緊急特別短編:《日常生活と弟子》

 賢勇者シコルスキとその弟子サヨナは、《欲望の樹海》と呼ばれる最難関ダンジョンを抜けた先にある、だだっ広い草原に一軒家を構えて共に暮らしている。

 それは即ち、一つ屋根の下、若い男女が二人っきりで共同生活を送っているということである――

 この一文だけ抜き取ると「おっ よくあるテンプレラブコメかぁ~? 最近ラノベはラブコメが隆盛の兆しを見せてるからなぁ~ ワシもこんなん書かずにラブコメ書けば良かったわぁ~(後悔)」と思わなくもない。

 しかし現実問題、この師弟にはただの一度も過ちがない。

 ではこいつらはよほどストイックな日々を過ごしているのだろうか。修行僧もかくやというような、解脱を目指す毎日を送っているのだろうか。真実は誰にも分からない。

 ということで今回は本編では語るページが無かった、そんな賢勇者とその弟子の何でもない日常生活を起床から就寝まで、まるっとお届けするぞ!



     *



 ――早朝。弟子の朝は早い。

「…………」

 独り身で暮らすには広いシコルスキ邸は、来客用に部屋が幾つか余っている。その内の一つを、弟子であるサヨナは私室として与えられている。とはいえ、部屋に飾り気はない。言うほど自由のない毎日を過ごすサヨナは、調度品や装飾品を揃える余裕などないのである。部屋にはベッドとクローゼット、文机と鏡台しか置いていない。おっさんの部屋かな?

「おっさんの部屋に……鏡台はないでしょ……」

 うなされるようにして、サヨナは寝言ツッコミを口から漏らした。

 窓からは朝陽が差し込み、カーテンの隙間を縫って線条となり、サヨナの顔を照らす。もぞ、とサヨナが体動したと同時に、彼女の部屋の扉が勢い良く開いた。

「サヨナくん! 朝食の時間ですよ!」

 ――師匠の朝はもっと早い。いや、言うほど弟子の朝が早くないだけだった。

 早寝早起きという健康的な生活を送る時は送るシコルスキは、全裸にエプロン姿という、お前がやンなやという出で立ちでサヨナを起こしに来たらしい。

「んん……」

 シコルスキがカーテンを全開にしたせいで、直射日光がサヨナを襲う。更に窓を開け広げたので、爽やかな朝の風が部屋を吹き抜けていく。

 目覚めるには何とも贅沢な天候だろう。サヨナは呻き声を出し、布団を頭からかぶって防御態勢に移行した。粘っこい反応だった。

「仕方がありませんねえ」

 師である男に朝食を作らせ、あまつさえモーニングコールをさせた上で起きないという、弟子としては非常にアレな態度を取ったサヨナに対し、シコルスキは大きく溜め息をつく。

 あわや制裁かと思われたが――シコルスキはゆっくりとサヨナの部屋から出ていき、静かに扉を閉めたのであった。

「人間誰しも、惰眠を貪りたい時はありますからね」

 朝食は冷めてしまうが、眠いならしゃあない。好きなだけ寝ていいよ★

 そんな激甘スタンスで、師は弟子のだらしなさを全肯定したのだった。特に依頼もなく、暇であることが予想される一日ならば、お互いベッドにしがみついても文句は言わない。そんな不文律がこの師弟には存在しているらしい。



 ――昼前。弟子の朝は遅い(訂正済)

「ふああぁ……。おはようございます、先生」

 大きなあくびをしながら、サヨナがようやく起床した。

「遅いお目覚めですねえ、サヨナくん。そこに朝食を置いていますので、身支度を整えたら食べて下さいね」

「はーい」

 ニートに片足突っ込んだ態度であるが、そんなサヨナをシコルスキは一切叱ることはない。

 甘やかしているわけではなく、この賢勇者は滅多なことでは怒らないのである。現在、全裸で縫い針をちくちくと動かしながら、先程まで着用していたエプロンに刺繍を取り付けているという部分さえ除けば、非常に大らかで心優しい男なのだった。

 ゆるゆるとした動作で着替えなどを済まし、サヨナはほぼ昼食と化した朝食を平らげる。料理と洗濯という、弟子がやって然るべき家事の一切は、シコルスキが担当している。料理も洗濯もサヨナにはセンスがないので、役割分担という形である。特に料理の腕前は、一般的なメシマズ系ヒロインを鼻で笑うレベルなので、そういう話を書いたその時にでも(多分)


「菜園の様子を見に行きましょうか」

「分かりました!」

 サヨナの食事が終わってしばらく経ってから、シコルスキがそう提案する。

 シコルスキ邸は大まかに『本宅』と『離れ』の二つに分けられるが、それ以外にも特殊な場所が存在している。

 と言っても、それらは賢勇者の日常生活に根差すものだ。ここは樹海の果て――当然のことながら、シコルスキとサヨナ以外に住人は居ない。買い物など出来るはずもなく、従って基本的には自給自足を是としている。

「いい天気ですね~」

「そうですねえ。では、サヨナくんは向こうの方から水やりをお願いします」

「了解でーす」

 シコルスキが菜園と呼ぶそれは、いわゆる家庭菜園の規模を遥かに超えている。自分で草原の一帯を開墾したとのことである。様々な種類の野菜がうねには植えられており、快晴と相まった青と緑のコントラストにサヨナは目を細めた。

 コポコポとサヨナはマイじょうろに水を汲む。取水口となるのは、地下水が湧き出ている小さな泉である。泉の水は透き通っており、いつでもひんやりと冷たい。

「ふんふんふーん」

 鼻歌を響かせながら、サヨナは水をやっていく。陽光に照らされて、じょうろの口から降り注ぐ水の中に小さな虹が現れた。ささやかな幸運を得たような、そんな嬉しい気分になる。

 涼やかな風が吹き抜けていく。菜園の外にある草原が、上から撫でられたかのように、風の流れる方へ一様にこうべを垂れる。

 ――穏やかな時間だった。

 サヨナは額に滲んだ汗を、手の甲でぐいと拭う。

シコルスキの方を見ると、ケツの片側に虫が止まっていた。(唐突な異常性)

「先生! おしりに虫が止まってますよー!」

「おや……蜜を吸っているのですかね?」

「何か酸っぱそう……」

 別に服を着る必要がないので、今もシコルスキは全裸である。最早そこに動揺するようなサヨナではなく、ツッコミも非常に雑だった。読者諸氏は全裸で土いじりしたらマジどえれェ目に遭うので、決して真似してはいけないぞ。

「今日の分の野菜は収穫しましたし、特に問題もなさそうなので、そろそろ戻りましょうか」

 編みかごに採った野菜を詰め込み、シコルスキが農作業を切り上げる。その尻には多種多様な虫が、止まり木でも得たかのように張り付いている。さっきまでは一匹だったのだが、もしかしたら虫界の中で、シコルスキの尻がパワースポットみたいな感じでバズったのかもしれない。虫だけに(激ウマ)

 今回はほのぼの回である以上、サヨナはツッコミを半ば放棄しているので、師の尻に起こっている虫祭りを華麗にスルーし、元気良く「はい!」とだけ返事した。


     *


 午後過ぎ。空いた時間を使って、シコルスキはサヨナへ様々な指導を行っている。本編ではそんな描写一ミリも無かったが、回を追うごとにサヨナが微妙に成長していたことを、一巻を読んだ読者諸氏も気付かれたことだろう。

 そう、つまり本作はワ●ピース方式で弟子の強化が施されていくのである!

「つまり結界魔法とは、こう……バッと張ってグッと待ってガッと出る感じです。それをニュルンベルクッ! 感と共に打ち込めば、誰でも簡単に結界を張ることが可能に!」

「全然分からないです」

「うーむ……では少々理論的な話をしましょうか。まず、能動的に発動する魔法と違い、結界というものは受動的な側面が強いのですよ。接触や侵入を契機に発動するものが多いということからもそれは分かるでしょう。で、魔法とは多層構造という話は前にしましたよね。結界は受動であるが故に、その層を幾重にも重ねることによって様々な効果を上乗せすることが可能になります。例えば魔物払いの結界一つにしても、大まかに『魔物を払う』という効果だけを乗せても、大した効力は望めません。優れた使い手はここに追加で『小型・大型などの対象のサイズ』『対象の種族』『対象の体色』『対象の所有魔力』など、細かい部分を指定して上乗せしていきます。優秀な結界魔法の使い手は、それはもう偏執的なレベルでチマチマした指定を繰り返し、結界を強固にしています。それにはあらゆる知識が必要になるのですが、これは魔法の習得全般にも言えることなので、今更言うまでもないでしょう。僕は樹海に出現する魔物のことを大体知り尽くしているので、あそこに赴く時はその魔物達に対応したパターンで結界を組んでいます。無論、この屋敷の敷地内にも同様の結界を敷いているので、我々は基本的には安全に暮らせているというのもご存知でしょう。さて、ここまで言っておいてアレですが、ギャグ小説でこんなことを言っても何の意味も無いことはお分かりですね? じゃあもう理解したってことでOKですかね?」

「理解しました」

「優秀ですねえ」

 まともに学んでいるシーンを書いた時点で、ギャグでは無くなってしまう――よってサヨナが弟子っぽく勉強している場面はオールカットされるのである。シコルスキの言っていることは今後本作を楽しむ上で全く役立たない知識なので、読まなくても大丈夫だぞ!

 とはいえシコルスキは普段の奇行に目を瞑れば、指導者としてそこそこ有能であった。天才肌でありながら理論派でもあるシコルスキは、感覚的な指導も理屈に基づいた指導もこなせる。

 一方でサヨナは凡人ながら真面目で勤勉であり、勉学自体は得意なので、シコルスキから教わったことを本人なりに噛み砕きながら吸収している。

 つまるところ意外と師弟としての相性は良好なのであった。

「習うより慣れろ……ということで、今回は実践形式で結界魔法を試しましょうか」

「実践形式……?」

「今日はユージンくんが来る日です。玄関に対ユージンくん用の結界を敷いてみましょう」

「なるほど!」

 何がどうなるほどなのかは謎だが、サヨナは得心がいった感じで頷いている。

「どんなのが良いですかね?」

「そうですねえ。まず対象はユージンくん固定なので、単純ながらそこそこ強力なものが張れるはずです。『全身が痺れる』『服が弾け飛ぶ』『金玉に激痛が走る』辺りを上乗せ可能かと」

「ハードですね~」

「そのくらい荒い歓迎の方が彼も喜ぶはずなのでね」

 というわけで、対ユージン用の結界をサヨナは一生懸命張るのであった――



「うーっす」

 何度も言うが、シコルスキ邸は危険な樹海を抜けた先にある草原にポツンと佇んでいる。

 従って、前述の通りある程度は自給自足出来るものの、生活必需品や日用品、各種調味料などは外部から入手しなければならない。が、そもそも危険な樹海を突破出来る人間など多くなく、とはいえ毎回買い出しに行くのは面倒臭い――というわけで登場するのが、人型ゴリラこと行商人ユージンである。

 この行商人は本職間違ってんだろというレベルで腕っぷしが強く、単純な暴力ならば勇者の血を引くシコルスキを凌駕する。二人は幼馴染の間柄なので、ユージンは定期的にシコルスキ邸を訪れては、必要そうな物を手頃な値段で売っている。本編でやたらユージンがシコルスキ邸に現れるのは、そういう側面があるからなのだ!

 というわけで、ユージンは気安い挨拶と共に、玄関先に現れ――

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 突如襲い来る全身の痺れ――

「のわあああああああああああああ!!!!」

 不自然に弾けて破れていく衣服――

「ホ、ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 シャレにならない睾丸の激痛――

「大成功のようですねえ」

「こんな感じで結界って張ればいいんですね! 学びました!」

「ああぁああぁっぁアアァァアアアぁぁあっぁあぁアアアぁあァああぁあッッッ!!!!!」

 音速を超えたユージンの拳が、シコルスキの顔面を陥没させて尚吹っ飛ばした。棒切れのように吹っ飛ぶ師を知覚する余裕すらなく、片手で己の金玉を優しく揉んでいる全裸の怪物が、サヨナの前に立ちはだかる。

「あ……あわわわわ……!」

「  殺  」

 ヒロインだから別枠、というはずもなく、サヨナもボコボコにされた――


     *


「じゃあ先生、お先に失礼します」

「ええ、分かりました」

「あんまり根を詰めたら駄目ですからね?」

「気を付けますよ。おやすみ、サヨナくん」

「おやすみなさい」

 夜、夕食を終えた後は普通に入浴をし、適度に自由時間を過ごしてからは、もう寝るぐらいしかやることが残っていない。

 なのでサヨナは先に眠るのだが、シコルスキは『離れ』の方で何やら開発を行うとのことで、まだまだ眠る気配はない。これはシコルスキの趣味の一環であることから、そこにサヨナは付き従わなくても良いとされている。

 もっとも、完成品には実験対象として無理矢理付き従うパターンが多いのだが――ともかく、サヨナは師へと一礼して、自室の方へと戻った。

「今日は何を書こうかな……」

 文机にあるランプへ火を灯し、サヨナは椅子に座ってペンを持った。

 そうして一冊の日記帳とにらめっこし、書くべき事柄を思索している。

 ――本編ではやっぱり一マイクロメートルも描写出来なかったが(爆笑)、サヨナの趣味の一つに日記を付けることがある。本来は話と話の合間におまけページとして挿入したかったのだが、ページの関係上掲載が許可されなかったのである。

 よって作者の脳内では日記が趣味であることは決定しているにも関わらず、実際に日記を書いているシーンがここで初登場というアレな状態になってしまった。

 ページをくれない電撃文庫が悪い(いつもの)

「えーっと……今日はユージンさんにゲンコツを食らって……その腕力はニシローランドゴリラ並……」

 日記とはどうしても感傷的になってしまうものだから、ギャグとの相性は良くないと言えなくもない。

なので原稿料も出ない趣味程度のカクヨ村短編で描写するぐらいが丁度いいだろう……。

「よし、このくらいでいいや」

 取り留めのない日常生活は、そこまで特筆すべきこともない。

 簡単に書き記したサヨナは日記帳を閉じて、消灯する。そのままベッドへと潜り込み、目を閉じて一度大きく深呼吸をした。

 後はもう、そのまま夢の世界へと落ちていくばかりである。師弟揃って、寝付きはいい。

 数分後には、静かな寝息が聞こえてくるのであった。



 本編では刺激の強い日々を送っているように見える賢勇者とその弟子だが、実際はスローライフに近い生活を営んでいる。

 残念ながら、あまり面白味のない日常的側面は、ギャグ小説では描写されない。

しかし、こんな感じでゆるゆるスローライフモノとして売り出した方が売上に繋がるのではないか?

 なので次回作はそうしようと思う――



《おしまい》



※この短編は二巻執筆前に書かれたものです(一応)

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