第9話 東源高校、無事一戦目を勝利

 東源高校は、春永学院との戦いに勝利した。


 俊介は、ヘッドフォンとイヤホンを外した。額と手のひらに爽やかな汗。内臓まで喜ぶような心地よい暑さに魂が悶えた。


 三年ぶりの勝利の余韻であった。


「ふー、久々の公式戦は、やっぱ力んじゃいますね」


 俊介は、すっかり肩がこっていたし、目も疲れていた。精神的な緊張はほとんどなかったのだが、公式大会独特の張り詰めた空気のせいで力んだのである。もっと適切な力配分を思い出さないと、長期戦に耐えられないだろう。


「想定していたより綺麗に勝てたな。だが小生自身は、まったくもって泥臭い感じだ」


 尾長は青いフレームの眼鏡を外してタオルで顔を拭いた。爬虫類みたいな顔に濃厚な疲労が蓄積していた。目元は黒ずんでいるし、まるで全力疾走した後みたいに呼吸が乱れていた。どうやら試合開始前からずっと過度な緊張状態だったらしい。


 だからこそ俊介は、尾長からリーダーシップを感じた。尾長は試合が終わるまで緊張状態を隠し通したのだ。おそらく部長の威厳を保つことでチームメイトの心理的な負担を軽くするためだろう。


 とくに加奈子は助かったのではないだろうか。もしリーダーである尾長が緊張してガチガチに固まっていたら、一般的な部員はメンタルを引きずられてミスプレイをしやすくなるからだ。


 実際、加奈子はかなり緊張していたらしい。ふーっ、すーっ、と深呼吸を繰り返すことで、首や肩の緊張を解いていた。だが彼女は誰よりも周囲を見ている人だから、どれだけ疲労していても大事なことを忘れていなかった。


「わたしたちが勝利したんだから、握手にいかないと」


 eスポーツの鉄則、勝利したチームが、敗北したチームの席に握手を求めに行くこと。


 どんなゲームタイトルでも必ずやる決まり事だ。スポーツマンシップを守れない人物には、公式大会に参加する資格はないのである。


 だからこそ俊介は反省した。本来なら加奈子ではなく、プロ志望である自分が気づかなければならない点であった。


 俊介は、反省の気持ちを込めて、小走りで春永学院の席へ向かった。


「対戦、ありがとうございました」

 

 春永学院の選手たちと、がっちり握手していく。表面的な儀礼としてやるのではなく、ちゃんと真心をこめた。春永学院のハンターが見せた、最後まで諦めない姿勢には学ぶところがあったからだ。


 どんなときでも諦めてはいけない、たとえ敗北寸前の状況であっても。


 少なくとも三年前の俊介にはできなかったことだ。F2イースポーツと戦ったとき、俊介は圧倒的な力にひれ伏して、ただ涙ぐむことしかできなかった。


 そんな一つの学びを俊介に与えた春永学院の選手たちだが、それはもう悔しそうだった。


「負けちゃったけど、でもすごい楽しかったよ」


 たとえカジュアル勢であっても、自分たちなりに工夫してチーム活動をやってきたのだろう。でなければ、こんな顔をしないはずだ。そう感じた俊介は、春永学院の工夫をたたえて、もう一度力強く握手した。


「すごい楽しかったです。最後の遺跡は白熱しました」


 俊介が口にした最後の遺跡というフレーズに、春永学院のハンターをやっていた生徒が反応した。


「なぁkirishun、このゲームさ、序盤のほうが難しくない? 視界の管理とか索敵って、どう考えても上級者向けだよな。ある程度キャラが育ってからだったら、ちょっとは勝負できそうなんだけどさぁ」


 彼は弓矢を撃つ動作を再現した。どうやらハンターの操作に自信があったらしい。でなければ遺跡に籠城して時間を引き延ばすという戦法は浮かんでこないだろう。


 俊介にも思い当たることがあったので、そのまま答えた。


「俺がF2に敗北したのも、序盤から中盤にかけてですよ。あそこは個人技じゃどうしようもない時間帯なんです」


【MRAF】の時間帯には、定説があった。


 序盤から中盤までは、MOBAとRTSの技術が必須になる。


 中盤からは、ACTとFPS/Fightingの技術が強めに作用する。


 終盤になると、MOBAとRTSの技術が不要になる。


 つまり序盤から中盤ほど賢さが求められるわけだ。


 春永学院のハンターは、まるで降参したかのように両手を挙げた。


「そういうことかぁ……でもいいんだ、一生懸命やれて、すごく楽しかった。ありがとう、kirishun。サイン、大切にするよ。さて尾長たちとも、ちゃんと握手しないとな」


 東源高校の上級生組は、ずっと握手を待っていた。だから春永学院のメンバーは、尾長たちときっちり握手した。


「お互い三年生だから、これが最後の公式大会だな」


 さきほどの俊介との会話と違って、どこかしんみりした雰囲気が漂っていた。まるで最終試合に敗北したような空気である。


 だが俊介は疑問に思った。予選を二敗しないかぎり、本選出場のチャンスは残っているはずだと。


 尾長も同じことを疑問に思ったらしく、春永学院のメンバーたちに聞き返した。


「でもまだ一敗じゃないか。ここから二回勝てばいいんだから、本選出場だって夢じゃない」


 しかし春永学院のメンバーたちは、苦笑いで答えた。


「いやぁ、それがさぁ、学校の先生との約束があってさぁ。この試合で勝てなかったから、次の試合棄権するんだよ」


「棄権する約束だって? なんで生徒の可能性を先生が打ち切るんだ?」


 尾長は爬虫類みたいな顔でギョッとした。俊介と加奈子もびっくりした。せっかくの公式大会なのに棄権するなんてもったいないからだ。


 だが春永学院のメンバーたちは、納得の答えを持っていた。


「大学受験のためだよ。カジュアル勢が予選で一敗するようなら、本選の見込みはない。だから今すぐ大学受験に打ち込みなさいってね」


 大学受験。とても大切な進路の話だ。平均的な学生なら、受験と公式大会のどちらを優先するかと問われたら、受験と答えるだろう。


 俊介だって高校受験のためにチーム活動を中断したぐらいだ。


 きっと春永学院のメンバーと、先生たちの決断にも、第三者にはわからない葛藤や想いが込められているはずだ。


 そんな大事な決断に、部外者が首を突っ込んではいけないだろう。

 

 どうやら尾長も同じことを考えていたようだ。


「正論だ。君たちは真面目に人生を見つめている。小生のほうが間違っていた」


 尾長は素直に頭を下げた。


「尾長が謝るところじゃないよ。むしろ悪いのは俺たちだ。棄権するのはよくないことなんだし。大会を運営してる人たちに失礼だって意味でもさ」


 春永学院のメンバーたちは、試合会場にいる大会スタッフたちに、ぺこりと謝罪した。


 大会スタッフたちは、無言で首を左右に振った。おそらく大学受験を優先する姿勢を認めているんだろう。だが言葉に出さないのは、棄権を肯定的に捉えるわけにはいかないからだ。


 俊介も大人たちの事情は理解していた。いくら予選とはいえ、スポンサーのついた大会である。スケジュール調整や人材の割り振りなど縁の下の力持ちたちが苦労していることを忘れてはいけなかった。


 もちろん春永学院のメンバーたちも、このあたりの事情を理解したうえで、大学受験を優先するはずだ。


 まるでそれを証明するかのように、彼らは尾長と肩を組んで超理論を口にした。


「尾長たちが、俺たちの代わりに勝ち上がってくれよ。そうしたら、二校分のエネルギーで予選を突破したことになって、スタッフの人もスポンサーの人も元気になるからさ」


 春永学院のメンバーは、爽快な顔立ちで小ホールを去っていった。


 あまりにも清々しい棄権っぷりに、俊介は感服した。逆方向に突き抜けてしまえば、時には道理が引っ込むこともあるのかもしれない。


 だから俊介も自分自身の進路をエネルギッシュに見つめた。


 とっくに答えは決まっていた。メジャーリージョンのトップチームに入って、F2イースポーツを倒す。三年前のラスベガスで味わった屈辱を、きっちりお返しするために。

 

 ● ● ● ● ● ●


 東源高校は、試合終了後も小ホールに滞在していた。アナリストの馬場によるデータ分析の時間があるからだ。


 馬場は、ノートパソコンで分析したデータを拡大表示した。


「試合のスタッツですけど、今回はあまり参考にならないですね。序盤の丘陵でほぼ決着ついてますから」


 尾長は苦笑いした。


「だったら、最後の遺跡になだれ込んだところだけ見せてくれ。あそこだけはうちも苦戦したからね」


 馬場はノートパソコンを操作して、スタッツの処理範囲を絞り込んだ。


「遺跡だけなら、俊介くんの数値がずば抜けてます。メジャーリージョンのトッププレイヤーと勝負できるレベルですよ」


 俊介は自分の分析データを観察した。だが悲しいことに、優れたスコアは個人技に関わる部分であった。つまり以前からやれていたことをミスなくやっただけである。高校eスポーツに参入してから伸びたわけではない。


 尾長も同じ感想を持ったらしく、淡々と語った。


「戦闘技術を中心とした個人技ならこうなるんだろうな。ちなみに全体を通して視界管理や索敵などの作戦や戦略に関わるスコアだとどうなる?」


 馬場は、ちょっと困った顔をしながら、さらりと答えた。


「尾長部長がずば抜けてて、俊介くんは平凡ですね」


 俊介は、がっくりと肩を落とした。馬場は優しい友達だから、平凡という言いまわしをした。だが実際にはプロ志望の選手なら絶対にあってはならない数値だった。


 だからといって落ち込んだままでは、弱点の克服など不可能だろう。


 俊介は、あえて胸を張ることで弱気を消し飛ばした。今はまだめぼしい成果が出ていないだけで、いつか必ず作戦を使いこなせるようになるはずだ、と。


 決意を固めれば、すぐに気力も戻ってきたので、次の対戦相手のことを考えた。


「馬場くん。来週の対戦相手って、もう決まったのかな?」


 馬場はタブレットで対戦表と日程を確認した。


「隣の小ホールBで行われた試合の勝者が、来週の対戦相手になるね」


 その小ホールBの勝者は、東源高校に興味があったらしく、まるで幽霊みたいに、ぬぅーっと扉から顔を出した。


「わたしたちが小ホールBの勝者、花崎高校よ」


 魔女みたいな恰好をした三人組の女子だった。三人ともフードを深くかぶっていて顔がよく見えない。しかも本格的な水晶玉と、煮立った釜を持ち歩いていて、ぶつぶつと呪いの呪文を唱えていた。


「なんで魔女のコスプレ!?」


 俊介は混乱した。なんで公式大会の予選で、こんな異世界ファンタジーみたいな恰好をしているんだろうかと。


 だがすぐに混乱はおさまった。なぜなら加奈子のゴスロリ改造制服も十分ファンタジーだったからだ。


 その加奈子は、どうやら魔女たちに対抗意識があるらしく、エレキギターをぎゅいーんっと弾きだした。


「わたしたちを呪っても効果はない。なぜならわたしの歌は千変万化の花吹雪だから」


 本日はワンフレーズだけではなく、ノリノリで本格的な演奏を開始した。やたらと熱のこもったギタープレイである。よっぽど魔女のコスプレに危機感を抱いたらしい。


「む、あちらのバンド少女から、強い霊気を感じる……!」


 花崎高校の魔女たちも、どうやらゴスロリ改造制服に対抗意識を燃やしているらしい。ぶつぶつと唱える呪いの呪文がさらに高速化した。


 そんな奇抜な生き様のぶつかりあいみたいな状況に、俊介は頭を抱えた。


「なんで令和の日本でギターと呪いの戦いなんてわけのわからないものに立ち会わなきゃいけないんだ……」


 なお両者の謎バトルを中断したのは、大会のスタッフであった。


「あのー……白熱しているところ申し訳ないんですが、こういう施設は利用時間に制限があるので、そろそろ退室してください」


 施設の利用時間なんて切実な問題で中止となれば、加奈子はちょっと悲しそうだった。


「現実はいつも厳しい……」


 なんだかんだ常識人なので、いそいそとエレキギターをケースに戻した。


 魔女たちも、施設の利用時間をオーバーしてまで絡むつもりはないらしく、早々に小ホールを出た。ただしまだ物足りないらしく、通路から俊介を睨みつけた。


「いくら元LMの天才でも、わたしたちの呪いで勝つわ」


「俺は別に天才ってわけじゃ……」


 俊介は天才という単語に戸惑った。よく天才と評されるが、実感はないし、そもそも天才ではないからF2イースポーツにボロ負けしたのだ。


 だが花崎の魔女は、俊介のリアクションが不満だったらしい。


「あんな化け物じみた反射神経を持ってて、天才じゃないというのかしら?」


「tiltmeltは、俺と同じ反射神経の持ち主ですよ。彼だけではなく、他にも俺と張り合える選手が世界にはいます」


 tiltmelt。南米出身のプロで、F2イースポーツが誇るアタッカーである。俊介のバトルアーティストを一騎打ちで破った男であり、現時点における世界最強のアタッカーでもあった。年棒は日本円換算で四億円を越えていて、SNSのフォロワー数は五百万人。実力と人気を併せ持つスーパースターであった。


「そんな世界の上澄みの話をされても、凡人はイラっとするだけよ」


 花崎高校の魔女たちは、よっぽど機嫌を損ねたらしく、ぷんすかと怒りながら帰っていった。


 俊介は、後ろ頭をかきながら困り果てた。


「まいったなぁ。世界の上澄みとかいわれても、俺は現時点でメジャーリージョンのチームに所属してないわけだし……」


 実際問題、現在の俊介の実力では、トップシーンについていけないだろう。


 だが花崎高校の魔女たちは、天才の過剰な謙遜だと思ったらしい。


 人間の価値観は難しい。立ち位置がほんの少し違うだけで、見えるものがガラリと変化するからだ。


 ちょっとだけおかしなことになった場の空気を緩和するように、馬場はタブレットで花崎高校の戦績について触れた。


「ちなみに花崎高校は、去年の東京大会で三位に入賞する実力だよ。作戦チームって呼ばれるぐらい作戦と戦略が得意だ。準決勝で黄泉比良坂に負けたから全国にいけなかったけど、トーナメントの組み合わせが違ってたら、彼女たちが全国に行ってたんじゃないかな」


 俊介は素直にびっくりした。


「十分強いじゃないか。なのにどうして俺に当たりが強いんだ」


「強くなるほど練習したからこそ、俊介くんや美桜さんに才能の壁を感じたのかもしれないね」


「才能の壁か……俺だって美桜や樹相手に感じてるってのになぁ」


 誰しも隣の芝生は青く見えるのかもしれない。


 ● ● ● ● ● ●


 東源高校のメンバーは、部室に帰って全体練習をやった。いつものメニューではなく、本日の試合を踏まえて連携の修正点をホワイトボードに描きだすための流れだ。


 だが試合で真剣勝負をこなしたことにより体力を大幅に消耗しているため、ホワイトボードがぎっしり埋まったら、本日の練習は早めに切り上げとなった。


 加奈子だけは自宅に直帰せず、秋葉原のeスポーツカフェで一人反省会をやっていた。


 いくら予選で一勝しても、あと二回敗北すれば予選敗退だ。東源高校eスポーツ部は、創部以来一度も本選に出場したことがないから、あと一勝がなにがなんでも欲しかった。


 加奈子は、俊介や尾長と比べたら格段に下手なので、ミスは修正して得意分野を伸ばさないといけない。


 俊介と比較すれば、キャラクターコントロールが下手すぎる。


 尾長と比較すれば、作戦に関する素養がなさすぎた。


 加奈子は、花崎高校の魔女がいった「世界の上澄みの話をされても、凡人はイラっとするだけよ」という言葉を少しだけ理解していた。


 バンドをやっていたときも、【MRAF】に打ち込んでからも、自分の限界が見えてしまった。加奈子はよく周りの状況が見えていると評されることが多いのだが、よく見えているからこそ自分の限度も把握できた。


 eスポーツという分野では、ひとかどの人物になれない。


 しかし加奈子は【MRAF】が好きだった。バンド活動をやっていたときより楽しかった。だから才能や限界という言葉に負けないように、ひたすら努力を続けた。


 だがまさか元LMのkirishunがチームメイトになるのは予想外だった。当初は単純に嬉しかった。あんな有名な選手が仲間になれば、きっと予選突破して本選に進めるだろうと。


 だがいざ毎日部室で一緒に練習するようになると、天才との差を実感して焦りを感じた。


 天才とは、際限なく成長していく人間のことだった。


 加奈子から見れば、とんでもないスピードでうまくなっているはずなのに、本人はまったく成長していないと言い張る。


 おそらく目標としているハードルが、メジャーリージョンのチームがひしめきあう世界大会なんだろう。

 

 あんな一握りの人間たちが集まった世界を一度でも味わってしまえば、日本国内のちっぽけなチームなんて小さく感じるんだろう。


 そんな天才の世界を間近で感じて、加奈子はこう思った。あれには追いつけないな、と。


 天才と凡人の差を言語化していると、一人反省会でやれる範囲の復習が終わった。

加奈子の喉はすっかり渇いていた。せっかくeスポーツカフェにいるんだし、座席を離れてアイスコーヒーを飲もうと思ったら、とある人物と出会った。


 花崎高校の魔女だった。どうやら魔女は、熱々の紅茶を自分の席に持ち帰るところで、加奈子にばったり遭遇したようだ。


「あなたは、東源高校のロックサウンドで呪いを払う人」


 彼女の声からして、魔女三人組の先頭に立って、俊介に絡んでいた人物である。フードの奥からどす黒い瞳が見え隠れしていた。髪も紫色に染めてあって、毛先から呪術っぽい香りを感じる。耳や首元にも魔術っぽいアクセサリーをつけていて、ほんのちょっとだけ色気を放っている。


 もしかしたら魔女というより、占い師志望なのかもしれない。


「もしかして、本格的な占星占術を学んだことがある?」


 加奈子は、なにげなく推理を披露した。


 すると花崎高校の魔女は、驚きのあまり紅茶を落としそうになった。


「えっ、どうしてわかったの?」


 どうやら的中だったらしい。加奈子は満足げにうなずいた。


「なんとなく」


「そう、あなた、良い人だったのね」


 なぜか心地よい雰囲気になったため、加奈子は二人でプレイできるゲームに誘ってみようと思った。


「某バトルロイヤルゲームを一緒にやろう。建築要素のあるやつを」


 世界で大人気の某バトルロイヤルゲームである。60人前後のプレイヤーが一つのフィールドに降下して、最後の一人ないし一チームになるまで戦う。街中の建物をハンマーで破壊して素材を手に入れたら、それを使って壁や足場を作れる。


 コミカルなアイテムや豊富なイベントが特徴であり、人気配信者のゲーム実況から火がついて、世界中の若年層を中心に大流行した。いまではこのゲームのレアなスキンを持っていることがステータスになる時代である。


「いいわよ、やりましょう。あなたとは、なにか通じるものを感じるから。わたしの名前は井生吉奈。あなたは?」


「龍元埼加奈子」


「そう、加奈子さん。では、一緒に建築バトルしましょう」


 こうして加奈子と吉奈のデュオが始まった。二人ともeスポーツ部に所属するだけあって、そのへんの野良プレイヤーぐらいなら簡単に蹴散らせた。


 加奈子は部活内では俊介と尾長に劣等感を覚えることもあるが、一般プレイヤーが相手なら無双できるわけだ。


 そんな加奈子の無言で高揚する様子に、花崎高校の吉奈は興味を持った。


「加奈子さんは、どうしてeスポーツを始めたの?」


 言葉の裏側に『あなたはeスポーツ部らしくない見た目なのに、どうして競技シーンに興味を持ったのか』というニュアンスが含まれていた。


「きっかけは、尾長くんを助けたかったから」


 加奈子は、入学当初から尾長を応援していた。なぜなら彼は出会ったときから加奈子の不思議な言葉を翻訳できたからだ。だからバンド活動の合間を縫って、バスケ部の試合を応援しにいった。


 とてもかっこいい選手であった。一年生でバスケ部のエースである。しかも東源高校という全国常連の強豪校でエースだ。スポーツ漫画の主人公みたいな人だった。


 だが夏の全国大会に出場したとき、膝を大怪我をして選手生命を絶たれた。


 加奈子は衝撃を受けた。よりによって家庭の事情からスポーツ特待生で高校進学した人に、こんな仕打ちを与えるなんて、神様は残酷すぎる、と。


 共感や同情もあったが、神様に対する怒りを感じた。だから尾長が特待生を維持するためにeスポーツ部を立ち上げたとき、ほとんど勢いで入部した。


 しかしそうなるとバンド活動との両立が問題になる。最初はうまくいっていた。だが凡人が二刀流なんて夢を見すぎたのだろう。加奈子はギター技術の低下からバンドメンバーと衝突、そのままバンドは解散となった。


 eスポーツ部のメンバーには音楽性の違いによる解散と伝えてあるが、半分嘘であった。


 だが後悔はしていなかった。


 恋する乙女を止めることなど、誰にもできないからである。


「あなたのロックサウンドに力があるのは、そういうところからね」


 吉奈は、タロットカードにおける恋人のカードを取り出した。


「そういう吉奈ちゃんは、どうして占星占術をしっかりやってきた人なのに、eスポーツにすべてをぶつけることにしたの?」


 加奈子は、ギターのピックを吉奈にプレゼントした。


 吉奈はピックを気に入ったらしく、首から下げたネックレスのロケットに挟み込んだ。


「うちの部は元々占い部だったの。だけど、わたしたちを見下してきた同級生たちを見返すために、競技シーンに出ることにしたの。だから学校での部活動登録は今でも占い部のままよ」


「あれ、でもそれじゃあ、高校eスポーツ協会から、ゲーミングPCの貸与が受けられないんじゃ?」


「ええ、受けてないわ。だからいつもeスポーツカフェで練習してるの。ここ、都内じゃ一番安いからね」


 吉奈だけではなく、他の魔女たちもeスポーツカフェの一角を占拠していた。


「努力をしてでも証明したい意地があるんだ、占い師たちには」


 加奈子は、吉奈の仲間たちにも、ピックを持って手を振った。


「わたしの占いによると、あなたにも証明したい意地があるみたいだけど? 恋人のタロットカード以外の理由で」


 吉奈の瞳から星の海が広がった。どうやら占いの訓練を受けているだけあって、相手の心を見透かすのが得意らしい。


 加奈子は、下唇を噛んだ。そもそもeスポーツカフェで個人的な反省会をやっているのは、チームメイトの足を引っ張りたくないからだ。


「わたしは、最後の最後まで瞬きたいんだと思う。夜空に煌めく星座のように」


 加奈子は、自分が練習に打ち込んできた三年間が、どこまで通用するのか知りたかった。だから、たとえ才能の差なんて言葉が壁になっていようとも、最後まで諦めないで悪あがきを続けたかった。たとえ無様といわれようと最後まで走り抜きたかった。


「あなたは強いのね。わたしは才能の差を意地悪で埋めることにしたのに」


 なんと吉奈は、加奈子の不思議発言を理解した。


「あなたと、もう少し早く出会っていたら、わたしの人生は違うものになっていたかもしれない」


 加奈子は、吉奈の手をぎゅっと握った。


 加奈子と吉奈は、出会ったときから、ひそかな共感を覚えていた。だから加奈子は、呪いに対してギターで答えたし、俊介に絡んでいるときも参戦できなかった。


 そのことはどうやら吉奈も感じていたらしい。


「そうね。わたしたち、どこか似てるものね」 


 吉奈の胸元でギターのピックが凛と鳴った。まるで二人の魂が共鳴したかのように。


「また来週会おう。小ホールの対戦会場で」


 加奈子は、ロックスターみたいに投げキッスをしてから、eスポーツカフェを去った。

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