第二話◎賢勇者と弟子:その2


    *


「──で、もう寝たのか」

「そのようです」

「あれだけ俺らのことを色々言っていた割に、随分な度胸だな。存外図太いわけか」

 闇に沈んだ樹海の中で、の輝きだけが周囲を照らしている。疲れが相当残っていたのか、サヨナは二人から食料を振る舞われた後、すぐに眠ってしまった。その辺りの適応力は、確かに冒険者向きかもしれない。

 小さい彼女の寝息を聞きつつ、賢勇者とその友人は談笑にふける。

「じゃあどっちが竿さお役します?」

「談笑にふけれや!!」

「薄い魔術書なら、ここで我々が本性をしにするパートなのでね」

「知らねえよそんなパートは!」

「やはりユージンくんは、もうちょっととしの行かない幼女が好み、と。仕方ありませんねえ、じゃあここは僕が一皮きますよ」

「一肌脱ぐみたいな感覚で言うな! あとその皮は余らせとけ!」

「幼女が好みという部分は否定しないのですね」

「ツッコミが追い付かねえだけだ……。何で俺をそういう方向に持って行こうとする……」

「一話で出てませんし、君。今回でユージンくんのキャラが立つか心配で心配で、もう夜も眠れません」

「三話でも出るから余計な心配すんな!! てかお前昨日俺より先に寝てただろ!!」

「そうでしたっけ? それにしても、妙な冒険者ですねえ、彼女」

「話の戻し方が力技過ぎないか……。そもそも冒険者じゃないだろ、この子。出自は分からんが、その辺の庶民とは違う。世間知らずの貴族か何かだ」

 この樹海に実力もないのに単身挑み、その危険性すらよく理解しないまま突き進むなど、もうまいにも程がある。一歩間違えればもう死んでいてもおかしくはなかったのだ。少なくとも、一般的な感覚の持ち主ではない──ユージンは自身の推察にそう付け加えた。

「それに、お前の弟子になりたいときた。滅多に居なかったのにな、そんなやべえヤツは」

「そうですねえ……。何故なぜ貧乳なのですか」

「重要なのはそこかよ……。で、実際弟子にする気はあるのか? 遅かれ早かれ、賢勇者みたいなふざけた称号はお前だけのモノだって、この子も気付くと思うが」

「別にやぶさかではありませんよ。貧乳であることだけが気掛かりですけどね」

「いや他にもっと気にするとこ大量にあるよな? 出自とか目的とか不明点かなりあるよな?」

「ははは、別にその辺りは気にしません」

「おいおい……。この子に敵意は無さそうだが、それでもちょっとは怪しいと思わないのか」

「少なくとも胸囲はありませんね」

「お前の人間の判断基準ってそこにしかねえの!?」

 弟子入りを決めるかどうかはサヨナ次第ではあるが、師となるであろうシコルスキは別段構わないようだ。彼ら二人は幼少時からの付き合いであり、いわゆるおさなじみの間柄である。その人となりを良くも悪くも知り尽くしているユージンは、親友の選択を見守ることにした。

「まあ、弟子を取るにしろ何にしろ、やるのなら責任を持って育てるんだぞ。お前は昔っから頭はいけど、間違いなく他人の感情の機微にうといからな」

「そうでしょうかねえ?」

「そうなんだよ。この子を『よくよく見た』のだって、寄生虫や寄生植物が付着してないかとか、どこか怪我けがしてないかとか、そういうのを確認するためにやったんだろ。肝心な部分を伝えずにふざけた態度を取り続けるのは、お前の悪い癖だぜ」

「起き掛けに軽いジョークを浴びせただけだったのですが」

「いや文字通りボディに響く重めのジョークじゃねえの……」

「ふわあ……心配しなくとも、僕は貧乳に興味はありませんので……」

「そういう問題じゃないって。ったく、お前は大体のことを天然でやってるから始末に負えねえんだが、それでも気を付けるところは気を付け──」

「………………」

「………………」

「…………ZZZ」

「──あ、寝るほど俺の説教つまらなかった? ごめんな~」

 謝るフリをしながら、ユージンは目を開けて寝ていたおさなじみを蹴り飛ばした。

「とか言うと思ったかクソ野郎が!! 風邪ひけ!!」

 そう罵りつつも、とりあえず蹴り転がしたシコルスキへ毛布を掛けてやる。一人でやるツンデレ的行為に意味は無いので、ユージンも眠ることにした。

 眠っていても結界を維持する辺りは、流石さすがではあるが──多分コイツに人を育てることは難しいだろうと感じながら。


    *


「おはようございます……えっと、賢勇者様、ユージンさん」

「ああ、おはよう。遅い目覚めだな」

「よく眠っていたようですねえ。まさか何をされても起きないとは」

「え!?」

 ぺたぺたと、サヨナは自身の起伏に富まない身体からだを触って確かめた。何もされていない感じだったが、真相は分からない。

「不安をあおるようなこと言うな! お前もさっきまで寝てただろ!」

「つまり犯人は絞られたわけですね」

「ひ、ひどい……! 幼女趣味な方だと信じてたのに……!」

「そこは疑う部分だろうが! ああもうさっさと飯食えお前ら!」

 朝食の準備は既にユージンが三人分用意していた。当たり前だが、二人は眠っていたサヨナに指一本触れていない。シコルスキの発言は不穏だが、意外とその辺りは健全なようだった。

「そう言えば、僕のことを賢勇者と呼んでいましたが」

 朝食を食べながら、シコルスキがふとたずねる。サヨナはまだシコルスキのことを賢勇者だとは認めていないと思ったので、気になったらしい。

 温かいスープをすすりつつ、サヨナは視線を彷徨さまよわせながらつぶやく。

「それは……その、よくよく考えたら、ここでお二人がわたしをだます意味もありませんし。素人しろうとのわたしから見ても、あなたの魔法の実力は相当なものだと思ったので、暫定的に……」

「それでいいんじゃないか? もし本物の賢勇者とやらが他に見付かったら、そん時はコイツのことを好き放題罵ってやればいいだけだし」

「道中はまだ長いですからねえ。ご自身で見極めればよろしいかと、僕も思いますよ」

 シコルスキが放った言葉に、サヨナは無言でうなずいた。

 そして、朝食も済まし、いざ出発の段となった時──サヨナは今更な疑問を呈した。

「あのー……そもそもお二人は、どういう目的でこの樹海へ?」

「そういや言ってなかったな。おれたちが樹海に来た目的は──」

「──ずばり、です」

「……キノコ狩り?」

「ああ。俺は行商人なんだ。で、この樹海にしか生えてないキノコを仕入れに来た」

「同じく僕もそのキノコが必要になったので、こうやって二人でキノコ狩りに来たのですよ」

「はあ、何というか、お二人は仲良しなんですね」

「そんなことはない」

「そうですよ。仲良しどころか、僕らはもう中にまで良しとする関係ですので」

「俺親より嫌いだからコイツのこと」

「逆に親よりも好きな人ってそこまで居なくないですか!?」

「ユージンくんはツンデレですからねえ。いわばドラゴン●ール界のベ●ータですよ」

「いやベジ●タはド●ゴンボール界にしか居ねえだろうが!!」

(な、何の話なんだろう……)

 そうじゃれ合いながらも、二人はズンズンと悪路でも平気で進むので、サヨナは足を動かすだけで精一杯だった。荷物の大部分はユージンがはいのうとして背負っており、一方でシコルスキは手ぶらである。うつそうと茂る草むらを、ユージンが手にしたナイフでひらき、定期的に地図を見ては現在地を確かめていた。時折、ヒイヒイ言いながら付いてくるサヨナに気を配りながら、進むペースを調節している。更に貴重なはずの飲み水を、惜しみなく手渡してくれた。

 やがて一度ユージンは深呼吸をし──

「俺しか働いてなくね!?」

 ──腹の底からそう叫んだ。

「どうしました? やぶからぼうに」

「そのやぶに棒突っ込んで頑張ってんのが俺だけなんだよ!! お前も働け!!」

「確かに賢勇者様は何もしてないですよね……」

「いやいや、最初に役割分担を決めたじゃないですか。戦闘、野営、引率、その他一切の雑用はユージンくんが請け負い、僕はその後ろを歩く担当である、と」

「それもう実質ユージンさんの一人旅じゃないですか!」

「序盤のNPCかお前は」

 手ぶらで樹海に来ている時点で、シコルスキのやる気は推して知るべしと言ったところである。ユージンと一緒に行くとなった段階で、大体の準備を彼に任せたらしい。

 で、三人で騒いでしまったのがあだとなったのか、近くのやぶからガサガサという音がした。

『マモノーッ!』

「どうしましょうユージンくん。魔物が現れましたよ」

「魔物ってマモノーって鳴くんですか?」

「犬がイヌって鳴くようなもんだろ! どうなってんだこの世界観!?」

「まあ細かいことはいいじゃないですか。で、どうします?」

 魔物はこちらを襲う気満々である。背を向けて逃げたところで、向こうの方が速いからすぐに追いつかれてしまうだろう。

「どうもこうも……たまにお前の魔物払いが効かない魔物はいるしな。やるしかない」

(あ、やっぱり魔物払いは常に使ってるんだ……すごい)

「なるほど。ではまず戦闘のコツですが、前列に居る魔物に対しては──」

「チュートリアル戦闘!?」

「序盤のNPC感でしやべるなお前は!」

『マモノーゥ!』

 襲って来た魔物を、ユージンがボコボコにした!

 シコルスキたちの勝利!

「やりましたね。小学生以下の文章力で勝利です」

「ユージンさんが頑張ったのに主体は賢勇者様なんですね」

「彼は序盤のNPCですし」

「ふざけんな!!」

 その後もちょこちょこと気まぐれに襲ってくる魔物を、ユージンが頑張って倒し、やがて彼らは目的地へと辿たどいた。

「ここがレアなキノコが数多く眠る、人呼んで『キノコの里』です」

「二大勢力が和解した後みたいな名前ですね」

「どちらかと言うとタケノコの方が征服されてないか……?」

「まあそんな宗教的紛争地となりがちな、この『切り株の森』ですが──」

「第三勢力を出すな!」

『キノコの里』は、樹海の中でも開けた場所にある。木々の合間からはっすらと日が差し込み、だがそれでいて結構ジメジメとしている。そこら中にある倒木からは、多種多様なキノコがそろっていた。確かに、キノコが生育するには丁度いい環境のようである。

 シコルスキは近くの木の根元でしゃがみこむと、何かを指差す。

「ほら見て下さい。タケノコの周りにキノコが生えていますよ」

 タケノコを囲むようにして、数本のキノコがちょこんと生えている。が、キノコはどういうわけか傘が枝分かれしており、その一方が剣のようにとがっていて──そしてその『剣』を、囲っている全てのキノコがタケノコに突き付けている状態だった。

捕虜タケノコ!?」

「何か俺らではどうしようもない程の、巨大な意図を感じる構図なんだが……」

「ははは。気のせいです」

「ていうか竹じゃなく木の根元にタケノコがある時点で、あのタケノコはどこかから連行──」

「もうそれ以上言うな」

 何も見なかったことにして、三人は里をうろついて回る。広場のような作りとなっているらしく、あちこちにある倒木の中でも、ひときわ大きな倒木が中央に鎮座していた。その倒木は他のものとは違い、一種類のキノコしか生えていない。それも、かなり巨大なキノコが一つだけ。

「わあ……すっごいおっきい」

「そんな褒められても汁しか出ませんよ?」

「お前のキノコの話じゃねえよ」

 そのキノコは赤黒い色を基調としており、柄(いわゆる『茎』の部分)は若干黒ずんでいて、先にある傘は柄よりも毒々しい、赤みがかった色をしていた。傘は開ききっており、文字通り雨が降ったら傘に代用出来そうなぐらいに大きい。また、朝露のせいか表面はぬらぬらとれそぼり、サヨナが近付くとせんたんからしずくがつーっと垂れた。

「いつ見ても……わいだな」

「立派ですねえ。拝んでおきましょう」

「ご神体か何かですか? でも、これが目的のキノコなんですよね?」

 他のキノコに二人が目もくれないので、サヨナはそう判断したらしい。事実、二人が狙っていたのはこのキノコだ。ならえず引っこ抜いたらいいだろう──はやてんしたサヨナが、そのご神体キノコに手を触れようとした。

「あっ、バカ! かつに手を出すな!」

「え?」

 ユージンの静止は一歩遅かった。サヨナがご神体キノコに触った瞬間、ご神体キノコはせんたんから大量の胞子を噴出したのである。その量ははんではなく、広場全体を覆い尽くす程だ。煙幕もかくやと言った程で、至近距離で噴射されたサヨナはゲホゲホとむせこんだ。

 十数秒後、何とか胞子の煙幕は収まった。が、サヨナはいまんでいる。

「えほっ、げほっ……。うう、ひどい目に遭った……」

「勝手に動くなよ! ただのキノコじゃないんだぞ!」

「ごめんなさい………………あれ?」

 妙に身体からだが重い。今の胞子で体調を崩したのだろうか。そう思ったサヨナは、しかし自分の視界に何かが映り込んでいることに気付いた。

 額の方から、さながら髪の毛のごとく垂れ下がっている、何か。

「……これ…………キノコ?」

 垂れ下がるキノコをつかんで引っ張ってみると、自分の額の皮が引っ張られた。もう少し強く引くと、そのまま自分の皮が剥がれそうなぐらいに突っ張る。

「え……えええええええええええええ!?」

 サヨナの額から──小さなご神体キノコが生えていた。それも、しっかりと『根』を張って。

「ああクソ、だから言ったのに……」

 ぼやくユージンの両の?からも、あのご神体キノコの小型版が二つ生えている。

「な、なんなんですかこれ!? 引っ張ると痛いんですけど!?」

「……『ミカガミダケ』。そのデカいキノコの名前だよ。見る分には無害だが、触ると反射的に胞子を浴びせて、そいつに自分の『種』を植え付ける。この樹海にしか生えていない、かなり珍しいキノコで、取り分けその中でもキングサイズなのがそいつだ」

「えっと、その『種』を植え付けられたら、どうなるのでしょう……?」

「まあ、菌糸類だから『種』って表現はあくまで比喩なんだけどな。正確には『寄生』と言った方が正しい。そいつらは寄生先の宿主から一切の栄養を奪い尽くし、どんどん生長していく。大体一時間もすれば、人間なら骨と皮になるんじゃないか」

「めっちゃくちゃ危険じゃないですか!?」

かつに手を出すなって言っただろ。基本的に危険なんだ、この樹海の動植物は」

「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃないですか。最初からこうして増やすつもりでしたし」

 少し離れたところから、シコルスキが笑いながら歩いてきた。胞子の直撃は避けたのか、サヨナとユージンとは違い、見た目に変化はない。

「お前、一人だけ避けたのか」

「ずるいです……」

「いえ、お二人と一緒で僕も直撃しましたよ? ほら」

 薄いローブを脱ぎ捨てると、シコルスキは何の恥じらいもなく全裸になった。

 その股間からは、先天的に生えているキノコとは別種の、後天的に生えたであろうキノコが、風もないのに揺れている──

「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「どこに生やしてんだよお前!!」

「仕方ないでしょう。『ミカガミダケ』が寄生先で生える箇所は、基本的には胞子が掛かった範囲内からランダムで数箇所だと言われています。僕は偶然、胞子が噴出する瞬間にローブがほぼはだけて、結果全身に胞子を浴びてしまいました。ほら」

 ぶるん!

「揺らすな!」

「ちゃんと服着ないからそうなったんじゃないですか!?」

「しかし困りましたねえ。どんどん大きくなってきましたよ。ほら」

 ムクムクムク……と、シコルスキの股間から生えた二つのキノコが肥大化している。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「何でお前の先住キノコの方も生長してんだ!! 関係ねえだろ!!」

「負けず嫌いでプライドが高いんですよ。彼もまた血が通った立派な僕の相棒……すなわち棒状のユージンくんです」

「じゃあ人状の俺は何なんだよ! 二足歩行する股間か!?」

「何でもいいからしまってください!!」

 叫ぶサヨナだが、直後に膝から崩れ落ちた。全身から力が抜けて、まともに立つことが出来なくなったのだ。

「ひ、ぁ……ち、ちからが……」

 何とか額のキノコを引き抜こうと、サヨナは力を込めてみるが、全く抜ける気配はない。元々体力がないサヨナは、三人の中で誰よりも寄生の耐性がなかったようだ。

「無理に引っ張らない方がいい。になりたくなかったらな」

「で、でも……このままじゃ、わたし……」

「大丈夫ですよ。『ミカガミダケ』には簡単な抜き方がありますから」

「ほ、ホントですか……? 早く教えて……ください……」

「ズバリ、このキノコは『宿主の性別と逆の体液』に弱いのです。つまり、男に寄生すれば女の体液が、女に寄生すれば男の体液が弱点になるのですよ」

「……このまま死にます……」

「この後の展開を予見して死を選んだぞ」

「簡単に生きることを諦めてはなりませんよ!」

 倒れているサヨナに、シコルスキはズンズンと近付いていく。サヨナと違って、割とまだ動けるだけの余裕があるらしい。

 そして、シコルスキはサヨナに向けて膝立ちになり、腰を突き出した。

「ギブアンドテイクです! 仮にも君は僕から見て異性だ! つまり、君の唾液は僕のキノコに対する特効薬となる! すなわちこれは立派な医療行為なのです! ほら!」

 ぶるん!

「神様……わたしは死んでもいいので……この人を殺して……」

「魔王でも中々言われないようなこと言われてんぞ」

 このままではサヨナが死んでしまう──シコルスキはその場で二本のキノコを振り回した。

はや一刻の猶予もありません!! 今から僕が息子たちを全力でぶん回すので、早くどちらかをくわえないと! 君がやりやすいように手拍子も添えますのでね! ハイッハイッハイッ!」

「お前頭の方に何か寄生されたんじゃねえの?」

「っていうか……先にわたしのを……抜いてください……」

「ええっ!?」

「そんな驚くことか?」

「いえ、いきなりヌいてとか言うので……やっぱ彼女、貧乳ですし男なんですかね?」

「鼓膜に淫語フィルターでも張ってんのかお前は!?」

「……殺す……」

 サヨナは何とかつんいの体勢になり、顔をシコルスキに向ける。

「お前への殺意だけで立て直したぞ……」

「いい感じですねえ。さあ、一思いにどうぞ!」

「……っ!」

 流石さすがにここで死ぬのは本意ではない。サヨナは覚悟を決めて、目を閉じて口を開き、最後の力を振り絞って目の前にあるであろう、色んな意味で究極の二択に迫った──

「はいここでモザイク魔法を発動!!」

 シコルスキが叫ぶと、シコルスキの腰回りにモヤのようなものが掛かり、何が起こっているのか薄ぼんやりとしか分からなくなった。

「いきなり何なの!?」

「世の中には、逆らえないモノがたくさんあります。お見せ出来ないモノも大量にあります。なので僕は色々と考えました。まあモザイク掛けりゃ何やってもいいだろう、と」

「ただのヤケクソじゃねえか!! これ小説だからモザイクの意味ねえよ!!」

ちなみにお見せ出来なかった箇所は、NG集として後日ウェブで勝手に公開するので」

「懲りねえなオイ!! 前作もそれやらかして怒られただろうが!!」

「誰の何の話かは分かりませんが、まあとにかくこれで全年齢対象なシーンになりましたねえ」

 ふう、と一安心したように息をつくシコルスキ。が、モザイク越しのその光景は、女が男の股間に顔を全力で近付けているというものだった。何をやっているのかは分からないが──

「いや今のお前の絵面は、電撃文庫ではなくフランス書院文庫のそれだからな!?」

「なんと。では過剰な擬音とか出した方がいいですかね?」

「どういうイメージ持ってんだよフラ書に!!」

「抽送という単語の存在を僕に教えてくれました」

「国語の教科書!?」

 読書は人の教養を豊かにする。そして、思い出の中に確かな1ページを刻んでくれる。

 賢勇者は木々に覆われた空を仰ぐ。やがて、穏やかにつぶやいた。

「本作はそんな感じの一冊を目指したハイ・ファンタジーです──」

最低ボトムファンタジーの間違いだから──」

 しかしすぐにユージンから否定されてしまった。

「っつーか、モザイク越しでよく見えねえんだが、今お前らどういう状態なんだ。まさかとは思うが、マジでアレなことヤってねえだろうな……?」

「天下の電撃文庫でそんな悲惨な展開が許されるわけないでしょう!」

初稿ぜんせでヤってっから心配してんだよ!」

「大丈夫ですよ。でもここのシーンは挿絵にお願いしているので、君もポーズ取って下さいね」

「挿絵って記念撮影的な感じで作られてんの!?」

 一応くうに向かってピースサインしたユージンだったが、ひたすらにむなしいだけだった。



 それにしても、先程までは気力で動いていたサヨナの反応が無い。もしや──と思い、ユージンがシコルスキにまとわりいているモザイクを引っぺがす。

「いやぁ! 伸びたサンドウィッチ!」

(ブン殴りてえ……)

 見ると、やはりサヨナは力尽きており、つんいのまま気絶していた。

 すんでのところで棒状のユージンを口にしなかったのは、曲がりなりにもヒロインとしての最後のきようが働いたのかもしれない。その表情は、どこか誇らしげでもあった──

「危ないところでしたねえ」

「色々とな」

「さて、と」

 シコルスキはそこから何か言うわけでもなく、股間に生えたミカガミダケを無言でぶちっと引き抜く。それを見て、ユージンも両頬のキノコを抜いた。

「……実は最初からミカガミダケ対策として、おれたちは抗菌の魔法を使ってたって知ったら、この子どんな反応するんだろうな」

「喜ぶんじゃないですか? 貴重なお時間ありがとうございました、と」

「就活生か! まあいい、とにかくミカガミダケも手に入ったし、帰るぞ!」

 ミカガミダケの簡単な増やし方、及び採取方法。それは事前に胞子を弱める魔法を使い、その上で胞子を浴びてわざと寄生されるというものである。ユージンとシコルスキはそれを狙っていたので、そもそも胞子を浴びてもほぼ無力化出来ていたのだが、サヨナだけは別だった。勝手に動くなとユージンが怒ったのは、こうしてサヨナだけが無防備だったからである。

 もっとも、二人はミカガミダケについて詳しいので、サヨナに生えたところであまり問題は無かったのだが──

「少々お遊びが過ぎましたかね? 命に別状はないとはいえ」

「お前は遊んでしかないだろ……」

 自分のてのひらに唾を吐いて、ユージンはそのままサヨナの額のキノコを引き抜く。あれだけ根を張っていたのがうそのように、ミカガミダケはつるりと彼女の額から離れていった。そのまま、ユージンは集めたミカガミダケをはいのうに収納し、サヨナを前抱きする。

「まあ、僕の弟子になりたいのなら、この程度の災害トラブルは何とかしのいでもらわないと」

「ほぼお前の自演だから人災トラブルだろうが!」

「否定はしませんが、これでも彼女の適性を見ていたのですよ。才能という面ではあまり突出したものはありませんが、彼女には根性と運がある。それらは持って生まれた部分が大きい。そういう意味では、中々の逸材と呼べると思います。ちゃんと育てれば伸びますよ、彼女」

「運があるっつーか、悪運があるっつーか、冷静に考えたら不運にしか見えないが……。そもそもこんな目に遭っても、お前の弟子になりたいと思うのか……?」

「ははは。選択の自由は常に彼女にありますからね。僕が賢勇者であるかいなか、師事すべきかいなか、全部自分で考えればいい。それが生きる、ということでしょう」

「全然いい話としてまとまってないからな?」

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