クソニート社会復帰風雲録 ~初恋篇~ と弟子(2)


     *



「――ったく。相手の名前も住んでるトコも知らねえとか、どういうこったよ?」

「あヒイィィイイイィイ!」

「外モードだから訊くに訊けませんねえ」

「未だに一歩でも外に出たらこうなっちゃうんですね……」

 まずはその女神とやらが何者なのか、それを知ろうとした三人であったが、案の定アーデルモーデルは女神について顔しか分からないらしく、個人情報は何一つとして不明であった。

 仕方ないので、アーデルモーデルがその女神と遭遇した地点まで歩いているのだが、やはり外へ出た瞬間に、アーデルモーデルはクソポンコツキノコへと変貌してしまう。

「どの郵便ポストが女神とやらなんでしょうかねえ?」

「そこの道に生えてる雑草とか、結構女神っぽくないです?」

「お前ら頑なに女神無機物説捨てねえのな」

「も、もも、もし! 女神が小生のことに気付いたら……どど、どうすればいいのであるか?」

「普通に名前とか住所とか趣味とか訊いて、適当に雑談しつつデートの取り付けしたらいいだろ。んでデートで仲良くなったら一発キメて来いよ」

「フォアアアア!? ラ、ララ、ライエンド! キサマ……犯罪者ヤリチン!?」

「ロリコンです」

「ロリコンですよね?」

「黙ってろクソボケ師弟!!」

 幼女趣味かどうかはともかくとして、ユージンは女性の扱いに慣れている。シコルスキも同様らしく、二人はどうも学生時代(こいつらにそんなものがあったのか、とサヨナは驚いた)は随分とモテたようだ。逆にアーデルモーデルは常時石ころ帽子状態だったので、女子と会話した経験がほぼ無い。その経験値の差が、今如実に現れようとしていた。

「こ、こここ、この辺りである……」

「ここって……商業街の近くですよね?」

「早朝でも開いているような店に、女神とやらが居るのでしょうかねえ?」

「んじゃ片っ端から店覗くから、女神を見付けたら教えろ」

「そこのパン屋さんからにしましょう!」

 ちょうどお腹が空いているので――サヨナがそう言い、皆の同意を得る前にパン屋へ近付く。

 パン屋はどうもガラス張りになっているようで、店内が外からでもよく見えた。客の応対をしているのは、まだ若い女性のようだが――

「 ア(心停止) 」

「いきなり死んだぞコイツ!?」

「この反応――サヨナくん! ストップストップ!」

「なんですか……って死んでますよこの人!? ジェバンニに一晩でやられたんですか!?」

「ジェバンニは直接殺ってねえよ」

 パン屋を外から見た瞬間、アーデルモーデルの心臓は唐突に稼働停止し、そして死んだセミのように仰向けで地面へ転がった。ギョロリと剥いた白目が気持ち悪い。

 これまでアーデルモーデルを無理矢理外に連れ出したことは数多くあったが、道中でいきなり死を迎えるのは初である。驚きというかドン引きの状態で、三人は死んだアーデルモーデルを取り囲む。このまま往来でこの死体を放置すれば、大問題になりかねない。

「何もやってねえのにすげえ死に顔だな……」

「壮絶な死って感じがミスマッチです……」

「どうしましょうかねえ。あまり目立ちたくは無いのですが」

「先生、そこに側溝がありますけど」

「なるほど」

「サヨ嬢にしては良いアイデアだ」

 そうして三人はアーデルモーデルを蹴り転がし、側溝へと蹴落とした。ジャストフィットですっぽりと側溝にハマったので、側溝がこのキノコの第二の故郷なのかもしれない。

「間違いなく、あのパン屋の店員が『女神』だな。それを見てアデルは死んだっぽいし」

「死ぬほど驚いた、という比喩がありますが――まさか身体を張って実践する者が居るとは」

「でもこの人が死んだらもう話終わっちゃいますよ……?」

「んじゃ甦れボケカス!」

 側溝にハマったアーデルモーデルを、ユージンが遠慮なく踏み付ける。この短編だけで既に二度死んでいるアーデルモーデルは、その安い命をあっという間に吹き返した。

「っっパぁ!? あれなにここ!? 暗い!! 狭い!! 卑猥!!」

「韻を踏む余裕はあるようで」

 うつ伏せ状態で溝にハマっているので、アーデルモーデルは自分が今どういう状況下にあるのか全く分からないようだ。その背中に向けて、ユージンが声を張り上げる。

「おい人間の幼虫!」

「ライエンドくん!? それはあんまりにもあんまりな比喩じゃない!?」

「そこのパン屋の店員である女性ですが、それがキミの言う女神ですね?」

「………………」

 アーデルモーデルの尻辺りが少しだけ盛り上がった。溝の底を棒状の何かが突いたらしい。

「勃ってんじゃねえよ!!」

「だ、だって……思い出したら……」

「先生。本気で気持ち悪いんですけどこの人」

「彼らしいと言えば彼らしいではないですか」

 想像だけで股間を隆起させてしまった引き篭もりをよそに、三人はここからどうするかを相談する。見たところ、パン屋は忙しさのピークを過ぎたようで、店内に客はまばらである。何かを買うついでに雑談をする程度ならば可能だろう。

「んじゃ俺が色々訊いてくるわ」

「ま、待たれェい!!」

「本格的にキャラ見失ってますよあなた!」

「ライエンドとジーライフは行くな!! これは命令である!!」

「溝にハマった状態で、よくもまあ命令を出せたものですが……理由を伺いましょうか」

「だってお前ら何だかんだイケメンだもん!! だからどうしても女神に会いたかったら去勢してから行け!! これ一生のお願いだから!! 今ここで金玉四つ置いていけ!!」

「お前の安い一生だと、その願いを叶えるには来来来世分くらいまで必要になるんだが?」

「別に置いていっても構いませんが――その場合僕らのを全てサヨナくんに移植しますよ」

「要りませんけど!?」

 わけの分からないタイミングで、サヨナが流れ弾(タマ)に被弾した。

 溝の中でギャーギャーと騒ぎ立てるアーデルモーデル。一応自分の幼馴染で親友二人が、一般的に見て男前の部類であることは理解しているらしい。

 満更でもない顔をしながら、その無駄イケメン二人は互いに顔を見合わせた。

「それでは、サヨナくんに行ってもらいますか」

「しょうがねえわな。だって俺らイケメンだしな~」

「んふッ……」

 薄っすらと弟子が鼻で笑う。心の底から嘲るような笑い方である。

 ――次の瞬間、サヨナは側溝にうつ伏せでブチハマっていた。

「いやあああああああ!! 何で!?」

「おう水持ってこいコル! この落ち葉共を流すぞ!」

「下水でも二人仲良くして下さいね」

「嘘です嘘です!! お二人はそれはもうすごいイケメンですから!! 顎尖ってますし!!」

「それ褒めてんの?」

「サヨナくんのイケメンに対するイメージが読めませんねえ……」

「おいキサマら!! 遊ぶ暇があるならさっさと情報を入手してこい!!」

「溝から一生出さねえぞお前」

 ユージンがアーデルモーデルを踏んづける一方で、サヨナを溝から引っ張り上げたシコルスキは、弟子をパン屋へ偵察に向かわせることにした。

 で、数分後――

「戻りました!」

「随分早かったな」

「では報告をお願いしましょうかね」

「や、優しく! 優しくお願いするのである!」

「きっしょ」

 サヨナがぼそりと呟く。未だにアーデルモーデルは溝にインしていた。今はどうやら耳だけ澄ませているらしい。

 今し方パン屋で手に入れたらしい紙袋より、サヨナはパンを一つ取り出す。

「これがフランスパンです」

「異界のどっかの国で生まれたパンか」

「長細くて硬いパンのことですねえ」

「で、こっちがコッペパン。食パンに……アンパン!」

「うん」

「たくさん買いましたねえ」

「最後は……メロンパン! 以上です」

 ユージンはサヨナからフランスパンを奪い取り、そのまま彼女の側頭部をフルスイングした。

「みぎゃああああああああああああ!! 何するんですか!?」

「こっちのセリフだっつーの。脳味噌の代わりにメロンパン詰まってんのかお前?」

「そっちの方がヒロイン的に可愛いので……そうですけど!?」

「ライエンド! その使えねえブスを黙らせるのである!!」

「ここで意地を張るとは――サヨナくんの危機管理能力は縄文レベルですかね?」

「じゃあカチ割って中身を確認してやらァ」

 ユージンが素振りしたフランスパンより、パンにあるまじき風切り音を響かせている。

 このままではゴリラにパンで殺されてしまう……サヨナは慌てて弁解に走った。

「ま、待ってください! 悪気があったわけじゃないんです! どういうわけか、気が付いたらわたしのトレイの上がパンだらけだったんです!! あの人商売上手なんですってば!!」

「商才ゼロのユージンくんとは違って?」

「商才ゼロのユージンさんとは違って!」

「その煽りはライエンドが本気で怒るぞキサマら……」

「並べやお前ら……パンの藻屑にしてやる」

「つまりパン屑ですよねそれ……!?」

「ユージンくんは商売以外大体何でも出来るのがチャームポインあグぉ!!」

 師の両目に恐ろしい勢いでコッペパンが突き刺さった。小麦色した焼きたてのコッペパンが、一転して真紅のジャムパンに染め上げられる。しかも食べ物で遊ぶのは気が引けたのか、その血みどろコッペパンは最終的にシコルスキの口の中へ無理矢理に押し込まれていた。

 あわわわわ……と怯えるサヨナを睨みながら、暴力の才能に溢れる男が指示を出した。

「もっかい行って来い――次はちゃんとやれ」

「は、はいっ!」

「次は無いのである、小娘」

「うっせ」

「オォイ!! 腹立つなコイツ!!」

 アーデルモーデルに対しては全くビビっていないサヨナであった。

 で――数分後。

「戻りました!」

「今回もやけに早いな……」

「展開にスピード感が溢れますねえ」

「は、早く報告するのである! あ、優しく! 優しくね!?」

「臭っ」

 腐臭でも嗅いだかのようなリアクションで、サヨナが溝にあるキノコを侮蔑した。

 そんなサヨナは、またもパン屋の紙袋を持っている。「おい」とユージンが咎めるような声を出すが、本人はブンブンと首を横に振って、「大丈夫です」とだけ宣言した。

 そうして、ガサガサと紙袋からサヨナは戦利品を取り出し始める。

「これが新発売のチョコパンで……こっちは人気のピザパンです」

「うん」

「たくさん買いましたねえ」

「遺書書いとけよ小娘!! 先が読めすぎて溜め息出るわ!!」

 アーデルモーデルの忠告が示すように、ユージンが早くも殴るモーションに移行している。モンハンだとエリア移動したくなるやつレベルで、攻撃モーションを見せている。ブルファンゴがしたたかに吹っ飛びそうなやつがもうすぐ来るだろう。

 しかしサヨナはそのモーションに気付かず、戦利パン披露に夢中であった。

「こっちは昔ながらのミルクパン、すぐに売り切れちゃうクリームパン……最後はなんと! みんな大好きフランスパーン!」

 ッッパァン!

「ほぶああ!!」

 炸裂音と共に、弟子ファンゴは掻き消えるように吹っ飛んだ。ユージンが振り抜いた、フランスパン屑だけが周囲に舞っている。どれだけ可愛く言ったところでこの男には無駄であった。

「音だけで分かるのである。死んだか……」

「ユージンくん! やめて頂けますかね!?」

「あ、すまん。もうお前の弟子とかそういうの関係無しに、かなりイラッと来たから……」

「いえ、これ以上食べ物で遊んではいけませんよ? 我々がアニメ化した際に、BPOから怒られてしまう」

「作風がド底辺の分際で意識だけ高えんだよ!! まず弟子の安否を心配しろや!!」

「君が吹っ飛ばしといてよく言いますねえ。サヨナくんなら大丈夫ですよ」

 因みにBPOのくだりは、好評発売中である本作第一巻でもシコルスキとサヨナが同じような掛け合いをしている。

 ……が、その回にユージンは居なかったので、決してネタの使い回しではない。(重要)

 シコルスキが指を一度鳴らすと、いつの間にか溝にハマっていたサヨナが意識を取り戻した。

「はっ! こ……ここは……!? あの世!?」

「溝です」

「あ、溝」

 薄いリアクションであった。シコルスキは再びサヨナを溝から引っ張り上げる。

 ふう、と大きく溜め息をついて、ユージンがとうとう痺れを切らした。

「もういいわ。俺が直接訊いてくる」

「仕方ないですねえ。では僕も同行しますよ」

「あッ……金玉! 金玉置いてけお前ら! ねえ!! 金玉ぁ!!」

 二人の出撃に気付いたアーデルモーデルが、ここは譲れないらしく溝の中で喚いた。

 未だにそこから出て来ないのは、出られないからではなく、出ると世間が怖いからである。うつ伏せで溝にハマると暗くて何も見えないのが、逆にこの引きこもりは落ち着くのだろう。

 まあどう考えても溝にハマっている方が世間的にヤバイのだが、その辺りの感覚がまともならば、そもそもこんな人間には育たない。

 ――そういうわけで、シコルスキとユージンが店に行ってから数分後。

「戻ったぞ」

「戻りましたよ」

「おかえりなさい。どうでした?」

「さ、さっさと報告するのである! あ、でも甘く優しくね!? 囁くようにに報告してね!?」

「よく喋る犬のクソだな……」

 吐き捨てるようにユージンが呟いた。

 二人は手に紙袋を抱えている。その時点で何か嫌な予感がしたサヨナだったが、あえて何もツッコミを入れずに話を促した。すると、シコルスキが紙袋の中身を披露する。

「僕はですねえ……まずこれがソーセージパン。これもソーセージパン。こっちもソーセージパンで……最後もソーセージパンです!」

「在庫処分されてません!?」

 ひたすらソーセージパンだけを売り付けられたらしい。シコルスキは照れ笑いしながら、それを一口齧っていた。サヨナも一つもらった。

「それで、ユージンさんは?」

「俺は…………」

 どさり、とユージンが紙袋をその場に落とす。その中身は――

「……小麦粉買わされたんだけど……」

「パンですらない!!」

「とんでもないものを掴まされましたねえ」

「ごめんサヨ嬢……正直あの女舐めてたわ……。気ィ付いたら大量の小麦粉買ってたわ俺……」

「ね? ね? すごいですよねあの人!?」

「僕もおっぱいばかり見ていたら、いつの間にかソーセージパンまみれに」

「それは妥当です」

 三人が思う女神の所見としては――とにかく隙がない、ということだった。

 いや、佇まいはとにかく隙だらけだったのだ。物腰も丁寧だし、悪意を持って客に接しているわけではない。話しやすい雰囲気の女性であり、事実三人は女神と気軽に会話している。

 ただ、そのまま何となく会話をしていたら、サヨナもシコルスキも流れでパンを買わされていたのである。ユージンに至ってはパンどころか、その原材料を購入している。

 そして、それらをアーデルモーデルに報告したところ――

「っかァァ~……。使えね~……」

 ――このように舐めた口を利いたので、ユージンが再び地獄を見せた。

 これはどうやら本腰を入れた作戦会議の必要がある。女神攻略の為に、三人は血みどろのアーデルモーデルを溝から引っ張り出し、近くのカフェへと足を運んだ――



     *



「諦めろ。以上解散!」

「結論から述べるスタイル!? っつーか前文からの文脈を読むに、これから作戦会議をするのであろう!? なのに速攻で終わらせるのは小生どうかと思う!!」

「往生際が悪いですね」

「虫は死に際が一番激しく動きますからねえ」

 各々買わされたパンを頬張りながら、シコルスキ達の瞳には諦めの色が浮かんでいた。

 あの女神は只者ではない。賢勇者を筆頭に、曲者三人を見事に丸め込み、在庫処分や原材料まで買わせたその手腕。それを評して、ユージンが淡々と述べる。

「ありゃ多分、これまで相当数の男を弄んできたタイプだわ。何なら女すら弄んでるわ」

「ああ!? 小生の女神は無垢なる処女に決まってんだろうがァーッ!!」

「童貞特有の気持ち悪い妄想が炸裂……」

「処女幻想と言うか、アーデルモーデルくんの場合は処女信仰ですねえ」

「処女だろうが何だろうが、いずれにせよお前とは人間としての経験値が違う。いいか? 男女関係ってのは、基本的にはレベル差が無い方が上手くいく。イケメンと美女が自然とくっ付くのは、互いにレベル差が少ないからだ。逆にブス同士のカップルが多いのも、そこにレベル差がねえからだな。しかもこれは顔面に限っただけの話で、実際に人間のレベルってのは付加価値込みで決まる。身長、年収、人脈、特技などなど……。そしてそれらを踏まえた上であの女神のレベルをランク付けすると、いわゆるSSRだな。男を選び放題なランクだ」

 モテ男であるユージンの持論が展開される。分かったような分からないような、そんな感じのサヨナだったが、それは彼女に男性経験が皆無だからである。

 ユージンはアーデルモーデルの目を見てハッキリと言った。

「――一方でお前のランクはNだ。残念なことにな」

「ノーマル……であるか」

「いやニート

「そういう略!? 余計なお世話だ!!」

「君が望むならばランクをUNKウルトラニートクズとしても構いませんよ」

「ほぼうんこじゃねえか!! ぶっ殺すぞキサマ!!」

「ていうかUNKウルトラニートクズって略称の時点で、大体何の救いもないランクですよね……」

 よもやNよりも酷いランクがすぐ飛び出してくるとは思っていなかったのだろう。アーデルモーデルは事実を指摘されて胸を痛めながらも、必死で抵抗している。

「因みに男で言うなら、俺とコルがSSRに相当する」

「えーっ。またそんなこと言っちゃうんですか?」

「嫉妬ですかねサヨナくん? ではここで、地の文にその根拠を語らせましょう」

 二人は顔も良く、背も高い。更にどちらも筋肉質で身体が締まっており、そこにシコルスキは深い知性が、ユージンには強い腕っぷしがある。またどちらも定職に就いているので、曲がりなりにも社会人として生活している。中身がどちらもアレなだけで、真っ当にすればこの二人はやはり上物と言える素材なのだろう。ここまでの逸材はやh

「おっと……渡したお金が少なすぎて、途中で地の文が終わってしまいましたね」

「ちゃんと最後まで仕事させろよ。蕁麻疹が出るまで俺達を褒めてくれ」

「そんな汚い感じで地の文って作られてたんですか!?」

「なおサヨナくんのランクはMNITAマジナイチチエースです」

「ほぼまな板じゃないですか!! ぶっ殺しますよ先生!!」

「ツッコミのコピペやめろ」

「つーかキサマらのランクなぞどうでもいいわ!!」

「でもこれで分かったろ? 今のお前には無理だってことがよ」

 ユージンに告げられると、アーデルモーデルは歯噛みした。何だかんだ言って、自分には色々と足りていないものが多いということが分かっているのだろう。

 手応えがあったと思ったのか、ユージンはそこからこんこんと語り出す。

「お前は確かに俺らに比べると顔もアレだし、運動も出来ないし、社交性もないし、そもそも働いてもないクズでしかないが……それでも、魅力が欠片もないわけじゃない。お前の良いところを俺達はよーく知ってるからよ。これから少しずつでいい、立派な人間でなくてもいいから、ちゃんと社会に復帰してまともな人間に成長すれば――その時に初めて、お前は女神とやらに釣り合うような男になると思うぜ? だからさ、今日からコツコツ頑張ってこうや」

「ライエンド……。キサマ……」

「へへ、柄にもねえこと言っちまったかな」

「……で、小生の良いところって? 参考までに教えるのである」

「…………あ?」

「あるのであろう? 小生の良いところ。ほら早く言え。なあ。ほら。すぐ言えるよなあ?」

「…………」

「おいおい、黙ってちゃ分からないのである。もしもーし? 別に一個だけでいいから、さっさと小生の良いところを教えて頂けますかァ~? ライエンドくゥ~ん?」

 詰め寄るようにして、体の良いことを言ったユージンをキノコが問いただす。

 するとにっこり笑顔のユージンが、アーデルモーデルのサラサラヘアーを引っ掴み、そのまま勢い良くテーブルへ顔面を叩き付けた。

「ほぶえあ!!」

「殺すからな~?」

「言えないからって暴に頼った!?」

「悪魔の証明は、いかにユージンくんといえど不可能でしたか――」

「物理で悪魔祓いされるくらいに良いところ無いんですかこの人!?」

「彼の良さは言葉に出来ない部類の良さなのでね」

「通知表の担任コメント欄が空欄になってそう……!」

 結局――今のアーデルモーデルにこの恋はどうしようもない、というのが彼らの中で出された結論であった。

 飼いキノコに手を噛まれたのが相当頭に来ているのか、ユージンはひたすらキノコを体罰で躾けている。互いの力関係だけは常にハッキリさせておきたいのだろう。

 パンをかじりながらその光景を眺めつつ、サヨナは将来結婚するならこいつら三人みたいな異常者だけはやめておこうと心に誓うのであった――



     *



 それから数日後、ユージンは再びアーデルモーデル宅を訪れた。何だかんだで諦めろと言ったはいいが、アーデルモーデルがどう立ち直っているのか気になっているのである。或いは立ち直っておらず、今もまだ気の抜けた状態であるのなら、再度手を打たねばならない。

 暴力的な割に面倒見はいいユージンであった。DVの素養があるだろう。

 アーデルモーデル家は織物屋を営んでいる。店先にアーデルモーデル母が居たので、ユージンはぺこりと頭を下げた。

「どうも、おばさん」

「あら~、ユーくんじゃない。今日はどうしたの~?」

「いえ、ちょっとアデルの様子をね。アイツあれからどうすか?」

「そうそう! あーくんね、みんなに励まされてからとっても元気が出てるのよ~。これも友情がなせる技なのかしらねえ?」

「元気……っすか。マジすか」

 意外そうな顔をユージンは隠さなかった。

 てっきり落ち込んだまま、塞ぎ込んでいるのだろうと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。一人で立ち直ることが出来たのならば、それに越したことはないが。

「良かったらあーくんの部屋に顔を出してちょうだいね~?」

「そうさせてもらいます」

 そうしてユージンは、アーデルモーデルの部屋へとやって来たのだが――

「おっす。何か元気そうらしいじゃねえか、アデル」

「ほう、誰かと思えば凡作……ライエンドか。小生に何用だ?」

(殴りたいぐらいに元気だな……)

 ――アーデルモーデルは普段と変わらない、不遜な顔でユージンを迎え入れる。

 前と同じく部屋はモノが散乱していて汚いのだが、今日の汚さはまた別だった。

「用は別にねえけど……お前また何か作ったのか?」

「フン。キサマにしては中々に目敏いな――その通りである。良いであろう、旧友のよしみだ。小生が開発したこの《スニーク・シーカー》を見るがいい!」

「何だこりゃ。虫?」

 アーデルモーデルの手に乗っているのは、真っ黒い虫のような何かだった。形状としてはカメムシに近いだろうか。ただ、よく見るとあちこちに機械的な継ぎ目が見える。

 果たしてこれはどういう役割を持った機械なのか。ユージンには全く分からなかった。

「これは小生が先に作った《サイケデリック・コード》を特定の用途に発展、改良させたものである」

「ああ、あのカメラな。で、それがどうした?」

「その名で呼ぶなッ! 《スニーク・シーカー》は自走式であり、こちらから遠隔操作が可能となっている。この虫型端末が捉えた映像はこちらの《アンリアリズム・グラフ》上に映し出し、例によって記録することも可能である」

「お、おう……」

 よく分かんねえな――とユージンは思ったのだが、何だか勢い良くアーデルモーデルが語っているので、口を挟まないでおいた。

「そして小生は例の女神が居るパン屋にこの《スニーク・シーカー》を忍び込ませ、女神に関するあらゆる情報をぶっこ抜き、そしてその情報で抜いたッ!! めっちゃ抜いたッッ!!」

「…………」

「女神の名は《ミナト》さんッ! あのパン屋の一人娘にして看板娘! 趣味は読書にカフェ巡り! 余計なチンポ(※彼氏の意)はおらん! 更には小生の類まれな分析能力により、身長や体重、スリーサイズから毎朝の起床時間、毎晩の就寝時間、家を出る時間帯や生理周期までを完全に網羅したッ!! 最早王都において、小生よりミナトさんに詳しい者は皆無ッ!!」

「…………」

 ふう、とユージンは大きく溜め息をついた。

 アーデルモーデルはダメ人間であるが、何一つとして取り柄がないわけではない。その発明の才は間違いなく異端であるし、一度走り出せばどこまでも突っ走っていける勢いがある。

 ただ、今回はそれに恋心が加味され、最悪の形で発露しただけだ。

「このまま小生は継続して毎日ミナトさんをこの部屋からモニタリングする! そして彼女の全身における細胞の数すら掌握したその時こそッ! 小生は諸手を挙げてあのパン屋で……パン屋で! ミナトさんから、直接フランスパンを買う……っ!」

(通報しとくか……)

 アーデルモーデル・ソロウ――童貞引きこもりニートから、童貞引きこもりストーカーニートへ無事に転身完了ッッ!!



    《クソニート社会復帰風雲録 ~初恋篇~ と弟子 終》


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