『それがきっと始まり』

「生まれた理由が知りたい……?」


 川澄は更級の言葉を聞いても疑問を消すことが出来なかった。首を傾げて呟く。


「川澄君は一度でも思ったことはないかな。これは誰かの夢で、誰かの掌の上で躍らせれているだけの何かのストーリーで、私たちはその登場人物の一人にすぎない、みたいな」

「……そりゃ、あるけど。そんなの考えたって仕方ないじゃないか。生まれる理由なんて存在するわけない。まさか神を信じているっていうのか?」


 川澄の質問に更級は思わず笑った。いつも通りの価値観の違いをかみしめた。


「確かに川澄君にとってはそうかもしれない。でもね、私には。少なくとも、私には。あるはずなんだよ。生まれた理由が」

「は? なんで?」

「分からないかなぁ。私は二万年の寿命をもって生まれてるんだよ。明らかに超次元の出来事だ。こんな時がすべてを支配する世界で、世界ごと覆しかねない力をもって生まれた赤子。そこに何も意味が込められていないと思うかな」


 多分、違うと思うんだ。きっと理由があるんだよ。と更級は言う。

 その後、続けた。


「そしてね、多分きっと。それを見つけるのが私の生きる理由なの。見つけなきゃなんないんだよ。川澄君。君はこの世界が嫌いなんだよね?」


 川澄は無言でうなずく。


「覆したいんでしょ? なら、私の二万年を使っていい。この世界を根本から覆すだけの力を使っていい。いや、やっぱり百年残すことにするよ。一応ね」


 更級は大きく息を吸う。そして、少し声を張った。


「私の余命、一万九千九百年を貴方にベットする。貴方は自分の目的と、そして私の目的をこの膨大な時を使って達成しなさい。途中で降りるなんて許さないから」


 どう? 乗らない? と、更級は挑発的に川澄に言う。

 川澄は少し考え込んだ後、すがすがしい顔で答えた。


「任せてくれ。まずは何をやればいい?」


 ***


 川澄が通っている伊橋高校いはしこうこうの近く。河川敷にて一通りの会話を済ませた二人は、寝転がっていた。


「更級さんはさ、俺がここを通るのを待ち伏せてたの?」

「そうだね。川澄君みたいに学校に通ってないからさ。暇なんだよね。だから、色々な情報を集めてた。それで、君を見つけたんだ。世界を嫌ってて、なおかつ世界を覆せるだけの才能がある人物」

「そう、そこだよ。俺に世界を覆せるだけの才能なんてない。ただの平凡な高校生だ。見てみろよ、頭上の数字。普通の二桁だ。更級さんみたいに化け物じみた数字が表示されてるわけでもない」

「分かってないなぁ。君にはあるんだよ。世界を覆すだけの才能が。君にしかできないことがある。佐々木冬至って思想家を君は知っているかな?」


 川澄は大きく頷く。当たり前だ。川澄が最も尊敬している人物なのだから。知らないわけがない。


「その佐々木冬至って奴が気付いた時変換の穴があるんだ。知らないかな?」


 今度は川澄は横に首を振った。少し悔しそうな顔をしている。自分の尊敬している人物について知らないことがあるということが悔しいのだ。


「少しだけ聞いたことがある。けど、詳しくは知らないかな」

「そっか。じゃあ、説明しようかな。時変換の穴」


 更級は寝転がっていた体を起こし、川澄の方を見て口を開いた。


 ***


 それは少し昔の話。十五年前程度。

 川澄や更級が生まれた直後だった。むしろ、更級が生まれたからこそ佐々木冬至は行動をはっきりと始めたのかもしれない。

 佐々木冬至は、時がすべてを支配するこの世界が嫌いだった。

 電気や風。そんな大自然的現象を故意に引き起こすことが出来る世界。

 ただ、それにはある程度の時が必要だった。

 普通の人間なら使うことを躊躇する程度の時間消費。

 

 だが、自殺を考えている者なら違う。

 むしろ捧げようと思うはずだ。自分が死ぬことで家族の生活が豊かになるというのなら、思い切って死ぬことが出来る。そんな人間たちの時間を集めた水晶。


 時の水晶。


 というものがあった。世界各地にちりばめられた時の水晶の出力機は世界を明らかに裕福にした。電力を賄い、食糧供給を安定したものにし、足りない資源を補った。

 だが、時の水晶は神から与えられた産物。

 入力機は世界にたった一つしかない。

 太平洋のど真ん中に作られた人工島。


『TIME IS MONEY』という名の島にそびえたつ塔の中心部で光り輝いている、と言われている。


 だが、佐々木冬至はそんな世界を嫌った。

 そして願ったんだ。

 

 時変換なんて消えちまえ、って。

 

 その瞬間、不思議なことが起きた。自分の余命が減り始めたんだ。



 ***


「余命が減り始めた……?」

「時変換が行われているという事だったんだよ。佐々木冬至は自分と同じ思想を持つものに同じように願わせた。だけど、余命は減らなかった」


 つまりはね、と更級は続ける。


「風や電気のように万人が共通で変換できるもの以外に、その個人にしか変換できない、固有の時変換があるってことなんだよ」

「固有の時変換……?」

「佐々木冬至は、時変換を消すって願いが発動に繋がったみたいなんだ。面白いでしょ。そしてね、君にももちろん固有の時変換があるんだ。川澄君」

「それが世界を覆すほどの力だっていうのか?」

「そうだね。間違いないよ。佐々木冬至が世界を根本から否定する時変換を持っていたように、佐々木冬至に憧れた君も、世界を覆すだけの時変換を持っている」


 なかなか不思議な時変換だけどね、と更級は笑う。そして、明かした。


「君はね、時を消費して時を止めることが出来るんだ。時が全てを支配するこの世界を、君は君自身の力で抗うことが出来るんだよ」



 

 

 



 

 

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