二話
まだ幼稚園児だった頃、交通事故で友達を亡くしたことがある。葬式後の集会で園長先生が「死んだ人は天国への階段を登って行くのです。この世界から天国に伸びている階段があるのです」と言っていた。純粋だった私はその話を信じ、その階段から見下ろす地上の様子や、街のあちこちから空に続く階段を登る死んだ人間を想像するようになった。この話は、大の大人になった今でも亡くなった友達・知人が階段を昇る夢を見るほどに、強く印象に残っている。
「階段、昇らないの?」
「俺にはまだ早いって言ってるだろ。これで何度目だ?」
「会いに来たんじゃないの」
「なんで」
「会いに来るのを待ってるからじゃない?」
「そうだとして、どこでだよ。そもそも、なんで俺なんだ」
「しいていうなら、天国かな。それに、君がいちばん──」
いつもそこで目が覚める。出てくる人によって話す内容は違うが、誰かがいつも、こんな感じに私を階段を昇らせようとしては、中途半端なところで終わる。
この頃は数年前に月面観光船「ムーンシップ」で家族旅行に行ったきり、月面での事故で帰らぬ人となった幼馴染み、蓮池紗理奈がこの夢に度々出てくる。何が「いちばん」なのか、ずっと分からないままだ。
いちばん、付き合いの長い幼馴染みだったからなのか。
いちばん、彼女に近いところにいるのか。
いちばん──。
他に何があるのか。
この事故で乗員乗客ほぼ全員死亡したが、その中で彼女の遺体だけが見つからず世間では随分と騒ぎになった。今でも見つかっておらず理由は今も分かっていない。極端な話、もしかしたら月面をほっつき歩いているかもしれないのだ。彼女があの過酷な環境に耐えられる体の持ち主だとしたら、だが。
小学生の頃、親が買ってきてくれた宇宙の図鑑がある。地球、太陽系、天の川銀河、銀河団、宇宙の大規模構造にまで書いてあった。その本で天国への階段の話は嘘なのだと知ってしまった。だからこそ逆に宇宙に心惹かれたのかもしれない。宇宙飛行士になった今でも大切に持っている。そして、天国なんてものはあるわけが無いと園長先生の階段の話をたまに思い出しては阿呆らしく感じてしまう。
「階段の夢、単独探査中は見ないといいな」無線で同僚の飛行士、フォーブスが突然言ってきた。
向こうは機体のチェックが終わったのかもしれない。こちらも残りの確認事項はあと二つだけだった。
「ちょっと待ってくれ、あと少し……」少し離れたインジケータに目を通してからシートに座ってベルトに手を掛ける。「本当にそうだ、一人であんな夢は勘弁してほしい」
「祈ってるよ、シロトが変な夢を見ないようにってな」
「ありがとう」
同僚たちには夢のことを話したことがあった。
「フェニックス号、バタフライ号、準備はOK?」母船の管制室から声が入る。
「オッケー!」フォーブスが威勢よく返事。
「こちらも完了した」俺も答える。
「じゃあ、フェニックスから行こうか」
「了解」
勢いの良いカウントダウンの後、母船から切り離され、遠くなっていくフェニックスの機影がコックピットから見えた。特徴的なリフティングボディの機体は夜空の中でも綺麗だ。
「こちらフェニックス。軌道に入った!」
「バタフライも行こうか。カウントスタート! 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ!」
重たい音と同時に切り離される。
「いってらっしゃい」
姿勢制御スラスタ噴射。
安全距離まで離脱。
「行ってくる」
メインエンジン点火。
「シャリー、予定航路出して」
デジタルアシスタントを呼び出す。
「かしこまりました」
ディスプレイに惑星ラギヤー49eまでの航路と距離が表示される。
「ありがとう」
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