第7話 スクリムをやってみよう

 朝の練習は、トレーニングモードでひたすら基礎の動きを反復した。もっと細かな練習や、チーム全体での動きは、時間に余裕のある放課後に行う予定だ。学生であるかぎり日中は授業があるわけで、放課後になるまでは勉強をがんばったほうがいい。


 ホームルームも終わって、一時限目の授業も終わり、休み時間になった。


 俊介と馬場は、タブレットで【MRAF】の公式ページを開いた。なんの項目を読んでいるかといえば、一昨日配布されたアップデートパッチの概要である。バージョンは4.6であった。


 パッチのバージョンが変われば、バグの修正も行われるし、キャラクターのステータスやスキルに調整が入るし、ステージの構図が変化することもある。


 ただしバグの修正を行うつもりが、他の要素にバグを増やすこともある。たとえば昨日の黄泉比良坂はネットワークトラブルを起こしていた。ゲームはプログラムで動くゆえに、バグやフリーズとは上手に付き合っていくしかなかった。


 俊介は、4.6パッチを一通り読んで、ため息をついた。


「なぁ馬場くん。今回のパッチ、やっぱりバフしすぎてるよな」


 バフとは、キャラクターのステータスに上向きの調整をかけることだ。反対に下向きの調整をかけることをナーフという。このバフ・ナーフのバランス調整は難しく、運営会社が『うっかり』バフの調整を間違えてゲームバランスが崩壊することもあった。


 馬場は、タブレットで英語圏のコミュニティサイトを開いた。


「英語圏のコミュニティで話題になってるんだけど、今回のパッチの狙いは、試合時間を短くすることだろうって。一つ前のパッチだと、ナーフの力加減を間違えて、だらだらとしたロングゲームが増えてたじゃない?」


「そういうことか。昨日、俺や美桜が使ったファイターもやけに火力出たもんな。そのせいでゲーム中盤に入る前あたりで決着がついたんだ。だからといってこんな極端な調整かけたら、今度は終盤向けのキャラが奈落の底に落ちるってのがな」


 それぞれのキャラクターには、強い時間帯が存在する。序盤から中盤にかけて強いキャラ、中盤に強いキャラ、中盤から終盤で力を発揮するキャラの三択だ。


 昨日使ったキャラだと、ファイターは序盤から中盤にかけて強いキャラで、マジシャンは中盤に強いキャラだった。


 だからファイターみたいな序盤から中盤にかけて強いキャラに強烈なバフが入ると、マジシャンが力を発揮する前にゲームが終わってしまう。


「【MRAF】の最高に面白いところって、中盤から終盤なのに、そこを見せないようなパッチってもったいないよね」

 

 馬場は不満げにキャラクターシートを眺めた。


「このパッチじゃあ、バトルアーティストはしばらくお預けだろうな」


 俊介は、バトルアーティストのステータスを指でなぞった。


 バトルアーティストとは【MRAF】の競技シーンを象徴するキャラクターであり、典型的な終盤で力を発揮するキャラでもあった。


 LMが日本のチームにしては異例なほど世界大会で強かったのは、このバトルアーティストのおかげである。美桜と樹の知略で序盤から中盤を耐え抜いて、終盤になったら俊介がバトルアーティストの力ですべてをひねりつぶしたのだ。


 だが序盤から中盤にかけて決着がつくパッチなら、バトルアーティストの出番はない。もしなにかの間違いで使ったとしても、真の力を発揮できる終盤まで生き残れないため、チームは敗北するだろう。


「来週か再来週あたりに、もう一度パッチの調整が入るみたいだから、それに期待するしかないね」


 馬場はタブレットを操作して、アップデートスケジュールを表示した。


 どうやら今週の4.6パッチからプレイヤーたちの意見をフィードバックして、次回の4.7パッチを作る予定らしい。


「久々にバトルアーティスト使いたいんだよな。あれはチーム活動で動かすこと前提のキャラだから、野良のランクマッチじゃ終盤まで生き残れないし」


 俊介は不満げだった。自分の得意キャラが使えない環境はフラストレーションがたまりやすいものだ。


「まぁこれからはチーム活動できるんだから、あとはパッチ次第だよ」


 馬場は、チーム活動に役立つデータもたくさん集めていた。どうやら高校eスポーツにおける他校のデータもかき集めたらしい。もちろん黄泉比良坂のデータ分析も進んでいた。あとは大会が始まってから、実際に行われた試合を分析すれば、黄泉比良坂の弱点も暴かれるはずだ。


 俊介は、がぜんやる気が湧いてきた。打倒、黄泉比良坂。部室のホワイトボードに描かれた赤い文字は、俊介の魂にも刻まれていた。


「今から放課後のスクリムが楽しみになってきたよ。ところで馬場くん。次の授業の数学なんだけど、絶対わからないところが出てくるから、あとで教えてくれよ」


「もちろんいいさ。数学は結構得意なんだ」


 俊介と馬場は、すっかり仲良しになっていた。


● ● ● ● ● ●


 放課後になった。東源高校eスポーツ部は、これからチーム単位の練習を行っていく。まずは各自の長所と短所を把握する必要があった。個人技だけではなく、俊介、尾長、加奈子、の三名でチームとして行動したときの特徴も知っておきたかった。


 そのためにはスクリムをやるのが手っ取り早いだろう。


 スクリムとは、他のチームと試合形式の練習をこなすことで、手持ちの作戦や連携プレイなどを鍛える方法だ。だから勝ち負けは大事ではなく、試行回数を増やして自分たちのプレイングを丁寧に分析することが大事だった。


「それじゃあ、僕が対戦を探しておきますから、みなさんはボイスチャットやデバイスのセッティングをやっててください」


 馬場は、ノートパソコンでゲーマー向けチャットアプリ【ディスコード】を起動すると、〈高校eスポーツ専用サーバー〉でスクリム相手を探した。


 俊介は、デバイスの設定を早々に終わらせると、馬場のスクリム相手探しを見守った。てっきり時間がかかると思っていた。LM時代にスクリム相手を探したときは、三十分待ちがザラだったからだ。


 そもそも当時の【MRAF】は競技人口が少なすぎて、他のチームが八つぐらいしかなかったから、毎日同じチームとスクリムを組んでいたのが実情だ。


 だが専用サーバーにログインしているチーム数は六十を越えていた。高校eスポーツ限定で同じ時間帯に六十もいるなら、日本全国のチーム数はプロチームも含めて三百チームを軽く越えているはずだ。


 どうやら日本でも【MRAF】は本格的に流行っているらしい。その証拠に、なんとほんの数秒でスクリム相手が釣れた。


 葛飾区の重里高校である。東源と同じく東京の学校だった。


 馬場は、東源高校と重里高校のチャット履歴を読み返した。


「こちらの重里高校ですが、尾長部長たちは去年からお世話になっているみたいですね。頻繁にスクリムを行っていますから」


 尾長は、スマートフォンで横長の写真を表示した。尾長と一緒に丸刈りの男子高校生が写っていた。


「重里高校eスポーツ部の部長は、中学時代の友人でね。小生がeスポーツ部を設立するとき、知恵を貸してもらったのさ」


 馬場は、小さく拍手した。


「なるほど、ご友人でしたか。それにしても、すごく野球部っぽい見た目の人ですね。筋肉もがっしりついてますし」


「彼は中学時代まで野球部だった。だが進学先の高校に野球部がなくてね。だからノリと勢いでeスポーツ部を立ち上げたんだ。今ではすっかりeスポーツプレイヤーだ」


「野球部がない高校って、最近じゃぼちぼち聞くようになりましたね」


「競技人口が減ればそうもなるさ。日本のeスポーツだって、今でこそプロリーグを開催できるだけ選手も視聴者も増えたが、十年前は過疎りすぎて大会を開くことすらできなかったんだ」


「たしかに。でもメジャーリージョンと比べたら、日本の市場規模はまだまだ小さいのが悩みの種ですね。配信者として稼げる人は出てきましたけど、競技選手一本で生活を成り立たせられる人って、ごく少数しかいませんから」


 馬場は俊介の背中をバンバンと叩いた。どうやら俊介は競技選手一本で生活が成り立つ選手だと言いたいらしい。


 俊介は、そこまで深く考えていなかった。ただメジャーリージョンのトップチームに入って、世界最強のF2イースポーツを倒したいと思っているだけだ。


 どうやら尾長も、俊介は競技選手一本でやっていける人物だと思っているらしく、俊介の背中をバシバシ叩いた。


「きっと俊介くんが、素晴らしい前例を作ってくれるさ」


 尾長と馬場が、業界の話と将来の話に熱中していると、ぎゅいーんっとエレキギターの音が鳴った。ギターといえば加奈子である。彼女はノートパソコンの画面をピックで指した。


「重里高校のメンバーは、すでにカスタムマッチの待機画面で待ってる」


 どうやら加奈子は奇抜な見た目であっても、空気や状況に流されずに周りが見えている人のようだ。


 逆に尾長は知的な外見で知略が得意でも、情熱的な会話になると周りが見えなくなるらしい。


 対照的な二人だな、と俊介は思った。


 ● ● ● ● ● ●


 なんだかんだでスクリム開始である。今回は俊介、尾長、加奈子の三名で参戦する。


 東源を代表して、尾長が文字メッセージで挨拶した。


〈西岡くん。今日もよろしく〉


 尾長は【MRAF】に付属した機能である全体チャットで挨拶した。まだ対戦を開始していないせいで、ボイスチャット機能が動いていないから、文字による挨拶を行っていく。


〈よろしくな、尾長〉


 重里高校の部長である西岡鈴成も、全体チャットで挨拶した。


 スクリムなので、いきなり試合形式の練習を始めるのではなく、お互いの相談により練習したいシチュエーションを設定することも可能だった。


 東源は、三名の基本的な力量を調べたいだけので、とくに要望はない。


 だが重里高校には要望があるらしい。西岡は文字メッセージで要望を出した。


〈中盤以降の練習をしたいんだ。最近のパッチだと、序盤から中盤で決着がつくだろう? だから中盤以降の練習が疎かになるから、今のうちにやっておきたいんだ〉


 正論かつ誠実な提案であった。東源高校としても断る理由はないし、なんならやっておいたほうがいいシチュエーションなため、快く応じた。


 さっそく両校はカスタムマッチの設定を細かく変えた。ゲーム開始直後の初期ゴールド量と歩兵の数を、ゲーム中盤と同程度に増やしたのだ。


 ただ増やすだけでは中盤の再現にはならないので、まずは歩兵の初期配置を決めていく。本拠地の防御陣形、視界管理、敵陣に入っていくための護衛、これらの役割を歩兵に振っておいた。


 東源高校は、比較的スタンダードな割り振りにした。


 防御陣形が四割、視界管理に三割、護衛に三割だ。


 それぞれの数字を並べて〈433戦術〉なんて呼ばれている。


 ファイター・マジシャン・プリーストみたいな定番のキャラクター構成でもっとも効果を発揮するスタンダードな配分であった。


 加奈子は、エレキギターをぎゅわーんっと弾きながら挙手した。


「尾長くん。この〈433戦術〉って誰が決めたの?」


 尾長は、部室用のノートパソコンでSNSを立ち上げた。それから英語圏の認証アカウントを検索して画面に表示した。


「アメリカに有名なeスポーツキャスターがいてね。彼が統計の専門家で、これまで行われた公式大会でもっとも戦果を出した歩兵の配分を算出したら、433だったのさ」


「統計。インテリの匂いがする」


 加奈子は、ぶいーんとブーイングみたいなチョーキングを行った。どうやらインテリが嫌いらしい。


「競技用ゲームとして使われるゲームには、ステータスやステージの距離など、細かな数値が設定されているわけだよ。なら統計との相性は抜群だ」


 尾長は統計が好きらしく、青いフレームの眼鏡をくいくいっと楽しそうに動かした。


「夜空にはばたく光の鳥みたいに自動車や飛行機より優れたものはある」


 加奈子は、またもやよくわからない言葉で対抗した。


 いつものように俊介と馬場は頭上にクエスチョンマークを浮かべた。加奈子の不思議発言を噛み砕くのは高校の入試より難しかったからだ。


 しかし加奈子と付き合いの長い尾長は翻訳できていた。


「統計や数字よりも、夢や心が大切だろう、といっているのさ」


 俊介と馬場は、同じタイミングで同じ感想を口にした。


「それ、普通に言えばいいじゃないですか」


 すると加奈子本人が、ぎゅいーんっとエレキギターを弾きながら反論した。


「普通に喋ったらアーティストじゃない」


 そういう問題なんだろうか、と俊介と馬場は困惑した。


 そんな東源高校のハートフルなトークはともかく、スクリムの設定はほぼ終わった。ゴールドの配分も本来は決める必要があるのだが、今回はあくまで三名の力量を分析するためだから、平均的に割り振ってしまった。


 各自の使用キャラはレベル四まで上がって、ステージ中央の手前あたりに出現した。


 俊介と尾長は練習試合のときと同じく、ファイターとマジシャンである。


 今回初参戦の加奈子は、プリーストを選んでいた。


 プリースト。回復魔法と補助魔法のエキスパートだ。武器は鋼のメイスで近接攻撃の威力もそこそこ高い。神官用の分厚い装甲服を着ていて、防御力はかなり高い。スキルのほとんどは回復と補助に効果を発揮するから、基本的にはサポートに徹すると強いキャラだ。ただし運用方法に幅のあるキャラなため、作戦次第ともいえるだろう。


 そんなキャラクターを使用する加奈子だが、ぼそりと文句をいった。


「サポートキャラ好きじゃない」


 俊介は、ちょっとだけ戸惑った。


「でも俺と尾長部長と組むことになったら、サポートポジションしか空いてないですよ。まぁ俺はサポートもやれますけど、それじゃあ俺の個人技が活かせなくなるから、もったいないでしょう?」


 という疑問に答えるのは尾長だった。


「単純にうちの部員の中で、小生の次にうまいのが加奈子くんなんだよ。他の二名は二年生から入部したから、まだ育ちきってないんだ」


「あー、そういうことですか。つまり公式大会方式で五人のプレイヤーが必要になったら、残りのお二人のどちらかがサポートキャラやるんですね」


 俊介が後ろを振り返ると、残り二名の部員は、こくこくとうなずいた。


 ならば俊介の役割は、後ろの二人が参戦するであろう本選まで、チームを勝たせることであった。もちろん個人技だけで引っ張るのではなく、作戦を駆使してチームとして勝たなければならない。


 俊介は決意を新たにした。このチームと一緒に成長することで、黄泉比良坂とF2イースポーツを倒してやろうと。


 さて各種設定も決まったので、次はスクリムで使用するステージについて触れておく。基礎の練習となれば、もちろん定番の森林だ。すでに歩兵の配置は完了しているため、道路と獣道に視界管理用のワニ型歩兵たちが散らばっていた。


 東源側は全体チャットで〈準備完了〉と打ち込んだ。重里側も同じく〈準備完了〉と打ち込んだ。


 スクリムという名のカスタムゲーム開始であった。

 

 ● ● ● ● ● ● 


 中盤以降の練習で、かつ三人の動きを見るとなったら、集団戦をやりたかった。お互いのプレイヤーキャラを総動員して、勝つか負けるかの大勝負を繰り広げるのだ。


 以前触れたように、森林ステージの中央は闘技場と呼ばれるぐらい集団戦の発生しやすい場所であった。


 だから東源の三名は、真っすぐステージ中央に突っ込んだ。


 すると重里の三名も、まったく同じタイミングでステージ中央に突っ込んだ。

 

 両校ともに集団戦をやりたがっていた。計画的な練習という面もあるが、どちらのチームも若いため、激しい集団戦が好きなのである。稲穂のように実る蒼い熱意が、部活動という青春の一ページを盛り上げていた。


「集団戦をやるなら、プリーストの補助魔法は必須」


 加奈子は〈火山の守り〉のスキルを放った。これは一定範囲内の味方の攻撃速度を上昇させる魔法だった。赤色の帯が円を描いて、俊介と尾長と加奈子の体に巻きついた。


 もしゲーム序盤ならば、他に唱えられるスキルがないため、これで打ち止めだろう。だがスクリムのために設定をいじってあるため、プリーストは複数のスキルを習得していた。


 加奈子は〈大地の守り〉のスキルを放った。これは一定範囲内の味方の物理防御と魔法防御を上昇させる魔法だ。さきほどの〈火山の守り〉は赤い帯が円を描いて使用キャラに巻き付いたが、今回の〈大地の守り〉は茶色い帯が円を描いて使用キャラに巻き付いた。


 赤と茶色の円が重なると、宇宙空間に浮かぶ惑星みたいな色合いになった。


 ちなみに重里側のプリーストもまったく同じように〈火山の守り〉と〈大地の守り〉を唱えたため、両校の条件は完全に同じになった。ならば勝者を決めるのは、いたってシンプルなチーム力の差であった。


 しかしいざ集団戦が始まった瞬間、両チームともに予想外の事態が発生した。


「ちょっと、今回のパッチ、ファイターの火力調整完全に間違えてますよ!」


 俊介は叫んだ。叫んで当然のダメージ量が発生してしまった。


 順を追って説明していくと、俊介はファイターがレベル一から覚えている〈ジャンピングアタック〉を使用した。その結果、たった一発で重里のマジシャンとプリーストがダウンしたのである。


 マジシャンはともかく、プリーストは壁役として運用することも可能なぐらいHPと防御力が高いはずのに、たった一発のスキルでダウンするなんて、どう考えてもダメージ量が壊れていた。


 重里で唯一生き残っていた西岡も、興ざめした様子で〈ジャンピングアタック〉を使用した。


 やっぱり尾長のマジシャンと加奈子のプリーストも一発で消し飛んだ。


 もはやコメディである。なんともいえない空気が流れていた。


 西岡はボイスチャットで嘆いた。


『完全に運営会社のやらかしだな。こんなにファイターの火力を上げたら、ファイターが強いほうが勝つゲームになるじゃないか』


 俊介は、ぽりぽりと頬をかきながら、西岡に質問した。


「西岡さん、俺と一騎打ち、しておきます?」


『一応、やっておこう。バフしすぎたファイター同士が戦ったらどうなるのか、知っておきたいから。ああそうそう、いくら世界のkirishunが相手だからって、負けないぞ』


 俊介と西岡の一騎打ちが始まった。だが残念ながら特筆すべき点はなかった。俊介は西岡の間合いに踏み込むなり、防御の隙間をついて、連続攻撃を叩き込む。これでおしまいである。練習と呼べるかどうかわからないぐらいの圧勝であった。


『はー、やっぱ一騎打ちじゃ、君には勝てないな』


 西岡は、爽やかな論調で敗北を認めた。


「恐縮です」


 俊介は天狗にならないように自らを戒めた。


 あくまで目標は黄泉比良坂およびF2イースポーツである。だからといって西岡を見下してはいけないし、また尊敬する心を忘れてもいけない。スクリムは他のチームが存在するから成立するのだ。同業者を尊重しない選手はいつまでたっても大成しないだろう。


『今後の東源対策は、いかに君を封じ込めるかだな。さて、次は条件をつけて練習しよう。ファイターのスキルを使わないでやるんだ。それだけで、だいぶまともになるはずだよ』


 という西岡の推測は実に正しかった。両校はファイターのスキルを一切使わないで練習をしたのだが、ぼちぼち悪くない練習成果が出てきたのである。集団戦だけではなく、通常の索敵やけん制を交えた対戦でも、比較的まともな結果に収束した。


 これらの練習成果から、東源高校の特徴が掴めてきた。


 俊介の個人技を封じ込められると、ほぼ東源が負ける。


 逆に俊介の個人技を発揮できる状況を作りだせば、確実に東源が勝つ。


「でもこれよくない傾向ですよね。チームゲームなんですから【MRAF】は」


 俊介は、こめかみに指を当てて苦悩した。個人技でひねりつぶすのでは、三年前から進歩していないことになる。それではメジャーリージョンのトップチームなんて夢のまた夢だろう。


「俊介くんが作戦で動けるようになることも大事だが、我々もうまくならないとダメだな。結局のところ各選手のパワーバランスが取れていないのが問題なわけだから」


 尾長は、いつものように個人の反省点をスマートフォンのメモ機能に打ち込んだ。


「わたしは、尾長くんの技術にも追いついてないから、難しいギターソロを習得したときみたいに、たくさん練習する」


 加奈子は、古風なスケジュール帳に個人練習の時間を大幅に追加していた。


 それぞれの反省点がはっきりとわかったところで、部活動の活動時間は終了となった。

 

 東源高校のメンバーは、重里高校のメンバーにお礼をいった。


「本日はどうもありがとうございました」


 重里の西岡は、ちょっぴり嬉しそうだった。


『尾長、同好会から部活動に戻れてよかったじゃないか。良い仲間にも恵まれて』


 尾長は、ぐいーっと伸びをしながら、嬉しそうに返した。


「ああ、今年は二人も入ってくれたからね。まだ夏までは時間があるけど、予選はすぐに始まるから、これから練習の日々さ」


『高校生活最後の大会だ。絶対に黄泉比良坂を倒して、決勝はうちと東源で戦うんだ』


「すばらしい目標だ。それでは西岡くん、またスクリムを頼む」


 尾長と西岡の友情に、俊介は感動した。この二人は、中学生のころからずっと友情を育んできて、三年生になっても決裂していない。きっとお互いを尊敬しているからだろう。


 それに比べて、俊介は美桜とすぐに仲違いしてしまった。LM時代は濃密な体験をしたが、チームメイトでいられた時間はたったの数か月だ。いくら個人としてゲームがうまくても、信頼できるチームメイトがいなければ【MRAF】は勝てない。


 ならば俊介がより鍛えなければならないものは、チームメイトに対する礼節なのかもしれない。

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