四話

 距離は約五十メートル。顔は分からないが、確かに人間がそこにいるようだ。

 念には念を。ハンドガンの撃鉄に手を掛け、いつでも撃てるように構える。

 あと二〇メートルだ。

 構えていたら、逆に向こうも攻撃してはこないか?

 「これは警戒だ! 友好的に接すればガンを下ろす」大声で叫ぶ。

 あと十五メートル。

 見覚えのある顔のような気がした。

 無意識にガンを下ろした。

 記憶を辿る。

 探る。

 巡る。

 十メートル。

 疑問符で埋め尽くされる思考。

 手の力が抜けそうになった。

 ここは。

 夢で見た階段の先か。

 それとも。

 園長先生が言っていた天国か。

 あるいは。

 地獄の法廷か。

 そんなもの、あるはずもない。

 首を横に数度振る。

 「こんにちは」椅子に座った女性が話しかけてきた。

 五メートル。

 確信した、というべきか。

 確定させた、というべきか。

 名前を尋ねた。

 「紗理奈、か?」

 「そうだよ。久しぶり、理仁君、でいいよね」

 「ああ、俺だ。……ここが『階段の昇った先』か? それにしても、随分いい身分にいるようだな」

 立派な椅子に座って、綺麗な服を来ている。

 「ここしか座る場所がないから仕方ないよ。それに、理仁君も死んだんだ」

 「俺は死んでない」

 「どうしてそう言い切れるの?」

 戸惑った。もしかしたら、俺は死んだのかもしれない。

 死んだからこんな世界に辿り着いた、そう考えてもおかしくは無い。だとしたら、どこで死んでしまったのか全く覚えがない。

 「俺は探査でここに来た」

 「地球から来れるの!?」彼女は腰を浮かして、聞いてきた。

 「来れるから来たんだ。両親はここにはいないのか?」

 「事故が起きた時から会っていない。でも、昔宇宙飛行士だったっておじいさんには会った。その人も昔に事故に巻き込まれて気がついたらここにいたって」

 「へえ……なんだろうね、そのおじいさんと紗理奈の共通点って」

 「分からない」

 つまりおじいさんが今もこの星に残っていれば、ここには二人も漂流者がいる事になる。

 「今、事故からどれぐらいたったと思ってる?」

 「二ヶ月ぐらいかな」

 「八年だ」

 彼女は目を見開き、じっと私を見た。

 「幼稚園の園長先生の話、覚えてる?」

 「ああ、俺はあれのせいでずっと階段の夢を見るんだ」

 「私はね、ここが階段の先より天国だって思ってる」

 「天国なんて、あるものか」

 「ここが、天国じゃないの?」

 「違う。この惑星は天の川銀河の端の恒星系にある」

 「こーせーけい?」

 「太陽系みたいなものの事」

 彼女はため息を吐いた。

 そこから随分と話し込んだ。ここでどうやって生活していたのかや、ムーンシップ事故以来、共通の知り合いに起きた出来事、そして俺が宇宙飛行士になるまでの事。生活は果物のようなものが複数生えていて、それが食べることができたという事、温暖で雨は滅多に降らない事などある意味、貴重な話が聞くことが出来た。その果物の木も案内してもらい、持って帰ることにした。

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