゃないか?」


 馬場は、裏事情も調べてあった。


「参加人数が多くて、大手のスポンサーがついた公式大会となれば、本人確認とチート対策が必須になるってわけさ。もし不正が発覚して大会日程がくるったら、放映権とか損害賠償とかリアルな話になるんだよ」


「世知辛いなぁ、大人の事情ってやつは」


「でもいいじゃないか。メインステージほどじゃないにせよ、しっかりした施設で大会を開いてくれるんだから。田舎の予選は、小学校の体育館とか、小さな公民館でやるんだよ?」


「それは悲しいなぁ」


「というわけで、都内の豪華な予選に参加できる僕たちは、小ホールを満喫しようじゃないか」


「ところで、俺と馬場くんと係員しかいなくて、まだ他のメンバーは到着してないんだな。さすがにちょっと早すぎたか?」


 予選会場である小ホールには、俊介と馬場と大会スタッフしかいなかった。だが誰かが遅刻したわけではない。俊介と馬場は試合開始の一時間前に到着していたのである。


 だからスタッフもまだ準備に忙しそうだった。


「いやはや、僕たち読み違えたね。もっと道が混むかと思って早出しすぎたんだよ」


 馬場は、小太りのお腹をぽこぽこと叩いた。


「早い分にはいいだろ。今のうちに対戦相手を改めて確認しておこう」


 俊介は、頭の中の引き出しから、対戦相手の情報を取り出していく。


 それを補助するかのように、馬場はタブレットで対戦校のデータを開いた。


「僕たちの対戦相手は春永学院。いわゆる通信制の高校だね。専用の部室があるわけじゃなくて、それぞれの自宅PCで日々練習してきたから、オフライン大会はあんまり得意じゃないかもしれない」


「でも去年とか一昨年の大会には出てるから、オフライン独特の緊張感で潰れることはないはずだ」


「だと思うよ。でもまぁ尾長部長たちの話によると、春永学院の人たちは、そういうのとはある意味で無縁というか」


 どうしてオフラインの緊張感が無縁なのか、それは本人たちの登場ではっきりとわかった。


「本当にkirishunだ! すげー! サインくれ!」


 春永学院の部員たちは、俊介に群がった。しかもみんなマウスパッドとサインペンを事前に用意していた。要はただのファンボーイである。


「いやサインするのは構わないんですけど、これから予選のために対戦するじゃないですか。もっとこう……緊張感とか、そういう、いやサインはするんですけど」


 俊介は断る理由もないため、彼らのマウスパッドにサインした。


「別にいーじゃん。好きなものは好きだし」


 春永学院の部員たちは、とても楽天的であった。それもそのはず彼らはカジュアル勢である。大会で勝つために参加しているのではなく、大会を楽しむために参加しているのだ。


 なお彼らが悪人ではないことは、続いて小ホールに到着した尾長と加奈子が証明した。


「やぁ春永学院のみんな、久しぶり」


「尾長、元気そうでよかったぜ。膝大丈夫か?」


 春永学院の部員たちは、尾長の膝を心配していた。そう、カジュアル勢なだけで、良い人たちなのである。


「普通に歩く分にはもう平気だ」


「よかったよかった。去年ぐらいだと、まだちょっと辛そうだったもんな」


「完治はしないが、日常生活が問題ないぐらいには治るというやつさ。とくにeスポーツならなんの問題もない」


「うんうん、そんじゃあ、今日はよろしくな」


 お祭りみたいなノリで、春永学院のメンバーたちは、自分たちのPCデスクに着席した。


 尾長は、俊介の肩を軽く叩いた。


「ああやって大会を盛り上げてくれる人も大切なんだ。でないと競技人口が減って、日本リージョンが弱くなる」


「そうですね。どんなおもしろいゲームも、プレイヤー数が減ればサービス停止ですから」


「そういうことだ。さて、我々もPCのセッティングといこうか」


● ● ● ● ● ●


 両校の選手たちがゲーミングPCのセッティングを行っている最中、大会のスタッフによる事前説明が始まった。


「ゲームクライアントのエラーや体調不良などがあったらすぐに申告してください。ゲームを一時停止してトラブルに対処しますので」


 説明の最中、他のスタッフたちは、選手たちのゲーミングPCを見回って、不審なデバイスを接続していないかチェックしていく。


 とあるFPSゲームの国際大会で、オフライン会場にも関わらずチートプログラムを使用した前例があるからだ。そのせいでたとえデバイス用のドライバであろうとインストール不可という厳しい環境になっていた。


 だから近年のeスポーツ用デバイスは、インストールディスクなしで動くものが主流である。


 こんな感じで不審なデバイスの確認が終わるなり、スタッフは最後の説明を行った。


「では、開始準備が整ったら、挙手してスタッフに申告してください。大会用のクライアントを使用しているので、ゲーム開始の操作はこちらで行います」


 説明が終わったので、両校の選手はまずイヤホンをつけた。こちらにゲーム関連の音とボイスチャットを流す。続けてヘッドセットを装着すると、こちらからホワイトノイズが流れてきて外部の音をシャットアウトした。


 もし観客ありの試合なら、この程度のシャットアウト処理では大歓声を防ぐことは難しい。だが本日は大会スタッフしかいないため十分な音対策だった。


 選手たちは、スタッフと一緒に音の遮断を確認。ホワイトノイズの正常動作をチェックしたら、堂々と挙手して準備完了を告げた。


 スタッフたちは、大会用のクライアントを操作して、ゲームを開始した。


「ではこれより、予選第一試合『東源高校 対 春永学院』を始めます。ブルーサイドは東源高校、レッドサイドは春永学院です。みなさんフェアプレイ精神を忘れないでくださいね」


 両校の選手の目の前にあるゲーミングディスプレイに、大会用の対戦画面が表示された。いつものユーザークライアントと違って、ステージのpick/banが存在していた。


 pick/ban。つまり両校は自分たちの判断でステージを選べるし、除外もできるわけだ。具体的な流れとしては、両校がbanを行って選択肢を減らしてから、pickによって実際に戦うステージを選ぶことになる。


 予選はBO1で行うため、まず両校がbanするステージを一つずつ選んでから、最後にpickするステージを決める。


 pick/banの順番としては「ブルーサイドがban」→「レッドサイドがban」→「ブルーサイドがpick」である。


 どう考えてもブルーサイドが有利なのだが、それは予選の日程によって補っていた。たとえば予選一日目にブルーサイドだった場合、二日目はレッドサイドになるという具合だ。


 さて東源高校はブルーサイドだから、最初にbanを行うことになる。だがpick/banは戦略的に考える必要があった。ただなんとなく選ぶのでは不利になるだろう。


 しかし東源高校にはアナリストの馬場がいるため、春永学院の傾向を調査済みだった。


 春永学院は森林ばかり練習していた。カジュアル勢だけあって、人気のステージをひたすら遊んでいるわけだ。


 だから東源高校は、即座に森林ステージをbanした。


 春永学院のメンバーは、一斉に悲鳴をあげた。


「マジ!? 森林以外ボロボロっしょ」「やべー、他のステージぜんぜん練習してねぇ」「てっきり予選はみんな森林やりたがると思ったんだけどなぁ」


 あまりにも正直な反応だから、後ろで会話を聞いている大会のスタッフが苦笑いしていた。


 なお俊介たちは、ホワイトノイズのジャミングにより対戦相手の声は聞こえていない。ただし春永学院の映画みたいなオーバーリアクションによって、森林ステージのbanを嫌がっていることは理解していた。


 俊介は、彼らのリアクションに少し驚いていた。あんな露骨に嫌な顔をしたら、森林ステージ以外をやりこんでいないことがバレてしまうからだ。しかし彼らには彼らのスタンスがあるだろうから、あまり深く考えないことにした。


 さて次はレッドサイドがbanだ。春永学院は、都市の廃墟ステージをbanした。どうやらごちゃごちゃと高さの違う建物が並んだステージはやりたくないらしい。


 この情報は後々役立つので、東源高校のメンバーは心の記憶手帳にメモした。


 両校のbanが出揃ったので、次にpickするステージを選ぶことになった。ブルーサイドは東源高校なので、対戦ステージを選べる。


 どうやら尾長には、したたかな考えがあるようだ。


「砂漠でいいだろうな。春永学院のbanの傾向からして、彼らは高低差の激しいステージを嫌がっている。なら高低差がわかりにくい砂漠ステージを選べば、我々が有利になるわけだ」


 尾長は、爬虫類みたいな顔を底意地悪く歪ませながら、砂漠ステージを選んだ。


 すると春永学院は素っ頓狂な声を上げた。


「ひえー! なんでこんな人気ないステージやるわけ」「尾長ってマゾっぽい」「砂地って遠近感覚狂うんだよぁ」


 どうやら苦手は苦手だが、長年【MRAF】を遊んでいることもあり、砂漠ステージの特徴は把握しているようだ。ならば一方的に負けて終わることもないだろう。


 ステージの選択が終わったので、ディスプレイの映像は使用キャラクターの選択画面に切り替わった。


 さてキャラクター選択となれば、例のファイター強すぎ問題が思い浮かぶだろう。だがありがたいことに、つい先日4.7パッチが配布されて、ファイターの壊れ性能がナーフされていた。


 ただしキャラクター性能はまだまだ凶悪なままなので、ゲームは中盤あたりで終了するだろう。


「俊介くん、君の得意キャラはしばらく封印だね」


 尾長は、とても残念そうに言った。


「バトルアーティストは終盤向けですから、最近のパッチ傾向じゃ、しばらく出番はないでしょうね」


 俊介も、残念そうに返した。


「では、本日の我々の選択は、やはり定番のファイター、マジシャン、プリーストだろうな」


 尾長のキャラクター戦略は実に正しい。ただし加奈子はプリーストを使うことを嫌がっていた。


「サポートキャラは苦手……」


 彼女の指先は、まるでエレキギターを弾くときみたいに、くねくねしていた。さすがに公式大会中に演奏したら怒られるため、エアギターである。


「そこをなんとか、ねぇ加奈子くん」


 尾長は両手を合わせてお願いしますと拝んだ。


「冷たい雨に打たれて心が朽ち果てていく。まるでアスファルトに投げ捨てられた人形のように」


 加奈子は、ぶつぶつと謎フレーズを口にしながらプリーストを受け入れた。


 俊介は試合中にもかかわらず、この人はなにをいっているんだろうか、と思った。


 なお頼んでいないのに尾長が翻訳した。


「加奈子くんはね、しょうがないから我慢してやるといっているんだよ」


「…………なんで部長は翻訳できるんですか?」


「慣れだよ、慣れ」


「絶対慣れの問題じゃないと思うんです……」


 俊介が困っていると、春永学園のキャラクター選択も終わった。


 春永学院のキャラクターはファイター、ハンター、プリーストだった。


 ハンターとは、弓矢で戦う職業だ。狩人らしい大自然になじむ軽装を装着していた。物理攻撃オンリーのキャラクターで、範囲攻撃スキルも持っていない。かといって某MOBAみたいに攻撃速度が速いわけでもないため、純粋なダメージキャリーとして運用するのは少々難しい。


 ただし遠くの視界を確保するためのスキルを持っているため、上手に運用すれば効果的であった。


「マジシャンよりハンターを優先する理由があるんでしょうか。馬場くんが調べたデータだと、ハンターが得意なんて情報はなかったんですが」


 俊介の疑問に、尾長はシンプルな答えを出した。


「ノリと勢いだと思うよ」


「……カジュアル勢ですもんね」


「そういうことだ。高校eスポーツは参加することに意義があるし、協調性や友情を育むほうが大事だよ」


「わかりました。とにかく相手の構成を受け入れて、勝ちきりましょう」


 ● ● ● ● ● ●


 砂漠ステージは、砂と岩だらけの荒涼としたステージだ。森林ステージにあったような大自然は消え果ていて、背景に描写される動物もサソリなどの砂漠に特化した荒々しい種族ばかりだった。


 競技として考えたときの特徴は、ステージの中央に高低差の激しい遺跡があって、見通しが悪いことだった。自軍陣地側から敵軍陣地を見通すこともできないし、また遺跡に陣取っても内部の高低差が激しいせいで周囲の風景を把握できなくなる。


 だから遺跡では予期しない遭遇戦が発生しやすいことで有名だった。


 おそらく春永学院は、遺跡を確保して試合を優位に運ぶためにハンターを選んだものと考えられる。ハンターは視界確保をはじめとした遭遇戦に強いスキルを持っているからだ。


 だがあくまでも東源高校側の予測だ。実はもっと大きな狙いがあるかもしれない。しかし東源高校のメンバーが視界確保を地道にこなしているとき、いろいろな意味で予測は外れた。


「春永学院の三人、このタイミングで登ったらまずい丘に登ってる……」


 俊介は唖然とした顔で丘陵を見上げた。


 春永学院の三人は、東源側の陣地にある丘陵に登っていた。丘陵だけあって他の場所より高台になっているため、とても見晴らしがいい。実際彼らもそう言っていた。


『いい見晴らしだ』『ここからなら東源の動きが見えるはず』『さてハンターのスキルで視界を確保しよう』


 彼らのやりたかったことは、ハンターが最初から覚えているスキル〈スカウティング〉によって、スキルレンジ内の視界を得ることだった。


 とくに【MRAF】は主観視点のゲームだから、高台からこのスキルを使うとスキルレンジが伸びる仕様だった。


 だが大事な点が抜けていた。あんな高台になんの作戦もなしにいきなり登ったら、帰り道に包囲されてしまうのだ。なぜなら高台に繋がるルートは極めて限定的なので、待ち伏せが容易なのである。


 ちゃんと砂漠ステージを研究して、プロリーグの試合も分析していれば、こんな露骨なタイミングで丘陵に登るはずがない。


 そもそも東源側の陣地にある丘陵なんだから、すでにその周囲には視界確保用のワニ型歩兵たちが待機している。つまり俊介たちのミニマップには、彼らの現在地がくっきりと映っていた。


 俊介は目が点になった。


「…………陽動、とかじゃなくて、本気でノリと勢いだけで動いてるんでしょうか」


 尾長は、古い友人を見たような目でニコニコしていた。


「彼らはすごくいいやつらなんだ。【MRAF】がすごい好きで、チームとしても楽しんでる。だからあれはあれでいいんだよ。カジュアル勢が大会を楽しむために記念参加するのもさ」


 古来より、ガチ勢とカジュアル勢の間には、巨大な壁がある。だからといってガチ勢がカジュアル勢をバカにする正当性なんてない。


 むしろカジュアル勢は大会の視聴者でもあるし、野良のランクマッチを盛り上げてくれる貴重な母数である。だから将来国際大会で活躍したいと思っている選手ほど、カジュアル勢を大切にしなければならないのだ。

 

 それは俊介だって理解しているから、異論はない。ただし戦うときは、いつだって全力だ。たとえカジュアル勢が相手であろうとも。


「では尾長部長、全力でぶつかりましょうか」


 俊介は、ロングソードを構えて丘陵に向かった。


「うむ。彼らの帰り道に大量の歩兵を配置しようか」


 尾長は、護衛用と監視用のワニ型歩兵を動かして、丘陵の出入り口をふさいだ。


 ちょうど春永学院の三名も、丘陵から下山してきたところだった。だが唯一の出入り口がワニ型歩兵の群れで塞がれていることに気づいて、さーっと顔が青ざめた。


『ええええ! なんで東源のワニ型歩兵が帰り道に!』『序盤の歩兵マジ強すぎるから!』『逃げなきゃ、逃げなきゃ!』


 だが彼らはレベル一なので、ステータスは低いし、ロクなスキルもないし、ジャンプしたってまともな距離を飛べない。逃げる方法なんて一切なかった。


 東源高校のワニ型歩兵たちによる飽和攻撃で、春永学院は一瞬で二名がダウンした。


〈春永学院、ファイター、プリースト、ダウン〉


 ゲーム序盤で二名も倒れたら実質敗北である。しかも唯一の生き残りであるハンターだってHPゲージは半分以下まで減っていた。


 野良のランクマッチだったら今すぐ降参して次のゲームを開始するところだろう。だが春永学院のハンターは最後まで諦めないつもりらしい。


『最後まで一生懸命やらなきゃ、相手に失礼だもんな』


 試合は弱いのだが、気持ちの良いやつらであった。


「尾長部長。彼らの誠意に答えるためにも、最後まできちんとやりましょう」


 俊介は襟を正した。いくら対戦相手が弱くてもバカにしてはいけない。大事なことは一期一会の尊敬なのである。


「うむ。最後まで手を抜かずに戦いぬこう」


 尾長も真面目に戦うつもりであった。


 なお丘陵の戦いでは出番のなかった加奈子も、エアギターで歌舞伎みたいな意思表示をした。


「正々堂々と散るのもまた美しい」


 東源の三名は追撃戦に入った。逃亡していく春永学院のハンターを真面目に倒すために。


 ● ● ● ● ● ●


 東源高校の三名が追撃すれば、砂漠ステージの要所である遺跡にたどりついた。このステージでもっとも高低差が激しい場所だから、外から見ると岩壁で作った現代アートみたいだ。


 そんな場所で、春永学院のハンターは籠城をやるつもりらしい。


『最後まであがいてやるからな、ただじゃ負けないぞ』


 春永学院のハンターは、遺跡にある岩と岩の隙間から弓矢を構えて、まるで狙撃みたいに矢を放った。はっきりいって射撃の精度は悪い。だが加奈子がポジション取りを間違えてたせいで、偶然にも胴体にヒットしてしまった。


 HPゲージがごっそりと削れた。ハンターは矢を連射できない代わりに、一発当たりのダメージ量が多いのだ。


「でもすぐに回復する」


 加奈子は、遺跡の入り口にある石像の裏に隠れてから、レベル一から覚えている回復スキル〈ナノマシンの癒し〉を自らに使った。


 ナノマシンの力により、自身のHPゲージが最大まで回復する。ただし回復魔法のスキルはクールダウンに入った。しばらく自らだけではなくチームメイトのHPも回復できないわけだ。


 俊介も、弓矢で狙撃されないように石の塀に隠れながら、春永学院のハンターを褒めた。


「やるなぁ。このままだと一方的に負けるから、遺跡で籠城したのか。もし現在のこう着状態が長引けば、ゴールドが貯まって、ハンターのレベルを上げられる。ゴールドが自動で貯まる仕様を逆手にとったんだ」


 尾長も、石の塀に隠れて、俊介を褒めた。


「俊介くん、敵の意図が読めるようになってきたじゃないか。練習の成果が出ているんだね」


「そりゃあ尾長部長と一緒にたくさん頭使いましたからね」


 俊介は、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。かつては世界大会で名を馳せた選手なのに、以前はこんな初歩的な作戦すら読み取れなかったなんて、ただの恥だからだ。


 尾長は、俊介の成長が嬉しかったらしく、ぐるぐると肩を回しながら、春永学院の籠城を攻略するアイデアを出した。


 だがその内容を声に出したら、敵のハンターに聞き取られてしまうため、事前に決めたハンドサインだけでチームメンバーに伝えた。


 加奈子のプリーストのレベルを一つ上げて、補助魔法である〈大地の守り〉を使うことだ。敵チームには、ハンターしか残っていないため、チーム全員の防御力を上げてしまえば狙撃も怖くないのである。


 さっそく加奈子は〈大地の守り〉を唱えて、チーム全員の防御力を上げた。全員の体に茶色い帯が巻き付いている間は、ハンターの矢は無効化されているに等しかった。


 春永学院のハンターは、東源高校の選手たちを包み込む茶色い帯のエフェクトに気づいた。


『あっ、防御力を上げるなんて卑怯だぞ!』 


 卑怯もなにもないのだが、反射的に素直な反応をするのが、春永学院のスタイルなんだろう。だがもうなにもかもが遅い。


 東源のプレイヤーキャラと、ワニ型歩兵たちは、一斉に遺跡に進軍。圧倒的な数の差により、ハンターを包囲殲滅した。


〈春永学院 ハンターダウン 春永学院プレイヤーキャラオールダウン。東源高校の勝利です〉

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