第6話 敗北、そして公式大会へ向かって
東源高校は敗北してしまった。弱小校にも関わらず接戦まで持ち込めたが、チーム練習の差であと一歩届かなかった。
選手として参加していた俊介と尾長は落胆が滲んでいたし、後ろで応援していた上級生部員たちも悔しそうだった。
一方、勝利した黄泉比良坂の部員たちは、喜ぶというよりほっとしていた。どうやら去年の全国を制覇したeスポーツ強豪校が、東源高校なんて予選落ち常連の弱小校に負けるわけにはいかなかったらしい。
そんな両校の事情はともかく、元LM同士の対決は、ひとまず美桜の勝利で終わった。
俊介はヘッドフォンを外して、指先に残る敗北の感触を噛み締めた。言葉は出てこなかった。まるで心の奥底に鉛を流し込まれたかのように意識が重くなるばかりであった。
尾長は、ペットボトルの水を一口飲んでから、美桜に聞いた。
「いつ、こちらの狙いがプレイヤーの殲滅だと気づいたんだい?」
美桜は右手でマウスを持ち上げた。
「尾長部長のやった見事な歩兵コントロールがきっかけだよ。大量の歩兵を細かく動かして索敵と奇襲の警戒を同時にやる動き。あれは暗闇から敵をしらみつぶしに探すための動きだな」
「ふーむ、小生が力みすぎたせいで作戦を読まれたか……」
尾長は律儀にもスマートフォンのメモ機能に本日の反省点をまとめていた。
だが俊介は、今日の練習試合を振り返るどころか、この場に滞在することが苦痛になっていた。美桜に敗北したことが自分で想像していたよりも屈辱だったのである。
どれだけ前向きに考えようと思っても、三年前のラスベガスと重ねてしまって、感情が嵐のように混乱した。
もしこのまま黄泉比良坂の勝利ムードに身を浸していたら、尾長たち東源高校eスポーツ部の名誉を汚すような失態をするかもしれない。暴言を吐くとか、苦しい言い訳で自己弁護するとか、モノに八つ当たりするとかだ。
だから俊介は、尾長に一声かけてから、黄泉比良坂の部室を抜け出した。
まるで敗北の苦痛から逃れるように階段を駆け下りていく。タカタカと靴底が床を叩く音は、俊介の自責の念を代弁していた。
階段の手すりを強く握りしめながら、あの練習試合もっとやりようがあったのではないか、とプレイミスを探した。
だが、そもそも連携の練習が足りていないし、俊介はまだまだ作戦が苦手ゆえに、どんなプレイに置き換えても敗北する道しか見えなかった。
やがて一階に到着して、校舎の出入り口に差し掛かったとき、クラスメイトの馬場とばったり遭遇した。
「馬場くんじゃないか! ってことは、文学部の対戦も、この棟でやったのかな?」
俊介は、馬場の背中をやや強めに叩いた。美桜に負けて落ち込んでいたからこそ、敵地でクラスメイトに出会えたことが嬉しかったのだ。
「そうさ。文学部の部室も、この棟にあったんだよ」
馬場の馬みたいな顔は、やや暗かった。どうやら彼も落ち込むようなことがあったらしい。
「どうしたんだよ馬場くん。もしかして、ビブリオバトルってやつで負けたのかい?」
「違うんだよ。ビブリオバトルで負けることなんて些細なことなんだ。僕がこんなに悔しいと思ってるのは、数の力に負けたことさ」
「数だって?」
「SFは文学じゃないって頭ごなしに否定されたんだ。東源高校の部員ですら味方とはいえなかった」
馬場は、ぎゅっとカバンを抱えて悔しがった。自分の好きな趣味をバカにされることは、本を愛する人間にとって耐えがたいものだったはずだ。
だから俊介は、馬場のカバンから、神林長平の本を取り出した。
「この本は間違いなく文学だ。俺は馬場くんを支持するよ」
「俊介くん、ありがとう」
馬場の表情は、ほんの少しだけ明るくなった。そうやって友達の心を癒せたことで、俊介の心も活力を得た。まだ高校生活は始まったばかりであり、これから練習して黄泉比良坂に勝てばいいのである。
だから俊介は、馬場と肩を組みながら校舎を出た。
「馬場くんの気持ちはよくわかるさ。eスポーツだって、こんなのスポーツじゃないって散々いわれてきたわけだし」
馬場も、俊介と肩を組みながら、ずんずんと大股で歩いて校舎を出た。
「そうそう、eスポーツもSFみたいに拒絶されがちだったんだ。僕は、どちらも好きだから、どちらの気持ちもわかるよ」
「なんかもう、ぱーっと騒ぎたい気分だな、馬場くん。これからカラオケいって、それからラーメンでも食べようか」
「賛成だね俊介くん。さぁいこう、アイスクリーム食べ放題がついたカラオケが、この近くにあるんだ」
俊介と馬場が肩を組んで、黄泉比良坂の敷地を出ようとしたら、なぜか美桜が息を切らせて追いかけてきた。
「ま、待て俊介。まさか本当にこのまま帰るつもりなのか?」
美桜は、まるで方向感覚の狂った鳩みたいな顔で戸惑っていた。
「まさかっていわれても、練習試合は終わったろ?」
俊介は、比較的ナチュラルな気持ちで返事をした。馬場と友情を深めたおかげで、さきほどまでの暗い気持ちが吹き飛んでいたからだ。
だが美桜は焦るばかりで、身振り手振りを加えながら本日のスケジュールを説明した。
「いいか俊介。これから【MRAF】を使ってレクリエーションをやるんだ。エキシビジョンマッチとか、ランダムな組み合わせで一対一を繰り返すとか、両校の選手が同じチームになって戦うとか」
美桜のセリフは、最後の『両校の選手が同じチームになって戦う』の部分が強調されていた。
彼女の言葉にどんな意図があるのか俊介にはわからない。彼女がなにを焦っているのかもよくわからない。
だが自分自身の優先順位だけはわかっていた。
「こちらの馬場くんは、高校で出来た友達でね。これから彼と一緒にカラオケにいって、後ろ向きな気持ちを吹き飛ばす会をやるんだ。まぁ尾長部長の顔に泥を塗ったっていうなら、あとで関係者全員に謝っておくよ。それじゃあな美桜。次に会うときは公式大会だ」
俊介は馬場と一緒に黄泉比良坂の正門を出た。
馬場は、正門を振り返った。
「本当によかったのかい俊介くん。天坂美桜さんの言葉からして、まだ両校の部活動交流は続いてるみたいだけど……?」
「いいんだよ馬場くん。俺は練習試合に敗北したショックで部室を飛び出したんだ。いまさら戻るほうがかっこ悪いさ」
「そういう事情があるなら、しょうがないか。うん、っていうか、僕も明日から文学部の部室に顔を出しづらいなぁ」
「なら馬場くんもeスポーツ部に入ればいいんだよ。アナリスト役がいないから、ちょうどいいと思うし」
「いいね! アナリストならやれるよ、いろんなゲームの公式大会を見てきたから、データ分析は得意なんだ」
こうして俊介と馬場は、カラオケやラーメンを楽しみながら、歴代のeスポーツ向けのゲームについて大いに語った。すっかり日が暮れて帰路につくころには、二人とも元気を完全に取り戻していた。やはり友人は尊い存在なのである。
● ● ● ● ●
東源高校と黄泉比良坂の交流会は無事終了した。すでに東源高校の部員は帰校していて、黄泉比良坂の部員たちも後かたづけを終わらせて自由時間に入っていた。
黄泉比良坂の部長であり、元LMのリーダーである天坂美桜は、自由時間を活用して一人反省会を始めることにした。黄泉比良坂の学食に移動すると、隅っこの目立たない席に座った。
窓から夕陽が差し込んで美桜の疲れた横顔を照らす。
「また俊介とすれ違ってしまった……」
美桜はテーブルに肘をついて大きなため息をついた。
三年ぶりの再会なのだから、お互い頭が冷えているのではないかと希望的観測を持っていた。だが全然そんなことはなかった。幼いころから、あらゆるゲームタイトルで張り合ってきた蓄積が、顔をあわせた瞬間に爆発してしまうからだ。
幼いころの美桜は、自他ともに認める暴虐な女王だった。生まれながらの金持ちでありながら、勉強ゲーム運動の才能まであることを鼻にかけた最悪の人間だった。
だが中学時代から少しずつ変化が生まれて、LMを結成したあたりで考えが変わった。信条の変化の決定打になったのはラスベガスでF2イースポーツに敗北したときだ。
正確には敗北したことよりも、敗北した責任を美桜と俊介で押しつけあったことが人生の転換点になった。
あの醜い敗戦処理により、美桜と俊介はお互いの信頼関係を壊してしまった。
どれだけ丁寧に蓄積した繋がりも、たった一つの過ちによって根元から崩壊するのが人間関係だ。
高飛車で横暴な人間のままでは、人間関係の弱点を克服することなど不可能だった。
だから美桜は高校eスポーツの世界に踏み込んだ。部活動なら能力の上下に関わらず、eスポーツを好む人間が集まる。以前の自分なら見下していた凡人たちだ。だが美桜は自らを見つめ直すために、彼らと人間関係を構築した。
そのおかげで、新しい自分を発見した。人々を導くための力、個人技の活かし方、作戦の構築およびそれをチームメイトに伝えるための大事さ。他にも様々な道筋を掘り起こした。
それらの発見を俊介にも適応できれば、少なくとも険悪な関係を解消できたはずだった。
だが美桜は、彼を前にすると感情のコントロールを失って、せっかく発見した新しい自分を見失うことになる。はっきりいって無様であった。
「やぁ美桜、情報通り、落ちこんでるね」
懐かしい声が、黄泉比良坂の食堂に響いた。
樹である。元LMのチームメイトで、現在はNAリージョンのEarth9という名門プロチームに所属している。キツネみたいな顔をした細身の男子で、今年で十八歳。どんなときでも飄々とした態度を崩さないクールな男でもあった。
「樹、日本に帰ってきたのか?」
美桜は樹のために、食堂の椅子を引いた。
「ただのオフシーズンだよ。まぁ来週からプロリーグのサマーシーズンに向けて練習再開だけどさ」
樹は、一礼しながら椅子に座った。
「そうか、今年もメジャーリージョンのプロリーグに出場できることを自慢しにきたわけか」
メジャーリージョンとは、世界大会で毎回優秀な成績をおさめる地域のことだ。昔から現代にいたるまで、NA・EU・韓国・中国・南米・オーストラリアの六つが該当していた。
ちなみに日本は弱すぎて下から数えたほうが早い。世界大会に出ると全敗して帰ってくることもザラなので、世界最弱地域と呼ばれることもある。かつては先進国の中で唯一eスポーツが流行しなかった不思議な国でもあった。
だからこそLMが世界大会で優秀な成績を収めたことが伝説化したのである。
そんなLMの元メンバーである樹は、同じく元メンバーである美桜にこんな言葉を投げかけた。
「そんな野暮なもんじゃないさ。実は、うちのコーチが、君をEarth9に引っ張り込みたがっててね」
かなり直球のスカウトである。だが美桜は微動だにしなかった。
「スカウトなら間に合ってる」
樹は、心底驚いたらしく、手拍子を打つみたいな瞬きをした。
「まさか、断るつもりなのかい? 日本人がメジャーリージョンのトップチームに所属できる貴重な機会だっていうのに」
「…………内密な話がある。耳を貸せ」
美桜は、今後の人生に関わる重大な情報を樹に伝えた。
その情報を知った樹は、呼吸を忘れるほど驚いた。だがすぐに咳払いして息継ぎを再開すると、他の誰かに盗み聞きされないように小声で返した。
「そりゃあ正真正銘のビッグニュースだ。ちなみにいつから?」
「ウインターシーズン開始当初から。公式発表は、まだまだ先だがな」
「ってことは、高校生eスポーツ大会が終わってから、EUに留学か」
「ああ。俊介も高校eスポーツに参入したし、全国を二連覇することでケジメをつけておきたい」
「とはいえ、俊介は育つまで時間がかかるだろうなぁ。あいつ個人技だけはメジャーリージョンの選手より優れてるのに、作戦や戦略はダメダメのダメだから」
「もしかしたら、あいつの学校の尾長部長が、俊介を目覚めさせてくれるかもしれない」
「ほー、いい選手かい、尾長くんは?」
「RTSの有名プレイヤーだ。プレイヤーネームはbasketman」
「わお。ぼちぼち名前の出てくる強豪プレイヤーじゃないか。てっきりおじさんかと思ってたが、まさか同い年だったなんて驚きだ。そんな面白い逸材がいるなら、俊介も作戦に目覚めるかもしれないな」
樹は帰り支度を始めながら、余計なことをつけくわえた。
「ところで、美桜は三年前のあの日から髪を伸ばし続けてるみたいだけど、まるで俊介に対する呪術だな」
「お前まで私の心に土足で入ってくるのか!」
美桜は、わずかに顔を赤くしながら怒鳴った。だが手のひらにはぐっしょりと汗をかいていた。つま先はそわそわしているし、心臓だって早鐘を打っている。乙女の心は秘密が多く、また秋の空のように扱いが難しいのだ。
「土足もなにも、日本のアニメ漫画文化だと、君みたいなのを『ツンデレ』っていうんじゃなかったっけ?」
「つ、ツンデレだと……そんな胡乱な単語で私を決めつけようとするな。今度同じ言葉でからかったら、日本刀で真っ二つに斬ってやる」
美桜は割りばしを日本刀みたいに握って、樹の手の甲を叩いた。
「おお怖い怖い。それじゃあ、また会う日まで。もしかしたら、ウインターシーズンの世界大会かもしれないけどね」
樹は颯爽と帰っていった。その軽々しい背中を見つめながら、美桜はつぶやいた。
「……ツンデレか」
ツンデレみたいな明確な言葉ではなく、美桜は自分自身の気持ちがよくわからなかった。一般的な女子みたいな生き方をしてきたならば、俊介に対する距離感に答えを出せたんだろう。
だが美桜はなまじあらゆることに才能があるせいで、コントロールの難しい感情を嫌う傾向にあった。
だからツンデレよりかは、自分自身にすら素直になれない、のほうが正確なんだろう。もっとも本人に自覚症状はないが。
● ● ● ● ● ●
入学式の翌日であり、黄泉比良坂との練習試合の翌日。東源高校eスポーツ部は、朝から部室に集まっていた。
東源高校eスポーツ部の部室は、それはもう狭かった。なんせ元家庭科準備室である。小麦粉やベーキングパウダーの匂いが壁や床の傷に染み込んでいた。ゲームをやっているはずなのに、お菓子を作っている気分になる部室である。
なお左隣は今も家庭科室であり、放課後になると料理部が使用するため、ちょっと油断するとおいしそうな匂いが漂ってくる。なんなら試食だってさせてくれる。東源高校eスポーツ部は、ダイエットに向かない部活動であった。
そんな部室にて、俊介は頭を下げていた。
「昨日は、途中退出してしまって、すいませんでした」
俊介は、先輩部員たちに謝罪した。実情や心情はともかく、両校の伝統行事の真っ最中に途中退出したことは失礼な行いだったからだ。
「いいんだよ。昔のチームメイトに負けたことが、よっぽどショックだったんだろう?」
尾長を含めて、上級生の部員たちは怒っていないどころか、むしろ俊介を心配していた。
「昔の知り合いに敗北するのは、つらいですね。自分で思っていたよりも、ダメージがあったんです。でももう大丈夫です。馬場くんと残念会をやって気分をリセットしてきましたから」
「俊介くん。次は黄泉比良坂に勝とう。それも公式大会で」
尾長はホワイトボードに『打倒、黄泉比良坂』と赤字で書き込んだ。
「ええ、勝ちましょう。目指すは全国制覇ですよ」
なんて会話していたら、アナリストになった馬場が、eスポーツ部の部室に顔を出した。
「どうもこんにちは。本日からアナリストを務めさせてもらう馬場です。みなさんよろしくお願いします」
馬場は、馬にそっくりな顔で元気よく挨拶した。
尾長と上級生たちは、やったーと大きな声で喜んだ。
「今年はこれで部員六名だよ。幸先のいいスタートだ。よろしく馬場くん」
「よろしくお願いします、尾長先輩とみなさん。ではさっそく集めてきた資料を見てください。すべて公式大会に関わるものです」
馬場の持ってきた資料は、プリントアウトした紙媒体と、タブレットに保存した電子データがあった。
俊介は、高校生向けの大会に関しては全然詳しくないので、丁寧に資料を読んだ。
高校生eスポーツ大会は、複数のタイトルを内包していた。FPS部門もあったし、格闘ゲーム部門もあったし、パズルゲーム部門もあった。もちろん一番規模が大きいのは【MRAF】部門である。
「【MRAF】部門は、参加校が多すぎた場合は、予選を開催するんだ。そんなに集まるのかな?」
俊介は疑問に思った。いくら近年の日本にeスポーツが浸透してきたとしても、メジャーリージョンと比べたらプレイヤー人口が少ないからである。
馬場は紙の資料だけではなくネットの最新情報も暗記しているため、すらすらと説明した。
「今年の参加校は都内だけで50を超えたから、確実に予選を開催するね」
「へー、50を超えるのか。都内だけでこんなにeスポーツ部があることに驚きだよ」
「一般的なスポーツと違って、eスポーツの場合は通信制の高校も公式大会に参加できるから数が増えるんだよ」
「そういえば日本のプロリーグに、通信制高校出身の人がいたなぁ」
「ちなみに東京大会は参加校が多いから、全国大会への出場権は二校も手に入るんだ。だから決勝まで進めば、全国への切符が確定だね」
「二校か。なるほど、チャンスは多いほうがいいもんな。ああそれと、こっちの記述なんだけど、予選って地方大会方式で開催するのかい?」
「そうなんだよ。どうやら参加のハードルを下げることで、幅広い高校生にeスポーツを体験してもらいたいみたいだね」
「となると、予選が終わって本選が始まってから、いよいよ五対五の公式大会方式で戦うわけか。ところで尾長部長、地方大会方式の三人目のメンバーって、誰が出るんです?」
俊介が質問したら、尾長はなにかを言いかけた。
だがその声をかき消すように、ぎゅいーんっとエレキギターの音が聞こえた。しかもピロピロピロとギターソロまで始まる。音の出所は部室の後方だった。
いつのまにか狭い部室に特設ステージが組み上がっていて、そこでド派手な格好の女子がロックサウンドを奏でていた。
三年生の龍元埼加奈子である。紅に染めた髪と、ゴスロリ風味に改造した制服。ヴィジュアル系の派手な化粧と、ちょっと大人っぽいシルバーアクセサリー。ギターのデザインはもちろんフライングVだ。
そんなゴスロリメタルな彼女が、マイクに向かって高らかに歌い上げた。
「わたしが三人目。天高く舞いがる流星のように電子の世界を走り抜ける」
俊介と馬場は、同時に首を傾げた。この上級生は、なにをいっているんだろうかと。比喩や嫌味ではなく本当にセリフの意味を理解できなかった。
なおeスポーツ部の上級生たちにとって加奈子の謎発言は日常茶飯事らしく、尾長が内容を翻訳した。
「加奈子くんはね、三人目の選手として大会をがんばるから応援よろしく、といっているんだ」
俊介は、尾長と加奈子の顔を見比べた。
「尾長部長は、なんで翻訳できるんですか?」
「そりゃあ、クラスは一緒だし、彼女も一年生からeスポーツ部だからね。慣れてしまえば、すぐにわかるようになるさ」
「な、慣れの問題ですか……追加で質問ですけど、加奈子先輩はなんでヴィジュアル系ロックンロールな恰好なんです?」
「加奈子くんは、子供のころから音楽一筋の人だったからだよ。高校一年生の冬までは、バンド活動も続けていた」
加奈子は、尾長の言った「音楽一筋」の言葉にあわせて、やたらと情緒あふれるフレーズを弾いた。ちなみに彼女のプレイヤーネームは「gothlolimetal」である。名は体を表すを地で行く人であった。
俊介は、加奈子のギターと尾長の大道芸が重なって見えた。芸達者な上級生たちである。
「一年生の冬までとなると、二年生からはeスポーツ部一本ですか」
「うむ。ちょうど組んでいたバンドも解散してしまったし、進路も早々に決まっていたから、残りの高校生活をうちの部に捧げてくれたわけさ」
ちなみに具体的な進路については、加奈子本人が激しいギターソロを弾きながら答えた。
「看護師さんになるための専門学校で、鯉の滝登りみたいに活躍する」
なんで激しいギターソロを弾きながら答えたのかは、誰にもわからなかった。だが彼女が部活動にも看護師の夢にも熱意を持って取り組んでいることだけは伝わってきた。
だから俊介は、加奈子と握手した。
「たくさん練習して勝ちましょう、黄泉比良坂に」
加奈子は、おしゃれなイヤリングを揺らしながらうなずいた。
「わたしはたくさん練習する、満天の星空に輝く月のように」
やっぱり俊介と馬場は、加奈子がなにを言いたいのかよくわからなかった。
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