第二話◎賢勇者と弟子:その3


    *


 ──サヨナには、夢ってあるの?

 ──え……。

 ──あら、言いたくなかった? 無理強いはしないけれど……。

 ──ううん、違うの、おねえさま、何というか、真面目に語ったタイミングで、余計な何かがあるような気がするの。予感というか予兆というか、そんな感じなの。

 ──ふふ、熱でもあるのかしら? おかしなことを言うのね。大丈夫、夢の中で夢の話をしたところで、大体は夢オチだから本編に影響は出ないわ。

 ──ほらもう嫌な予感がおねえさまからも漂ってる!!

 ──ちなみに私の夢は「僕の祖母の乳首が桜色だった時の話聞きます?」よ。内緒だけどね。

 ──来てた!! 覚めろ覚めろちくしょう!! こんな夢覚めろッ!!

 ──そう。サヨナの夢は、おばあちゃんになっても桜色の乳首を保つことなのね?

 ──驚きでしたね。ババアの乳首なんて、ろうイメージかくわばらかずイメージじゃないですか。それがもう薄い魔術書も驚きの桜色だったので……。

 ──おねえさまァ!! そいつわたしじゃない!! あとそんな超長期スパンの夢なんて持ってないから!! まだ老後の予定は未定だから!!

 ──くわばらかずって誰かしら?

 ──異界の劇団員です。

 ──普通に会話しないで!! 解散! もう解散!! 散れーッ!!



「散れええーッ!!」

「何で異界の劇団員に詳し……ああ、起きた」

「おはようございます。寝汗がすごいですねえ。悪夢でも見たのですか?」

「とびっきりのやつを、一本……」

 ぜえぜえと息を切らすサヨナは、身体からだを起こすと同時に周囲を見渡した。確か、シコルスキの股間に寄生したキノコを何とかしようとしていたのだが──しかし現在地はその樹海の中ではなく、落ち着いた感じのログハウス内だった。更に、サヨナはベッドの上に居るらしい。

 どうやら、二人がここまで運んで寝かせてくれたようだ。

「あの、すいません。わたし、一体……? 記憶が何かあやふやで、全員がキノコに寄生されたところまでは覚えてるんですけど、その先が……」

「僕の棒状のユージンくんをしずめようと──」

「余計なこと言うな! えー、寄生されてすぐに気を失ったんだ、君は。その後は俺とコルで後始末して、ここに連れ帰った。ああ、ここは樹海の先にあるコルの家な」

「うう、何だか思い返すと頭痛が……」

「ふむ。今後の伏線でしょうか?」

「防衛本能だろ」

 思い出しても悲惨なだけなので、ユージンはサヨナの記憶の一部に蓋をすることを選んだ。

「ところで、結局キノコはどうなったのでしょう?」

「無事収穫出来ましたよ」

「そうなんですか。あれ? でもあのキノコって、引き抜くには確か……」

「そういえばさあ!! ミカガミダケの効能って知ってる!?」

 コイツめっちゃ思い出そうとする──ユージンは慌てて話を変えた。そもそも今回狙ったミカガミダケは、どのような効果を持つキノコなのか? サヨナは首をかしげる。

「すごくおいしい、とかですか?」

「味は大したことないですよ。しかし、ミカガミダケはそのまま食べると滋養強壮に富み、とりわけ下半身に絶大な効力を発揮します。不能で悩む中年期の男性に人気なのですよ」

「下半身……うっ、頭が」

「余計なこと言うなっつってんだろ! あー、まあ、俺は商人だから、そういう需要で狩ったってのもある。が、コルは違う」

「違う、とは……?」

「ある秘薬の原料として、乾燥させて粉末状にしたミカガミダケを使うのです。その秘薬を調合して渡すまでが、今回僕が依頼された内容でして」

「依頼? 賢勇者様って、何かを営んでらっしゃるのですか?」

です」

「へ?」

 何故なぜ二回同じ言葉を繰り返したのか、サヨナには分からなかった。それを読んでいたのか、すぐにシコルスキが話を続ける。

「これはたとえの一つなので、正確に自分が何の業態にあたるのかは、僕も分かりません。ただ、僕の祖父は賢にて人々を導き、そして父は勇にて人々を救った。二人と同じことをするのもつまらないので、僕はもうちょっと隙間産業を狙ったのです」

「す、隙間産業……」

「若干ひねくれた考えだよな」

「いわゆる、『誰かを救う側の者を救う』のが、僕の役目だと思っています。宮廷魔術師、王国の騎士団長、伝説のようへい、王族貴族……割と居るんですよ。救いの手を差し伸べる側にもかかわらず、伸ばされたいと思っている方って。なので、そういった方々の力になることが、賢勇者と呼ばれる僕の役目ではないかと考えた次第ですね。まあ、場合によっては誰でもお救いしますが」

「意外とこう……立派で驚きました。ろくでもない印象しか持ってなかったので……」

「ははは、正直ですねえ。まあ普通に働くのが嫌だった、ってのもありますけどね」

 賢勇者シコルスキ──その本質は、何を考えているのか分からない変態というわけではないようだった。とはいえまともかと言われると、間違いなくまともな人間ではないのだが。

 何かを熟考しているサヨナを横目に、ユージンが話をまとめた。

「それで、君はこれからどうするつもりだ? ここは樹海の果てにある、コルの自宅だ。そして賢勇者と呼ばれる存在は、前も言ったがコル以外には居ない。君がどう疑おうと、賢勇者に弟子入りするならコルに頭を下げるしかないし、それが嫌なら樹海を抜けて帰るんだ。俺もこの後樹海を抜けて戻るから、そこまでは送ってやるよ」

「NPCとして実に説明的な素晴らしいセリフですねえ」

「あとコイツ殺したいなら手伝うから」

「……。あの、賢勇者様って、魔法はどのくらい使えますか」

「どのくらい、と言われましても。僕はいわゆる教本通りに学んでいないので、まあそれなりには使えると思いますが」

「あー、大体使えると思うぞ。コイツの才能だけは俺が保証するよ。人間性は知らねえが」

「…………。仮に弟子になったとして、わたしはどこまで成長出来るでしょうか?」

「それもお答えするのは難しいですねえ。もし僕の弟子になるのなら、基本的には僕の仕事を手伝いつつ、君の段階に合わせて色々と教える形になります。その中で君がどうなっていくのかは、やってみなければ分かりません。僕も弟子を取ったことなど、ほぼありませんので」

 まだ疑っている部分はあったが、サヨナはシコルスキが賢勇者であることを、ほとんど素直に認めようとしていた。というか、ここで帰るという選択が、そもそもサヨナには存在していない。シコルスキが本物だろうとにせものだろうと、弟子を取ることがまんざらでもないのであれば、その申し出を受ける他ないのだ。彼女にはもう、のだから。

 ベッドから降りて、サヨナは深くこうべを垂れた。

 この男に師事することを、自分で決めた、その瞬間であった。

「わたしは……無知で、無力で、無謀な凡人です。ですが、学びたいという志に偽りはありません。言われたことは何でもやりますし、ダメだと思ったらいつでも見捨ててくださって構いません。こんなどうしようもないわたしですが──弟子として、育てて頂けますか」

「別にいいですよ」

「軽いな……」

「ただし、一つ条件があります。今後、僕のことは賢勇者ではなく、先生とでも呼んで下さい。誰も彼もが僕のことを賢勇者と呼ぶので、少なくとも弟子になる君からは、他の呼び名で呼ばれたいのですよ」

「──はいっ! よろしくお願いします、先生っ!」

(サラッと決まったけど、多分後悔すると思うがなぁ……まあいっか)

「じゃあ早速ですが、服を脱いで下さい」

「……。へ?」

 師匠からの突然の申し出に、サヨナは目を丸くした。

「弟子とはすなわち、師の言うことに絶対服従する存在です。さあ服を脱いで下さい」

「ちょ、ちょっと待ってください! そのゆがんだ師弟観もアレですけど、何でわざわざ服を脱ぐ必要があるんですか!?」

「開発したはいいものの、試用がまだの薬が幾つかありまして。丁度いいので君に塗ろうかと」

「もしかしなくても……わたしって実験動物的な意味で迎えられた感じですか?」

「言い忘れていましたが、これから僕の実験には必ず協力して下さい。拒否したら師弟関係はそこで打ち切りますし、そのまま君を樹海へ捨てますのでそのつもりで」

「言い忘れが許されないほどヘビーな条件ですよねそれ!?」

「いや俺は尊敬するよ。普通の人間ならコルの弟子になるとか、もう死刑宣告みたいなもんだから。それを君は進んで志願したわけだ。うーん本当にすごい。じゃあ俺はこれで」

「……。やっぱりわたしも連れ」

 立ち去ろうとしたユージンの後を追ったサヨナだが、突然身体からだが硬直して動かなくなった。

「教えている途中で逃げられても困るので、ささっと師弟の契約を締結しました。これで君は、僕の許可無く逃走が出来ません。今みたいに身体からだが固まりますよ」

「不当な契約は法律で禁止されてますけど!?」

「不当じゃなくて正当じゃないか? 自分で弟子入りしたんだから」

「そういうことです。まあ仮に君が成長して契約を解除したとしても、樹海を一人で抜けるには全然実力が足りないでしょうし、そう簡単に僕の前から逃げられると思わないで下さいね」

「こ、怖い!! この人怖い!!」

「ボスキャラみてえなこと言ってんな……」

「さあ、これから楽しくなりそうです。よろしくお願いしますよ、サヨナくん」

「ユージンさん! 帰る前にナイフとか置いていってください!!」

「有料だぞ。俺商人なんだから」

「そ、そんな! じゃあどうやってわたしは先生を返り討ちにすればいいんですか!?」

「弟子入り早々師匠を返り討ちにする計画を練るとは、大物ですねえ」

「やれやれ……コル、あんまり彼女をいじめてやるなよ。まあ、また来るわ。そんじゃな」

 そう言って、行商人ユージンは去っていった。残されたのは、今後の生活に不安しかない無力な弟子と、ヘラヘラと笑っている変態のみ。


 後にその名を世界へとどろかせることになる、賢勇者とその弟子のはじまり。

 それは弟子による師匠殺害計画であったと言うが、確かなことは分かっていない──



《第二話 終》

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